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リアクション
「……一体どこにいるのよ、あのバカっ」
大広間をくまなく捜し、騎士の詰所など、行きそうな場所を片っ端からあたった中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)は、ついに空中庭園までやってきていた。
オズへの気持ちを認識したばかりで、初めのうちこそオズに会ったらどうしようかと落ち着かない気分でそわついていたが、何時間も探し回ったあとではもうそんなうわついた気分などきれいさっぱり吹き飛んでしまっている。茂みを掻き分ける動作もかなり雑だ。
「大体、騎士長なんでしょ? ここで3番目に偉い役職についてるんでしょ? そんな人が、どうしていつもこんなに姿くらましまくってるのよ!」
こういう城を挙げての祭事のときは、バァルみたいに会場で来客の相手をしているのが役目ってものじゃないの?
そりゃ、オズらしいといったららしいんだけど!
「まったくもう!」
ぶつぶつ文句を口にしながら小径を歩き、垣根を曲がると、突然目の前が開けた。手入れされた芝生の向こうに小さめの川が流れていて、小休止用のベンチがあり、その上に何かずんぐりとした小山な影が――……
「いたーーっ!! オズ!!」
「……んあ?」
叫ぶように名前を呼ばれて、東カナン12騎士騎士長オズトゥルク・イスキアは浅い眠りから目を覚ました。よっこらしょ、と身を起こして、声のした方を向く。
「ああ、なんだ、シャオか」
「なんだ、じゃないでしょ? どうして広間にいないのよ!?」
おかげですごく捜しちゃったじゃないのよ、ともう少しで言いそうになって、あわててぐっと飲み込んだ。
「いや勘弁してくれ。ここ10日ほど、ずっと準備や手配やなんやかやで忙しくて。ネアのやつらがいつも周りで目を光らせてて、昼寝に抜けることもできなかったんだ。
始まるまではつきあったんだ。もう始まったんだから、いいだろ?」
口元を手でおおい、ため息をつく。
その仕草に、本当に疲れているようね、と思いつつ、彼の前まで歩を進めた。
「始まってからが大事なんじゃないの」
「適材適所って言うだろ。そういうのはネイトやリヒトたちに任せる。
まあ、座れ」
バンバン、とベンチをたたいてくるオズトゥルクに、シャオは黙って彼の横に腰を下ろした。すると、すっかりオズトゥルクの影におおわれて、月光は当たらなくなってしまう。
寝ていたせいで少し崩れていたが、騎士長としての盛装にがっしりとした巨躯を包んだ、いつになく華やかで凛々しいその姿を見上げて、シャオは頭のなかに霞がかかったようにぼうっと見惚れていた自分に気づくと、あわててぶるぶるっと頭をふるって霞を飛ばした。
「せめて行き先ぐらい、だれかに教えておきなさいよね」
「んー? でもそうすると、絶対邪魔されるからなぁ」そこでふと、何かに気づいたような顔でシャオの方を向いた。「捜させちまったか? そりゃ悪かったな」
「い、いいわよ、べつに……。そんなに、時間かけてないし……」
嘘だ。だけど、これくらいいいだろう。
ちら、と盗み見る。オズトゥルクは彼女の嘘に気づいた様子もなく「そうか」と、ほっと胸をなでおろしていた。
その気を抜いた姿が、やけにかわいい。ごついクマさんのくせに。
そう思ったら、胸がきゅんとした。
どきどきする。
(やばい、なんか緊張してきた……)
パッと顔をそむけ、うつむく。でもすぐに思い直した。
私は何のためにオズを捜していたの?
「ねえ、オズ」
「ん?」
「オアシスで会ったとき……言ったわよね。
『オレのケツ叩いて仕事へ行け、家事の邪魔だと放り出す妻がほしい』って。『たとえオレに何かあっても、わんわん泣くことがあっても、立ち上がって子どもたちをたくましく育てていける女』って……」
いくらひざの上でぎゅっと手を握りしめても、唇の震えは殺せなかった。
どうしようもなく怖い。
今の関係はきっと伝えれば変わってしまう。
それでも伝えようと、一度は覚悟を決めた。だから、その覚悟を胸に、オズの目を真っ直ぐに見て伝えよう。
「ずっと、考えてたの。そのことを。
私……私がそれに見合うって思ってくれてるなら……。
カナンであなたとずっと一緒に生きたい……。
……私は……オズのこと……好きよ……」
オズトゥルクは、シャオが告白をしている間じゅう、何を言われているかまったく分かっていなかった。まさか彼女がそんなふうに思っているとは、毛ほども思っていなかったのがその反応で分かった。
次に浮かんだのは、何か冗談でも言っているのだろう、という顔。しかし言い終えても、いつまでもシャオが「なんてね」とか、「本気にした? 冗談よ」と茶化したもの言いをしないことに、だんだんと緩んでいた口元が引き締まっていく。
そして、シャオにとっては数十分にも思えるくらいの時間をかけて、彼女が本気で言っていることを理解し、すっと表情を消した。
それはとても、喜んでいるようには見えなくて……。
(――ああ)
ずしりと胸が重く、石のようになる。
「オズ、覚悟はできてるの。どんな言葉でもいい、今の気持ちを聞かせて」
たとえ拒絶されたとしても、それは「今」の自分。オズの理想はもう分かってる。「未来」の自分がそうなれるよう、努力すればいいだけ。
その決意を込めて見つめ続けるシャオの姿に、オズトゥルクは逡巡するように小首を傾げ、そしてゆるく前かがみになると膝の前で指を組んだ。
「……たぶん、オレがもうあと20か、せめて15くらい若けりゃ、飛び上がって喜んだだろうな。おまえは強くて、根性があって、めったにいないいい女だし、そんなおまえがオレのことをそんなふうに見てくれていたっていうのは、正直、驚いたが誇らしくもある。
あのときおまえに言ったのは、全部本当のことだ。オレが連れ合いに望む要求は高い。オレは親を亡くした12人の息子の父親で、うち6人はまだ成人前だ。一番下のアスハルは5歳。7歳、8歳、10歳、12歳、13歳と続いている。
分かるか? オレの選択はあいつらにも影響を及ぼすんだ。オレの恋人になる女性は、あいつらの姉であり、母でなくちゃならない。
オレはあいつらを選ぶよ、シャオ。もし何かあったとき、何より優先されるのは子どもたちだ。それはもう決めている。あいつらから二度と『親』を奪うわけにはいかない」
今までにない真剣な声で淡々と胸の内を語る、オズトゥルクの横顔を見て、ああと思った。
本当にこの人は、そうするだろう。
シャオの危機と子どもたちの危機を前にしたとき、きっとためらうことなく子どもたちを助ける。
でも、そこで子どもたちを見捨ててこっちに駆けつけてくるような男だったら、きっと好きになったりしなかった。そんな男、こっちから願い下げだわ。
それに、子どもたちを安全な場所へ避難させたあと、シャオのことも助けに飛び込んでくる。命懸けで。それで十分。
だけどきっと、今ここでいくら言葉を尽くして語っても、心から信じてはもらえないだろう。
だから。
「ね。オズ。今度、その子たちに会わせてくれる? あなたが宝物のように大切にしてる、子どもたちに。私、会ってみたいわ」
ベンチについたオズトゥルクの手の下に、シャオはするりと自分の手をもぐり込ませる。あたたかくて、大きな手。
応じるように、オズトゥルクが握り返してくる。
「ああ。会ってくれ。オレもおまえに会わせたい」
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