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機械達の逃避行

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2.暴走の終わりと原因

 自転車が、大地を駆ける。
「白雪さん発見しました!」
 全速力で自転車をこぐ宮坂尤が叫ぶ。
 背後からは、起木保が必死の形相で追いかけてくる。上空から見ているスヴァン・スフィードは息をついた。
「水先案内は終了じゃな。不用心にかかわるとロクなことに……っておい! 尤! 何をしておる!」
 パートナーの危惧のままに、宮坂尤がバッサイーンと白雪の間に滑り込む。
「ちょっと、二人共喧嘩は……って、聞いてないぃ〜!」
 聞くどころか白雪と、彼女を止めようとする者達の攻撃に板挟みになる。
「うわぁ!?」
「お、おい! あぶねぇ! 丸腰で鉄火場に行くバカがあるか!」
 攻撃に巻き込まれそうになった宮坂尤の襟を掴んで、猩朱紅が逃走。間一髪で避ける。
 しかし、攻撃が止まることはない。
 と、一機の飛空挺が白雪に向かい、下降を始めた。
 スヴァン・スフィードが薙刀を持ち、急降下。
「白雪殿、すまんがこれ以上やらせるわけにはイカンのじゃ!」
 そのまま【爆炎波】を発動。刃先に乗せた炎が白雪へと向かう。
 しかし、白雪は攻撃を相殺させ、回避してしまう。
「空京ってのも、意外と物騒なところだなぁ」
 猩朱紅が、ぽつりと呟いた。

「……し、白雪、バッサイーン……やっ、と、追いつい、た」
 息も絶え絶えに、起木保が二機を見遣る。宮坂尤達の案内により、やっと追い付いたのだ。
 と、その肩にポン、と手がかかる。
「いつもご利用ありがとうございます。ハーレック興業です」
 スーツ姿のガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が、言い放つ。彼女の背後のトラックから、ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)が降りてきた。
 トラックは、ショベルカーを積んでいる。
 起木保の背から、嫌な汗が噴き出す。
「あ、あの……例の代金は全てお支払いしたはずじゃ――」
「いいのですか?」
「は?」
「このままでは、テロリストとして逮捕されますよ?」
 ガートルード・ハーレックの厳しい瞳が、起木保を射る。
「っ……」
「逮捕を免れるために、復旧工事をしましょう。即実行すれば、バレずに済みます」
「決めるなら、今だぜ」
 ネヴィル・ブレイロックも真剣に起木保を見る。起木保は、ゆっくりと頷いた。
「わかりました。お願いします」
 深く頭を下げた起木保に頷き、ガートルード・ハーレックは腕を振り上げた。
「起木保空京災害、現地復旧工事を開始します」
 そう言ったガートルード・ハーレックはショベルカーに乗り込む。
「起木先生さんよ、緊急工事場高くつくぜ」
 起木保の肩を軽く叩き、ネヴィル・ブレイロックも作業に加わる。
 起木保は茫然とした表情で、彼らの工事を見つめた。

 空京の街中を、肩を並べて歩いていた七枷 陣(ななかせ・じん)小尾田 真奈(おびた・まな)は、起こっていることに目を丸くした。
「あれって、保センセだよな?」
「白雪様と、バッサイーン様も……」
 確認し合うように、二人が顔を見合わせる。
 途端に響く、轟音。
「様子が変です!」
「ちょ、暴走してんのか!?」
 慌てて、騒動のもとへ駆け寄る。意気消沈しかけた起木保に、二人で詰め寄る。
「センセ、白雪さん達どうしちゃったんだ? 変な電波に当てられたとか?」
「何があったのですか?」
「私にも、詳しい事情をお聞かせ願えますか?」
 更に本郷 翔(ほんごう・かける)も加わり、疑問をぶつける。
「えーと……」
 起木保は、先程話したことを、もう一度繰り返して言う。
「僕には暴走する要因についてまるで見当がつかないし、僕の力は何の役にも立たない……申し訳ない」
 起木保の言葉に、七枷陣と小尾田真奈は顔を見合わせた。
「とりあえず、追いかけるしかない、か」
「行きましょう、ご主人様」
 二人は白雪に向かい、駆けていく。
「起木先生、バッサイーン様を空京に連れてきたのは初めてですか?」
 腕を組んで考え込んでいた本郷翔が問いかける。起木保は頷く。
「ああ。溜池キャンパスと僕の家との往復くらいだからここまで遠出したのは、初めてになるな。まあそれは、白雪も同じだが」
 ふむ、と本郷翔が黒い瞳を逡巡させる。
「それでは、そこが原因とも考えられますね。バッサイーン様に、空京に関する特殊コマンドが存在するのかもしれませんし……」
 そしてまっすぐ起木保を見据える。
「匂いなど、目に見えないものの影響があるのかもしれません。共に調べましょう」
「共に……そうか、そうだな」
「調査することなら、僕にもできる、か。よし、やろう」
 本郷翔の一言で、起木保の不安げで困った表情は、本来の自信に満ちた表情へと戻っていく。
 本郷翔は、白雪とバッサイーンの行く先を見遣り、起木保に視線を戻した。
「……そういえば、バッサイーン様と白雪様を会わせるのは初めてですか?」
「既に会わせてはいるが、長時間共に出掛けて一緒にいたのは今回が初めてだな。バッサイーンはノコギリを振りまわして喜んでいた」
「そうですか……」
「話はこれくらいにして、調査を始めよう」
「ええ、頑張りましょう、先生。先生が頑張れば、少しは情状酌量して頂くことができるでしょうし」
 そう言って、本郷翔は起木保を従え、二機に近寄る。

「あの、起木教諭、少々お伺いしたいことがあります」
 そう言って起木保に近寄るのは【リヒテン・マルゼーク】のメンバーであるゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)
「? どうした?」
「えぇと、バッサイーンのプログラムに関してですが……」
 角刈りの、金の頭を傾げゴットリープ・フリンガーが問いかける。
「最近、特定の樹木や、寄生生物を取り除くコマンドを、組み込みませんでしたか?」
「……いや、特には……」
「では、バッサイーンが伐採の対象とするのは、どのような木ですか?」
「主に、古くなった木だ。腐りかけていたり、枝が広がりすぎてしまったり……ちょうど、あんな木だな」
 起木保が手近な木を指差す。ゴットリープ・フリンガーは納得したように頷いた。
「バッサイーンの行動パターンの解析はできましたか?」
 彼はレナ・ブランド(れな・ぶらんど)に問いかける。
 彼女は青い瞳をきらりと光らせ、バッサイーンを目で追っていた。
「ええ、大体は……」
 レナ・ブランドは咳払いをし、手にしていた記録用紙に視線を落とす。
「バッサイーンの蛇行は、木のある方向に向かう傾向にあるみたいね。白雪から逃げるように走っている気がするわ」
 データをノートパソコンに入力。バッサイーンの行動パターンが算出される。
「混乱もなく、規則的なことから、ウイルス感染の可能性はないわね。ということは、やっぱり白雪から逃げているのかしら」
 そして、首を傾げた。
「ウイルス感染ならワクチンを作り出してデータを流せば良かったのだけど……どうしましょうか」
「……データを入れる……そうか」
 バッサイーンを見つめていた起木保が振り返った。
「バッサイーンの走行を止めるプログラムを組んで、バッサイーンに読み込ませれば止まるかもしれないな」
「本当ですか!? それは、試す価値がありますね」
「やってみるわ」
 ゴットリープ・フリンガーとレナ・ブランドの表情が、色めき立つ。
 軽やかにキーボードを叩く音が、響いた。
「腐りかけた木……あれですな」
 同じく【リヒテン・マルゼーク】のメンバー、話を聞いていたマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は重々しく頷いた。
 バッサイーンをおびき出すための道具として、起木保が指した木を取りに向かう。
「…………」
 アム・ブランド(あむ・ぶらんど)は攻撃がマーゼン・クロッシュナーに当たらぬよう、赤い瞳を光らせる。
 今のところバッサイーンがノコギリを差し向けてくることはないが、これから先、全くないとは言い切れない。
 彼女は慎重に、バッサイーンの動向を見張る。
「邪魔はさせないよっ!」
 本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)は、白雪の放つミサイルが来ないように、牽制。
 更に【ディフェンスシフト】で周囲の防御力を上げていく。
「これで、よし」
 マーゼン・クロッシュナーは枯れ枝を手にした。これは、バッサイーンが切るべき対象。引き寄せることができるかもしれない。
「あとは、決行のタイミングを待つだけですな」
 ゆったりと頷いて、仲間を振り返る。