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リアクション
【突入・3】
ギフトが変化したボルトアクションの600ミリカラビナー(*騎兵銃)を反動等無いかのように殆ど連射とも言えるスピードで撃ちながら歩き進むハインリヒに、テレパシーの声が飛ぶ。
[中尉…………シュヴァルツェンベルク中尉!]
「なんだ?」
[すみません、銃声で――!]
「ああ、ごめん」[何?]
[先程の女性達、『良い』のですか?]
「女性……? ……ああ、あの人達」
兵卒の声にその『女性達』の特徴的な姿を思い当たり、ハインリヒは相変わらず姿勢もテンポを一切崩さずにトリガーを引き絞りながら答えた。
[――保証する程安全とは言えないけど、大尉から外部の契約者は目的の邪魔になるか命に関わるような事が無いなら基本的に好きにさせろって言われてるからね]
「Dajbog!」
主人の声にポーチから戦場では巫山戯ているのかと思われそうな縫いぐるみに似たギフトが飛び出すと、フワフワした身体を硬質なサブマシンガン――極めてスコーピオンに似た形状――へモーフィングさせる。
ハインリヒはカラビナーから両手と肩口を離してサブマシンガンのマガジンを掴みながらもう片手でトリガーを引き絞り、フロントサイトで敵兵を確認し――ているのかどうか定かでは無い動きで迷わず銃弾を連射していく。
暫くもしない内にエレベーターホールを制圧すると、それを連絡する通信兵の隣でハインリヒは後ろへ向き直った。
「――で、なんだっけ、さっきの話。
そうだ、次百 姫星(つぐもも・きらら)さんとバシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)さんそれから……」
ハインリヒが詰まった最後の一人の名は呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)だった。後ろ姿を見送った三人の名前を出しながら、ハインリヒは彼女達の言葉を思い出す。
「ミリツァも無茶するヨ……
全く、偶には大人を頼って欲しいネ!」
「しかし、やはりミリツァさんはアレクさんの妹ですね。前向きは良いですけど、自分一人で抱え込みすぎです!」
「やっぱり君たちにもそう見えるんですね」
呟いた言葉に姫星たちが首を傾げるのに、ハインリヒは逡巡して話し出す。
「これを言ったらアレクは怒るか……も……しれない……。
うん、僕と彼は幼馴染み――って言って良いのかな。お互い祖父が親しかったんだ。向こうが8歳くらいまでは何度か遊んだ。
アレクは兎に角泣かない子供だったよ。喧嘩しても……転んでお昼ご飯のサンドイッチ落としても」
思い出話に本人も気づかないうちに初対面の彼女達に礼節を守っていた口調がフランクになってしまうハインリヒに、姫星達も緊張を解いて穏やかな表情で話を受け取る。
「パラミタで彼と再会した時、昔と違って頑なになったあの表情を見て、彼が国を失った後一度も泣かなかった事は分かった。
――ミリツァは一度しか会った事が無いし、僕らお互いの言葉が分からなかったから仲良くなれなかったけどね、彼等のお爺様は二人の兄妹は本質が似ていると仰ってたから、彼女もきっと色んなものを抱え込んでるんだろうね」
「と言う事はミスターシュヴァルツェンベルク、貴方も良い家柄の出身なのね」
何となく言われた墓守姫の言葉に「僕は三男だから」と苦笑するハインリヒ。そんなやり取りの中、隣に立っていた姫星が口を開いた。
「私は普通の一般家庭……以下ですから、正直言って高貴なる者のプライドとかは知りません。
ただ一つ……友達のためなら、何度傷つこうと何度倒れようと負けない!それが、私のプライドです!」
確固たる意志を持って吐かれた、姫星の言葉。
たった三人の少女が戦場と化したこの施設内を走り回る事は責任を負う立場として認めるには厳しい案件だったが、ハインリヒはあれを信じたのだ。
「大丈夫だよあの人達は、やりたい事がはっきりしてるからね」
言いながらエレベーターの扉をこじ開けてシャフトの下を覗き込む。
「中尉――どうかなさったのですか?」
「うん、メンドクサイから此処から降りようと思って」
「………………は?」
「僕の事は気にしないで、君等は伍長の命令に従って。予定通りのやり方でRV(*集合場所)に向かってくれ」
「え、あの――!」
「Na shledanou!(*捷語・さようならー!)」
口を開いたままの兵卒に掌と笑顔を向けて、ハインリヒはシャフトへ飛び込んで行った。
*
後方の通信兵からの苦笑混じりにテレパシーを受け取ったトゥリン・ユンサル(とぅりん・ゆんさる)は「ハァ!?」と声を上げた。
どうかしたのかと振り向く仲間達に、トゥリンは不機嫌な表情で口を開く。
「中尉が消えたって」
「どの?」
「男の方。
アレクは当直じゃないとかって前出るし、トーヴァも実際暴れたいだけでしょあんなの、ジーマもハインツも……結局真面目に仕事してんのコーリャだけじゃん! ほんとうちの士官ってどうかしてるよ!」
実際『どうかしてる』事は事実なのだが、彼女にしか言えないだろう不敬全開の言葉を吐きながら、トゥリンは槍の柄を回して対峙していた警備員の武器を巻き上げる。
丸裸になったそいつの正中線に向かって紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が鋭い拳を叩き込むと、攻撃を受けた警備員は吹き飛び後ろの警備員達を巻き込んで雪崩のように崩れていった。
今、唯斗は『鬼種特務装束【鴉】』と呼ばれるイコンクラスの相手と生身で渡り合う事すら可能な特殊任務用の特別装備を装着していた為、彼の本来持っている類希なる運動能力が更に向上していたのだ。
「トゥリン、今回は俺ちゃんと真面目にやっから安心しとけよー、
大事なロリ様を手伝いに来てるわけだしなー」
「全くだ。
後で班長きたときに色々言われたくないし――、せめてうちだけはちゃんとしてよね、皆!」
刃を払う様に振り下ろすトゥリンに、仲間達は「いえっさー」と矢張り苦笑しながら返す。
特に肩を震わせていたのは真で、戦いから頭が外れそうな頭を小突きつつ、原田 左之助(はらだ・さのすけ)が「確かに――」とトゥリンの言葉を繋いだ。
「この隊は上に行けば上にいく程変わりものが集まってる気がするけどな」
しかしその血を引く『彼女』も大概だ、と左之助は思い出していた。
「バレましたね!!」
食堂――。焼き魚の尻尾の部分を口から半分見せたまま、ターニャことスヴェトラーナは投げ遣りな言葉で自分の陥っている状況を左之助に簡潔に説明した。
隠し続けていた自分の正体が父にあっさりバレバレでしたといよいよ判明し、混乱を抑え付ける様に敢えて冷静な態度――即ち大食――を取るスヴェトラーナ。
父との対立の可能性が消えたこの世界の状況を鑑みれば別にバレてしまっても構わないのだが、スヴェトラーナにも事情があるらしい。
「だって、今更言い出し難いじゃないですか。
私は貴方の、別の未来の娘ですだなんて――あ、白飯おかわりするんでちょっと待ってて下さいね」
至極真面目な顔から急に立ち上がって山盛りのご飯を手に戻ってくると、スヴェトラーナはさも何事も無かったかのように話に復帰した。
左之助の方がついて行くのに精一杯になりそうだ。
「それで私は――あ……」
「みそ汁なら! ……後で持ってきてやるから続けてくれ」
「あ、はい。
それでしかもですよ、父にバレると言う事は、芋づる式に母にもバレるという事でしょう?」
「そりゃあそいつはあり得るな」
「そしたらさ!
私が、ジゼルの娘だとバレるってことで!!」
「うん?」
「手を出すのに色々拙いじゃないですかホラ倫理とか条例とかレイティングとか――」
ゴンッ。
と、重い音を立てて、左之助の拳がスヴェトラーナの脳天に減り込んだ。
沈黙を間と充分取ってから、左之助は漸く口を開く。
「…………嬢ちゃん、俺ァそろそろ行くが」
「…………はい」
「気をつけろよ」
「……はい」
「…………色欲的な意味でも」
「そうですね」
そんな回想を終えて、左之助は呟いた。
「ターニャ嬢ちゃん、大丈夫なんだかな」
「そうだね、ちょっと心配」
眉を下げながら同意する京子に一応頷いて、真は思う。
(多分、京子ちゃんがしてる『心配」と、兄さんがしてる『心配』は違う種類なんだろうなぁ……)
こうして、それぞれの想いを胸に警備室進む彼等は、目的地の扉があと数メートルのところまで辿り着いていた。
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