校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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はじまりの光 どこもかもが煤けて真っ黒だった。 家族で座ってお喋りしていたソファ、祖母のお気に入りの揺り椅子、小さい頃うっかり傷をつけてしまったサイドボード……。 思い出にあるすべてのものが炎に炙られ、焼け焦げている。 炭と煤と焼け残り。 そんなものの間を、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)はゆっくりと進む。 父、母、祖母、使用人……。 この家で暮らしていた人々はもういない。敵対していた一族に殺害された上に家を焼かれてしまったのだ。 襲撃の前、皆がここにいたときのことを思い出しながら、ミレイユは焼け残りの屋敷の中を歩いてゆく。戻ったら危険だと言われたけれど、事件以来帰っていなかった家に、どうしても一度来てみたかったのだ。 そんなミレイユの隣に、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は何も言わず付き添っていた。その足が、かつん、と何かを蹴飛ばす。 「……?」 何かと思って拾い上げたそれは、煤けたロケットペンダントだった。ここにいた誰かの持ち物だろうか。 敢えて中は確かめず、表面についた煤を拭ってシェイドが手渡したロケットを、ミレイユは開いてみた。熱の為に少し変色した写真、それは……天真爛漫なミレイユの笑顔だった。 ミレイユはそれを固く握り締める。 「父様も母様もおばあちゃんもみんな、せめてワタシだけでも……と命がけでワタシを逃がしてくれた……。家を焼かれて、ワタシだけが生き延びて。逃げて逃げて、逃げ続けていたときにシェイドと出逢ったんだよね」 あの時……封印されていたシェイドは、ミレイユの目には今にも死にそうに見えた。 もう人が死んでしまうのを見るのは辛くて悲しくて。もうこれ以上、誰にも死んで欲しくなくて、ミレイユは必死にシェイドを助けようとして、結果的に封印を解くことになったのだ。 「シェイドはワタシを利用しようとしたことを後悔してるようだけど……途中で思い留まってやめようとしてくれたの、憶えてるよ。ワタシはシェイドと契約をしたことを後悔してないし、そのおかげでこうして生き続けることが出来てるんだもの」 自分を逃がしてくれた時、家族みんなが言ってくれた。 ――あなたは生きなさい――。 その言葉を守れたのも、シェイドと契約したからこそだ。 思いつくままに語るミレイユの話をシェイドはじっと聞いていたが、やがて微苦笑を浮かべた。 今までの関係が壊れてしまうのを恐れてこれまで言わずに来たけれど、もう限界だ。言わずにおくことこそが、2人の間をぎくしゃくさせ、軋ませてしまっているのだから。 「……ミレイユ」 家に入ってはじめて口を開くと、じっと焼け焦げた家具に目をやっていたミレイユが振り返った。尋ねるように見開かれたミレイユの目の赤に、吸いこまれそうな気分になる。 「追われていたあなたを放ってはおけなくて……確かにそれも契約をした理由の1つですが、本当は……あなたを手放したくなくなったという理由の方が大きかったんです」 そう打ち明けてみたけれど、ミレイユはきょとんとしている。 これだけでは伝わらないか、とシェイドは言葉を続けた。 「ご家族があなたを想うように、ずっと見守り続けていこうとしていたのですが……もう……あなたの親代わりとして接することに限界が出てきたようです。ミレイユ……それでもあなたは、私と居続けることができますか……?」 大切に想うのは変わらない。けれど、もう親のような見守るだけの気持ちのままではいられない。 どう反応するかとシェイドが身構えていると……ミレイユの目に涙がふくれあがった。 「お願い……。家族として……親代わりとして見てくれなくてもいいから、これからも一緒にいさせて。どんな理由があったとしても、シェイドがワタシを大切にしてくれたことに変わりはないから……」 涙をいっぱいにためながら答えるミレイユを、シェイドは何も言わずに抱きしめた。そのまま唇を重ねる。 不器用な2人が、やっと踏み出した瞬間。 そっと目を閉じてシェイドの唇を受け入れたミレイユの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。きらきらと光をたたえて――。