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人魚姫と魔女の短刀

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人魚姫と魔女の短刀

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【駐屯地にて・1】


「ROG(了解)」の声と共に通話を終了させて、アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)は椅子をもう一度引く。同じテーブルを囲んでいるのは『プラヴダ』の三名の士官と曹長、そして瀬島 壮太(せじま・そうた)御神楽 舞花(みかぐら・まいか)らだ。
「済まない、待たせた」
「うん」
 構わないと言うように語尾を上げながら答える壮太と頷いている舞花の疑問は恐らく、先程までしていたアレクの電話の相手が誰かという事だろう。以前の騒動の際、元より適当だったカバー(*探索潜入の為の軍人が偽装で与えられている身分)の一部は教導団の調査からとっくに剥がれてしまった為答えられない訳では無いのだが、1から説明するには時間が少ない。
「自由に正義を行うにも、それなりにシガラミはあるんだよ」
 一瞬の逡巡の後そんな風に答えるアレクに、二人は『分かったような分からないような』という顔で答える。
「さて。親愛なる同志諸君、本作戦で貴様等がKIA(*交戦中死亡)及びMIA(*交戦中行方不明)と判断された場合俺の上官が色々と保証してくれるそうだ。ついでに危険手当も出る。期待していいぞ」
「大尉、念のため聞いておきますが……」
「さあ? パラミタ派遣の危険手当が確か月300ドルだから日当10ドルくらいかな。良かったなヤン、ファーストフードレストランでハッピーミールが頼めるぜ」
 この場で一番年上の曹長が悪戯っぽく肩を竦めるのと同時に、緊張状態にあった部屋に笑いが起こる。
 アレクの妹ミリツァ・ミロシェヴィッチが行方不明になった、それもあのオスヴァルト・ゲーリング絡みと有ればアレクが酷くナーバスになっているものと壮太は思っていたのだが、少なくとも部下の緊張を解く為に冗談を飛ばすくらいの余裕はあるらしい。
 壮太がそんな事をぼんやりと考えている間に、アレクは地図と資料を読み進めながらハインリヒの話を聞いている。
「偵察に出した6名と御神楽さんの協力で研究員の情報も得ていますが、前回のものと相違有りませんね」
「まあ、非合法の施設に消防の監査が入る訳でも無いしな……」
 言いながらアレクが地図に文字と数字を書き込んでいくのを見て、舞花は不安そうに眉根を寄せた。
「こんなに少人数の情報で問題無かったでしょうか」
「偵察っていうのは少人数で初めて成り立つんだよ。心配しなくていい。
 我が隊が誇る優秀な偵察部隊の情報とあんたの素敵な密偵の持ってきた内部情報、足してベストだ。過去に収集したデータも有る。ハインツ」
 アレクに指示されて、動きかけた中尉は「しかし」と言葉を詰まらせた。アレクが舞花――作戦に参加する契約者達の前に提示しろと命じているのは、おいそれと多くの人間の前に晒して良いものでは無い。そもそも緊急とは言え機密だらけのこの場に外部の人間が居る事自体、アレクに次ぐ階級を持つ士官として承服しかねるところがあったのだ。
「――大尉。今我々の持つ情報は、此れ一つで多くの国の財政が上下に傾くような代物です。勿論皆さんの事を信じていない訳では有りませんが、万が一という事も有り得るかと」
 この言葉は契約者と軍隊を線引きするものであったが、確かに中尉の憂慮する通りだ。今回の事件が第三者への漏洩し、それを使うものが居たらどうなるだろう。
 一企業が人体実験を行っている。不祥事にしては大き過ぎる事件が明るみになれば、トーヨーダインは一夜にして解体されるだろう。大企業の崩壊で大荒れになった株式市場を制する事が出来るのは、情報を予めもっているものだけだ。
 つまりこの情報は、金になる。
 アレクがこの辺りについてどう考えているのかは定かでは無いが、危険手当という言葉から推測されるのは、情報はこの軍隊のケツをもっている国々に分配され、そこで連中がどうにかするのだろうという事だ。訳の分からないところへ売られるよりは、此方の方がマシな筈だ。
 兎に角悪意の有るものに情報が盗まれる可能性を考えれば余り良い顔が出来ないのは当たり前だろうと、壮太と舞花は静かに目配せし合う。
 こうして受け手側は仕方ないと済ませようとした事案だったが、プラヴダ側のトップ――アレクは中尉の言葉を良しとせずに彼へ視線を向けた。 
「シュヴァルツェンベルク中尉、情報を出し渋るな。
 貴様の懸念は理解出来る。彼等は外部の人間で、情報を守るよう叩き込まれた軍人では無い。だがだからこそ『それ』を共有する事に意味がある。
 彼等は素人で有り、玄人だ。我々とは目線も行動も違う。行動開始迄残る時間は僅かだが、出来るだけ丁寧に言葉を交わせ。
 この作戦を通常の共同作戦と同じ様に考えるな」
 納得したかどうかはさして重要では無い。上官の言葉にハインリヒ・シュヴァルツェンベルクが即座にイエス・サーと舞花の前へ彼の去年の夏から数ヶ月に渡る成果でもある『トーヨーダイン』の資料を全て並べるのに、アレクは「宜しい」と頷き舞香へ向き直る。
「元々は『こちら』で使う気は無かったから抜けている部分は多いが、密偵の情報を書き足せばA判定取れるな。
 これでシミュレーションが行えれば最高なんだが、高望みか……突発戦闘よりはマシだ」
「こんなに情報を集めたのに使わないって――」
 勿体ないと口を付きそうになり慌てて片手で覆った舞花に、アレクは片眉を上げる。
「『兵器を作る組織』と、その『兵器の破壊を目的とした組織』。
 一見すれば相性は良いように思えるかもしれないが、あちらが作っているのは強化人間だ。
 極めて個人的な感情だが、彼等を只の兵器として分類し、殺せという命令を俺は出せない。交戦出来ないのなら論外だ」
 体勢を変えたアレクの左の耳で藍色のピアスが揺れるのを、殆ど無意識に右の藍緑色に触れるのを、壮太は気がついている。そういえば彼女は何処に行ったのだろうか――。
「併せて、人質に成り得る存在が居る場所での戦闘行為は後を考えると非常にメンドクサイ。こういうのはプラヴダの仕事じゃない。俺達は英雄になりたい訳じゃないんだ……あ、壮太、今俺すげぇカッコ良い事言ったメモっといて」
「おにーちゃん、そういうの付け足したら台無しだろそれ」
 そんな風に壮太たちを苦笑させながら再び始まった簡素な作戦会議は、しばらくして終了に差し掛かる。そこでアレクが先程の件の続きのように、ハインリヒに心算を述べだした。
「我々プラヴダが総軍、件のトーヨーダインの施設に突入し作戦を成功させる――この場合目的は囚われた強化人間の解放だとしようか――それが可能か。
 答えはイエスだ。敵も味方も人質も合わせて犠牲は恐らく増えるが、確実だ。
 では何故プラヴダだけで突入しないのかと言えば、一つは生きて帰る人間を増やすため。二つは中立の立場が欲しい。
 情報を収集し、手順を踏んでどうこうする段階は過ぎた。これから我々が行うのは奇襲と攻撃、つまり殺人と破壊だ。だが……」
 息を吐いて区切ると、アレクは壮太らを一瞥し続ける。
「今回は脱出まで時間が掛かる。頭の中まで傷つけられた連中を前に、軍隊が突入し警備兵と研究員達を殺し撒くって銃声と硝煙の中で長時間を掛け、地上へ運ぶのが救助と言えるだろうか。この後はカウンセラーのお仕事ですよ、と投げ出すのは正解だろうか」
「それは……結局のところ……」
 どう言う意味なのか。困惑するハインリヒとアレクの間へ音も無く入室していたトーヴァが、存在を主張するようにどすっと音をたて椅子へ腰掛けると、少尉以下が姿勢を正す。
「ハインツ、ハインツ。
 アンタはそーやって真面目な顔してるからコイツに撒かれるのよ」
「スヴェンソン中尉、何処をほっつき歩いてた。会議はとっくに始……もう終わるところなんだけどな?」
「知ってるー。ちょっと遊んできたのよ」
 ケラケラと笑うトーヴァが本当に遊んできて居ないのはアレクが、そして本当はハインリヒも知っている。それでも立場上彼女の行動を咎めようとするハインリヒの言葉を、トーヴァがくるりとそちらを向いてストップさせた。
「そーそーさっきの続きね。シュヴァルツェンベルク、大尉殿の意図は理解した?」
「いや……正直よく分かんない」
「うん、じゃあ仕方ないトーヴァおねーさんが教えてあげよう」
 こほんと咳払いして、直後トーヴァはムフフと笑いながら言う。
「大尉殿はこう仰られている。
 『もし俺が、実験動物扱いされて実も心も傷ついた可哀想な強化人間だったら、マッチョな軍人達に助けられるよりこういう――』」
 言いながらトーヴァは舞花を示している。
「『可愛い女の子がきてくれたほうが嬉しいな』っと。ね」
 ニコニコ笑うトーヴァと暫く視線を通わせ、『嘘だろ』と『やっぱり』を混ぜた顔でハインリヒはアレクの顔を見やった。
「アレク、マジでか……?」
「ああ。あの時不在だったお前は知らんだろうが、以前空京での交戦時に俺を助けようと現れたジゼルの神々しいまでの愛らしさと言ったら無かった。
 埃まみれになって尚輝く姿。
 慈愛に満ちた瞳。
 頭の足りなさそうな言葉。
 嗚呼、あれこそまさしく天使!
 ハインツ俺はな、天使は誰の前にも平等に現れるべきだと思うんだ。だから――」
 何か悟った表情で早々に卓上を片付けて部屋を去る兵士達とハインリヒ。彼等に続いて部屋を後に――ハインリヒに尚もジゼルの素晴らしさを語り続けるアレクの背中を見て壮太は嘆息する。
 アレクはいつも通りだ。
(っつーより『然もそう見える』ってカンジか?)
 本来ならばあの場で一言でも発せられてよかった筈のミリツァの話題が、アレクの口から出なかった不自然さに壮太は気がついていたのだ。
「おにーちゃん」
 呼び止めて、しかし振り向いたアレクに伝えたのは何時もの調子の、たった一言だった。
「オレ、探し物見つけるのけっこう得意なんだ」