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リアクション
7
「エイプリル記念! リンぷーたちのところに遊びに行こうツアー!」
工房のドアを開け日下部 社(くさかべ・やしろ)が宣言すると、商品棚の整理をしていたリンスが振り返った。特に何も言わず、視線を棚へと戻したリンスにコケ芸を仕掛けたくなる。
「もうお馴染みやなぁ、そういう反応も」
「日下部が適当な理由で遊びに来るのもお馴染みだよね」
「ええやん」
「嫌だなんて言ってないよ。いらっしゃい」
お邪魔しますー、と間延びした声で言って、適当な椅子に腰掛けた。一息ついて、くるりと見渡せば望月 寺美(もちづき・てらみ)の手を離し、クロエのもとへと駆け寄る日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)の姿が見えた。
「クロエちゃーん!」
「ちーちゃん!」
「大変だよー!」
「たいへんなの?」
「ちーちゃんのお友達のこの子たちがお喋りするようになっちゃったー!
この子たち、と言いながら千尋が見せたのは、家から連れてきたペットたちだ。ペンギン、兎、ゆるスター。唐突なお披露目にも動じず、千尋の友人たちは澄んだ目でクロエを見上げている。
「しゃべるの!?」
クロエは目を輝かせて千尋に問いかけた。千尋が笑顔で答える。
「嘘だよー」
「うそなの?」
「本当はお喋りできないんだー」
「そっかー……」
眉を八の字にするクロエに、再度千尋は笑いかけた。
「でもね、ちーちゃんはこの子たちが何を言ってるのかわかる気がするんだー」
千尋の言っていることが本当だと、社は知っている。おなかすいてるみたいだよーと言われて餌を用意すれば、たちまち平らげてしまったり。ケージの掃除をする際にも、千尋がちょっとごめんねお掃除するねーと声をかければ大人しい。
「言葉の通じない者同士が通じ合う。ロマンやなぁ〜」
「なんのこと」
棚の整理を終え、社の近くの椅子に座ったリンスが問いかける。
「千尋とあいつらの話」
千尋たちを指さすと、察したらしくリンスは「ああ」と頷いた。
「仲良しでいいね」
「せやな。あ、ところでリンぷーはもう嘘言ったんか?」
普段はあまり冗談を言わないタイプだが、果たして今日という日はどうだろうか。
(そんなんで動くような奴とも思えんけどな〜)
「ううん、まだ」
だから、返ってきた答えにも、やっぱりな、と思った。同時に、あれ? とも思う。
「それ嘘?」
今の発言が嘘か真か確かめる術などないと気付いたからだ。
「本当だけど」
「っていう嘘やったらどないしよ! 俺めっちゃ騙されとるやん!」
「嘘つきのパラドックスって言うんだよね、これ」
「小難しいのぉ。しかし身をもって体験してもうたわ」
何それ、とリンスが首を傾げた。ほら、と社はリンスの顔を指差す。
「あんま表情変わらんし、リンぷーの嘘はホントかどうかわかり辛そうやな〜って思っとったんよ」
「ああ。なるほど」
「ちなみにあれやで、俺はつい無駄に喋りすぎて嘘だとバレる感じ。わかる?」
「まんまだね」
「せやろ? それに俺って正直者やし嘘って苦手やから、今日は誰も騙せそうにないわ〜」
「そうだね」
あっさりと肯定したリンスに、社は声を上げて笑った。
「今のウッソ〜」
簡単に信じたらアカンで、と言う前に、
「知ってる」
さくりと切り返された。ん? じゃあ今の、そうだねという発言は。
目を丸くしてリンスを見ると、彼はかすかに微笑んだ。
「どっちだろうね」
「うわ。ほんまわかりづらいなぁ、リンぷーの嘘」
ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が工房を訪れたのは、千尋がクロエとペットたちと、みんなで遊んでいる時だった。
「こんにちは」
という声に、ケイラちゃんだ! と振り返る。
「ケ――」
名前を呼ぼうとした声は、彼の姿を見止めた瞬間喉の奥に引っ込んだ。クロエも同じようで、ぽかんと口を開けて、ケイラを見ている。
「か、髪を切ってみたんだけど……どうかな?」
少し恥ずかしそうに目元を染め、微笑むケイラ。
表情だけ見ればとても可愛い。きっと、ある程度どんな髪型でも似合うと思う。ある程度なら。
「ケ、ケイラおねぇちゃん……?」
クロエが、恐る恐るといった様子で呼びかけた。
「どうかな、クロエちゃん」
呼びかけに、ケイラは微笑んで答える。クロエが言葉に詰まった。それもそうだろうと千尋は思う。何せ、ケイラの髪型は。
「ね、ちーちゃん。似合う?」
「う、うん! とっても素敵だよ、その、喪悲漢!」
嘘だけど。
(でもでもっ、ケイラちゃん嬉しそうだし似合ってないなんて言えないよ……!)
咄嗟についてしまった嘘に、内心で罪悪感を覚える。なんでそんな髪型に、とか、何かしら訊いた方が良かったのだろうか。もしかしたら何かのサインだったのかもしれないし。
ぐるぐる考えていると、「なんでそんな髪型に」と、訊きたかったセリフが飛んだ。リンスだった。
「なんで?」
「うん。なんで」
「男らしくなりたいなーって思って」
だとしてもその髪型はどうなのか、と千尋はクロエと顔を見合わせる。
「それは迷走だよ」
またも、言いたかったことをリンスが言った。
「あはは、やっぱり?」
「うん」
「まあ、嘘だったんだけどね」
はにかんだ顔で、ケイラは喪悲漢に手をかけた。喪悲漢が、外れる。千尋はクロエと再度顔を見合わせた。
「あれって、つまり、かつら?」
「かつらね! びっくりした!」
本当だ。心臓がどきどきしている。正直ちょっと、怖かった。
「あれ?」
喪悲漢を外したケイラの髪は、随分と短くなっていた。腰まであった長い髪が、今では肩口の辺りまでしかない。髪型を変えた、というのは本当だったのだ。
「どうかな?」
「可愛い!」
今度はすぐに答えた。嘘じゃなく本心で。
「イメチェンってやつだよね。可愛くていいなー」
「ほんとう。とってもすてきよ!」
「ありがとう。……喪悲漢が似合うって言われたときはどうしようかと思ったけどね」
意地悪なケイラの発言に、千尋は声を詰まらせたのだった。
「はい、どうぞ」
差し出されたカラフルなマフィンに、リンスは視線を上げた。
「嘘のお詫びに」
「ありがとう」
緑色のマフィンを手に取り食べてみる。予想していた味と違った。ほんの僅かに首を傾げたことに気付いたのだろう、ケイラがくすくすと笑う。
「抹茶だと思った? 実はオレンジだよ」
趣向を凝らせてみたんだ、とケイラは言った。なるほど、こういう嘘もありだ。
「面白いね」
「どうかな。楽しんでもらえた?」
「うん。喪悲漢は驚いたけど」
「突っ込んでもらえて助かったよ。ありがとう」
どういたしまして、と返しながらケイラの髪を見る。
「軽くなったね」
「うん。少し、ね」
声に、寂しさや懐かしさが混じった気がした。ただの気分転換で切ったわけではないようだ。何か訊こうか、少しだけ迷って結局やめた。
「似合ってるよ」
伝えたのは、正直な気持ちだけ。
ケイラは、ありがとう、と微笑んで、マフィンを配りに席を離れた。
朝からずっと、疑問に思っていた。今日は随分不思議な『音』が流れてくる日だな、と。
工房について、あちこちで飛ぶ嘘を見ていて響 未来(ひびき・みらい)は察する。なるほど、嘘をついてもいい日だからか。
(面白いじゃない)
そんなイベントがあるとわかれば乗らないなんて未来じゃない。
嘘をついてもいいのなら、たまには悪魔らしく上手に人を騙そうか。
「はーいマスター注目〜」
伸びのある声で社に言葉を投げると、社以外からも視線が向いた。
「なんや?」
「これから私が言うことが嘘か本当か当ててみてね」
「お。エイプリルフールやから? 未来も面白いこと考えるなあ」
「ふふふ、そうでしょ。では、問題!」
ぴしり、人差し指を一本立てて、笑う。
「昨日、冷蔵庫に入っていたマスターのプリンを食べたのは私なの♪」
てへぺろー、と昔流行ったかわいこぶったポーズで霍乱を狙うも、
「……なるほど。のうなっとったと思ったら、未来の仕業やったんな」
あっさり本当のことだとバレてしまった。どうやら墓穴を掘ったらしい。
「……あ、いや。嘘なのよ? 嘘よ? 食べてないデスヨー」
慌てて誤魔化す。視線をよそへやったり、口笛を吹いてみたり。しかしどれも墓穴を広げている。
「わかり易すぎるで、お前の態度……」
「ナンノコトカシラ〜」
「とりあえず一週間オヤツ抜きやな」
「えっひどい! マスターひどい!!」
「嘘やで」
「……騙されたわけないじゃない、この未来様が!」
「キャラブレとるで」
「…………」
完膚なきまでにやられた。思わず黙り込む。
「だいじょうぶよ、ミクおねぇちゃん」
「そうそう。来年もっと大きな嘘をつけばいいんだよー!」
クロエと千尋の励ましにウルッときた。なんていい子たちなのだろう。
「よーし! じゃあ来年は、みんなでマスターを騙してやりましょう!」
「「おー!」」
決起する三人へと社が苦笑いを向けていたことに、当事者たちは気付かなかった。
「はぅ〜……みんな上手に嘘をついてますねぇ……」
遠巻きに見守っていた寺美は、ぽそりと呟いた。
社の嘘。千尋の嘘。ケイラの嘘。未来の嘘。
すぐにバレたりバラしたり、騙してみたり騙されてみたり。
それら嘘を見てきて、楽しそうだな、と思った。だから、自分も嘘をついてみたいと。
嘘はすでに思い浮かんでいた。丁度良く、近くで千尋とクロエ、未来が遊んでいる。三人の輪に、どこかぎこちない動きで寺美は近付いた。
「ラミちゃん? どうしたの?」
「カクカクしたうごきだわ」
「ギギギ……ガガガ」
心配そうなクロエの声に、いつもの声とは違った声を出す。千尋もクロエも、ぎょっとしたような顔で寺美を見ていた。
「実はボク、ロボットダッタンデスゥ……ガガガ……」
「ラミちゃんがロボット……!?」
「だからカクカクなのね!」
「どうしようクロエちゃん。カクカクって、なんで?」
「わからないわ」
「どこか悪いのかも!」
(え、あれ? ちょっと)
すぐに嘘だとバレて、遊びの輪の中に混ざる。そんなプランがあったので、信じられてしまったことに驚きを隠せなかった。純粋な子供はこうもあっさり信じるものか。
(誤算ですぅ……!)
早くネタバレをしないと。慌てて寺美は「はぅ〜」といつもの調子で声を出した。
「千尋ちゃん、クロエちゃん! 違うんですよ、これはエイプリルフールの嘘であって、本当にボクがロボットというわけではないんですよぉ〜!」
ネタバレに、近付く影ひとつ。
「おい、ちー、クロエちゃん。寺美はふたりに心配かけんと普段通りの『演技』しとるで」
社だった。にやにやと笑っているあたり、全てわかっていて嘘を重ねたようだ。
「けなげなのね……」
「待っててラミちゃん! ちーちゃん、機晶技師さん探してくるから!」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 今のは社の嘘で……!」
「あーあ、まっさらな子らにあんな嘘ついて」
「社のせいでしょう!」
「だってお前、あんまりにもお粗末な嘘言うから。ゆる族がロボットって、それ玩具やん」
社の揶揄に、ぷるぷると拳を震わせる。そもそも嘘は苦手なのだ。
「ボクは社と違って嘘がつけないんです」
頬を膨らませて言い返す。反撃に備えて社を睨んだが、
「……せやなあ。俺はぽこぽこ嘘生みすぎやんな」
想像に反して、社は落ち込んだように言った。表情も、声音も、暗い。
「え……あの、まさか落ち込ん」
「嘘やで。簡単に騙されたらアカンやろ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
これはどうも敵いそうもない。ばっと振り向き、笑顔で眺めていた未来にすがる。
「未来さん! 先ほどしていた来年社を騙す計画、ボクも一枚噛ませてください〜!」
「もちろんよ! 人数は多いほうがいいわ! ケイラちゃんやリンスさんもどーお?」
「本人前にして何言うとるん、こいつら」
計画を広げる未来へと、やはり社は呆れた目で、だけどどこか楽しげにそう言った。
嘘ラッシュも終わり、静かな工房が戻ってきた。
社はふぅ、と息を吐く。
「まぁ、なんつーか」
独り言じみた不意の声に、リンスが社へと視線を向けた。にっ、と笑って応える。
「子供の頃は、大人なんて嘘ばっかりだ。……なんて思っとったりもして。そんな俺も社長なんて仕事をすることになって。『大人の嘘』を、多少なりとも知る機会があったわけや」
それはもちろん、良くも悪くも。
笑えない嘘もあった。優しい嘘もあった。だけどどちらも翻弄された。
嘘は疲れる。騙されることも、騙された振りをすることも、嘘に嘘を重ねることも。
でも、今日は。
「一日中祭りのように馬鹿馬鹿しい嘘を言い合えて、楽しかったで」
「そう」
「うん。リンぷーが思っとる何倍も楽しんどったよ。俺」
「十分楽しそうに見えてたけどね。それ以上か」
「当たり前やん。
……こういう時間や、共に過ごす仲間がいるっちゅうことをな、俺はとっても大切に思っとるんや」
無意識のうち、声音に真剣さが混ざった。リンスが、真っ直ぐにこちらを見ている。
「何が言いたいかっちゅうとやな」
「うん」
「これからもリンぷーと遊びたいっちゅうことで、いっちょヨロシク♪」
真面目なのかからかっているのか、わかり辛いように言ったのに。
「うん。よろしく」
リンスはさらりと真正面から受け止めるから。
「なんちゅーかなぁ。恥ずかしなるわな」
「?」
「いや、なんでも」
*...***...*
くだらないことでも、笑い合える仲間がいて。それをしても許される時間があって。
それは素晴らしいことだと、ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)は思う。
(プレゼントを買いに来ただけだったのだが、いい刺激になったな)
今日がエイプリルフールで、騙し騙され笑い合うのに最適なら。
(ひとつ趣向を凝らしてみようか)
例えば、プレゼントと言って渡して、中には何もなかったり、とか。
今はこれ以上思い浮かばなかったけれど、帰る途中他にも思いついたら実行してみよう。
とりあえずは、本物のプレゼントを買って。
どんな反応をしてくれるか期待して、帰途に着く。
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