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リアクション
【攻防・1】
実験室。
入り口で激しい戦いが始まる中、リースは、素人ではあるが彼等に出来る精一杯でトリアージをしてくれるルゥルゥの親衛隊に手伝われながら効率よく回復作業を行っていた。
そんなリースの近くを歩き回るルゥルゥを、ティエンが不思議そうに見ている。
「お姉ちゃんは何してるの?」
「隆元が実験室に置いてある薬品や実験器具の写真を撮っておけば、実験台にされた子達の治療をする時にどんな治療をしたら良いか分かってリースの役に立てるって言うから――」
小悪魔系美少女ルゥルゥをカメラに収める事に命をかけているカメ子に、ルゥルゥは実験室に置いてある薬品や実験器具の写真を撮るよう指示しているようだ。
近くではセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)が重体のものに空飛ぶ魔法をかけている。
「これで外に出られるわよ」
本来なら戦いが行われている中で外に出るようなリスクは犯さないが、並の回復術では多量の出血がおさまらないこの強化人間の少年の一刻を争う状態にそんな事は言ってはいられない。
「もう……いい…………もう…………」
余程の目に遭ったのだろう。絶え絶えの言葉を紡ぐ少年に、リースは首を振って強い言葉を向ける。
「わ、私は絶対に諦めたりしませんっ!!」
だから貴方も諦めないでくれとリースは伝える。息があるなら、たとえ助かる見込みが1パーセント以下だとしてもリースはそれに賭けたかったのだ。
そしてセリーナの準備が終わると、彼女の乗っている空飛ぶ絨毯へ桐条 隆元(きりじょう・たかもと)の指示で、彼の赤川と元相が連れて着た相乗り出来そうな小さな子供を二人乗せる。
彼等を通せと指示が飛ぶ中、皆が更に忙しく動きだし陣形を取りはじめた。
「レラちゃんは敵の気配に気づいたら私に吼えて敵がいる事を教えてくれると思うの」
賢狼・レラのことを予め情報としてセリーナが伝えた矢先、実際に狼が合図のように吼え出す。
中央に位置する彼等を護る為に前をルカルカ、中をコード、後ろをダリルがカバーしていく。スキルで超加速をする彼等に、並の契約者では敵う筈も無い。
「これで直ぐにエレベーターまで行けるな」
角に差し掛かった所で狼がまた吼えるのに、隆元は元相に角で跳躍して敵の背後に回れと指示を送っていた。
こうして救助が行われる中、入り口付近の戦いは続いていた。
T部隊の攻撃を受ける為のエルデネストが生み出した氷の壁の間を縫って、サイドアタックを警戒するウルディカのスナイパーライフルに護られながらカガチは陣形を組んだ警備兵たちの所へ抜刀の勢いで突っ込み、そのまま冷気を帯びた横薙ぎの一閃を放つと、崩れた警備兵の一人に向かって刃を上段から振り下ろし、下段から振り上げる。
二の手をうたせない流麗な動きの間に、もう一人の警備兵の腹をターニャの刀が刺貫く。
銃撃は彼等から離れた位置でなぎこが部屋に入らぬように文字通り盾となってくれていたが、もたもたしてはいられない。
次への攻撃と移ろうとしているカガチの目の端に、先程の警備兵が映った。
男は絶命している。
割り切っているつもりだが……。
(実際の所『食材とアンデッド以外』を斬るのはまだ慣れねぇ。
でもやらなきゃやられるんだ、それは俺かもしれないし俺じゃない仲間かもしんねえ。
だったらやるしかないもんね)
「んで終わったら皆で飯食おう」
「M―m、いいですね。私、ジゼルの作ったご飯が食べたいです、真さんばっかりズルいですよ」
ブリッジするように身体を反りながら銃剣の付きを交わして、器用に返事をするターニャの声が聞こえてくるのに、なぎこがくすりと笑った気がしてカガチは思わず振り向いてしまった。
――私は皆を守る『盾』になるよ。
そう宣言した通り、カガチがお祭りの射的で当ててきた盾を手に敵を押し返し盾で殴りつけながら戦うなぎこ。
「私は剣の花嫁
『旦那様』の為に戦う『戦場の花嫁』
私はなぎこ
カガチの中の私が誰だろうと、私はカガチの『お嫁さん』
カガチが『そうする』なら私も『そうする』
カガチの邪魔をする人は誰だって許さないんだから」
なぎこが吐露する言葉は、カガチには聞こえていない。ただ戦う姿が、金の瞳に焼き付く様に見えるのだ。
(ああやって盾持って戦うなぎさんは何時ものなぎさんじゃなく見える。
少なくともなぎさんの見た目の元になってるらしい「初恋の人」には見えないもんなあ。
……じゃああのなぎさんはどの「なぎさん」なんだろ。
いや、俺の中の「なぎさん」は誰なんだ?)
カガチが真剣に考えそうになっていた時だった。
「ぶふッッ!!」
シリアスな雰囲気に呑まれそうになっているカガチを現実に一気に押し戻したのは葵の行動だった。
両手の拳を振り上げ、そしてゆっくり、とてもゆっくりと下ろしておく。その不思議な動きに、警備兵達は息を呑む。
「気をつけろ、下手に飛び込むな!」
「や、奴は一体何をする気だ!?」
そして下ろした拳をポケットへひっかけ……。
「ふおおおああああああああっ!!」
奇声を上げた葵は内股に足を前に出しながら高速でシャカシャカと警備兵たちに近付いていく。その姿は一歩足を出すごとに幾つも幾つも横へ増えて行った。
「キヤアアアア変態のラインダンスだあああ!!」
女のような悲鳴を上げ踵を返した警備兵に向かって葵は素早く催眠をしかけた。
大きな音を立てて倒れて行く警備兵を人差し指でしめすと、葵は鼻を鳴らして彼等を見下ろした。
「これが、メンタルアサルトって奴だよ!」
「あれが……メンタルアサルト!!
だったっけ。パーパが教えてくれた時はもっと違っていたような――」
呟きながらターニャが前の敵を払うと、開けた視界に厳竜斎が『フューチャーおしゃれステッキ』という名の文字通りおしゃれなステッキを手に立っている。
「余り無茶しないで下さいよ」
「多少の怪我ならこのフューチャー以下略で治せる、心配いらん。
つっかいいんだよ俺は老い先短いじじいなんだからよ」
厳竜斎の言葉に片眉を顰めて、ターニャは「じゃあ」と姿勢を低くした。
「死ぬ前に若者の役立ってもらいますか!」
「応ッ!」
ターニャの背中を踏み台に、厳竜斎は警備員の前に飛び降りつつ面撃ちの要領でステッキで殴りつけた。
「それよか大事なのはお前らの未来だ。
一番ステッキーなフラグ立てにいくぞ」
振り向いた厳竜斎に「やだなあもう」と笑って、ターニャは彼の背中を追いかけて行った。