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ンカポカ計画 第1話

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ンカポカ計画 第1話

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第5章 アルフレード・パゾリーニ


 ガリガリの爺さんが、ブツブツ言いながら会場に入ってきた。
 頭は白髪のロン毛で、真ん中が禿げている。背中が大きく弓なりに曲がった傴僂(せむし)男で、薄汚い白衣を羽織っている。
 名をアルフレード・パゾリーニといい、パラミタ人だが地球のイタリア系の顔立ちをしている。

「すみません。お酒以外の飲み物って、ありますか?」
 さっそく声をかけたのは、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)だ。
 アルフレードは何にでも文句を言うという悪評が立っているが、見た目も実際も10才程度とあどけなさの残るソアなら、あるいは親しくなれるかもしれない。
 が、
「飲みたきゃ海の水でもなんでも飲んでればいいぞな。ほれ、すぐそこだ」
「そ、そうですね。水でもいいんですけど、でも――」
「でももヘチマもねえぞな。水なんてもんはな、昔は自分で川まで取りに行って運んだもんだ。まだニワトリも起きてねえ時間に、おめえ、樽をこう担いでじゃなあ、こぼさないように毎日毎日運んでおったんじゃ。それが今はなんじゃ。ボタン押したらガチャンと落ちてくるなんて、あんなもの。なんぞな」
「そうですねー」
「そうですねもヘチマもねえぞな。ったく。全然わかっとらん。だから近頃のガキは子供だと言うんじゃ。注文がないなら呼ぶなと言うんじゃ」
 と帰ろうとする。
 ソアはくじけずに別のことを訊いた。
「すみません。地球人向けの飲み物って、ありますか?」
 この地球というキーワードに何か反応を示すようなら、ンカポカの可能性が高くなる。
 一見おかしな言葉遣いのようにも見えるが、これはソアなりに考えての「誘い文句」なのだ、が……
「地球人向けもヘチマもねえぞな。水なんてもんはな、昔は自分で、この足でじゃぞ、川まで取りに行ったもんじゃ……」
 ソアが聞き出せた情報は、アルフレードが昔川に水を取りに行っていたことだけだった。

 次に、桐生 円(きりゅう・まどか)が声をかけた。
「酒は飲めないから、オレンジジュースを出しなよ」
「お前か、オレンジジュースとウォッカを勝手に持ち出したのは。ったくしょうがねえ。だいたいカクテルなんてえのは、酒とは言わないぞな。昔は自分で川まで水を――」
「ちょっと待ちなよ。オレンジジュースもウォッカも持ち出したのはボクじゃないし、カクテル頼んでないし、いいからオレンジジュース出してよ!」
「酒はいらないということぞな」
「そうぞな、そうぞな! とっととオレンジジュース出してぞな!」
「わしも酒はやらんのじゃ。いいことじゃ……」
 うんうん頷きながら、去っていった。
「おい! だからオレンジジュース!」
「エライのう。若いのに酒を呑まないとは……たいした心がけぞな」
 結局、円は自分でオレンジジュースを取りに行くのだった……。

 今度はミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)がアルフレードを呼んだ。
 ソアとのやりとりで早くも文句のボルテージが上がっているアルフレードに対し、ミレイユの取った作戦は「とにかく謝る」。果たして、うまくいくだろうか……。
「こんにちは! お爺さんって、歳いくつ?」
「いくつもヘチマもねえぞな。それにお爺さんじゃなくてアルフレードぞな。名前で呼ばなきゃいかんぞな」
「そうだね。気をつけるね」
「ったく、名前を覚えられないんじゃったら死んだ方がマシぞな。全員の名前を言えるのか?」
「言えないや。今度必ず覚えるよ。ごめんなさい」
「そうか……」
 ミレイユの「とにかく謝る作戦」はさっそく効果があったのか、アルフレードは押し黙り……
「あがっ。あがっ。かーーーー。うげっ。うげっ」
 とおぞましい叫び声をあげながら、バタバタとミレイユに迫る。
「きゃあ!」
 ミレイユは慌てて光学迷彩で姿を隠した。
 が、
「ごふっ。ごふん。ふう〜」
 咽せているだけだった。
「ったく、ごめんで済んだら警察いらんぞな……」
 ブツブツ言いながら去っていった。
 ミレイユは、使い古された言葉に負けた。

「ウェイター! すまんが酒をくれ!!」
 今度は、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)がアルフレードを呼んだ。
「やらんぞな」
「な! なにぃ〜」
 アルフレードはこれでも女の子に弱い爺さんで、今まではまだ機嫌のいい方だったのだ。
 ラルクはここでキレたらいかんと耐えながら、もう一度挑戦する。
「はっはっは。やらんはないだろう。やらんは。1つまあ頼むぜ」
 アルフレードは仕方なく……といった風に溜め息をつくと、ラルクのテーブルまでやってきた。
 バンッ! と机を叩いて、
「なんでわしが酒を持ってくるぞな。貴様になんぞやる酒はない。一滴たりとも、やらん!」
 怒りを抑えていたラルクだったが、ここまでメチャクチャなことを言われたらもう限界。
 キレた。
「ジジイ、てめえ!」
 と立ち上がり、胸倉を掴みにかかる。
 実は、確かにキレてはいるものの、胸倉を掴んで接近することによってンカポカなら反応を見せるだろうという計算もあったのだ。
 が、
 アルフレードは、凄まじいスピードで後方にクルッと飛び退いていた。着地に失敗して、曲がった背中でゴロンゴロンと転がっていたが、ラルクの攻撃をかわしていた。
 アルフレードはゴロンゴロンの末に、びっくりして棒立ちしていたソアにぶつかり、ようやく止まった。そして、一瞬にたーっと笑みをこぼして立ち上がった。
 次の瞬間、ラルクは屈強な警備員に囲まれていた。
「ち、ちくしょう! 放しやがれッ!」
 哀れ、連行されてしまった。
 その様子を見て、ニコはぽかーん。
「つれてかれちゃった。何があったんだろ」
 恭司も全然わかってなくて、ぽかーん。
「きっと、高級食器を盗んだりとか、けっこう悪いことしたんじゃないか。そんな悪い奴だなんて思わなかったぜ……」
 会場はパーティー気分がぶっ飛び、静まりかえっていた。和希とリュースのフォークの音、ガートルードのきゃっきゃした笑い声以外は。
 と、静寂を破って、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が声をあげた。
「おーい、そこのゴロンゴロン爺さん。ちょっといいかな」
「なんぞな。ゴロンゴロンもヘチマも――」
「芋けんぴは、ありますかな?」
「芋けんぴぞな……」
 芋けんぴとは、さつまいもを細長く切って油で揚げ、砂糖を絡ませたお菓子である。地球の日本、高知の郷土料理であって、セオボルトの大好物なのだ。
 とはいえ、もちろんセオボルトはクルーズのパーティーで出てくるわけがないことは百も承知だ。その上で、あえて無茶な注文をしたのだ。
 人は怒って冷静な判断力を失えば、必ず何かボロを出すもの。セオボルトはラルクを見て確信した。自分が怒るのではなく、アルフレードを怒らせるべきだと。
「あるぞな。芋けんぴ」
「なにっ。あ、あるのか」
「ったく、芋けんぴのけんぴってのは、ありゃなんなんだぞな。ようわからんぞな。けんぴけんぴぞな……」
 アルフレードはブツブツ言いながら会場を出て、厨房に向かった。
 セオボルトは頭を抱えた。
「芋けんぴがあるなんて、この船、どうなってんだろうか……」
 でも、ちょっと嬉しかった。芋けんぴが大好物なのだ。

 アルフレードが歩き去った屋内の通路に、白波 理沙(しらなみ・りさ)がいた。
 理沙はなんとしてもウイルスに感染したくなかったので、船内の安全な場所を探し求めて彷徨っていた。パーティーを楽しんでるふりをするため、ワインを片手に口笛を吹いていて、それがかえって怪しい。
 そんな理沙の前に、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)がキョロキョロしながらやってきた。
 レキは今から船内を見て回ろうとしているところで、案内係のウンラートを探していた。
「こんばんは! レキさん……だよね」
「ボク? うん。レキでいいよ。キミは……たしか……白波理沙ちゃん! パンダ隊の!」
「そう! パンダですう!」
「あはは。パンダ隊っていい名前だよね。ボク動物好きでね、この船にも犬とか猫とかいればもっと楽しいのにね!」
 そのとき、いきなりレキの背後から声が聞こえた。
「犬とか猫とかですか?」
 いつの間にか、背後にウンラートが立っていたのだ。
 気配を感じなかったレキは、びっくりして振り向いた。
「あ。うん……犬……」
「わんと吠える犬ですね」
 背の高いレキは、ウンラートを試してみる。かがんで顔を近づけて、反応を見ようとする。
「そう。犬。いるのかな?」
「どうでしょう……」
 ウンラートは近づくレキを避けたのか、通路を歩いていってしまった。
 この暗くて長い通路(A通路)の先の角を曲がると、その道はB通路。
 B通路には、厨房と乗員の控え室がある。
 今、サボり癖のついているマレーネも越乃も、中にいるはずだ。少し前には楽団も向かったから、ユウもいるだろう。
 ずっと見ていた理沙はレキに教えてあげた。
「なんか……あっちは危ないと思うよー」
 しかし、レキはウンラートをンカポカの可能性あり! と踏んだ。
「ボク。ちょっと行ってくるよ。あっちは人通りも少ないしね……」
「ええ。行くの? やめた方がいいよー。怪しい人達、みんないるよ」
 レキは慎重に歩いていく……。

 その頃、A通路の途中。
 ウンラートの前には、1人の変態が立っていた。
 明智 珠輝(あけち・たまき)だ。
「案内係さん、色々教えてくださいませんか? ふふ……。それとも私が教えましょうか……」
 ウンラートはニコッと微笑んで、ポケットから船内の見取図を出した。
 何も書かれていない部屋をピンクのマーカーでキュキュッと囲むと、
「お客様。こちらが通称ピンクルームです。こちらでお待ちください」
「わかりました。お会いできるのが楽しみです」
 珠輝が見送ると、ウンラートはA通路の奥まで行って、角を曲がった。何やら小さな話し声がして、静かになった。
 珠輝は、見取図を見ながら歩き出した。
「さて、ピンクルームにはどちらから行けばよいのでしょうか。私もこちらかな……」
 ウンラートと同じ方へ歩き、A通路の奥の角を曲がってB通路に出たとき、
 珠輝の動きがピタリと止まった。
「わん!」
「わん?」
「わん!」
 そこには椎名 真(しいな・まこと)。いや、耳としっぽのついた“わんこしいな”がいた。
「くううん。くうん。くうん」
 わんこしいなは珠輝の足にスリスリスリスリ……。
「おやおや、どうなさいました、椎名さん。……ふふ、随分と懐いて下さるのですね」
 わんこしいなは、リードを控え室のドアノブに引っかけられていて、身動きできなかった。
「くうん……」
 珠輝に連れてってと訴えているのだ。
「ふふ、そんな純粋な瞳で見つめないでください……汚したくなってしまいます!」
「きゅううーーん」
 わんこしいなは嬉しいようです。
「よしよし。それでは、一緒にピンクルームに行きましょう。それとも散歩しますか?」
 リードを手に取り、珠輝はわんこしいなのご主人様となって今来た道を戻る。
 そのA通路の途中。
 ウンラートを追いかけてきたレキが、
「おわあっ!」
 驚いて腰を抜かした。
 わんこしいなは、レキを見てキュゥキュゥ鳴き出してしまった。
「よしよし。このお姉さんが怖いのですね。かわいい声で鳴いてしまって、仕方ないですねえ……。でも、後でもっといい声で鳴かせてあげますからね」
 そしてリードを引いて去っていった。
 レキは、この異常事態を見て確信した。
「こ、これは……話に聞いていた奇行症と違う。何か、何かもっと大変なことが起きてるよ!!! そうだ、やっぱりあいつが怪しい! ウンラートを捕まえる!!!」
 と走り出す。
 が、角を曲がると警備員しかいなかった。
「乗員のウンラートを捕まえると聞こえましたが……」
「どわあああ! これは、これはヤバい! さすがにヤバい!!!!」
 と逃げ出すが、無駄だ。
 あっという間に捕まり、連行されていった。
 その声を聞いて、理沙はとっとと退散した。
「あっぶね……!」

 
 レキが放り込まれた部屋は、厳重な扉でできていた。おそらく、中には今までに捕縛された者がいるのだろう。捕虜収容所というところか。
 この収容所の位置をしっかり見届けた者がいた。
 鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)だ。
 真一郎は、ロビーでもらった船内の見取図を見て、疑問に思っていた。
 それは、見取図に何も記載されていない部屋が3つあることだった。この3つは、“存在するのに、存在しない”ことになっているのだ。
 真一郎は、見てきた情報を整理した。

◆ 1つ目は、捕虜収容所。チラリとだけ見えた部屋の中は真っ暗だったので、【ブラックルーム】と呼ぶことにする。
◆ 2つ目は、鍵があいていて中を見ることができた。キングサイズの回転ベッドが用意されていて、テレビをつけるといやらしい番組が流れていた。これが【ピンクルーム】だ。
◆ 3つ目は、機関室の奥、一番船底にある。真一郎もまだ見に行ってない白紙の状態なので、【ホワイトルーム】と呼んでおこう。

 一方、AからB通路を経て厨房に行った傴僂男のアルフレードは、芋けんぴを作らせていた。
 厨房では、スタッフにまぎれて七瀬 瑠菜(ななせ・るな)が料理していた。
 ここでアルフレードに近づくチャンスを待っていたのだ。
「はい。できたよ! 芋けんぴ!」
 瑠菜が、カウンターに芋けんぴをドンと置く。
「おいしそうでしょ?」
「なんじゃこれは。こんなに細く切ったら味も何もわからんぞな。だいたい――」
「ちょっと待った! つべこべ言わずに、まずは食べてみてよね!」
「つべこべもヘチマもないぞな。こんなマズそうなもん、食べる気になりゃあせんわい。そもそも――」
「待った待った待った! こっちはね、みんなに楽しんでもらえるようにって、そりゃあ心をこめて作ってるのっ! 文句があるならね……食べてからにしてよっ!!!」
 瑠菜の作戦は、いわば不良男子作戦。気の済むまで殴り合って、川原にごろんと寝ころんで空を見れば熱い友情のできあがり――あれを口喧嘩でやろうというのだ
 そのために、同じ働く立場になってガンガン攻めている。
 アルフレードは「ふんっ」と鼻を鳴らして、芋けんぴを手に取ったが、ヨボヨボの爺さんなので、手が震えて落としてしまった。
「おっと……こんな形だから手が滑るぞな……」
「ああ! いいよそれはもう。しょうがないよっ」
 それでもアルフレードは落とした芋けんぴを拾おうとして、……コケた。そして、ゴロンゴロン。転がって瑠菜にぶつかって止まった。
「だだだ大丈夫?」
 瑠菜が心配して手を差し出すと、アルフレードはその手を掴んで起きあがり、にたーっと笑った。
 そして拾った芋けんぴを食べる。
「うん。うまいぞな……。これはなかなかええもんじゃ……うん」
 さすが実家が老舗料亭なだけある。瑠菜は料理が上手かった。
 アルフレードは満足すると、芋けんぴを持っていった。
「あたし、瑠菜だよ! 覚えといてね!」
 瑠菜がアルフレードの背中に声をかけると、アルフレードはちょっとだけ右手をあげて応えた。

 アルフレードは、通路をヨタヨタ歩いてパーティー会場に向かった。
 その様子を、光学迷彩で隠れながら見ている者がいた。
 佐野 亮司(さの・りょうじ)だ。
 と、そのとき――
「あ!」
 亮司が思わず声を出した。アルフレードが大事そうに皿に乗せて持っている何かに気がついた。それを顔の当たりに持って行こうとしている。ま、間違いねえ! あれがウイルスの素だ!!! つまり……

『ンカポカ=アルフレード・パゾリーニ』!!!

 ぼわああん。
 亮司は光学迷彩を解いて、アルフレードの背後から襲った。
「待ちやがれ。ジジイ!!」
 が、
 ゴロンゴロンゴロン……。
 アルフレードは転がって亮司の攻撃をかわし、かわりに警備員が現れた。
「うおおお! 放せこの野郎!」
 亮司は暴れるフリをしながらも、さりげなくアルフレードが落とした「ウイルスの素」を拾っていた。ブラックルームに連行されながら、小さく呟いた。
「へへっ。これでおめえらの実験は失敗だぜ……」
 亮司が捕縛されながらも必死に手のひらに隠した「ウイルスの素」は、どう見ても芋けんぴだった……。