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リアクション
【逆襲・2】
「Aleck!」
兄の姿を見つけて壮太の背中から飛び降りたミリツァはそこへ駆け寄るが、2メートル程距離を開けたところで急に立ち止まった。
「Ovaj...Ja」
言い淀むミリツァに、アレクは妹の腕を引いて抱きしめ、一言声を掛ける。
その様子を見ていたユピリアが「今なんて言ってたの?」とジゼルの隣に立った。
「うーん……多分おかえり? かな」
「それだけ?」
「家族だから」
眉を下げて微笑むジゼルに、ユピリアも「そうね」と微笑んだ。
「そう言えばティエンは?」
「警備員とかの怪我を治すって向こう行ったわ」
「そっかぁ、優しいよねティエンは」
「『やっぱり、誰か死んじゃうの嫌だもん』ですって」
ティエンの口調を真似ながら言うユピリアに笑っていると、フレンディスらがそこへ合流する。
「ジゼルさん、ご無事で何よりです」
「あれ。そっちはベルクが居ない」
一行を見て、何時もフレンディスの傍にいる恋人が居ない事に気づいたジゼルが質問するのに、フレンディスは答えるべきかと考えてジゼルの目を見た。
「マスターはゲーリングを捕らえる為に……」
「うん?」
首を傾げたジゼルの顔は、続きを促すそれ以上の意味を持っていないようだと安心したフレンディスの横からベルクが戻ってきた。
その隣に立つターニャの姿に、ジゼルは目を丸くする。
「どうしたのそのドレス」
ターニャが今着ているのは、何時ものトレードマークのような軍服ではなく、ウェストを黒い編み上げのビスチェで引き絞ったボルドーのワンピースだ。
「まるでミリツァみたいよ」と口に出してからハッとして、ジゼルは手を叩く。
「ああ! そっか。ターニャがミリツァの真似をしていたのね」
戦いの前、食堂に居たターニャの元にベルクが現れた。
いやに真剣な目をする彼に流石に箸を止めて、スヴェトラーナも彼の話を静かに聞いたのだ。
「スヴェータ。
お前はミリツァに似てるし背丈もさほど変わらねぇ。
場所も場所だし上手くやれば野郎を誘き寄せられるかもしれない。
ただ俺達が一緒とはいえ囮には変わりないが……頼めるか?」
「それは……構いませんが…………」
血縁とは言えアレクに良く似た面差しのスヴェトラーナと、幼い頃はジゼルそっくりだった愛らしい顔だちのミリツァでは顔が大分違っている。
髪質は似ているかもしれないが、毎晩毎朝櫛で丁寧に解き綺麗にセットしてあるミリツァの髪と、適当に伸ばした髪を適当に結んだだけのスヴェトラーナでは同じようには見えないだろうし、何より体形が問題で、腹筋が割れる程鍛え引き締まった身体のスヴェトラーナとモデルのように細いミリツァでは見分けられてしまう可能性は高かった。
「エルデネストさんがフラワシでこっそりガードしてくれてましたし、憂慮すべきはその部分だけでしたよ。
ただ髪の長さと背の高さくらいは似ているからか誤摩化せましたね。
幸いベルクさんが用意してくれたドレスもパフスリーブだったんで、肩の筋肉もなんとか」
「一番致命的なのは胸の大きさだと思うが」
食人が思わず見てしまうのは、ターニャのジゼルよりも大きそうなバストだ。
「Fですよ」
けろりと言って、食人の耳に近付くと「ミリツァはAです」と付け足した。
「ベストじゃなかったら危なかった」
ビスチェをベストと言ってしまう辺りが本当にミリツァと違うのだろうターニャが真顔で答えて「でもまあ」と続ける。
ターニャが見ているのは、ゲーリングが捕縛されているだろう辺りだ。
「君がしてきたこと、そのまま自分で味わってみるといいよ」
と、託が言って見せた幻覚はどのようなものだったのだろうか。加えてベルクの使ったスキルは精神を崩壊へ導く危険なものだ。
(あんな事をされれば、頭のどこかに傷がつく筈だ)
ターニャにはゲーリングが今後、普通で居られるとは思えない。
「少しは懲りるでしょう。正気を保ってたらですけど」
ターニャが肩をすくめるのに、舞が「甘いわね」と首を横に振る。
「そんな簡単に考えを改めるようだったら以前に絡んできた時に気が変わってるはずよ。
お仕置き程度の痛い目で反省する訳無いでしょうに……。
まぁ、いいわ。いざって時は私が仕留めてやるわ」
そう言った直後、実際にそれは起こったのだ。
「あらら、そのいざって時が起こっちゃったみたいです」
けろりと言ったターニャの指差す先で、兵士たちを肩で押しのけたゲーリングが走り去って行く。
ゲーリングの怪我は『それ程でもない』と判断されていた為、回復は後回しにされていたから走るスピードは早く無かった。
それでも一歩先を行けたのは不意を付けたお陰だからなのだろうか。正常な判断を保つにはアドレナリンが出過ぎていたし、託に見せられた幻影も目の端に瞬いているから最早何が何だか分からない。
ただこの場から逃げ出す事だけを考えて、施設裏に辿り着いたゲーリングが見つけたのはたった一台だけ無事だったヘリコプターだった。
転げる様に操縦席に飛び込んで見てみると、空を飛ぶ事になんら支障がない状態だと確認出来る。
車両も何もかもが破壊された中で何故トーヨーダインに所属していた時に使っていたヘリだけが無事だったのだろう。
「きっとこれは神の思し召しだ」
都合良く解釈して飛び立つと、中空で旋回させながらゲーリングは思った。
今。自分の手元にスイッチが有る。
このスイッチを押せば、サーモバリック爆薬(*燃料気化爆弾の次世代型気化爆薬)が発射される。
そして三段階の爆発の間に、契約者達とプラヴダの兵士は皆死ぬだろう。
勿論自分のかつての同僚達も死んでしまうだろうが――それもまた神の思し召しだとゲーリングは狂気を唇に浮かべた。