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リアクション
【行方・2】
叔母のパンツを胸ポケットに入れるターニャの暴挙のお陰で、部屋の誰もがミリツァの居場所を確認出来た。
悲鳴が聞こえたのは、実験室にあった薬棚の一番下の引き戸の中だった。
そんな場所で細い身体を小さく折り畳みながらミリツァは隠れていたのだ。
「こんな狭い場所に……、サイコメトリしても見当たらなかった筈です」
苦笑するエオリアに、ミリツァは気恥ずかしそうに頬を赤らめている。
「だって格好悪いじゃない。一人で行ったのに捕まっちゃうなんて……」
怪我の治療の為座っていたミリツァは、皆の視線を一身に受けながら、ブカブカの白衣を脱いでゆっくりと話し出す。
「あの日――、あなた達に色々な事を言われたでしょう」
ルカルカは目を伏せたままのミリツァに、「この前は言いすぎたよ」と口に出す。
ミリツァはそれに対して首を横に振って、皆の目を見て話し出した。
「一度謝った後も、毎日考えていたわ。私がした事、してきた事を考えて、どうすべきかって。
お兄ちゃんから離れて、遠くから色んなものを見て、あなた達言った事は正しいのだと……改めてそう思った。間違えてたのは私よ」
「それで一人であの男の元へ向かったのね、ミスミロシェヴィッチ」
合流した墓守姫に聞かれてミリツァは頷く。散歩に行くとターニャに断って、毎日街を歩き『反響』の範囲を広げて彼女はゲーリングの隠れ家を探し当てたのだ。
何か言いたげな雰囲気で口を開きかけた陣を制して、ミリツァは続けた。
「待って。バカな事したって、ちゃんと分かってる。
でも今度こそ、正しい事をしたいと思ったのよ」
結果はご覧の通りになってしまったが、それでもミリツァは全てを諦めなかったらしい。
ゲーリングに手土産としてこのトーヨーダインの施設へ連れて来られた後、彼等がごちゃごちゃとやり取りをしている間にプラヴダの契約者達が現れた。その混乱に乗じて、ミリツァは逃げ出したのだ。
「『反響』を使えばこの建物がどんな構造か把握出来るわ。
でも後ろからゲーリングが追いかけてきてるのが見えたから、兎に角隠れなきゃと下に降りて……、本当は収容室の人を逃がしたかったのだけれど、鍵が手に入らなかったから、そこは一旦諦めたのよ」
実際の強さは兎も角、考え方は兄や姪と同じく正義感なのだろうか。血は水よりも濃いのだと皆が有る意味感心しているのにミリツァは気づない。
「だから次に此処を狙ったのだわ。収容室の警備員と違って、研究者は細い男ばかり。
考え通りアレクに教わった護身術で簡単に落ちたわ。その男から白衣を奪って、この部屋に侵入したの」
「マスクはしてなかったのね」
と、さゆみが聞くと、ミリツァは屑篭を指差して「気持ち悪かったから捨てたわ。私が唇を許すのはお兄ちゃんだけよ」と宣う。大きく頷いているのは、こちらへ合流していたブラコン仲間の咲耶だけだった。
「さ、動かしてみて」
暫くして肩の治療をティエンと共に行っていた墓守姫に言われ、ミリツァは礼を言った後に赤い唇を噛み締めた。
「本当に有り難う。
……こんなに沢山の人が、助けにきてくれるなんて思わなかったわ。
私はあなた達に酷い事をしたのに……」
皆を見ていた視線はさゆみに、収容室から連絡を受けてきていたナオに固定された。
さゆみはそれに黙って笑顔を向け、ナオはあの時の事を思い出していた。
ミリツァがナオにかつみにぶつかれと言ってくれたのは、彼女なりの優しさだったのだと、ナオは思っている。
だからもう一度会いたかったし、心配していた。今度は洗脳無しでちゃんと話をしたいとここにきたのだ
「できれば友達になりたいです」
俯き気味だったナオを助けるように、陣がミリツァに言う。
「お前を心配した奴がどれだけいるか、覚えておけよな」
「陣はどうなのよ」と、にやりと笑ったユピリアに、陣は観念したように言う。
「俺? ダチの妹なんだから、気するに決まってるだろ」
そんな風にはっきりと言い切られては、どう答えたものかと迷っているミリツァの前に、ダリルが膝をついた。
「アレクが君を助けにきている」
「心配してましたよ。
もう、お兄ちゃん困らしたらメッですよ!」
当たり前の事だったが、ミリツァにはとても重要な事だろう事を告げると姫星が続き、ルカルカがそれに一言付け足した。
「ジゼルもね。上に行けば歌が聞こえると思うわ」
「君はアレクに大切に思われている」
ダリルの言葉に何かを感じたのか、押し黙ったミリツァにルカルカがにっこり笑ってこう言った。
「取り敢えずゲーリングボコってから考えよう!」
「私も手伝うわ」
さゆみが続くのに、ミリツァが顔を見上げると皆が笑顔でこちらを見ていた。
「さぁて、ミリツァさん……どこに行きますか?
ミリツァさんの思うがままに行動してください。私達が全力で援護します!」
姫星に差し出された手を取って、ミリツァは立ち上がり、彼等へ本物の笑顔を見せるのだった。
*
「帰りもエレベーター使えないなんて、ついてない」と、誰かが言った。
あちらは怪我人が優先と、実験室に居た契約者達は今施設内の階段を駆け上がっている。
文句は出たとしても彼等は優秀な契約者だったが、強化人間として目覚めたばかりのミリツァだけは違っていた。
如何にもキツそうに荒い息を上げる彼女に振り向いて、念のためのしびれ粉を準備しながらグラキエスは心配げな表情だ。
「矢張り俺のスカーに乗ってはどうだろう」
「イヤよ! そんな大きな狼……」
「怖いんですか?」
「怖いに決まってるでしょ!!」
ミリツァが激昂して返してくるのに、聞き返しておきながらも尤もだとナオは苦笑する。
そんな折りに、バシリスが上から降りてくる殺気を感じ取り風術を放った。
警備員の持っていたアサルトライフルが階段を落下している間に向こうへ飛び込むと、バシリスは低く身を屈めてサマーソルトキックのように警備員の胸部を蹴り上げる。
敵はバディだったようでもう一人の方の銃弾は此方へ飛んできたが、ミリツァの前には龍鱗化し身体ごと盾となった姫星が立っている。
「この私がいる限り、ミリツァさんには指一本触れさせませんよ!!」
言いながら彼女が敵に向かって「チェストォー!!」と何時ものように元気いっぱいに槍から光りを放つと、後方では階下からきた敵に墓守姫が武器から暗黒を放っていた。
倒れた警備員達をルカルカらが慣れた手つきで捕らえていると、バシリスは飛び回りながら彼等を見下ろして笑う。
「今まで命を玩具にしてきたヨネ? なら、玩具にされても文句言えないヨネ?
フフフ、フフフフフッ!」
こんな戦いを何度か繰り返しながら、彼等はバタバタと落ち着き無く収容室のある階まで辿り着いた。
此処からは別のエレベーターも使えるので、それで上を目指すのだ。
「もうすぐね」
「ええ、収容室に向かった人達も居たのよね。皆無事だといいわ……」
さゆみに頷いてミリツァがそう口に出していると、向こう側からやけに威勢の良い声が聞こえてくる。
恐らくあれは契約者だと分かってミリツァは口角を上げた。
近く迄行って見えてきた声の主は食人だった。彼に恐れを成して後手後手に回るT部隊に、食人は啖呵を切っている。
「どうした、どうした!
実は貧乳だったことを知られてしまい、口封じに襲い掛かってくる強化人間の少女よりも気迫が足りないぞ、悪党共!」
「Ahhhhhhhhhhhhhh!!!!!」
皆にその秘密は聞かせまいと大声を上げながら一瞬時が止まったような、そんなスピードでミリツァは食人の背中に飛びつくと、勢いで一緒に倒れた食人の一差し指を取ってそのまま押し上げながら横へ受け流した。(*大変危険な行為なので真似しないで下さい)
「ギャアアアア!」
「Ahhhhh!」
一気に騒がしくなった廊下の様子に、そこへ出てきたのは壮太だ。
「なんだなんだ?」と呟いた声は興奮するミリツァの声に掻き消されてしまう。
「アレクから聞いた通り、どんな戦士も指が急所になると言うのは本当なようね! い、いいこと!? これ以上余計な事を言ってご覧為さい、一生口が聞けないように縫い合わせて、足の指まで全部へし折ってやるわ!」
言いながら目尻に涙すら浮かべているミリツァが食人の中指を取ったのに、慌てて壮太は膝をつき後ろから羽交いじめにする。影の一体を使ってまでミリツァを探していたのに、こんな再会になるとは思わず笑いが溢れた。
「そんな興奮すんなって」
一体何事かと呆気に取られている皆の視線を受けながら、壮太はミリツァの頭を撫でる。
暫くして大人しくなってきたミリツァに、小さな声で言った「一人で頑張ったな」という言葉は、ミリツァの動きを完全に止めた。
「壮太、私は――」
唇を噛み締めているが、金の瞳からは次々と溢れる涙が止まらずにこぼれ落ちる。
堪えてきたものが一気に噴出しようとしている彼女を壮太がそっと抱きしめると、ミリツァは天井を見上げたまま咽び泣くのだった。