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【帝国を継ぐ者】追う者と追われる者 第一話

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【帝国を継ぐ者】追う者と追われる者 第一話

リアクション

 
「少し、勿体無いですね。楽しく殺し合いができそうですのに」
 隠行の術を使ってアンデッドモンスター達をやりすごしながら、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は残念そうに呟いた。
「でも、そろそろ近いような気がしますね……」
 アンデッドの出没頻度が上がってきた。
 発生源が近い、ということなのだろう。


 一方、立川 るる(たちかわ・るる)は、特に身を隠したりはしなかった。
 首だけで飛んでいるゾンビに火術を仕掛けたら、燃えながら飛んで暴れまくり、散々な目に合ってしまった。
「もー、火に弱いのはあたりだったんだけどなー。
 よく燃えそうだと思ったんだけど、やっぱ生焼けはよくないよね。
 アルパカさんもチルーさんも、戦闘になったら破傷風にならないように気をつけてね」
 引き連れたペット達に注意を促しながら、それにしても、とるるは思った。
「この辺、変なアンデッドがいるのね。
 全く、ゾンビみたいな保存状態の悪い腐った死体は、干し首愛好家や本家の首狩り族の人に怒られるよ!」
 首だけのアンデッドだの、首狩りのゾンビだの、そういえば、夢枕に立った干物みたいな老人も、頭蓋骨をぶら下げた少年を探して欲しいと言っていた。
「骸骨かあ。
 干し首ならよく見かけるけど、骸骨って珍しいよね!」
 そうだろうか。
「つまりこの冒険のキーワードは“首”……!」
 るるは推理する。
「つまりその頭蓋骨が事件の鍵を握ってるんだわ!」
 彼等を見付けたら、一言文句を言ってやらなくては、とるるは思っている。
「アスコルドさんが大変な時に、騒ぎ起こしちゃダメじゃない!」
 エリュシオンで寝込んでいるはずのアスコルド大帝も、落ち着いて休んでいる暇もないだろう。
 不憫に思い、何か協力しなくては、と、坑道を探索していて首の群れに遭遇したわけである。
 にわか、ぺたっと壁に張り付いた。ペット達はそのままだ。
「あれは……!」
 るるは分岐の向こうを伺う。


 壁の一部が、闇に染まっている。
 その穴のような闇の中から、ゾンビ鼠が続々と走り出て、四方に散って行く。
 そして、闇の穴の傍らには、何者かが立っていた。
 ボロボロのフードをまとっている。
 ローブに包まれて見えない手で、長い首狩り鎌を持っていた。
 背が高く、フードの中は真っ黒で顔が見えない。

「探しました。あなたですね」
 優梨子がそう言ってフードの人物に近付く。
「誰、だ?」
 ゆらり、とフードの人物は優梨子を見た。声が低い。男だろうか。
「最近、この坑道に棲みついた人がいると聞き、探していたのです。
 出現するようになったアンデッドが、首に関するものが多いようで、私の研究テーマにも通じていて、興味を抱きまして」
 お近づきの印に、と、優梨子は自作の干し首を差し出した。自信作だ。
「ふ、む。成程、これは、いい出来……」
 ゆらっ、とフードの男のローブが動いた。
 途端、干し首ががくがくと動きはじめ、優梨子の手に噛み付こうとする。
「なっ!?」
 優梨子は慌てて手を離した。
 干し首は尚も暴れ、地を這いながら優梨子の足首に噛み付く。
 直前で飛び退き、距離を置いて男を見た。
「随分ですね」
「飛べる方がいい、な」
 男は見当違いな言葉を返す。
 ぐぐっと干し首の耳が巨大化し、それを羽根代わりに動かして浮かび上がった。
 それが自分に襲いかかってくるのを察する。
「……仕方ありません」
 話にならない。優梨子は一旦引くことにした。


「干し首のチョンチョンですって……!」
 一方物陰の向こうでは、るるが地味に衝撃を受けていた。



「見付けたぜえ。
 てめえが、ゾンビ共をナラカから引っ張り上げてた蜘蛛糸野郎か」
 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が、フードの男に歩み寄る。
 ゆら、と男は竜造の方を向いた。
「暇潰しにしちゃあまあ、楽しめたぜ。
 殺す前に、理由ぐらいは聞いてやろうか。何が目的だ?」
「目、的……」
 竜造の問いに、男は首を傾げる。
「……目的は、特に無い。
 斥候、哨戒、そんなとこ、ろか」
 男はそう言って、竜造を見た。
「我は、何処へ、行けばいい?」
「てめえは何処へも行けねえよ! ここで俺にぶち殺されろ!」
 既に抜き身の梟雄剣ヴァルザドーンを構え持つ竜造に、会話の間にも男の傍らにある黒い穴から這い出て来ていた大型のゾンビが、一気に竜造に襲いかかった。
 右手が大きな鎌になっている。
 腕をまるで鞭のように動かして、竜造に斬りかかるが、竜造は剣で攻撃を受け流しつつ躱す。
 と、思った時には背後に回り込まれ、すぐさま振り向いて牽制含みで仕掛ければ、素早く距離を置いて来た。
「けっ、どれだけ素早かろうが、全ての動きを同じ速度で繰り出せるわけがねえだろう」
 そう踏んだ竜造は、応戦しながら、敵の動きを冷静に読む。
 ゾンビは下から掬い上げるようにして、右手の鎌で竜造に斬りかかった。
 竜造は、左腕を構える。
 龍鱗化した腕が、がつ、とその鎌を受け止めた。
 同時に剣を突き付ける。
「死ね!」
 レーザーキャノンをゼロ距離発射する。
 ゾンビは、胸から上を吹き飛ばされ、仰け反って倒れた。
 竜造は、そのまま一気にフードの男に攻め込む。
 男は緩慢に鎌を構えたが、今のゾンビに比べたら、スローモーションのような動きだ。
「遅え!」
 叫んで斬り捨てる。
「……何っ!?」
 手応えはあった。
 だが、男が倒れた時、既に地面には、ボロボロのローブがあるだけだった。
 竜造は、ローブを拾い上げてみる。
 その下には何もなく、ナラカの黒い穴も、いつの間にか消えていた。
「ちっ……」



「フハハハ!
 我が名は、世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!」
 高らかに名乗りを上げるドクター・ハデス(どくたー・はです)に、パートナーの魔鎧、アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)が律儀に拍手する。
「ククク、よもやこんな場所に我等オリュンポスの秘密基地の一つがあるとは、誰も思うまい!」
 そう、ここは、ドワーフの坑道、その一角に密かに存在する、彼の組織する秘密結社の秘密基地だった。
 とはいえ、その実体は、偶然見付けた坑道の隠し部屋に、生活用品を持ち込んでいる程度ではあるのだが。

 そしてドクター・ハデスは今、現在の状況を非常に憂いていた。
「……だが、最近、秘密基地の近辺にアンデッド共が出没するようになった。
 侵入者を撃退してくれるのは大歓迎だが、我等にも襲いかかって来るのが問題だな」
「おちおち買い物にも行けませんよ。
 というか、この秘密基地に遊びに来るのが面倒なんですが」
 魔道書の天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は、シボラの長老の夢を見ていたが、ハデスが気にしていないようなので特に触れないでいる。
 ふむ、とハデスは考えた。
「よし、こういう場合、影でアンデッドどもを操っている者がいると相場が決まっている!
 こうなったら、そのアンデッドの親玉を探し出し、我等オリュンポスに勧誘するとしよう!」
「ええっ、本気ですかぁ!」

 と、アルテミスが悲鳴を上げたのは、坑道探索の先頭に立たされたからである。
 心霊現象の苦手なアルテミスは、涙目になりながら、それでも命令に忠実に、周囲を警戒しながら歩く。
「いっ、今何かあそこで動いたようなっ」
「影が動いたんですよ」
 恐怖心から、周囲の様子に過剰に反応し、それに十六凪が解説を入れつつ、やがてアルテミスはひえっ、と立ち止まった。
 地面に、丸く刳り貫かれたような黒い円があり、その上にボロボロの大きな布が落ちている。
「……何でしょう?」
 近付こうとしたところで、突然その布が立ち上がった。
 落ちていた時は、ただの布にしか見えなかったが、今や何者かの纏うローブとなっている。
 いつの間にか現れていた首狩り鎌を手に、ローブの男は、ゆらりとハデス達の方を見た。
 アルテミスは恐怖を堪えて剣を抜いた。が。
「騎士アルテミスよ、この場は任せたぞっ!」
と、ハデスは素早く先に進んだ。逃げたとも言う。
「ハ、ハデス様っ!? わ、私一人じゃ無理ですっ」
「ちょっと待った、ハデス君」
「ぐえっ」
 十六凪がハデスを引き止める。
「あの者、他のアンデッドとは様子が違うようですよ」
「何っ、つまり親玉かっ!?」
 ハデスはくるりと振り返る。
 ずざっ、とアルテミスの前に出、びしっ、とポーズを決めた。
「貴様がアンデッドともを操っている親玉か?
 あれだけの数のアンデッドを操るとは、さぞや名のあるネクロマンサーとお見受けする!」
「名、……?」
 ローブの男は、ゆら、と首を傾げる。
「どうだ? 我等オリュンポスに入って、共に世界征服を目指さないか?
 今なら、オリュンポス死霊騎士団長の座を用意するぞ!」
 ハデスの勧誘に、ローブの男は、く、く、く、と笑った。
「……成、程。
 面白そう、だ、いいだろう」
「えっ、いいんですか」
 アルテミスが、恐怖混じりに呟く。
「それで、我の他に、団員とやら、は、いるの、か」
「……いや、これからだ」
「ふむ。では、団員持参で、配下となろ、う」
「えっ、てことは、あの、アンデッド達を、ですか……?」
 アルテミスの表情が強張った。
「それで、我は、何をすれば、いい?」
「そうだな……。
 アジトの平和を護る為、オリュンポスの戦力強化の一端を担って欲しいが」
「ふむ。
 それでは、アンデッド、共を、坑道に配し、侵入者を撃、退する、としよう」
「うむ! それは名案だな!」
 状況的には最初と殆ど同じだが、自分達が襲われないということで、成果は上々だ。

「君の名は何というんです?」
 十六凪が問いかけた。
「名は、無い。
 ……ナッシング、とでも、呼べ」
「……セルウス、という人物と、何か関わりが?」
 気になっていたことを訊ねる。ナッシングは、首を傾げた。
「我は、知らない」
「では、この坑道に現れた目的を訊いても?」
「我の目的は、見ること。把握するこ、と」
 答えて、ナッシングは、十六凪を見た。
「我は、何処へ、行けばいい?」