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リアクション
【捜索】
強化型光条兵器のブライトマシンガン。
リロード不用、弾数無制限のサブマシンガンのトリガー引き絞ったまま放さない指は、ここへきて痺れを感じてきた。
だが美羽が銃撃を止める事は無い。
彼女が今居るのは、プラヴダの兵士すら後回しにしている主要な部屋の無い階だった。
パートナーのコハクとたった二人此処へ行って、美羽が探すのはあの『卑劣な男』――ゲーリングだ。
(マスクをして紛れ込んだつもり?
でもねゲーリング、そのいやらしい声と喋り方は、私の記憶にはっきり残ってるんだから!)
銃弾は職員の足を一切の容赦なく撃抜く。そうして彼女は彼等の上げる悲鳴を聞き分けていた。
かつて美羽の友人を――、ジゼルの心と身体を弄んだゲーリングを、美羽は決して許しはしない。普段はどこまでも温和なコハクですら同じように思っているようで、彼は笑顔を消した顔で槍を振るっていた。
(あの時ジゼルが受けた苦悩は、今も深く刻まれている……)
瞼の裏に焼き付いているのはあの事件の後からのジゼルの表情だった。涙を流し、時にそれを耐えて震え、何時も笑顔の明るい彼女を陥れあんな顔をさせたゲーリング。
美羽の中に憎しみに近い感情が溢れ出してくる。
(なのに今度はミリツァを騙して、利用していたなんて――一体どこまで人の心を踏みにじるの!?)
長い廊下の中で、彼女の銃弾の音が鳴り止む事は無かった。
*
ゲーリングを探す美羽。ミリツァを探す姫星。
この二つのグループの他にも、本隊と別行動を取るものが居る。
作戦開始とほぼ同時刻のシャンバラ大荒野――。
「フハハハ!
我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
ククク、ここが強化人間ビジネスで名高いトーヨーダインの実験施設か!」
高台の上、荒野の風に白衣を棚引かせ古代遺跡――を偽装したトーヨーダインの施設を見下ろしつつ、高笑いしていたのはドクター・ハデス(どくたー・はです)だ。
「あの武器商人ゲーリングの背後に居たのも、このトーヨーダインとはな。
面白い。
この俺が開発した改造人間のサクヤとペルセポネが、トーヨーダインの強化人間よりも優れていることを示し、オリュンポスの技術力が世界一だと裏社会に宣言してくれよう!」
高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)とペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)。ハデスの魂胆は悪の秘密結社オリュンポスの誇るこの二人を改造強化人間と戦わせる事で、オリュンポスの技術の優位性を世界へ示すというものだ。(*この二人を改造したのはハデスではない)(*仕えていたミリツァの事はものの見事に頭から抜けていた)
そんなこんなで、アレクにこの施設の情報を流された事に何らかの意図が含まれいるとは知らず、ハデスは高らかに命令を下す。
「さあ行け、サクヤ、ペルセポネよ!
トーヨーダインの強化人間を倒し、我らの技術力を見せつけてやるのだっ!」
「わかりました、兄さんっ!
強化人間の研究施設……は、まあ置いておいて、あそこに同志ミリツァさんが捕まっているんですねっ!
何としても助けないとっ!」
咲耶は強化人間だ。だが彼女にとって強化人間の非人道的実験施設の件は割とどうでもいいらしい。重要なのはブラコン党同志ミリツァの身の安全の確保の方だ。
一方ペルセポネは真面目に下された任務を遂行しようとハデスの命令に姿勢を正す。
「了解しました、ハデス先生っ!
機晶変身っ!」
そのかけ声で、ペルセポネがつけていたブレスレットに収納されていたパワードスーツが彼女の身体に張り付いていく。
僅か0.05秒の間に、変身は完了した。
続いて咲耶が魔法の携帯電話を勢い良く掲げる。
「オリュンポスの改造人間サクヤ、行きます!
変身!」
黒と赤を基調としたデラックスな魔法少女コスチュームに変身すると、二人(とハデス)は施設へ突入して行った。
荒野の中を勢い良く駆け、アレクとジゼルの陽動の隙にまんまと裏口から侵入した三人。が、ここからのハデスの行動が予想外だった。
ハデスは堂々と、エレベーターへ向かったのだ。
「いや、だって、階段を使うと疲れるではないか」
当たり前だと言わんばかりのこの台詞は、新種の――分かり易いフラグ立てなのだろうか。
斯くしてエレベーターは途中階で停止し、ハデスは警備員たちに蜂の巣にされるのだった。
*
一連の演出がスキルというか本人の持つあれというかのギャグ空間でなければ本当に死んでいるところだったろう。賢明な契約者は誰も真似しないで欲しいとペルセポネは思う。
そしてこの出来事を思い出と昇華しながら、攻撃は咲耶に任せ防御に専念した。
彼女達に護られ進むのは天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)だった。十六凪の目的は、研究施設のコンピュータールームでそれらをハッキングすることだ。
「さて、ハデス君を囮にし、咲耶さん、ペルセポネさんに守ってもらって来ましたが、ここまでは計画通りですね」
やるべき事を手際良く処理していると、部屋の扉が背中後ろで開くのを感じる。咲耶とペルセポネが武器を構える音をしたが、彼女達がやがてそれを下ろしたところを見ると、入ってきたのは仲間なのだろう。
部屋にきたのはプラヴダの偵察兵ロベルト一等軍曹だった。
「大尉はあなたたち……というよりハデスさんが状況を引っ掻き回すだろうと言ってました」
困ったような笑顔で言うロベルトに、十六凪はさらりと返す。
「強化人間の技術が裏社会に出回るのは、僕らオリュンポスの世界征服の妨げになります。
アレク君たちがいくら研究員を捕まえても、一度開発された技術が消えるわけではありません。
サーバーからデータごと消去しておかねば、ね」
「確かに、必要な情報だけ精査している時間はありませんし、例え技術が著しく発展する可能性を秘めていたとしてもこれはどこかに引き渡したいものじゃないですね」
ロベルトはそれ以上何も言わないから、彼等も似たような意図を持っていたのだと十六凪は受け取って作業を続ける。
(あと、万が一、ミリツァさんがこの施設で改造されていた場合に備えて、ミリツァさんのデータを探しておきましょう。
何らかの対応手段になるはずです。……考えすぎならば良いのですが)
「クラウド化してあるデータは俺が処理します。それとミリツァのデータは――」
考えを読んだようなロベルトの言葉に、十六凪は動きを止めてそちらを見た。ロベルトは笑顔だ。あの自らの意志を持たないあの表情は、命令を受けたもののそれなのだろう。
「こっちが貰います、いいですね」
有無を言わせないロベルトの言葉に、十六凪は素直に頷くのだった。