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東カナンへ行こう! 5

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東カナンへ行こう! 5

リアクション

「あー、楽しかったあ!」
 パーティーが終わり、あてがわれていた2人部屋へベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)と一緒に戻った小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、ばふん、と天蓋付き寝台にダイブした。上へ振り上げた足からパンプスが飛ぶ。
「美羽さん、はしたないですよ」
 注意はするものの、そんな美羽の姿にベアトリーチェはほほ笑みを浮かべる。
「だーって、疲れたんだもん」
「そうですね。今、お風呂の具合を見てきますから、さっさと入って今夜はもう寝てしまいましょう」
「うんっ」
 そう返事したのは嘘じゃなかった。
 ほとんど全部のダンス音楽を恋人のコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と2人で踊りあかした美羽はすごく疲れていたし、ベアトリーチェと一緒にお風呂へ入って、ぽかぽかになった体で寝台にもぐり込んだときは、このまま朝までぐっすり眠ってしまうに違いないと思っていた。
 しかし楽しすぎる時間を過ごしたあとにはよくあることで、横になったとたん美羽の目はぱっちり冴えて、眠れなくなってしまった。
 かといって、ランプをつけて本を読んだり、ごそごそしたりしていると、となりの寝台で眠っているベアトリーチェを起こしてしまうことになる。
 頑張って寝ようと決めて目をつぶり、羊の数を数えてみたり、横になったり仰向けになったりしてもぞもぞ寝方を変えてみたりもしたけれど、一向に睡魔は訪れてくれなかった。
(散歩でもしてきたら、眠れるかな)
 ついにあきらめて起き上がり、寝台を抜け出すと、ベアトリーチェを起こさないようそっと部屋を出た。
 ひと気の絶えた廊下は、ひんやりとしていた。耳に痛いほどしんと静まり返ったうす明かりの廊下を歩いて、空中庭園へ出る。空を見上げて、その満点の星空に、思わず「うわぁ」と声が漏れた。
 星降る夜空というのはこういうのを言うのかもしれない。澄み切った空気のなか、しばし言葉もなく空を見上げていると、後ろでかさりと不自然な葉擦れの音がした。
「美羽」
「コハク」
 お互い同時に相手に気づいて、驚きに目を丸くする。
「どうしたの? こんな所で」
「そこの廊下をとおりかかったら、声が聞こえた気がして……。美羽こそ、こんな時間にここで何してるの?」
「ちょっと、眠れなくて」
 へへっと笑って、美羽は星空を指さす。
「見て、コハク。星がすごくきれい」
「うん。きれいだ」
 指を追って、空に輝く星を見上げたコハクは、先の美羽よりは少しおとなしめの声で、でも感動をにじませながら答える。そして美羽が寝間着姿で何もはおっていないことに気付くと、自分が着ていたカーディガンを脱いで肩にはおらせた。
「まだ寒いよ。そんな薄着で出歩いちゃだめだ」
「あー、うん。ありがとう」
 まだコハクのぬくもりが残るそれに手を添えて、胸元で合わせる。
 面を上げたコハクの表情が、突然驚きに変わった。
「あ、流れ星!」
「えっ!? どこどこどこ!?」
 あわてて見上げた美羽の前を、すーっと小さな星が流れていった。
「きれいだったね」
「うん」
「何かお願いした?」
「ううん。そんな暇なかったから。
 コハクは何をお願いしたの?」
「僕は……」
 ためらうように語尾が揺れて、声が途切れた。じっと見つめて続きを待つ美羽に、コハクは小さく苦笑して、言葉をつなぐ。
「幸せになりたいと、思った」
「えっ? ……コハクは、幸せじゃないの?」
「ううん。そうじゃないよ。そうじゃないけど……。たぶん、僕はぜいたくになったんだ」
 かつてコハクは住んでいた故郷を滅ぼされ、唯一の生き残りとしてシャンバラに来た。
 この広い世界にたった独り。天涯孤独だと思っていたのに、美羽やベアトリーチェに受け入れてもらって、家族同然の友達ができて、美羽を好きになって、恋人関係になって。
 だけど今日、たくさんの人から祝福されて幸せそうなシャムスとセテカを見て。そしてもうじき子どもが生まれるバァルとアナトを見て。彼らを取り巻く空気に、チリチリと胸が焼けるような嫉妬を感じた。
 彼らを結び付けている、あの絆がうらやましい。彼らのようになりたい。
「……彼らになりたいわけじゃないんだ。だって僕は、シャムスさんやアナトさんを好きなわけじゃないからね」
「うん。分かる」
 ベンチに腰掛けてコハクの話を聞きながら、美羽はうなずく。
「今日の2人は、本当に輝いてたもんね。ああなりたいって思うのは、コハクだけじゃないよ。だれだって幸せになりたいもの」
「美羽も?」
「あたりまえじゃない」
 くすっと笑う美羽の手に、コハクがそっと手を添えた。大切そうに両手で包むように持って、じっと見つめる。
「コハク?」
「美羽。僕と結婚してください」
 コハクは静かに告白した。
 直後、びくっと美羽の手が震える。なけなしの勇気を掻き集めて、やっと顔を見られるようになったとき、美羽の顔は驚きに固まっていた。
「あっ、あの、言っとくけど、あの2人に触発されたからってわけじゃないからね!
 いや、それもあるけど、でもそればかりじゃなくて、このことはずっと前から考えてたことで――」
 ――あああ。タイミング最悪だったか!?
 どうしよう? 美羽を怒らせちゃった?
 背中を冷や汗が伝いそうになったとき。ようやく美羽の表情がやわらいで、くすくすと笑みがこぼれ落ちた。
「美羽……?」
「はい」
「えっ?」
「はい、コハク。あなたと結婚します。私を、あなたのお嫁さんにしてください」
 今度はコハクが驚きに固まる番だった。
 言葉もなく。
 まばたきも忘れて固まっているコハクの姿に、これ以上楽しいことはないというように美羽は笑ってコハクを立たせると、とびつく。
「2人でうーんと幸せになろうね、コハク! 私たちを見て、あんなふうになりたいってだれかが嫉妬するくらい」
 耳元で告げるその声は、これ以上ないほどの幸せに満ちていて。
「うん。美羽」
 コハクはぎゅっと美羽を抱き返した。


 東の空が白みかかるころ。
 とある客室のドアノブが、少しずつ少しずつ回って、音もなくドアが開かれた。
 抜き足差し足忍び足。部屋のなかへ入った人影は、そっと手前の寝台へ近づく。静かに上掛けの端を持ち上げたところで、奥側の寝台からむくりとベアトリーチェが身を起こした。
「何をこそこそなさっているんですか? 美羽さん」
「……えへへ。ベア、起きてたんだ」
 そっと上掛けを下ろして、かがめていた身を起こす。
「朝帰りだなんて。一体こんな時間まで、どこで何をしていたんです!?」
 愛想笑いを浮かべる美羽に、不機嫌な表情で詰め寄る。さあここへ座りなさい、とばかりに寝台を指さし、説教モードに入ったベアトリーチェの追究は激しく、容赦のないものだった!
 が。
「まあまあまあ! コハクくんがプロポーズ!?」
 その瞬間、ベアトリーチェはパッと鬼軍曹から詮索好きな親友に早変わりした。
「美羽さんのことですから、もちろんお受けしたんですのよね?」額をつきあわせて、ベアトリーチェはごくっと息を飲む。「それで、そのあとどうなさったんです?」
 それが部屋を出て行ってすぐの事だとして、あれからもう何時間も経っている。状況がそこで終わるわけはない。
「それから……ええと。寒いから、ってコハクの部屋へ移動して……だってベア、寝てると思ったし、ベアへの報告は今すぐでなくてもいいかな、って……」
「ええ、それは分かりますわ。で、どうしたんです? で?」
「だ、だから……コハクの部屋で、具体的に今後どうするか、っていろいろ……話して……」
 たとえば、6月に結婚式を挙げよう、とか。
 どんなドレスを着ようかとか、どんな式にしようかとか。2人で住む家はどこにしようか、とか……。
「それだけですのっ?」
「……それだけじゃ、ないけど……」
 もう勘弁してよ、ベア〜〜〜〜〜っ。
 美羽は悲鳴を上げたが、すっかりスイッチの入ったベアトリーチェは追究の手を緩めようとはしなかった。
 ………………………。
 ………………。
 …………。
しちゃった
 てへっ。
「あ、あのね! コハク、すっごくやさしかったよ! バスタオル敷いてくれたし……」
 脱力し、両手をついたベアトリーチェに、美羽がちょっと早口でまくしたてる。
 次の瞬間、ベアトリーチェはがばっと身を起こし、その両手で美羽を抱きしめた。
「おめでとうございます!
 ああ、いよいよご結婚なのですね! 私、全力でお式の準備をさせていただきますわ! どこにも不備のないよう、完璧な式にしてみせます!」
「う、うん。ありがとう、ベア。
 あのね、あとで2人でベアに話そうって、コハクと約束してるの。だから、聞いてないフリしてくれる?」
「ええ。もちろんですわ。お安い御用です」
 ベアトリーチェの手が美羽の両手をとり、持ち上げて、ぎゅっと握りしめる。
「美羽さん。どうか、幸せになってください。だれよりもお幸せに……」
 だれより大切な2人。美羽さんとコハクくんが幸せになりますように。
 ベアトリーチェは心の底から願い、祈ったのだった。







『東カナンへ行こう!5  了』

担当マスターより

▼担当マスター

寺岡 志乃

▼マスターコメント

 こんにちは、またははじめまして、寺岡です。

 今回のシナリオで、東カナンを舞台にしたシナリオはファイナルということになります。
 ご参加いただきました皆さん、ありがとうございました。
 せっかく参加を希望してくださったのに、抽選で落ちてしまった方、申し訳ありません。
 わたしのキャパがもう少しあれば、全員を受けることもできたのですが……。

 カナン再生記から始まって、以後東カナン国をここまでずっと書き続けてこられたのは、東カナンを愛し、支持してくださり、支えてくださった皆さまのおかげです。本当にありがとうございました。


 それでは、ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
 次回ガイドはできるだけ早く出したいと思っております。そちらでもまたお会いできましたらとてもうれしいです。
 もちろん、まだ一度もお会いできていない方ともお会いできたらいいなぁ、と思います。

 それでは。また。