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人魚姫と魔女の短刀

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人魚姫と魔女の短刀

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【突入・1】


 荒涼とした大地を二つの影が進んでくる。
 少女の珊瑚色の唇から紡がれるゆったりとしたメヌエットは愛らしく、優雅だ。
 半歩先を進む青年にエスコートされ、歌に合わせてリズムを刻む足は空を舞うように軽い。茶色一色の場所に不似合いなリトルブラックドレスのドレープをふわりふわりと棚引かせ、時に身体を反らせ、腕を伸ばし、くるくると回る彼女を青年は愛おしげに見つめ時折何かを囁く。
 美しい夢の様な光景から、彼等の眼が離せないのはもう既に生物兵器の放つ甘い声と香りに捕らえられているからなのだろう。
 正気であれば気づく筈なのだ。
 平時ならば誰も足を踏み入れないようなシャンバラ大荒野の片隅に、『関係者』外の人間が現れる筈もないという事に。
 もし全てを冷静に見られる事が出来たなら、その存在は全てが不気味で、異常だと思うだろう。
 だのに監視カメラを見ていた警備員たちは微動だに出来きず瞬きを忘れて乾ききり真っ赤になった目にうっすらと涙が溢れさせうっとりと少女を見つめる。

 彼等が瞳をどれだけ見開いても見えて来ないのは、空に浮かぶ魔法円のような音波が描く紋様であり、
 天使の歌声に耳を塞がれて聞こえていないのは、軍装の青年が囁く座標と命令であり、
 蠱惑に脳を掻き乱され理解出来ないのは、暴虐による栄華の終焉である。
 セイレーンが紡ぐメヌエットは荒野の風の乗り、地下深くまで響いていた。



 地下深く、何処迄も延々と続く階段を、それぞれのスキルを駆使して体重等無いかのように契約者たちが降りて行く。
「これ、なんつったっけ。
 ぜったい『行きはヨイヨイ帰りは……』ってやつになるっスよね」
 何処からそんな知識をつけたのか日本のわらべ歌を例に挙げながら、キアラは階段をポンポンと軽やかに駆け下りていた。
 施設表の『陽動』の間に行われたエントリーで、この階段の入り口を含めた一階の主要な場所は瞬時に隊士達に制圧された。彼等より下へ降りなければならない『実験室』行きのメンバーが先を行っているお陰で敵との戦闘は避けられていたが、何しろこの建物は調べのよれば『47階建て』なのだ。いざ事実に直面してみると気が滅入ってしまう。
 しかしキアラは武尊の提案、『警備室の制圧が完了し、エレベーターの安全が確保されるまでは階段を使用する』は尤もだと、今でも思っている。
 勿論階段とて危険がない訳ではない。
 警備員らの多くが陽動の方に手を裂いているとは言え既に存在を感知されているキアラ達が使用する、このC階段が敵によって燻し出される可能性はある。しかし裏を返せば職員達も使用しなければならないのだからその可能性は非常に低いだろう。
 職員用の緊急避難用の階段やエレベーターは何十とあったが、そのうち幾つかはダミーらしい事も割れている。
「ってことは逆に? 本物の階段は安全っつー事っスよね?」
「そうですね」
 キアラに振り向かれて密偵を送りこの情報を得た本人である舞花が頷いた。
 無駄な体力の消耗は惜しい。彼女との短い会話は終えて、キアラは代わりにため息を吐く。
(幾ら安全って分かってても気が滅入るんですけど……)
 少し前――。
 作戦について確認事項を持って会議室へ消えた上官の元へ駐屯地を彷徨っていたキアラが見つけた上官はアレクだった。
 士官達が平時は幾らフレンドリーだろうが、能力を買ってくれ普段の作戦で立案を受け入れてくれようが、大尉は本来キアラが作戦の質問や了解を得る相手では無い。(ついでに言うとファーストネームで呼んで良い相手ですらない)実際探していたのは別の人物だ。どうしようかと考えている間に、アレクの方がこちらへ近寄り、キアラに問いかけて迷う事無く地図にバツ印と矢印を書き込んでいく。
「御神楽舞花によると職員が使用するのは今印を付けたエレベーター。偵察の調査では警備員の配置数は――」
 喋りながらアレクは今度は予想到達時刻や警備員の割り振りされる人数を書き入れた。
「エレベーターはハインツがやるから直ぐ終わる」
「ハインリヒ中尉!? あの人って……」
「戦えるのか? バカ言うなよ。人畜無害なんて大嘘だぞ奴は餓鬼の頃からマジで危ない」
「うっそ……」
 掌サイズの縫いぐるみのようなギフト達をポーチに詰め込んで懐っこい笑顔でいるハインリヒの顔を浮かべて、青くなったキアラにアレクは地図を押し付ける。
「細かいとこ知りたいならこれ持って情報持ってきた御神楽舞花か実際行ってきたロベルトか……兎に角他のヤツに聞いてこい」
 最終的に分隊のコールサインを書き込んで、最終的にC階段に二十丸をすると、アレクはキアラに向き直る。
「お前等はここの――C階段を使え。ここは一番安全、以上」
 頷くだけで何の言葉の無いキアラの顔を覗き込んで、アレクは腕を組む。キアラがプラヴダに入隊して暫く、映画やニュースで見てきたグレネードの類いをぶん投げてワーッと突入するダイナミックエントリーはそうそうある事ではないと知った。本来の作戦はしつこい程の手順とシミュレーションをもって、行われるのが常だ。だからこんな雑な作戦は初めてで、頭が追いつかないのだろう。
「なんで一番安全って言えるんスか」
「根拠は無い。
 まあ、持てる情報は全て考慮した上でだから完全に無いとは言い切れないが、これはあくまで経験による予測でしかない。
 しかし今の状況を鑑みればこれが一番なんだ。言ってる意味分かるか?」
「……はい」
「キアラ・アルジェント、貴様には経験が足りない。突入作戦になった場合、結局は個々に全てが任される事になる。敵とコンニチハしてから上官に判断を仰いで居る時間は無い。自分の命を守る指揮官は自分自身で、人質の命を左右するのも貴様の行動次第だ。動揺していちいち止まるな直ぐに決断しろ。
 それから――」
 言いながらアレクはキアラの頭を掴んで後ろに向ける。彼女の後ろには、今日彼女と行動を共にする契約者たちが並んでいた。
「能力、経験どれを取っても彼等の方が余程優秀だ。仲間を頼れ。兎に角俺は『お前の家族に会いたく無い』からな」
 こうしてキアラはアレクが掛けてきた最後の言葉に従って、――と言うよりも彼女自身の心に従ったのだ。
「武尊君」
 キアラは彼女の前、地面の少し上を浮きながら先を進んでいた武尊に声を掛ける。彼は普段はぱんつぱんつと連呼して、キアラにもセクハラまがいの行為しかしてこない(気がする)。
 つい先日も敵に回った際に下らなくも恐ろしい攻撃を仕掛けられたが、裏を返せば味方にすればこれ以上に頼りになる人物は居ないのだ。
「頼りにしてるっス」
「ああ、この【キアラ分隊】には優秀なメンツが揃ってるから、上手く連携できれば目的を果たし、誰一人欠ける事無く帰還できるだろ」
 事も無げに言ってみせる武尊に微笑むと、下から声が聞こえてくる。
「キアラさん、この階です!」
 施設館内の構造を把握している舞花に頷いて、キアラは地面を蹴り彼女の前に立つ。
 その後ろで緒方 樹(おがた・いつき)が彼女のパートナーや仲間に指示を送る。
「戦闘に関しては先ほど確認したとおり。
 戦闘の経験がある者は叩き潰し、戦闘の経験が無い者は無力化して捕縛。
 『実験体』と呼ばれた者に関しては、救出と治療を優先させる、いいな」
「ハイハイお袋、俺後衛な!」
 緒方 太壱(おがた・たいち)がサムズアップしてみせるのに、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)新谷 衛(しんたに・まもる)が続く。
「命を弄ぶ馬鹿野郎様なんて、ワタシがミサイルポッドで蜂の巣どころかミジンコサイズに叩き潰して差し上げやがりますですよ!」
「おうさ、万物の長、ニンゲンなめんな!」
「いや、マモルの場合はニンゲンじゃなくて魔鎧……」
「さー行くぜ、ジナぽん、片っ端から殲滅だぁ!」
「さーいえっさー、バカマモ! なのでございやがりますです」
「いや、マモルは性別が女性だからイエスマムであって……」
「つーか作戦の目的は施設の包囲と封鎖、制圧、それから囚われた人の保護と護衛なんで殲滅(*軍事・部隊消滅、皆殺しで根絶やし)されたら困るんスけど。
 部隊は壊滅(*部隊五割減、再編不可能)、職員は捕縛。ミサイルポッドなんて以ての外っスよ」
 口をへの字に曲げるキアラに、ジーナがこちらは口を尖らせる。
「……でも……ならこれが使えるでございますね!」
 ピンク色のハリセンを天高く掲げたジーナに、キアラは最早何も言えなくなった。
「お袋、キアラ、テンション上がったあの2人に何言ったって無駄だって」
 肩を落とした樹に首を振っている太壱を見て、キアラは他のメンバーを目を合わせた。
 誰もが「イケる」と言っているかのような視線を返してくる。仲間を頼れと言った隊長の言葉が、今この瞬間、染み入る様に理解出来てキアラはここへきて初めて自信の笑みを唇に浮かべた。
「舞ティおねがいっ」
 桜月 舞香(さくらづき・まいか)に視線を合わせると、彼女が勢いを付けドアノブを捻り肩で押し明ける。
 開いた隙間にキアラは振り下ろす様に杖を差し込んだ。
Chiudere gli occhi!
 LAMPA ARCOBALENO!!

 虹色の閃光に待ち構えていた警備員達の視界が奪われる間に、【キアラ分隊】は突入するのだった。