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人魚姫と魔女の短刀

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人魚姫と魔女の短刀

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【突入・2】


 先陣をきったのは武尊だった。
 キアラの魔法の閃光と共に飛び込んできた彼の重力操作による撹乱で警備員達が武器を取り落とすと、その後ろに続いていた舞香が続いていく。
 しかしその姿にはくノ一の技術を行使されており、向こう側から舞香の姿は見えない。その間に彼女は武尊の作った隙を正確に見切っていた。
(人体実験なんておぞましいにも程があるわね)
「一人残らず叩きのめしてこんな組織は潰してあげるわ!」
 手にしているサブマシンガンが急に重くなった事で混乱している警備員は、突如響いた女の声に左右を確認する。
 右を向いて、左を向いた瞬間、舞香のバトルハイヒールの尖ったつま先が翻るのが一人の警備員の目に映った。
「おい、正面――」「遅いわ!!」
 頸動脈から袈裟懸けに振り下ろすように舞香の蹴りが炸裂する。
 先陣を切る二人の連携により警備員の大部分は行動不能になった。
「警備員の能力が低いのは密偵の情報通りでしたね」
 舞花は手にした盾で後列ごと防御している。後ろについていたキアラが頷いた。
「問題はT部隊ってヤツラっスよね」
 言いながらキアラはアンカーへ向かって合図を送る。すると部隊最後尾から飛び上がった影が壁を蹴り、その勢いで最前まで躍り出た。
「道案内頼むっスよ」
「任せろ」
 キアラの声にサムズアップで返して、壮太がトップスピードで駆け出していく。
 彼は施設付近に到着すると直後、皆の行動に先んじて呪い影と呼ばれる忍術による密偵を二体放っていた。そのうちの一体で収容室迄のルートは既に把握済みである。
「こっちだ!」
 声に導かれて部隊は収容室へ真っ直ぐに進んで行く。暫くすると彼等は突き当たりへ差し掛かった。
「この扉の向こうが収容室っスね。後方警戒! 舞花ちゃん、アンカーついて! 舞ティ、太壱君ピッキングお願い」
 キアラに呼ばれて、二人は扉まで行くと打ち合わせ通りに解錠を始める。扉を無理矢理開ければシステムの連動で他の出入り口迄封鎖されてしまう為、多少時間は取るがこの丁寧な作業が必要だったのだ。
「警備室からの連絡はきてないっス。くれぐれも慎重に――」
「オーケー」
 後方を警戒する形に隊列を組み直している間に、千返 ナオ(ちがえ・なお)のフードに隠れていたノーン・ノート(のーん・のーと)が叫んだ。
「何かくるぞ!」
「ダーリン、多分T部隊だよ」
 殺気を感じ取って、魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)がその声に続いた。 
「ファースト・ムーバ!」
 キアラの命令に従って皆が姿勢を低くすると、今迄丁度頭が有った位置に銃弾が撃ち込まれいく。他の位置に飛んだ銃弾は舞花の盾が防いだが、接近を感づかれたT部隊の警備兵達はそのまま銃弾を散撒きながら進んでくる。
 しかしそんな中で、その攻撃をモノともせずに警備兵に向かって行く男が居た。
「食人君!?」
 魔鎧を着用しているとは言え銃弾を全身に受けながら蔵部 食人(くらべ・はみと)一歩ずつ進んでいく食人に、仲間達は彼は(色んな意味で)大丈夫なのかと目を見張る。それは勿論T部隊も同様で、サブマシンガンとアサルトライフルのトリガーを引き絞る指に力を込めながらも、身体の方は確実に脱力しはじめ、彼等自身気づかぬうちに動きが徐々に緩慢に、単調になっていく。
 彼等は食人の恐るべき防御力を恐れていたのだ。
 勿論、痛みが無い訳ではない。食人の防御力は契約者の中でも誇る事が出来る程の成長を遂げた部分だったが、未だに『絶対的防御力』と言う迄には至って居なかった。
 しかし食人は痛みを堪え、銃弾の嵐の中身体をブレさせる事もない。するとそれは警備兵にとってまるで『絶対的防御力』を持つモンスターのように見えるのだ。
「攻撃が効かない!」
「く、糞……なんだ、何なんだあの化け物は!?」
「この防御力こそが、これまで俺が仲間と共に育んできた絆の固さだ!
 お前らの豆鉄砲やナマクラで壊せるものだと思うなッ!」
 啖呵と共に遂に警備兵の正面をとった食人――シャインヴェイダーが槍を携えた真っ直ぐな拳を繰り出した。
(絆の固さっていうか、ダーリンはいつも仲良くしようとした相手(特に女の子)にボコスカやられてるからね。
 体が痛みに慣れちゃったんだろうね、うん)
 シャインヴェイダーが冷静な分析をしている間。武尊はそのままその壁を、天井を縦横無尽に走り出す。
「武尊君後ろ!」
 キアラの声に武尊は分かっていると返事をする前に、肩に背負うようにしていた如意棒を、銃を構え直していた兵士に向かってそのまま伸ばした。
「ぐあッ!!」
 ヘルメットが割れる音と、兵士がトリガーにかけた指先から力抜ける迄の発砲音が木霊する。こちらには運良く、相手に運悪く、いいところに当たったようだ。
 T部隊は何れも訓練された契約者であったが、前列は食人とシャインヴェイダーに、後列は武尊の驚異的なスピードとトリッキーな動きに蹂躙され、成す術が無い。
 あちこちにアサルトライフルの銃口を向ける兵士達に分隊長らしき人物が声を上げた。
「無駄にバラ撒くな! 壁を作れ!!」
 しかしその分隊長らしき人物の言う壁を作る――というのがどのような作戦だったのか、武尊達には結局分かずじまいになる。
 なぜなら武尊がしていたのは『攻撃を交えた撹乱』であり、『陽動』だったからだ。彼のこうすることで「キアラ嬢達に敵が隙を見せる事にもなるだろ」と狙いをつけて動いていたのだ。
QUADRIFOGLIO!!
 キアラが何かをつかみ取るようなアクションをすると同時に、武尊を狙って動きが乱れていた兵士達が編み込まれた縄のような魔法に拘束される。
「凄いね」
 キアラの拘束から漏れた警備兵に攻撃を加え、チャクラム型の強化光条兵器が壁にぶつかり蒼色の光りを流星のように煌めかせて戻ってくるのを器用にキャッチしながら、託が感嘆の声を上げる。
「い、今……」
 キアラが握りしめた拳は少々震えている。
「初めて上手くいった!」
「今!!?」
 皆の声が重なって飛んでくるのに、キアラは引き攣った笑顔を向けて返す。
「あのヘボいのが死なない様に『逃走』に特化した技を開発してくれ」と以前大尉に命じられて、新兵教育係として隊士の全てに恐れられ、慕われる鬼曹長が直々に訓練をつけキアラが編み出した魔法は、とても心許ない成功率の上で、土壇場に完成したのだった。