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リアクション
第8章 混迷
実は、ブラックルームは捕虜収容所ではない。
その事実を、中にいる者たちは既に味わっていた……。
ブラックルームは文字通りの真っ暗闇で、光が全くない。
“完全なる闇”というのは、体験した者にしかわからぬ恐怖空間だ。
いつまでたっても「目が慣れる」ということはなく、不安が増大していく。
そして、このブラックルームをさらに恐ろしいものにしているのは、この部屋が“無響室”であることだった。
無響室とは、音の残響が全くないように工夫されて造られた音響研究等のための「実験室」で、何年も前から地球上にも存在するものだ。
この中では、少し離れるだけでお互いの声がか細くしか聞こえず、己の存在だけが浮き出て感じてしまう。しかも“完全なる闇”との相乗効果で、宇宙の無空間に投げ出されたような非日常的浮遊感を味わわされる、そんな恐怖空間である。
捕虜たちは、己との孤独な戦いに既に脳みそはトコロテンになりつつあった。
唯一、武尊だけはなんとか正気を保っているのか、みんなを勇気づけた。
「どうにかなるって。なんかこれ逆に楽しくねえか?」
が、それが彼なりの勇気、つまり「強がり」でしかないことは自分でもわかっていた。
静寂と闇の中、変化が起こるとしたらそれはもう外部からの接触しかない。
そして今、ブラックルームの扉が……開いた。
「おおおおおおおお!」
この部屋の表は、ブラックルームとは反対に大量のランプで明るくされていて、恐ろしく眩しい。
完全なる闇の中にあった人間の目は、いきなり慣れることはまずない。眩しさは痛さであり、目を開けることも困難である。そのため、扉の向こうに立っているンカポカの姿を見ることは誰もできなかった。
亮司が芋けんぴを握りしめて、声を張り上げる。
「だ、誰だ! 誰かいるのかよッ! おい! ンカポカか! なんとか言え!」
プスーーーーーッ。
微かに空気の動きが聞こえてくる。
「うっ! くっさーーーー!」
慌てて光の方へがむしゃらに走る武尊だったが、目の前の誰かにぶつかって転んだ。
なんとか立ち上がったときには、無情にも扉は閉まっていた。扉がどこにあったのかも、何もわからなくなってしまった……。
ブラックルームは捕虜収容所ではなく、ンカポカのウイルス実験室だった。
救出しようと走り回っていたアリアは、珂慧のデタラメ指示のせいで迷っていた……。
ピンクルームでは、傷だらけのつかさがベッドに横たわっていた。恍惚として。
ベッドの脇で、珠輝が静かに服を着ながら言葉をかけた。
「また会いましょう。あなたはきっと、いい奴隷になれますよ」
「はい……」
「では、私はペットを待たせてますので、失礼します」
と、部屋のドアが外から開けられた。
未沙だ。
「あーら。これはこれはぁー」
遅れてレイディスが顔をのぞかせる。
「おっと! これは邪魔したな。未沙、やっぱり会場に戻ろうぜ」
レイディスがどんどん中に入っていく未沙の手を掴む。
2人を見て、珠輝が首を傾げる。
「おかしいですね。私のペットが表にいませんでしたか?」
「ペット? 知らねえよ? そんなの連れてきてたの?」
わんこしいなのリードはいつの間にか外れていたようだ。
メイドのつかさは、部屋へのお客様に精一杯のおもてなしをしようと、ウンラートにもらったケーキの箱を開けた。
「皆様。甘いものでもいかがですか?」
箱を開けると、メッセージが書いてあった。
『ンカポカより、愛を込めて』
ピンクルームにいた4人はみな、箱から出てきたとんでもない異臭、つまりウイルスを食らった。
「くっさーーーー!」
箱を渡したウンラートがンカポカなのだろうか……?
わんこしいなは、新たなご主人に連れられて船内を歩いていた。
リードを握っているのは、カガチだ。
「おお、よしよし。寂しかったねぇ〜。」
なでなでなでなで……。
珠輝やカガチは、椎名真が“わんこしいな”になっていることに全く疑問を抱いていない様子で、それこそが一番の疑問だ……。
そして、もう1つの重要な部屋。ホワイトルーム。
ガチャリとドアが開き、越乃がグラスに入れた透明な液体を手に出てくる。
それを物陰から見ていたのは、仮面ツァンダーソークー1こと風森巽だ。
巽は越乃をやり過ごすと、ピッキングで鍵をあける。
そして、静かに深呼吸して、中に入った。
「き、貴公は!」
巽の目の前には先客、望月あかりが煙草の空き箱を口に当てて何か喋っている。
「こちらあかーり、研究室に侵入……あらぁ?」
あかりはスパイごっこをしていて、煙草の空き箱は無線か何かのようだ。
この部屋の重大さには全く気がつくことなく、ただただ遊んでいたのだ。
巽は、素速い身のこなしであかりの空き箱を奪った。
「無線での連絡は盗聴の恐れがある! 危険だッ!」
「隊長! す、すみませえん!」
この2人、仲良くなれそうだ。
さて、ホワイトルームは本当に研究室になっていて、ここでウイルスを製造しているのは間違いない。
しかし、巽が反応したのは乗員が休憩時に使うのであろう、高級マッサージチェアだ。
両脇にボタンがたくさんついていて、可動式。誤解するにはもってこいだ! そして期待通りの反応を示す。
「これは! コクピットだ!」
「えぇ? コクピットぉ? どうゆうことですかぁ、隊長?」
「そうか……! わかった。この船はンカポカのアジトなんかじゃねぇ! この船そのものが、変形合体巨大ロボットなんだーッ!」
「なるほどぉ!!!」
もう放っておこう。
その頃、表通路をふらふらと歩くナガン。
ナガンの濃厚キッスを食らう新たな餌食が出た。
わんこしいなだ。
「きゃんきゃんきゃん……んぐっ!」
それを見てパニクるカガチも……
「や。やめっ。ぶぺっぱ。らて。にょにょにょ! ……んぐぐーっ」
キスされてしまった。
わんこしいなとカガチは何か大切な物を失ったような、得も言われぬ寂寥感を胸に星を見上げた。わんこしいなの遠吠えが夜空に吸い込まれていった。
「わおーーーん!」
そして、最も怪しい人物ウンラートは甲板に現れた。
珍しくさっさと歩いて、パーティー会場に向かっている。
と、目の前に本郷 翔(ほんごう・かける)が立ちはだかる。
「こんばんは」
「何かお困りでしょうか」
ウンラートは、どことなく急いでいるようだ。
翔は軽い話で様子を見る。
「船内の案内係って、これだけ人がいると大変でしょうねえ?」
「すみませんが、急いでいますので、そういうお話はまた後ほど――」
ウンラートが翔を煙たがって行き過ぎようとしたとき、
ガシッ。
翔がその腕を掴んだ。
「お待ちください。仮にもお客の前で、その表情、その態度……どうなんでしょう?」
「……」
「あなた、ンカポカですね」
「困りましたねえ……」
翔はこれ以上1人で挑むのは危険と冷静に判断し、周囲の人に目で合図を送った。
反応したのは、表通路から歩いてきた、栂羽りをとウィルネスト・アーカイヴスのあべこべカップルだ。
ウィルネストは、女装はしていても男だった。
翔の合図でウンラートがンカポカだと悟ると、りをを守るべく、自らが楯にならんと前に出た。
「あら! ウンラートさん。アタシ〜、ちょっと気分が悪くなっちゃったの。どこか休憩できるところに案内して欲しいわ〜☆」
「ご休憩ですか。大きなベッドの部屋がございますが、そちらで――」
「ゴオラー!」
彼氏役のりをが怒った。
「オレの女に手を出すなー!」
「ははは。これは失礼しました。では、この見取図を差し上げますので、ご自分で探していただけますか」
りをとウィルネストは見取図を受け取る。
「なーんだ。いい人なのネ〜」
「お、おお。なんだ。誤解して悪かった、ぜ」
りをとウィルネストは、あっさりウンラートを疑うのをやめて、去っていった。
「……」
翔は、応援を頼む相手を間違えた。
次こそは! とキョロキョロして人を探すと、物陰からこそこそと誰かが顔を出す。
「ふっふふふふ。私を呼びましたか?」
そして、その何者かはちょいちょいっと手招きする。
「あなたたち。こっちです。こっち……」
「どうかなさいましたか……?」
呼ばれて断るわけにもいかず、ウンラートと翔は物陰に歩いていった。
本郷は、何か嫌な予感がしていた。また、相手を間違えたのではないだろうかと……。
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