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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第38章 猫科動物のお世話をしよう

「わぁ、この子もかわいいねー!」
 早いもので、ドルイド試験も3日目に突入した。この日の試験は初めから室内で、案内された部屋に居たキャットシーを見て、ピノは歓声を上げた。相性が判らないしうさぎは連れて来なかったが、昨日のサラマンダーは彼女の肩に乗っている。
「おでこに角が生えてるんだね! 猫なのに、翼があるんだ……」
 猫と鳥は、大抵の場合は弱肉強食の関係にある。キャットシーはどっちなんだろうと思っていたら、傍らに立つエオリアが解説してくれた。
「生態は、にゃんことほぼ同じなんですよ」
「猫ちゃんと? じゃあ、今日はもう大丈夫だね!」
 自宅で猫を飼い、ファーシーの家でもよく猫の世話をしているピノは、猫に関しては少し心得がある。自信と共に言う彼女に「そうですね」と微笑みながら、エオリアはキャットシーに近付いて抱き上げた。手伝いに来た彼にとっても、ピノの今日のパートナーが生態をよく知るキャットシーであったことは幸いだった。適切なアドバイスが出来る。
「この角があるためか、キャットシーは猫より周りの気配に敏感なんですよ。傍に居る人の心理状態に敏感に反応したりもします。あと、空を飛べるので猫よりやんちゃな所があります」
 部屋には幾つかの猫タワーや、空中を利用して遊べる遊具が設置してあった。エオリアが世話をしているキャットシー達は高い所が好きで平面運動や上下立体運動を好むが、この施設で暮らす子達もそれは同じらしい。
 とりあえず――と、彼は抱いていたキャットシーを降ろして猫用おもちゃをピノに渡す。
「特に、この子はまだ若い個体のようなので……こういった猫じゃらしなどでしっかり遊んであげて下さい」
 笑顔で言うと、ピノは「うん!」と頷いて友人達やミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)と一緒にキャットシーの前にしゃがみこんだ。ピノが試験を受けると聞いたミアは、先輩ドルイドとしてアドバイスしようと、優斗、テレサと一緒に施設に来ていた。
「試験って言っても、動物さんを好きになってお友達になればドルイドになれると思うんだけど……ピノちゃんはその辺りの心配はなさそうだね」
 ピノの肩に乗ったサラマンダーを見て、ミアは言う。そして、キャットシーに自身も猫じゃらしを使いながら、この日を含めた3日間を思い返した。
「ピノちゃんは連続で、小型の子を引いてるね。僕の試験の時は大型で、ライオンさんと一緒だったんだ」
「えっ、ライオンさん!?」
「うん。確か……ちょうどその日優斗お兄ちゃんがいかにも浮気しそうな雰囲気を出していたから一緒に優斗お兄ちゃんをとっちめたりしたんだ。1日、仲良く過ごしたよ」
 パラミタでも地球と同様に恐れられているライオンであるが、ミアは全く恐くなかったようだ。
「すごいなあ……」
 ライオンでとっちめたという事を含めた2つの意味でピノが感心していると、ミアは「あ、そういえば」と優斗の方を目を移した。視線を戻すと、彼女はちょっと小声でピノに言う。
「今日も、優斗お兄ちゃんから怪しい感じがしたから、お友達の皆にコッソリ監視をしてもらっていたんだよね。ふざけた事をしているようだったらまたとっちめないといけないから、ピノちゃんも手伝ってくれないかな?」
「え? ええと……」
 優斗の浮気疑惑がほぼ100%冤罪であることを知っているピノは、うんと言えずに少し困った。どうしようかな? と思っていると、キャットシーが猫タワーに向けて飛んでいく。羽を使って、途中の段を飛ばして垂直飛びを始めたのを見てピノは慌てて移動した。
「わぁ……」
 上に昇って、降りてを繰り返すキャットシーに目を奪われていると、後ろからそっとエオリアが言った。
「遊びに夢中になると周りが見えなくなったりするので、事故の無いようにしっかり気をつけてあげて下さいね。遊び相手として、相手の興奮状態をきちんとコントロールしましょう」
「うん! 気をつけるよ!」
 ピノはおもちゃを持ったまま、キャットシーの動きを見つめ続けた。

              ⇔

「さてさて、僕の動物は……」
 イルミンスールの教師を目指す身としても魔術士としても、やっぱり色々出来ないといけないし一応公的に合格しておいた方がいいだろう――そう思って試験を受けに来た博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は、期待と緊張の綯い交ぜになった気持ちでボールを引いた。書かれている文字を見て、拍子抜けしたような安心したような、そんな気分になる。
「なんだ、簡単じゃないですか……」
「猫って書いてあるね!」
 博季にくっついてボールを覗き込んだリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が明るく言う。外に出たスタッフの後についていく中で、リンネは「子猫かな?」とか「何模様だろうね」「長毛種かな短毛種かな?」とかわくわくした様子で歩いていた。博季も、これからすべすべもふもふの猫と1日一緒に過ごすのを楽しみに放牧場を歩く。
(あれ? でも……)
 だがそこで、彼はふと引っかかるものを感じた。同じ猫科動物であるキャットシーを引いたピノは、室内施設に案内されていた。どうして、自分達は野外なのだろうか。お世話をするのなら、室内の方が適している気がするけれど。
「短毛種で、縞模様です。可愛い子ですよ」
 リンネの言葉に応える形で、振り返ったスタッフが笑顔を浮かべる。やがて辿り着いた先で寝そべっていたのは――
「えっ! これって……」
「……って、ちょっと待って」
 リンネと博季は揃って驚きの声を上げた。何だか、“猫”のサイズがおかしい。
「でかい。でかいですよこれ!?」
 普通の猫の、数十倍の体躯を持った猫型動物だった。短毛種で、縞模様だ。
「てかこれ、虎じゃね……?」
 ――分類的には、確かに猫かもしれないが。
(絶対虎だよこれでっかいよすっごい見てるよ獣臭が凄いよコレ……)
 2メートル程先で微動だにしないその“猫”――虎は、「…………」と、スタッフとリンネの姿が見えていないかのように博季にガンをつけてきている。好意的というより、獲物を狙う肉食獣の眼差しにしか見えなかった。
「博季くん?」
 ガードするべく前に立つと、背中からどうしたの? というニュアンスのリンネの声が掛けられる。
(く、くそう、リンネさんだけは意地でも守って見せるぞ……!)
 虎の目線に決して彼女を曝さないように、博季は使命感を燃やして虎と視線を合わせ続けた。

 ――それからしばし時が過ぎ。
「ほーら、ブラッシングしてあげるよー」
 すっかりでれでれになった博季は、ブラシを持って虎の毛を梳いてあげていた。慣れると、案外なんともないものだ。
「可愛いじゃないですか、虎。ほんと、猫そっくりですね。僕、猫大好きなんですよ」
 半ばマッサージみたいで心地がいいのか、虎はごろごろと喉を鳴らしている。
「気持ちよさそうで嬉しいなぁ。可愛いね、リンネさん」
「そうだね! 最初はちょっとびっくりしたけど、こんなに人に馴れてると可愛いんだなあって思うよ!」
 ねーっ、と、リンネはリラックスした様子で虎にあれこれと話しかける。彼女も、虎と過ごす時間を純粋に楽しんでいるらしい。
 ブラシをかけ終えると、虎の全身はつやつやになった。背中に首をまわしてそれを点検するようにしていた虎は、嬉しくなったのか2本の前足を上げて博季にじゃれついてくる。ハートマークが飛ぶのが見えるようだ。
「あ、こらじゃれるなってー。……もー、可愛いなぁ……」
「あはは、こっちから見ると博季くん、何か襲われてるみたいだねー!」
「そうですね、あはは……、ん?」
 膝を抱いて笑いながら言うリンネの口調は気軽なもので、博季もそれに屈託なく応える。全く身構えなくなっていた彼の手が、かぷりと噛まれたのはその時だった。思わず「ギャー!」と悲鳴を上げる。だが、特に流血することもなくリンネの笑顔も崩れない。
「大丈夫だよ、甘噛みだよー」
「そ、それは分かるんだけど痛い、めっちゃ痛ぇー!?」
 虎は相変わらず、攻めの姿勢で甘噛みを止めない。博季の悲鳴も気にしていないようで――というか楽しんでいると勘違いしているのか、更に嬉しそうに押し倒してくる。今度は、「おわぁ!」と声が出た。
「ちょ、ちょっと待って! ストップストップ!」
 さすが虎。やはり虎。そこは力が強かった。洒落にならない。だが、止めようと慌てたのが遊んでもらっているのとイコールに感じたのだろう。今度は、顔をぺろぺろ(控えめな表現)舐められる。可愛い。
「わっ! な、なんか幸せだけど、僕、肌弱いんです! 舌めっちゃざらざらしてる! いたいいたい!! へ、ヘルプ! リンネさん助けてー!」
「そ、そうだよね、待っててね博季くん!」
 微笑ましげに様子を見ていたリンネも、博季の反応に、大丈夫かな? とちょっと思っていたらしい。急いで立ち上がって、彼女は虎を撫で始めた。
「ほら、撫でてあげるよー。こっちの方が気持ちがいいかな。どこがいい? 虎さん!」
 ――それから5分程が経過して。
「ふいー、助かった……」
 まったりモードになった虎の下から抜け出して、博季は何とか一息ついた。リンネに喉を撫でられて機嫌良くしている虎を見ていると、いつの間にか、最初とは180度違う思いを持ってしまっていることに気付かされる。
 なんだかんだで、もう随分と陽が回っていた。あと少しでこの楽しい時が終わるのかと思うと、ふと夢から醒めたような気持ちになった。
「……ほんとなんか、離れるの名残惜しいなあ。試験終わったらお別れだもんね。……いっそうちの子にならない? 君……。会えなくなると、寂しいよね」
 しんみりとした内心を感じ取ったのか、虎が「ぐる?」と博季を見上げる。不思議そうな虎に、彼は小さく笑いかけた。
「束の間だったけれど、ほんと、手のかかる子供みたいで可愛かった。……ね、リンネさん」
「うん。可愛かったね。今日で、ちょっと虎さんに対しての見方が変わったかな。ライオンとかも結構、可愛いかも」
 そう言って笑うリンネの表情にも、どこか寂しさが滲んでいた。2人で暫く静かに虎を眺め、ややあって博季は「あ、そーだ」とふと思いついたことを提案する。
「僕、一度やってみたかったことがあるんですよ。この子にも協力してもらって……」

「やっぱり、落ち着くなあ……」
「うん、すっごく気持ちいいねー」
 暖かく、柔らかい虎を枕にして寝転がる。空を、雲がゆっくりと流れていくのを見ながら、背中に触れている虎の温もりを感じて幸せだなあ、と博季は思った。
 試験だということも忘れ、2人と1匹は貴重な残り時間を大切に過ごした。