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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第42章 不老長寿が齎したもの

 ――2046年、リュー・リュウ・ラウンを襲った『魔王』――クラスとしても自称としても――は、他に幾つかあるドラゴンを有する放牧場も襲撃した。やっている事は紛れもない犯罪であり、冗談で済まされる事でもないのだが、彼は堂々と人前に姿を現して自らの行動をアピールした。
 ある意味、自首、ともいうのだろうか。
 テレビ、インターネット、ラジオ、雑誌等の様々なメディアに顔を出し、彼は犯行の動機を語った。
 道化めいた、パフォーマーめいたおおげさな仕草、口調で、まるで政治家の政見放送に出ているかのように。
 自分の行動の『正当性』を主張した。
『ドラゴンの寿命は数千年であり、5000年以上生きる個体も存在する』
『しかし多くのドラゴンは知能が動物と大差なく、皆が遠慮会釈なく繁殖する。そして、生まれたその殆どが成体となり、新たな繁殖を行い子を増やす。子孫繁栄は種の存続に不可欠な事だが、ドラゴンの場合は数千年単位でひたすら増えていくばかりである』
『いずれ、人の住む場所はドラゴン達に全て奪われるだろう』――
 仰々しい事を言っているが、その実、『魔王』の真の動機は個人的な恐怖だった。
『魔王』は、トカゲが苦手だったのだ。横を向いても前を向いてもトカゲだらけという未来を恐れての犯行だったが、そんな情けない真の動機は人々にとっては無価値で無意味でどうでもいいことだった。
 ただし、人々は彼の語りを一笑に伏すこともしなかった。
 実際にドラゴンの数は右肩上がりに増えていて、同時に、食事にありつけずに街を襲う個体の数も増えていたからだ。
 人々は言い知れぬ不安を抱き、世論は割れた。
 本当に、いつかドラゴンに支配されてしまうかもしれない。街を奪われてしまうかもしれないという考えを持つ者達と、そんな事が起きるわけがないと主張する者達。この問題(?)は討論番組が放送される程に過熱していき、その中で人々はまた別の不安を持つようになる。
 長寿は、ドラゴンに限ったものではない。
 パラミタには、不老不死と言われる種族もある。
 パラミタと地球が再び繋がって、37年。地球人の流入もますます増え、契約者達の増加、その子孫達の増加を経て彼等の吸血鬼化や魔女化、その他進化して長寿を獲得した者達の増加など、『そう簡単に死亡しない者達』は右肩上がりに増えている。
 それら種族の生存数が自分達の生活圏を脅かすのではないか、と人々は思い始めたのだ。
 不安を持つ者達の矛先は、大々的に最初に標的となったドラゴン達に向けられつつあった。具体的には――大規模なドラゴン狩りが行われそうな、そんな空気が広がってきていたのだ。
 セイントとなったピノはそれをいち早く感じ取り、「再度の放牧場(ドラゴン達)への襲撃」「食糧を減らすが生産性を伴わない動物への殺傷行為の拡大」を懸念し、国に対して竜種及び他の動物達の保護を目的とした法の制定を要請する。
 法の可決は完全多数決制の国民投票に委ねられ、放牧場襲撃が皆の記憶に新しかったことも手伝って反対43%賛成57%で法律は施行されることになった。
 これにより、認められた養畜場以外での『竜種及び他の動物達』の殺生は禁止され、狩りは勿論、小さな村を襲うドラゴンへの正当防衛も場合によっては処罰されるようになる。
 簡単に言うと、『食料として正規ルートに乗って販売される動物以外は殺してはならない』という法律だった。
 この法に因って、大規模なドラゴン狩りを防ぐことは出来た。しかし――

 2年後の2048年、人々の「子を作る力」に異常が起きた。
 身体的に子を設けられなくなった国民が急増し、やがて、調査を担当していた学者達はある見解を発表する。それは――
『パラミタ大陸自体がこれ以上の人口増大を拒否した』というものだった。
 その結果、大陸に存在する不可視の力が人々から生殖能力を奪っていっているのだと。
 少しずつではあるが、パラミタの人口は増え続けている。この状態が続けば、国民達の「子を作る力」は完全に奪われるであろうと学者達は言った。
『××くんが動き出したのは、その時からです。××くんは長年、機晶石に宿る魂から魔鎧となる魂、精神体に至るまで様々な“魂”という存在を研究していました。学者さん達の発表を受けて、彼の研究目標は変わります。それは、種族に関わらず「2人以上」の遺伝情報を組み合わせることによって1つの新たな「情報」を造り出し、人工知能化するという研究でした。彼は、以前に似たような事象があったのを知っているから――と言っていましたが、今思うと、それはママとパパの事だったんですね……』
 細かい語尾や説明の順序は兎も角、2月初旬にファーシーの家で、数日前に蒼空の花園で、そして今日アクアに対して話をした時、フィアレフトはそう説明した。
『人工知能を機晶石に移植し、恋人達の子供を新しい機晶姫として誕生させる……機械技術、機晶技術と魔法の扱いを勉強していた私も彼に協力しました。やがてそれは成功し、そうして、私達は希望者に「子供」を提供するようになったんです。訪れてくれた恋人達は、皆、喜んでいました。機晶姫とはいえ、それは確かに自分達の遺伝情報を受け継いだ存在だったからです。さすがに赤ちゃんから造ることは出来ないので、母体から生まれた私達のように、成長の過程は見られないんですけど』
 彼女達がそうした活動をしていく中でも、「子を作る力」を失う人々の数は増大していた。
 留まることを、知らなかった。
 その中で、遂に国は対策に乗り出した。それが――
『長寿種……その中でも人の手で造られた存在である、機晶姫と剣の花嫁、加えてギフトの破壊……処分を決定しました。例外となるのは、私や彼のような「自然に産まれた」者達だけで、ママ達を始め……多くの「人造体」の人々が殺されました。その時点で、「人造体」は生命体というカテゴリーから外れたんです。ママは、自分から「処分」されに行って……私は、それを止めることは出来ませんでした』
 フィアレフトは、今でも思い出す。ファーシーと最後に会話した日の事を。彼女が、処分に赴いた日の事を。
 ――ママ……! ママ、止めて、行かないで……! 逃げようよ、先生と一緒に、ママも……! 私が、私が匿うから。絶対に見つからないところを探すから……!
 ――それは出来ないわ。皆が殺されているのに、わたしだけ逃げるなんて、そんなこと出来ない。それにね、イディア……
 ファーシーはその時、普段と変わらない、何も変わらない笑顔で言った。
 ――わたしにはイディアがいるから。子供が持てるということがどれだけ幸せなことか、わたしは知ってしまったから。だから……子供が持てなくなった人達の気持ちが、その悲しみが、解る気がするの。勿論、完全には解らないけど……。わたし達がいなくなることで、パラミタの人口が減ることで、自然の理として生まれてきた人達がちゃんと子孫を残せる世界が戻って来るなら……わたしは、喜んで処分されるわ。
 ――でも……でも……!
 ――……わたしは、もう充分に生きたから。向こうには、ルヴィさまもいるわ。だから、大丈夫……寂しくないから。
 ファーシーはそう言って、フィアレフトの許からいなくなった。覚悟を決めた母を前に、彼女は言えなかった。「私が寂しいよ」というその一言を。
 フィアレフトは母を失った。そして“彼”も、母と――自らが造り出して提供した沢山の『子供達』を失った。
 剣の花嫁であるピノは、ファーシーと同じように『自分だけが逃げることは出来ない』という言葉を残して死んでいった。ピノには、自分が要請した法が切欠で、パラミタがおかしなことになっていったのだという自覚があった。だから少女――この頃には姿も成長して大人になっていたが――は、人一倍の責任を感じていた。ファーシーを止めた時のフィアレフトのように泣き叫ぶ“彼”に対し、逃げることは許されないのだと言って、ピノは姿を消した。
『人造体』の処分が決定された時、学者達ははっきりとこう発表していた。

『長寿種と人々は、5000年以上という長い間、パラミタの地で共存を続けてきた。地球上空にパラミタ大陸が現れてからの数十年もそれは同様だ。ぎりぎりではあっただろうが、バランスはきちんと取れていた。それが崩れたのは、2046年に施行された法で竜種及び動物達への無闇な殺生が出来なくなったからだ。通報に至らない場所で多少の狩り等はされていたようだが、法によって竜種達の生存率が更に上昇したのは確かだろう。保たれていたバランスが崩れ、今のようにパラミタは新たな命を拒むようになった』

 ――と。
 しかし、法律はすぐには改定されなかった。一度制定された法は取り消せないという思い込みもあっただろうし、『人造体』を処分したことで、人々の「子を作る力」も復元していくだろうとも考えられていたからだ。
 だが――実際は、そうはならなかった。
 人々は以前と変わらず、子を作ることは出来なかった。パラミタ大陸はもう、彼等の繁栄を許さなかった。一度消えたものはもう、戻って来ない。
 希望を砕かれた人々の恨みは、引き金となった法律を要請しその草案を作ったピノに向けられた。
 人々の為ならと苦渋の決断をした機晶姫や剣の花嫁、ギフトのパートナー達も納得のいかない気持ちを燻らせるしかなくなり、彼等が暗い思いと共に元凶として思い浮かべたのもピノだった。
 そして“彼”もまた、その例に漏れなかった。
 様々な時間軸の、様々な経緯を辿った『2049年』――その頃には年を越えていた――を見て、見た限りの時間軸全てで法律が制定され、「子を作る力」が消えていると知った時。
“彼”はピノに恨みを抱いた。
 確かに、ピノもかつては大切な人の1人だった。だが、彼女の死への悲しみは、『彼女がいなければ母や子供達は死ななかったのに』、『生態系のバランスが崩れることもなかったのに』という負の感情に上書きされた。
 やがて法は取り消され、竜種達への扱いは2046年以前に戻った。それでも、1度消えた「子を作る力」は戻らない。そのうち、ドラゴンだけではなく魔女や吸血鬼、英霊や魔鎧等の、魂が『人造』ではない不老長寿達を殺そうという世論さえ飛び出してくる。
 殺伐とした空気漂う世界の中で、“彼”は言った。
 ――止めても無駄だよ? イディア。俺は、絶対にピノさんを殺す。それでもダメならまた、別のやつを殺す。そして……母さんや先生、子供達が安心して暮らせる未来を取り戻すんだ。その為なら、俺は手段を選ばないよ。
 ――イディアが手を汚すことはない。待っていればいいよ。もし万が一、過去から未来への修正力がこの時代にも及んだら……イディアの前にはいつのまにかファーシーさんが居るかもしれない。この悲しい記憶も全て消えて、ツァンダのあの家で、幸せに暮らすことができるようになるかもしれない。そうじゃなくても――イディアには、時間軸を渡れる能力がある。それを使って別の時間軸に行けば……俺が修正した過去に繋がる『今』に行けば、きっと幸せになれる筈だ。また、幸せに過ごせるよ。そっちの世界の俺にも会える。だから……イディアは待っていてよ。
 “彼”は決意した。それを、フィアレフトはまた――母とピノの時のように、止めることが出来なかった。“彼”の決意がただの正義などではなく、暗い恨みに裏打ちされたものだということに気付いていても――
 見送ることしか、出来なかった。
 それを後悔したから、今、彼女は此処に居る。
「止めて」と言う為に。我侭になる為に。他人の意思の尊重なんか置き去りにして、自分の気持ちを優先して行動し、彼に誰かを殺させない為に。ピノを、死なせない為に。

              ◇◇◇◇◇◇

 ――2024年――
「宿泊施設では二次被害の恐れもあります。スタッフの皆さんは飼育施設へ入ってください。ご友人が捕まっていないのであれば放牧場から脱出してください。乗り物をお持ちなら、すぐにそれに乗って……」
 エオリアは、残っていた受験者達やその関係者、スタッフ達を宿泊施設から遠ざけていた。人型の機械達も襲来している今、襲撃現場から引き離せば安心とも思えない。
 毒をまともに受けているだろう拘束された友人達やピノの状態も気になる。一刻も早く避難させ、解毒する必要があるが――
 鎖から解放されない限り、移動させることは出来ない。状況を確認する為、エオリアはラスにテレパシーを送った。
(ラスさん、聞こえますか? 無事ですか? ピノちゃんは大丈夫ですか? 怪我は……)
(…………? ……ああ、テレパシーか……怪我は無いな。毒でのたうちまわりてー気分だけど……。ピノも生きてる。お前は? 動けるのか?)
(はい。エースも動けます。今は、動物達の解毒と避難をしているところです)
(そうか……)
 考えるような間を置いてから、ラスは現状を伝えてくる。
(……犯人達が家族を前にして、動揺してる……気がする。女が鎖を持つ手が緩んだ隙に、奪い取れ。大怪我してる奴もいるから、拘束を解いたら出来るだけ移動させて治療を始めてくれ。手が自由になれば自分で回復出来る奴もいるだろうけど管理人は……下手したら死ぬ)
(分かりました。ラスさんとピノちゃんは……)
(……俺達は保険が掛かってるから最後でいい。……2回目死にかけるとやばいけどな)
 拘束さえ解ければ、襲撃者の2人を返り討ちにする事は充分に可能だ。毒耐性を持っている者も居るだろうし、襲撃者達はレベル的に見ればそう強いわけでもない。
 本格的な戦闘状態に入ったどさくさに紛れて助けてくれと言われて了承して通話を終える。スタッフの1人が近付いてきたのは、その時だった。
「後の誘導は私達が行いますので、エオリアさんはエイダーさん達をお願いします。何か、嫌な予感がするので……」
「分かりました。じゃあ僕は戻りますね」
 テレパシーでエースにも連絡しながら、宿泊施設を目指して急ぎ走る。襲撃者の2人に見つからないように様子を見ようと建物の陰に回ったところで、走ってきた琴乃と顔を合わせた。
「あっ……! ねえ、何が起きてるの? この辺りに来ると、何だか息苦しいような……」
「毒が撒かれているんです。犯人達の死角になる場所から、状況を確認しましょう」
 そうして琴乃とエオリアは、足音を潜ませながら歩き出した。