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リアクション
【追撃・1】
「アハト・アハト、借りてまいりましたー!」
トーヴァがヴィクトリーを現すピースサインを掲げるのに、彼女を見上げている兵士たちが沸き上がる。
アハト・アハト――8.8cm高射砲のギフトの登場に歓声と拍手が起こると、共に施設裏に居る契約者たちもそのノリについて行く事を余儀なくされた。
(こんなんでいいのかこの軍隊は……?)
と、目を半分にする羽純の横で、彼の妻が「凄いね! かっこいいっ☆」と目を輝かせるので、もうこれでいいんだと羽純は自分を納得させる。
既に戦闘は開始されているというのに、施設裏は呑気なものだ。
警備員は早々に施設表に陽動されてしまったし、ここへ逃げてくる階上の職員は、待ち構えていたプラヴダの兵士たちに既に拘束されてしまったらしい。
要するに、ちょっと暇なのだ。
暇だからと言って遊んでいる訳にはいかないのだが、実際遊んでいるのかどうか分からないのがこの施設裏の行動だ。
何故なら彼等が目的としているのは、『破壊』だったのだ。
職員ならびに研究者の逃走に使えるものを徹底的に叩き潰す。
ぞくぞくしそうな感情の昂りに唇を歪めるセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、行動を前に上着を脱ぎ捨てビキニ姿になると、兵士達の歓声は更にパワーアップした。
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も『半ば慣っこ』というやつで、こちらはやや丁寧に上着を脱ぎパートナー曰く『撹乱戦術』の為の装備――レオタードになる。
彼女達に対抗した訳ではないが、豊か過ぎる胸がキツいのか軍服のボタンを外した美しきヴァルキリーの中尉に兵士達がもう何だか訳が分からないテンションに成る中、トーヴァはアハト・アハトの砲身をペチンと叩いて白い歯を見せる豪快な笑顔を浮かべた。
「こんなもん持ってる変態ハインツに乾杯!
という訳で撃ちまくろうぜ! 高射砲で水平射撃してやんよ!!」
その場の全員が耳を塞ぐと直後、独特な発射音が施設全体を揺るがすように木霊する。流石にこれで警備員やT部隊の連中も施設裏の状況に気づいただろう。
複雑な気持ちに苛立ちや不安を覚えていた友人――輝の背中を叩いて、トーヴァは剣を抜いた。
「さあ皆――フルバーストよ。
溜め込んだストレス、解消しちゃいましょうね!」
*
ジゼル・パルテノペーの殺害未遂犯。
自分がその名を背負うことになったのは、一体何故だったどうか。東雲にはそれが思い出せない。
事件後に自分を見失い放浪していた彼を拾ってくれたのは、輝達だった。
「謝りにいきましょう」
真摯な目を向けそう言ってくれた輝に促されるままにあの場へ向かい、事件の発生でそれどころじゃないという状況に陥って、
――そして今この場に居る自分は何なのだろう。
「どうしてあんな事したんだろう」
東雲は自問を繰り返す。
(東雲ナラアンナ事シナイ)
東雲は自答を繰り返す。
「……違う。
あれは俺の意志だ」
巻き上る砂の粒一つ一つを見つめる東雲。その耳には、銃声と大砲の発射音に混じって施設表から歌声が響いていた。
あの歌声に、少女に恋をしていた。その筈なのに何故あんな事をしたのか、東雲には分からなかった。
「俺は。
本当は。
死にたくない。
でも死ぬしかないって大人は言う。
でも独りは寂しい。
だから。
みんな壊せばいい。
みんな殺せばいい。
そうしたら寂しくない」
東雲は否定した。
(東雲ナラソンナ事シナイ)
否定を繰り返した。
「違う。
これがほんとの俺なんだ。
身勝手で破綻してる。
何もかも壊して一緒に消えたい。
壊そう。
死のう」
――何もかも全て道連れにしたい。
頭の中に浮かぶ言葉。しかし目の端に映るのは、自棄になっている自分を励ましていくれた輝らの姿だ。だから、東雲はまた思ってしまうのだ。
「……でも」
生きたい、と。
「生きたいって思う気持ちは変わらない。
そうだ。生きることを、考えなくちゃ…。
……そうですよね、神崎さん、リキュカリア……」
そうして東雲は動き出した。
『生きる』為に。
漆黒の翼を広げて警備員達に対峙する東雲の姿を見て、輝は安堵の笑みを浮かべる。
「良かったわね。輝くん達の気持ちが通じたのよ」
「はいっ」
トーヴァの声に、輝は東雲から背中を向けて戦いへ戻った。
この戦場の様子を、空から見守るものが居た。東雲のパートナーリキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)だ。
(東雲の事は、全部ボクのせいなんだ。
だってあの東雲は――
肉を纏った人形なんだから)
リキュカリアは秘密を隠していた。それは東雲との契約の時に、彼が目の前で事切れた事だ。
(ずっと忘れてた。
東雲はとっくに死んでる。
ボク達が契約したあの日に。
いまの東雲は、東雲ならこうするだろう言動をパターン化して組み込んだだけの人形。
最初は上手く行ってたけど、最近はやっぱりおかしくて。
だって人形は夢なんてみない。誰かを好きになったりしない。
東雲の身体が腐り始めてるのも、ボクが東雲は死んでるって思い出したから)
今の東雲は死体人形だと、そう『思い込んでいる』リキュカリアは先日の事件を思い出し、唇を噛み締める。
(放っておいたら、また人を傷つけるかもしれない。
そろそろ眠らせてあげよう。
ただ魔法を解くだけでいい)
「見届けたら……さよならするよ」
パチン
指をスナップする音は、戦場の中で誰かの耳に届く事はない。
輝らがそちらを向いたのはただの偶然だった。
本当に糸が切れた『人形』のように崩れていく東雲の身体を、どこからか現れたリキュカリアが抱えるとそのまま疾走し、二人の姿は荒野の土埃の中に消えていった。
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