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ンカポカ計画 第1話

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ンカポカ計画 第1話

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第3章 ユウ・ディカトゥイ


 イケメンのバイオリニストは、名前をユウ・ディカトゥイといった。
 ユウはさらさらの金髪で、スラッと背が高くてやや細身。切れ長の目をしていた。が、演奏前はずっと俯いてるせいか、その蒼く澄んだ目を見ることは難しい。

 プレナはステージに近い席に座った。トメさんが何かを感じて廃港なんかに行ったのだとしたら、きっとイケメンのはず! ――そう思っていた。
 有沢 祐也(ありさわ・ゆうや)弥涼 総司(いすず・そうじ)も割と近い席で様子を見ている。
 ステージから離れて見ている者もいた。
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)だ。
 怪しまれないように、食事をしてパーティーを楽しむ振りをしながら、でもしっかりとユウを監視している。今のところは……。

 ユウは、ピアニストがいなくなってしまって困っているようだ。が、おどおどしてるばかりで埒があかない。
 そこで声をかけたのは、フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)だ。
「ピアノなら、私がやりましょうか。こういったパーティー会場ですから、それほど珍しい曲をやるわけではないですよね」
 ユウは、かすかにちょこんと頷いた。内気すぎる。
 フィルはなんとか一緒に演奏することでユウを探ろうと思っていたので、ピアニストがパイを食らって退場したのはラッキーだった。
 曲目をチェックしたりしながら、さりげなく、しかしズバッとカマをかけようという作戦だ。
「今日はあたたかい一日でしたね」
「……そうですね」
「ポカポカしてましたね」
「……そうですね」
「ンカポカって、パラミタの言葉で『敵をポカポカ殴る』って意味ですよね?」

 しーん。

 ユウが黙ってしまった。
 近くで聞いていたプレナは、むむむっ! とますます注目する。
 が、同じようにユウに注目していたはずの総司は、素速く仲間にメールしていた。
『コントラバスの女の子、結構かわいいぜ』
 ぴっぴぴぴ。
 トイレの個室に隠れてメールを待っていたのは、樹月 刀真(きづき・とうま)だ。
 刀真は、思わず扉を蹴っ飛ばした。
「これだから、のぞき部は! ったく!!」
 しかし、実はコントラバスは女装したトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だった。
 総司はそうとも知らず、うーん可愛いなーと見取れていた。アーメン。

 ユウはフィルに答えた。
「ンカポカは、太陽……という意味です」
 そして、バイオリンを手に取り演奏が始まった――
 瞬間!
 顔つきが変わった。いや、顔の作りも変わったように見える。
 さらさらの前髪をファサッとやりながら、意味もなく遠くを見つめるナルシスト・アイ! 必要ないのに体をやたらと反らせてクローズ・アイ! そして、楽団の仲間に「しっかりついてこいよ」とコンタクト・アイ! アイアイアイ!
 「アヴェ・マリア」を、ユウはこれでもかという程に優雅に艶っぽく音を奏で、さりげなく女性客と目を合わせるのだった。

 プレナの目は、すっかり目的を忘れてハートになっていた。か、かっこいい……!
 そして、ケイの目もやはり……ハートだ。す、素敵すぎるぜ……!

 曲が終わり、次はピアノのソロ。
 フィルはユウを探ってる余裕がなくなり、みんなのために演奏してる“いい人”になっていた。
 その曲が終わったら、とっととステージを下りようと心に決めた……。

 祐也は、ユウが1人になっているのを見計らって、話しかける。
「ユウさん。こんにちは」
 ユウはチラッと見て、小さく頷いた。
「そんな態度だから、どんな演奏するのかと正直心配だったけど、とても良かったよ」
 まずは褒めて近づこうという作戦だろう。
「いや、ほんと素晴らしかったよ」
 ユウは小さく頷くだけだったが、祐也の顔を見てくれるようになった。
 が、厄介なのが寄ってきた。
「ちょっと、そちらの方。知ってましたあ?」
 女装トライブだ。
「何を?」
「実はね、ンカポカって、美少女なんですって。本当は」
 ンカポカと聞いて、ユウはまた下を向いてしまった。
 祐也はガッカリして、トライブに真実を突きつけてやる。
「美少女って、トライブ・ロックスターみたいな感じか?」
「そう。わたくしみたいな……えええっ!」
「バレバレだよ。ったく。邪魔しやがって」
 トライブはショックで、ステージを下りた。

 次にユウに話しかけてきたのは、白のドレススーツに白手袋、白い靴と全身真っ白の男、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)だ。
「ユウさん。今の曲、情感豊かに演奏してましたけど、そのコツはなんなんでしょうか」
「……何も」
 内気なままだが、演奏に関する話だからだろうか、かろうじて言葉を発した。
「ユウさんのバイオリン、あの名器パラディヴァリウスですね」
 と手を触れようとして――
 ババッ!
 ユウは凄まじいスピードでバイオリンを手にした。
「す、すみませんでした。勝手に触ろうとしてしまいまして……その楽器への愛情。そういうところが大切なんですね。……師匠と呼ばせてください」
「……いえ、そんな」
 エメは勝手に師匠と呼んで、なんとか距離を縮めようという作戦に出ていた。

 もうすっかりユウのファンになっているプレナは、フォークを握りしめたままユウから目が離せなくなっていた。
 それを見たメニエス・レイン(めにえす・れいん)は、ツカツカ歩いてきて、
「何やってんのよ、目がハートになってちゃしょうがないでしょ。それならいっそ……もっと近づきなさいよ。ほれっ!」
 ドカン。
 プレナの背中を蹴っ飛ばしてやった。地球人が近づいたときにどんな反応をするか、それをチェックしようという狙いだ。
「きゃっ……」
 プレナはユウに向かって、ととととと……。
 どっかーん。
「きゃあ。すみませーん。転んじゃって……へへっ」
 ぶつかって喜んでる時点でプレナはかなりの重症だ。
「君! 師匠に何するんだッ!」
「あれれ?」
 プレナがぶつかったのは、ユウを守るべく立ちはだかったエメだった。
「あ、エメさん! すみませんですぅ〜」

 メニエスは、プレナがダメならと、ターゲットを変更。
 今度は、ついついステージのすぐそばまで見に来ていたケイの背中を――
 ドカーン!
 蹴っ飛ばす。
「いったー!」
 ケイはそのままよろけて、ユウに激突。抱きとめられた。
「きゃっ。い、今の曲、すてきでしたっ」
 すっかり少女漫画のヒロインになっていた。
 それを見て、メニエスは首をひねった。
「むむーん。抱き留めたということは、地球人が平気なのかしら。つまり、ンカポカではない……のね」
 とあきらめてステージに背を向けた。
 メニエスは、ケイが顔を手で覆い、髪を振り乱して猛ダッシュしている姿を見逃した。

 ケイはそのまま表通路まで行き、1人高まる胸を押えて――
「……ユウ様!」
 星に話しかけていた。
 しかし、“恋する乙女”状態からはすぐに脱し、自分を取り戻す。
「俺、何言ってんだろ。あんなバイオリニストなんかに。馬鹿だな……」
 と柵に寄りかかって、もう星なんて見ようともしない……でもやっぱり。
「……ユウ様!」
 恋する乙女は星に話しかける。
「あなたが! あなたがあのンカポカだったなんて!」
 この異常行動を、すぐそばで見ている者がいた。
 夜の海上に黒衣はためく村雨 焔(むらさめ・ほむら)だ。
「こ、これは間違いなく奇行症! そうか、バイオリニストのユウがンカポカなのか……!!」
 キリン隊隊長でもある焔は、すかさずケータイを手にした。
「たしか恭司が会場にいたはずだな……注意を促さなければ!」
 焔は、信頼しているキリン隊・副隊長の橘 恭司(たちばな・きょうじ)に手短にメールを送った。

『ンカポカ=ユウ・ディカトゥイ』

 焔はケータイをしまい、歩き去る。
「ケイの病気は、特に危険性はなかろう。会場は恭司がいれば、なんとかなるだろうしな……」
 確かに恭司はのぞき部相手では絶対的な力を発揮する。が、しかし、今夜に限っては間違っていた。
 会場の恭司はメールを見て、首を傾げていた。
「ポカポカ? いや、ンカポカと読むのか。なんだこれ?」
 恭司が空京のポスターを見たときは、既にトメさんも他の生徒もいなかった。
 そのため、恭司はンカポカのことを知らなかったのだ。
 一応、隣の男子に訊いてみた。
「君、ンカポカってなんのことかわかる?」
「え? ポカポカ? 知らなーい!」
「そうだよな。隊長、最近キリン隊のことで悩んでたからなー、疲れてんだな。そっとしといてやるか……」
 ンカポカを知らないもう1人の男は、ぼさぼさ伸ばしっぱなしの銀髪とぶかぶかの制服を着たニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)だ。
 ニコは、いつもパートナーに口うるさく言われるのが嫌になってやってきたらしく、初めて乗る船のひとつひとつに感動していた。
「わあ。この料理、美味しい! すっごーい! ああ、クルーズってなんて楽しいんだろう!」
「ああ、タダでクルーズなんて、ほんとラッキーだよな」
 会場内には、ンカポカを警戒している者たちの殺伐とした空気が漂っていたが、ニコと恭司の2人だけは無邪気にパーティーを楽しんでいた。
「お。ほんとだ。この料理、うまいなあー!」
「ほんと! おいしーーーい!」

 表通路の恋する乙女は、相変わらずだ。
「ユウ様ぁ〜」
 と星を見ながらモジモジしている。
 しかし、食事中にそのまま駆けてきたからだろう、手にはテーブルナイフを握っていた。
 そして恋する乙女がナイフを手にしてやることは1つ。ついつい柵に刻んでしまう――

『ユ・ウ・さ・ま・L・O・V・E』

 最後の『E』の字を刻んだとき、プツッと何かが切れる音がしたが、
「はっ! 俺、こんなこと! 何やってんだバカバカ!」
 と背を向けたため、気づかなかった。
 そう。切ったのは、皆川陽を吊っていたバラのつるだ!
 陽はトコロテンだったが、体が突然ふわっと浮いて、目が覚めた。
「んぱ? あれ? うわ。うわあ。メガぱ。メガネんぱ〜」
 メガネはちゃんとその額にあったが、それどころではない非常事態だ。

 ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。どっっぼーーーん!

 陽は真っ暗な海の中で、必死にメガネを探しながら溺れていた。アーメン
 そして恋する乙女は何も気づかぬままに星を見て、胸の前で両手を握りしめるのだった……。