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うそつきはどろぼうのはじまり。

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うそつきはどろぼうのはじまり。
うそつきはどろぼうのはじまり。 うそつきはどろぼうのはじまり。

リアクション



4


 準備は万端。
 フィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)の許可も得た。
(あとは、来店を待つだけ)
 心中でくすくすと笑いながら、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)はメニューを見た。
 さあ、どんな顔をするかしら?


 スクリプト・ヴィルフリーゼ(すくりぷと・う゛ぃるふりーぜ)――通称レスリー――がどうしても行きたいと言うので、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は彼女を連れて『Sweet Illusion』までやってきた。
「今日は非番なのに」
「だからこそだよ! 美味しいケーキを食べよー」
「好きなんですね、フィルさんのお店のケーキ」
「うん! 大好き!」
 何を食べようかなーと、気持ちを即興の旋律に乗せて歌うレスリーに、くすりと笑う。
 転ばないようにね、と子供にするような注意を促しながら、店までやってきた。
「いらっしゃいませ!」
 ドアを開けると、フレデリカが営業スマイルを見せる。すぐにルイーザとレスリーだと気付いたフレデリカは、「あ」と声を上げた。
「ルイ姉、レスリー。来てくれたんだ」
「ええ。この子がどうしても、と」
「ケーキっケーキっ。限定メニューはなーにっかなー」
「あはは。ちょっと待ってねレスリー。はいどうぞ、メニュー」
(……あら?)
 フレデリカがレスリーに渡したメニューブックを見て、ふと違和感を覚えた。
 見た目はこの店のそれと同じだけれど、随分厚みがないような。
「な、なにこれぇ〜!!」
 メニューを見ていたレスリーが叫んだ。
「えっ、やだやだ! おかしなやつしかないよ! ルイ姉ー!」
 おろおろとうろたえながら、レスリーはルイーザにメニューブックを向ける。受け取って中を見てみると。
「……なるほど」
 メニューには、きらびやかなケーキなどひとつもない。美味しい紅茶も何もない。あるのはいわゆる『ゲテモノメニュー』と呼ばれるものだけだった。名称を見るだけで遠慮したくなるようなものばかりである。
 店にあるカレンダーをちらりと見る。四月。そう今日は、四月一日。エイプリルフール。
(最近は大人っぽくなったと思っていましたが)
 こんな風に仕込みを入れて驚かせてくるあたり、フレデリカもまだまだ子供のようだ。
 ほどほどにしておいてくださいよ、と目で伝えると、わかってます、とばかりに彼女は肩をすくめた。
「ねえルイ姉。いつものメニューはどこに消えたの?」
「さあ……昨日までは普通だったと思いますが。どこでしょうね、店員さん?」
「当店にはこのメニューしかありません。本日限りの特別メニューでございます。どうぞご賞味くださいませ」
「や、やだー! ボク、いつものやつが食べたいな……」
(あ)
 レスリーを見ると、しょんぼりと肩を落として、目には涙まで浮かべている。さすがに、とフレデリカを見ると、彼女も慌てていた。通常メニューをカウンター下から引っ張り出す。
「ごめんねレスリー。ほら、メニュー」
「はぇ? ……え、あれ? 何これ……」
「特別メニューなんて嘘なの。今日がエイプリルフールだから、ついた嘘」
「うそ。……嘘? ……えええええ!」
 気付いて、意味を理解して、レスリーが叫ぶ。頬が赤くなった。騙されたことを知って恥ずかしく思ったのか、それとも怒りか。半々だろうかとルイーザは思う。
「あーもう、そういうことか! もー! びっくりさせないでよー!」
 レスリーは、声の限り叫ぶ。混み合う前の時間帯で、イートインのお客様がいなくて良かった。
「フリッカなんか知らないっ! ルイ姉帰ろっ!」
 拗ねたレスリーは、ルイーザの手を引いて店を出て行こうとする。さすがに大騒ぎだけして帰るのも、と思うし、どちらに対してもフォローを入れておかないとまずいだろう。
「ケーキ、食べたいんですよね」
「食べたかったけどもういいもんっ。帰る」
「私は、食べたいなぁ」
「た、食べたいの?」
「はい。食べて帰りましょう? せっかくここまで来たんだし」
「……仕方ないなぁ」
「ごめんね、レスリー。お詫びに今日は私が奢るから」
「……よーし。それでチャラにするっ。怒っておなかすいたから、大きいやつね! 飲み物はアイスティー!」
 とだけ言うと、レスリーは店内窓際の席に座った。見届けてから、ルイーザはフレデリカと顔を見合わせて、笑う。
「泣くとは思わなかったわ」
「私もです。ご機嫌、ちゃんととってあげてくださいね」
「大きいのかー……ホールあげたら驚くかな」
「驚くでしょうね、いい意味で」
「じゃあそれでおあいこにしてもらおうっと」
 ホールが出てきたら、彼女はそれを食べきれるのだろうか。小さめのものなら普通に食べきりそうだな、と考えながら、ルイーザも自分の食べたいケーキを頼んだ。


*...***...*


 エイプリルフールという行事があるのだから、乗っかってみたいと思うのは人の性だろう。レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)はそう思う。
「イベントに失礼よね、全身全霊をかけて挑まないと」
 誰にともなく呟いて、ケーキ屋『Sweet Illusion』への道を歩く。今日クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)がそこにいることは本人から聞き出しておいた。
 一応の確認をと窓から店内を覗いてみると、いた。幸せそうにショートケーキに向かい合っている。てっぺんに乗った大きな赤い苺を、最初の一口で平らげる。どうやらクレアは苺を先に食べる派らしい。余談だがレオーナはぎりぎりまで残そうとしてケーキが狭くなり、最終的に倒れて残念な思いをするタイプだ。
(まあそんなことはどうでもいいとして)
 心中で突っ込みを入れながら、これからつくべき嘘の下準備に取り掛かる。
 鞄からケチャップを取り出し、身体中に塗りたくり。
 上手いことお尻にごぼうを刺して。
 バァン、と大きな音を立てつつ喫茶店の扉を開ける。ぎょっとした目で、店員らしい青年と客が入り口を見た。視線の中にはクレアのものもあった。
(よかった、見向きもされなかったらどうしようかと思った)
 最初のハードルはクリアした。しかし次のハードルがまた高い。
「な……なんじゃこりゃあ!!」
 昔見たドラマのシーンを思い出し、役者さながらに吼える。よろめき、倒れ。指を震わせながら、店の床に『REDRUM』と書いた。これは推理小説の定番だ。逆から読むと『MURDER』。殺人者。
 息絶えた振りをしたレオーナに、クレアが駆け寄ってきた。第二のハードルもクリアだ。ここで駆け寄ってもらえなかったら、それこそ今度こそ見向きもされなかったら不発なんてものじゃない。恥ずかしさで死ねる。
 しかし来てくれたなら死んでなどいられない。
「レオーナ様! なんてことでしょう、おいたわしい姿に……!」
 涙声でレオーナの手を握るクレアに、計画通りと心の裏でほくそえむ。
「これで私にも平穏な生活が戻……」
「えっ?」
 今、なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
「あ、いや、なんでも……あら? レオーナ様! 息を吹き返されたのですね! 残ね、こほんっ良かったです!」
 まくし立てられたので、この勢いに乗っておこうとレオーナはクレアの手を握り返した。
「じ……」
「じ?」
「人工呼吸……マウス・トゥ・マウスで……」
 苦しそうな声で、死にそうな体で、呻く。
 訴えかけられたクレアはというと、怪訝そうな顔でレオーナを見ている。やばい。疑われている。
「う……死、死にそう……」
「嫌な予感しかしないのですが……」
 瀕死の振りをしているというのに、躊躇するとは。用心深いと言うべきか。それともこの作戦には粗があったか。
「誰か犠牲になってくれる方は……」
「犠牲?」
「あ、いや、なんでも」
 コントじみたやり取りをしていると、靴の音。視線を上げると、店員の青年がいた。にこにこと、こんな状況なのに笑顔で立っている。
「どうかした?」
 その上、『どうかした』ときた。見てわからないのだろうか。レオーナは歯噛みする。
「パートナーが……あの、フィルさん、彼女に人工呼吸をしてもらえませんか」
(男相手なんてお断りよ!?)
 思わず、叫ぶ。心の中で。
 もし本当にされたら尻からゴボウを抜いて奴に刺してやる。そう思っていたが、はたして実行しないで済んだ。なぜなら、
「こんなに元気なのに?」
 言い当てられてしまったからだ。
「元気? だって、血が」
「ケチャップだよこれ。トマト臭い」
「……あっ」
 クレアもようやく気付いたようだ。冷めた目で、レオーナのことを見下ろしてくる。ああ、目も、空気も、冷たい。
 クレアにフィルと呼ばれた青年が、レオーナの脇にしゃがんで笑った。
「人のお店で素敵なお芝居を演じてくれた『報酬』を、しっかり受け取ってもらわなきゃねー」


 この日、店の掃除や雑用をやらされ、レオーナが解放されたのは日が変わる直前だったという。