校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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シャンバラに生きる覚悟 外交官の父は遠い異国に赴任中。なので、神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)は母と弟、妹の顔を見に、神戸の高級住宅地にある実家に帰ってきた。 母の美耶子は相変わらずおっとりと、穏やかな笑顔でエレンの帰りを迎えてくれた。 弟の聡也は以前見たときより少し背が伸びただろうか。細身だけれど、鍛えられた身体つきに弱弱しさは一切見られない。 妹の華恋は背の高さ以外はエレンの昔にそっくりだ。青いサマーワンピースに長い銀髪をかからせている美少女ぶりとは裏腹に、おしとやかとは言い難い活発な性格をしている。 弟妹は少し成長していたけれど、エレンを迎える嬉しそうな様は変わらない。 ああ、家に帰ってきたのだと実感できた。 帰ってきたその日は皆との時間を楽しみ、翌日エレンはバイクツーリングに出かけた。軽く走らせるだけのつもりだったのだけれど、後ろからぐんぐん追い上げてくるバイクがあった。明らかにこちらを挑発してくるバイクを見過ごせず、ついエレンも対抗してしまう。 気づけば峠でデッドヒートを繰り広げる羽目となっていた。 結局負けてしまったのだけれど、相手の走りはエレンには覚えがあるもので。 「やれやれ、近頃の若いモンはヤワになったもんだね。まともに走れるヤツが全くいないよ」 バイクを止めて笑うエレノアール・エイリアス・神倶鎚に、急いでバイクを降りたエレンは抱きついた。 「お祖母様! 日本に戻っていらしたんですか?」 「ああ。お前が帰ってくると聞いたんでね。久しぶりに顔でも見ようかと思って来てみれば、峠に行ったって言うじゃないか」 つい追いかけて来てしまった、とエレノアールは笑った。 バイクの乗り方、銃の扱い方から人生哲学まであらゆることをエレンに仕込んでくれたのは、この祖母だ。今年で68歳のはずだが、とてもそうは見えない。旅行好きというより冒険好きで、この歳で大型バイクを乗り回し、銃をぶっ放す豪快な女傑……というとどんな女丈夫かと思うだろうが、見た目は体格こそしっかりしているけれど、気品ある顔だちをした細身の女性だ。 再会を喜び合った後、もう少しだけ峠を楽しんでからエレンは祖母と共に家に戻った。 「エレンお帰り。おお、エレノアールも一緒であったのか」 妹の華恋と遊んでいたプロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)が、エレンとエレノアールに気づいて嬉しそうな顔になる。 「プロクルも元気だったかい?」 エレノアールは懐かしそうにプロクルの頭を撫でた。元々プロクルは、レノアールの実家の別荘の地下に封印されていた。そのためエレノアールとも親しい。 「ああ。向こうでもいろいろあるが、元気でやっておる」 「それは良かった」 玄関先でそんな会話をしているところに美耶子もやってきて、会えたようですわねとエレンとエレノアールに微笑みかけた。 「もうすぐ食事の準備が整いますわ。お父様がいらっしゃらないのが残念ですけれど、今日は賑やかな食卓になりそうですわね」 エレンと華恋が里帰り、エレノアールとプロクルも訪れて。 ひときわ賑やかなこの場にいられないことを、父の総一郎はきっと残念がることだろう。 皆で囲む食卓は楽しく、また出される料理も美味しかった。 偏食家であるプロクルも、子供の好む味のものを出してもらいご満悦だ。 和やかで楽しい晩餐。 皆と話をあわせていながらも、エレンの心は落ち着かなかった。 エレンはこの帰省で、家族に告げようと思っていることがあるのだ。けれど、皆が楽しそうにしていればいるほど、その話を切り出すことは躊躇われた。 その様子を外に出したつもりはなかったのだけれど。 「なんだい、妙なシコリがあるね。言いたいこと、言わなきゃいけないことがあるならさっさと言っちまいな」 もっともエレンのことを理解している祖母にかかっては、そんな隠し事はするだけ無駄だったようだ。あっさり見破られてしまい、話を促されてしまう。 だけどそれが打ち明けるきっかけを作ってくれた。 何だろうと尋ねる視線を向けている家族へとエレンは自分の決意を告げる。 「私、シャンバラで生きていきますわ。故郷を捨てるわけではありませんけど、国を選ぶなら私はシャンバラを選びます」 パラミタに永住し、シャンバラ人……今のところは東シャンバラ人として生きる。 そうエレンが語ると、エレノアールはそうかい、と微苦笑した。 「お前には私の跡を継いでもらう期待をしてたんだけどね……どうやら期待以上に育ったようだ。いいさ、がんばってきな! ただしノーブレスオブリージュは忘れんじゃないよ!」 「良いんですの?」 あっさりと受け入れられて、意気込んでいたエレンは拍子抜けした。 「お父様にも連絡しておかなければなりませんわね」 母も動じた様子はなく、優雅に食事を続けている。 総也と華恋は顔を見合わせたが、それも姉の選択ならと思ったのだろう。 たまには家に顔を見せに来てくれるようにと頼みはしたが、エレンがパラミタに永住することには反対しなかった。 「それならもう一度乾杯しようじゃないか」 エレノアールは改めてグラスを用意させると、エレンに向けて掲げる。 「決めたからにはがんばりな。エレンの新たなる未来に――乾杯!」 掲げられたグラスの中の飲み物が、食卓の明かりにきらりと揺れた――。