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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第39章 『ブリッジ』という人物

「今日が最終日でありますね! ピノ様、ファイトであります!」
「ありがとう! がんばるよ!」
 ドルイド試験最終日となり、リュー・リュウ・ラウンの空気も昨日までとは少し違っていた。中日よりも、緊張感や高揚感が増している。中には、別の理由での緊張感を持っている面々もいるのだが――
(念の為に、予防しておくであります……!)
 満月と一緒に来たスカサハは、彼女達から聞いた話を思い出してこっそりとピノにプロフィラクセスをかけた。
「…………」
 アクアと共に施設に滞在していた清明――宿儺は後ろからそれを見て、同じくスカサハの行動を見ていたラスに近付く。
「では、宿儺はラスさんにプロフィラクセスを掛けておきましょう! これでブスッといきますので腕を出してください!」
「……!? ブスッとって……」
 宿儺の持つ、等身大ともいえる大きさの注射器にラスは明らかな怯みを見せた。極太の針に一瞬目を遣り、数歩下がる。
「いや、俺は予防とかいいから。死ぬ予定ももう無いから。終わったから」
「でも、死相が見えますよ?」
「死相?」
 物騒な言葉に、ラスは怪訝な表情を浮かべる。それからピノの方をちらりと見て、可能性ゼロとも思えなくなったのか真顔になった。
「……スカサハみたいに普通には掛けられないのか?」
「プロフィラクセスは回数制限があるのです。もうこの注射器に使ってしまったので、これを通してでないと掛けられません」
「……あ、そう……」

「! はい、もしもし、フィアレフトです。あ……ルミーナさん」
 諦めたラスが注射器――フューチャー・アーティファクトでブスッとされている頃、フィアレフトは離れた所でルミーナからの電話を受けていた。ルミーナは、2月初めにレンから話を聞いて以来、イコン部品の盗難及び鉄材消失事件を調べていた。今はレン達を始め、同事件を追っている面々と一緒に行動しているという。
『それで、別行動している方の調査で分かったことがあるのですが……それを報告しておこうと思いまして』
 そうしてルミーナが話をしたのは――
「えっ、悪人商会……?」

              ◇◇◇◇◇◇

『今回の件、悪人商会は「ブリッジ」という人物からの依頼を受けて動いていたようです。イコン部品の入荷、製造情報の横流しが依頼内容ですね。商会はこの仕事を、2人の人物に斡旋しています。その2人は……』
 ソフィアから連絡が入ったのは、ルーク達が犯人が来るであろう海京の倉庫で待機していた時だった。話を聞いたルークはそれを皆に伝え、今はルミーナがフィアレフトに電話している横で、暗闇の中、改めて事件のあらましを纏めているところだった。
「さて、犯行の手口ですが……犯人のブリッジという男は、派遣スタッフに紛れて……いえ、派遣スタッフとして正式な方法でイコンドックや部品の保管庫を訪れていたようです。それなら、イレギュラーな侵入をする必要は無くなります」
 同じ空間には彼と彼のパートナーの出雲、ルミーナと隼人、レンとメティスエヴァルト、そして佐那エレナが集まっていた。彼女達とはルーク達が全ての盗難現場を回っている中で顔を合わせ、目的が同じだということでお互いに情報交換をして協力しあうことになった。
 各現場を回っていたルーク達が共通項として注目していたのは、イコンドックが日々の作業に派遣スタッフを雇っているかどうかということだった。盗難場所はランダムに選ばれているようでいて、比較的人の流れがある場所が多かった。個人が所有しているイコンドックや、滅多に人の出入りの無い――それこそ、盗難にはうってつけのドックには犯人は盗みに入っていない。
 というか、派遣スタッフを雇っている場所しか、盗みの被害に遭っていない。
 ――ある一箇所――蒼空学園を除いては。
「ただ、それはイコン部品に限られたことで、鉄材の投棄場所については逆に人が寄り付かない時間が多い場所が被害に遭っているようですね。こっちは出入りに不自由しないので、直接鉄材に仕掛けをすることも可能ですから」
「それぞれの施設に盗まれた日のスタッフ名簿を見せてもらったでござるが、その中に必ずブリッジという名前があったでござるよ。ソフィア殿の話と合わせて考えても、ほぼ間違いないでござるよ」
 出雲が足をさすりながら、ルークに続いて説明する。長距離移動を数多くこなしたため、体のあちこちが筋肉痛やら何やらで悲鳴を上げている。たまたま派遣された先で必要部品を盗んでいたのなら仕方がなかったのか――それとも、派遣システムを利用することでランダム性が確保できるという思惑の上だったのかは分からないが、盗む地域を限定して欲しかったと愚痴りたくもなる。
「蒼空学園だけが例外ですが……こちらだけはやむを得ず、光学迷彩などの人目につかなくなる方法を使って侵入、脱出したのでしょうね。それで、この例外については、ファーシーさん達に犯人が自己アピールするためであると……」
「……ああ、俺達はそう考えている」
 ルークの確認に、レンは頷いた。こちらは推測の域を出ないが、例外であるということが、なによりの裏付けであるだろう。盗まれたつま先にある背景については、ここに居る全員が当時を知る5人から説明を受けている。フィアレフトが言っていた“彼”の関わりについても、レンと、環菜から話を聞いたルミーナによって話されていた。
「それで、仕掛けというのが……瞬間移動をさせるための処置なんですね」
「はい。実際、俺達は、現場の防犯カメラで部品が消失するところを見ています。スタッフが作業している間は一見何の問題も見当たらないんですが、作業が終わって誰も居なくなった後に忽然と部品が消えるんですよね。これは、瞬間移動させられたとしか考えられません。……恐らく、前例は無いでしょう」
 メティスの言葉に応える形で、ルークは話した。それを聞いて、皆は何となく黙り込む。物理的な盗難方法が使われていると思っていただけに、信じがたいという思いも抱いてしまう。
「消失するまでに時間差がありますから、多分、部品本体に魔法式でも施しているのでしょう」
「……まあ、強力な魔力さえあれば不可能ではないからな。テレポートというのは」
 難しい顔で話を聞いていたエヴァルトが言う。レンもそれに同意した。
「推理小説で瞬間移動とかいうとルール違反もいいところで非難の嵐かもしれないが……ここは、パラミタだからな。可能性がないわけでもない」
「で、次に来るのがこの倉庫ってことか。ここ最近、事件はあまり発生していないみたいだけど……まだ××は盗みを続けてるのか?」
「必要な部品が少なくなってきているのは事実だと思いますわ。何を作っているにしろ、その完成は近いのでしょう。けれど……」
 隼人の疑問に、エレナが答える。その続きを、佐那が引き取った。
「この部品が無ければ、完成はしないと思います。最後に、これを必ず取りに来る筈です」
 佐那達は、盗まれた部品を判明している限り調べてリストを作っていた。そのリストから判断するに、どう考えても1つ足りない部品がある。それは――コクピットだ。コクピットだけは、未だに犯人に盗まれていない。
「こうして、わたくし達が準備したコクピットの中に隠れていれば、仕掛けを施す犯人と接触できるかもしれませんし、瞬間移動の際に犯人の本拠地へ一緒に飛べるかもしれませんわ」
「少し狭いのが難点ですけど、こればかりは仕方ないですね……。4人乗りで、余剰スペースもあるとはいえ……」
 予測を立てるエレナの隣で、佐那は小さく息を吐く。彼女達の潜んでいるコクピットは、人型イコンに用いるものではなく、飛行機など、移動手段に使う扁平形の乗り物に用いるものだった。盗まれた部品の半分以上が、人型用ではなく乗り物用だったからという理由でこちらを選んだ。人型用の盗難物は、解体可能なものが殆どだ。つま先も、ともすれば解体されているかもしれない。

「……分かりました。気をつけてくださいね」
 そこで、ルミーナが話を終えて電話を切った。彼女は皆に向き直り、報告する。
「ドルイド試験の会場に、同じ名字の方がいらっしゃるようですわ。フィアレフトさんは知らない方みたいで……」
 倉庫のシャッターが開く音がしたのはその時だった。ガラスの部分にはダンボールを貼っている為に外の様子は見えないが、大勢の人が入ってくるのが声と気配で判断出来る。
 自然と全員が口を噤み、意識を外に集中させる。
 ――犯人の動きを、今日こそ把握するために。

              ◇◇◇◇◇◇

「『ブリッジ』……また、分かりやすい偽名を選んだなあ……」
 ホーム画面に戻った携帯を見詰めて、フィアレフトは1人呟いた。これで、盗難事件と××との関係は決定的と言っていいだろう。
 この事実についてもそうだが、ルミーナから聞いた話には自分の中だけに留めておけない情報があった。周囲を見回して、リネン達と朔達、アクアとラスに声を掛ける。ラスが引っ張ってきたを含めた8人に全てを話すと、アクアは置いてきた少女を気にするように別の方向を見遣ってから眉を顰めた。
「宿儺が……ですか?」
「宿儺様が……でありますか!?」
 一緒に仕事をする予定であるスカサハも目を丸くする。フィアレフトは慎重に言葉を選びながら彼女達に言う。
「……珍しい名字ですし、無関係とは思えません。それに私は……未来でも彼女の事を知りません。だから、初日から何となく気にはなっていたんですけど、裏があるようにも見えなかったので……でも、満月ちゃんも、知らないんだよね」
「……うん。私も、ここで会ったのが初めてだよ」
 ドルイド試験が始まった日――宿儺のことが気になったフィアレフトは、満月に彼女を知っているのかどうかを確認していた。それを改めて発言してもらったところで、社が言う。
「ラッスン、さっきあの子から注射されてたよな? 予防とか言って」
「ああ……。フィーお前、そういう事はもっと早く言えよ……」
 思わずというようにラスは苦い顔をする。
「……すみません、まあ、あの注射に危険は無いと思いますよ。多分。それに……彼女が潜入してきているのか、それとも偶然先生と知り合っただけなのか、それはまだ判断出来ません。確かなのは、彼女と同じ名字を持つ人が“彼”と繋がっているという事だけです。勿論、注意する必要はありますが……どうしても、悪い子には感じられなくて……」
「アクアは、彼女とどこで知り合ったの? 今は、同居しているのよね?」
 どこか迷いが拭いきれず――あの子は悪い子です! と言いきれず――フィアレフトは視線を落とす。そこで、リネンがアクアに目を向けた。皆も彼女に注目する。アクアもまた、宿儺が故意に潜入してきたのだとは思えないのか、難しい表情をしていた。
「はい。一応身の上は聞いていますが……。……そうですね、話しておいた方が良いかもしれません。盗難事件が私達に無関係とは、私も思い難いですし……それに、ピノが狙われているのですよね?」
 その事情はまだよく知りませんが、と前置きして、アクアは空京で聞いた宿儺の話を手短に言う。魔科学云々については、自分でもよく分かっていない部分が多く、名前を出すに留めたが。
「2ヶ月前から帰っていない……やっぱり偶然ということかしら。それなら、2人が何をやっているかを宿儺が知らない可能性もあるわ」
「とにかく、様子を見とけってことだろ? 気をつけといて、何か怪しい動きをしたら捕まえて話を聞けばいい。オレとしては、すぐに拘束しても良い気はするけどな」
 フリューネとフェイミィが口々に言い、アクアは彼女達の様子に今更ながら疑問を抱いたようだった。訝しげに眉を上げて、全員に対して問いかける。
「貴女達、何だか全ての背景を知っているような口ぶりですが……」
「……ああ、この前、未来で何が起きているか聞いたんだ。××が、どうしてこの時代にやってきたかも」
「××……!? ××とはまさか、私も知っている彼ですか……!?」
 朔の答えに、アクアは飛び出してきた名前に驚いた。何となく一歩遅れを取ったような気分になり、フィアレフトに向き直る。
「私にも教えてください。情報に抜けが多すぎます……イディア、貴女は何を知っているんですか?」