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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第43章 襲撃の裏にあるもの

『……このままでは……保名様は遠くないうちに……』
 この仕事を請ける前、葛葉は隠れ家で妻の天神山 保名(てんじんやま・やすな)を見てひとり心の余裕を失していた。保名が赤子の清明を産み、彼女に地祇の力を譲渡してから2ケ月近くが経った。正気を失い、衰弱した保名が永遠に動かなくなるまで、そう時間は掛からないだろう。
『……嫌だ、こんな所で最愛の人を失うなんて……』
 彼女を助ける術が無いわけではない。廃村状態になっている「白狐の里」に行き、研究中の「魂練成」の法を使えば助かるかもしれない。
 しかし、それを実行するには、資金が足りなかった。
 そこで悪人商会に接触して仕事を探し――そこで、依頼者の彼を知った。
 イコン部品の盗難を成功させる為、情報通信と根回しを駆使して依頼者に情報を提供した。それは、依頼者にとって満足がいく仕事だったのだろう。新たな依頼が舞い込んだ。
 それが、ピノ・リージュンとラス・リージュンの殺害だった。
 報酬は破格であり、断るという選択肢は彼に無かった。この報酬さえ手に入れば、白狐の里の権利書と研究に必要な物が手に入る。
『家族の為なら僕は外道畜生に身を落としても構わない……誰かを平気で不幸にしてやる……だから、未来の清明が気付く前に……』
 ――僕の、最愛の妻を救わなければ……

              ⇔

 清明はきっと気付いていない。気付いて、その上で彼の行動を止めようとしてこの場に来たのではない。これは――ただの偶然だ。それは、今の清明の言葉からも伺えた。
「僕は仕事を請けただけですよ。……どうして、こんな所に居るんですか?」
 血だらけになった娘を前に、葛葉は忸怩たる思いを抱いて問いかけた。その表情は表面上、攻撃を繰り返していた先程までと何ら変わらない。
「宿儺は……清明は、アクアさんの研究をお手伝いするのです! 今は……今はまだ家事手伝いですけど、それでも……!」
 葛葉を睨みつけた清明は、アクアと空京で出会った時のことを話し始めた。彼女の研究に、研究をするに際しての姿勢に感銘を受けたのだと。語り続ける清明に葛葉とハツネが意識を向けている中、アクアはハツネの手首を魔法攻撃で凍らせた。蛇骨がぼとりと地に落ち、その瞬間、エオリアと琴乃が飛び出してくる。
「あ……」
 僅かにハツネが驚く間に琴乃が蛇骨を回収し、エオリアが動けそうな負傷者達に少しでも移動するように声を掛ける。解毒スキル、回復スキルを持つ者達は互いに体を癒していく。毒攻撃が防げるようになったわけではないが、両手が自由になり、手持ちの武器や道具が使えるようになれば対策を取ることは可能だった。
「大丈夫ですか? すぐに回復しますね」
 フューチャー・アーティファクトを使い、満月も朔や怪我人の治療をしていく。フィアレフトは彼女の治療を断った。機晶石が無事な以上、命に別状は無いし部品を取り替えれば済む話でもある。ザカコは、アーデルハイトと共に瀕死状態となったエイダーをヒプノシスで眠らせ、命の息吹を掛け始めた。かろうじてではあるが幸いにも息があり、事切れることだけは防げそうだった。
「ママ……」
 気を失ったままのファーシーを宿泊施設に運ぼうと、フィアレフトは彼女を引きずるようにして移動していく。清明の話はまだ続いている。エースとアクアは、その中でピノとラスに近寄った。
「……2人共、大丈夫か? とにかく解毒を……」
「まだ生きてますよね? 歩けますか?」
「エースさん……アクアちゃん……」
 半ば朦朧としながらも、ピノがほっとしたように声を出す。アクアが宿泊施設から出てきたのを見ていたラスは、彼女にクレームを入れる。
「……どうせなら、もっと早く助けろよ……」
「まともに動ける貴重な人員が行動不能になったら終わりでしょう。タイミングを図っていたのです。助かりたくないのなら置いていきますが……」
「……くだらないですね」
 その時、吐き捨てるような葛葉の台詞が聞こえた。清明と話していた筈なのに、アクアはそれが自分に対してのもののような気がして振り向いた。こちらを見ていた葛葉と目が合う。
「『意識と心を持つ存在を披験体にしない』……実験動物を同等の命として扱うとは……くだらない。偽善で傲慢な考え方ですね、反吐が出る」
「…………」
 アクアは彼の言葉に眉を顰め、数秒考えてから口を開いた。
「それなら、勝手にいくらでも反吐を出してください。私から見れば、実験動物を実験対象として割り切れる者の方が幸せな、中身の無い頭の持ち主だと思いますが……モノとして扱われる恐怖も苦痛も、感情が磨耗していく感覚も、諦めも絶望も憎しみも……何も知らないということなのですから。……言っておきますが、私は動物だけを対象にしているわけではありません。というより、動物は殆ど必要さえ無いでしょう。私のしたい研究は機晶技術に関係するものですから……機晶姫やギフトの方がその対象です。実験体にするつもりはありませんが。もし彼女達で実験をしてしまったら……私はきっと、私を許容できなくなるでしょう。それをくだらないと考えるのは、貴方の自由です。理解して貰おうとも、思いません」
 理解は求めていない。だが、そこそこ腹が立ってもいたのだろう。無為だと解っているのに、つい長々と語ってしまった。
「……実験動物に、それ以上の価値はありません。意識も心も、気にするのは無意味ですよ。死体が、死体以上に成り得ないように」
 その直後、彼の持つ荼枳尼に斬られた動物達の屍が起き上がった。二度と動かない筈の屍達が、一気にピノとラスに迫ってくる。葛葉がフールパペットを使ったのだ。
「「……!」」
 死体が動くとは思っていなかったラスは一瞬動きを硬直させ、動物の死体が操られたという事実にショックを受けたピノが表情を歪める。解毒を受けたとはいえまだ普段のようには動けず、その爪が届くかという時に――
 動物達は、ポイントシフトで間に割り込んだ朔の刀、暗月によって胴体を真っ二つにされた。死体なだけに、操ろうとすればどんな姿になっても操れるが、その体は更に細かく刻まれて、攻撃不能の状態となる。
「加勢するぜ!」
「施設の中に避難するのだ。後は俺達が引き受けよう」
「! そうはさせません……ハツネ」
「うん……ギルティ」
 カルキノスと、聖獣:エンゼルヘアのおかげで元々毒の影響が少なかった淵も襲撃者達の前に立つ。2人が攻撃を仕掛ける直前、葛葉は彼等との戦闘よりもピノ達の殺害を優先した。依頼者からは、特にピノは絶対に殺すように言われている。
(保名様と清明の為にもこの仕事……成功させなくては)
 葛葉はカルキノス達を無視して荼枳尼で貫こうとピノに迫った。ハツネもラスを切り裂こうとフラワシで烈風攻撃を繰り出す。だが、それは朔の出した氷の壁――アブソリュート・ゼロによって防がれた。
「早く逃げろ!」
 エースとアクアは朔に頷き、ピノとラスそれぞれに手を貸して移動を始めた。戦闘現場から少しずつ離れ、宿泊施設を半周程したところでラスが「あ……」と声を上げた。施設の玄関前に、ルカルカとダリル、ノーンと望――そして覚とリンの姿がある。両親が驚いたように立ち尽くしている一方で、ルカルカがこちらに駆け寄ってくる。放牧場の異常を察知していた彼女は、状況の判断も早かった。遠くの方に見える人型機械にも厳しい目を向けてから訊ねてくる。
「まさか……“彼”が来たの?」
「……本人じゃなかったけどな。手下らしい2人に殺されかけた……まだ暴れてるから加勢して、殺さない程度に痛めつけて捕縛してくれ」
「分かったわ。あっちの機械っぽいのは……」
「俺が行こう。向こうは数が多いようだしな」
 ダリルが人型機械に対処する為に走り出す。ルカルカも襲撃者達の方に行こうとして、そこでアクアに「待ってください」と呼び止められた。
「ハツネという女性の方はフラワシで猛毒を放ってきます。気をつけてください」
 こくりと頷き、ルカルカは戦闘音の聞こえる方に駆けていった。覚がラス達に近付いてくる。
「大丈夫か? ピノちゃんも。怪我は……」
「……それはこっちの台詞だ……大怪我したんだろ」
「……あ、ああ、俺か……俺はもう、大丈夫だ。ダリル君に治療してもらったからな。まだ包帯は取れていないが……。それよりほら、母さんを連れて来たぞ」
「か、母さんって……」
 嬉しそうな覚の言葉にラスは狼狽えた。あえて目を合わせないようにしていたリンの方をちらりと見る。どんな顔をすれば良いのか分からなかったし、冷静に今思うと『殺さないように痛めつけろ』とか随分と物騒な発言をしてしまった。リンの心境は推し量りようもないが、昔との変わりようにドン引かれてもおかしくはない。
「……?」
 だが、リンはラスの更に後方、その上空を見つめて呆然としていた。何か信じられないようなものを見た、という顔をした彼女の視線を追った彼は、自分の目を疑った。空には目もくれていなかった覚も、首を上向けて2人と同様に驚愕する。そこには。
「私……?」
『もう1人のリン』がふわふわと浮いていた。つま先までばっちり見えているところから考えるに、幽霊ではなさそうだ。
 彼女は悔しそうな表情を浮かべ、ふっ、と空中からかき消えた。