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リアクション
「氷術で凍らせてしまいましょうか……」
シートが取り払われて公開されたプールの中身に、優斗はそんな言葉を投げかける。この中にだけは、絶対に入りたくなかった。中身は――
納豆である。
『1番最初に障害物に辿り着いたのは、風祭優斗選手! しかし、障害物の前に動きを止めています! 納豆プールに入るのを躊躇っているようです!』
「……そりゃそうだ」
それを聞いて羽純がひとりごちた。俺だって嫌だ。
『おおっと! 優斗選手、納豆に氷術をかけ始めました! かなり強力です! 本気です!』
優斗は、凍らせた納豆をつんつん、と触ってみた。安全を確認する。
「……大丈夫みたいですね」
彼が納豆の上を慎重に歩いていると、後ろから社がやってきた。
「おおっ! 凍っとる! これで通れるで!」
社は千尋を脇に抱えて納豆の上を走り出した。スウェーを使って足を滑らせないように気をつけている。
「うわぁー♪ やー兄すっごいね! 全然滑らないね!」
「そうやろそうやろ!」
「先、行かせてもらうな!」
そこで陣がバーストダッシュを使ってプールを飛び越えていく。絶対にこけるわけにはいかない。触るわけにはいかない。この納豆プールを提案した人物には、関西人には地獄の試練となるだろう、という思惑があったのだが、似非関西弁と関西弁が少し混じる標準語は生粋の関西人ではなかった。だからといって、納豆プールにダイブ出来るかと聞かれればNOな訳で。
それにしても、臭い。凍ってるのに。
『おおーっ、優斗選手が凍らせた納豆プールの上を、バーストダッシュ持ちの七枷選手がクリア! 風祭隼人選手もアイナ選手を連れて飛び越えていきます! 納豆プールにはバーストダッシュが強い!』
「ちょ、ちょっと、降ろしてくださいー! 自分で走れますよー!」
「ティエルは何か頼りないしなー。俺様が運んだ方が速いだろ?」
「頼りなくないですー!」
『ティエリーティア選手……をお姫様抱っこしたフリードリヒ選手がプールの上を走っていきます! 日下部選手を追いかけます! 2人共パートナー運搬中! 納豆を凍らせた功労者、優斗選手が遅れをとったか……? あっ、ここでグラン選手がやってきました!』
メガホンを持ったグランは納豆と先を行く選手達を見比べ、走り出した。たまに滑ってこけながらも進んでいく。それと共に、ユニフォームは臭くなっていった。
「あ、あ、グラン、気をつけてください! ゆっくりと慎重に! 焦らないで!」
真言がプールの脇を併走しながら応援する。
「レースが終わったら、すぐにシャワーにしましょう!」
『うう……がんばれっ! 今だ! 立ち上がるのですよー!! 羽純くん、もうちょっと寄って! うわくさっ!』
マイクを強く握り締め、歌菜もエールを送る。しかし今日もまた猛暑日。凍っていたプールも溶けてくる。
『納豆が本来の姿を取り戻していきます! 急いで! 足がはまっちゃう! あっ、間に合いました! グラン選手、納豆プールクリア! えーと、次の障害物は「山葉」……あれ? 山葉に誰もいない? スルーしたよ! 先行した選手は皆、障害物「山葉」をスルーしました! 友人である日下部選手もスルーしました!』
「悪いなメガネ! まあ、ろくりん終わったらまたメシでも食おうや!」
先の選手の背中を追うように、グランも涼司を避けて走り抜けていく。
『泣いています! 光条兵器を持って昔の学校入口よろしくかっこつけていた障害物「山葉」が笑ったまま泣いています! さて次の障害物は……あっ、もうトップ組はかなり進んでいますねー! そして、イワン選手がメガネを持って戻ってきました! あ、イワン選手ー!?』
ほぼ同時。
「あ! あれ何だろー?」
漁に使うような網が広がっているのを指差して、社の後を走りながら千尋が言う。
「あれは網くぐりや! 中に入ってくぐる……上から走った方が早い気ぃーするけど、違反っぽいなあー……あ! ちー! 危ないで!」
振り返った途端、何か大きな塊が飛んでくるのに気付いて千尋の前に出る。
「ぶほっ!」
さて一体、何がぶつかってきたのか。数秒間だけ時間を巻き戻してみよう。
「納豆なんざ根性だ! 根性で走り抜けりゃあいい!」
メガネ持ちの観客からメガネをGETしたイワンは、納豆にダイレクトアタックした。つまり、普通に足を踏み込んだ。
ぐしゃ!
もう少し早ければ問題無かった。だが、納豆は既にやわらかくなりはじめていて――
『イワン選手ー!』
ぐしゃぐしゃずるずる、ねばねばと力任せに進んでいく。それで、コケないわけもなく。
「おおおおお!」
その時、イワンは盛大に滑った。仰向けに倒れながらずるずるずるっ! と進んでいく。勢いは止まらず――
「ん? ぬわっ」
イワンの納豆だらけの靴の裏が、男泣きしていた涼司に激突する。そして――
『ああーーーー! ぶつかった! ふっとばされた!』
《イワン選手が障害物「山葉」を巻き込んで日下部選手にぶつかったんですね。ぶつかった3人はまだ倒れています。「山葉」は顔を抑えて叫んでいますね。臭い、臭いという声が聞こえます……ん、どうしましたシオンさん、なにジト目になってるんですか?》
《んーん? 別にぃ~》
「やー兄!」
慌てて千尋が駆け寄ってくる。思い切りタックルを食らう形になって倒れたものの、納豆の被害は殆ど無い。
「やー兄、大丈夫? イタイイタイならちーちゃんが治してあげるよ☆」
そうしてヒールをかけているうちに、網くぐり組はゴールに近付いていた。
『おぉっと! 網くぐりも最初の突破者が出ようとしています! 接戦! 接戦です!』
「陣くん! あと少しだよー!」
「声援を送ってくれるリーズに応える為にも、気合い入れてやる! そうや! あと少し! 1着は……オレがゲットやああああ!」
「そうはいくか! ルミーナさんのた……西チームの為に俺が1位になる!」
陣と隼人が網を抜けて走り出す。ほぼ同時にバーストダッシュをかけた。
『これはすごい! デッドヒートです! 風祭選手、少し遅れ気味か? ちなみにどちらが勝っても西チーム1位! もう素直に「ルミーナさんの為」でいいのでは!』
《ほぼ平行線、これは、判定になりそうですね》
《彼女の為に1位を狙うなんてステキねえ~。というかツカサ、こんな熱い展開なのに解説が真面目すぎてツマラナイわ! もっと面白く出来ないの?》
《其れを言うならシオンくんこそもう少し解説らしく……いえ、もう良いです》
司は、ブースの中で諦めたように肩を落とした。
『そしてゴール! 順位は……!? 判定中です! とりあえず他の選手達を見ていきましょう! フリードリヒ選手が網をクリアしそうです! しかしティエリーティア選手が引っ掛かっています!』
「ああー! 1位取られた! ティエル、早くしろって!」
「うー、待ってくださいー……!」
『フリードリヒ選手、前半は運搬役をやっていましたが、こればっかりは待つしかないか……!?』
「しょうがねー、今助けてやるからな! 俺様の華麗でカッコいい救助っぷりを見るがいい!」
『自己アピールしています! 誰に向かってのアピールなのでしょうか! お、網が外れました! 再びお姫様……担ぎました! 肩に担ぎました!』
「ちょ、ちょっとーーーー!?」
『優斗選手も網を抜けましたが……速いです! フリードリヒ選手速いです! ゴール! 3位! 続いて優斗選手もゴールしました、4位です! バーストダッシュが無かったのが痛かったか!』
「いわゆる銅ってやつかー。ファーシー、見てたかー? 銅だ!」
「うん、まあまあ頑張ったんじゃない? ティエルさん、おつかれさまー!」
『観客席の青い髪の少女にアピールしていたようです! しかし彼女、冷たい! とても冷たい反応です! そしてグラン選手、日下部選手達も網をクリア…………日下部選手5位! グラン選手、6位です! イワン選手は……7位です!』
《ブルタ選手はリタイアとの情報が入っています。これで全員ですね。そして先程の判定の結果が出たようです。それと合わせて最終結果を発表します。
1位、西チームの七枷 陣選手
2位、西チームの風祭 隼人選手
3位、東チームのティエリーティア・シュルツ選手
4位、西チームの風祭 優斗選手
5位、東チームの日下部 社選手
6位、東チームのグラン・グリモア・アンブロジウス選手
7位、西チームのイワン・ドラグノーフ選手
ということになりました。これにて、第2レース、終了です》
《皆、お疲れ様♪》
真言が駆け寄ってきて、グランの頭をそっと撫でる。
「よくゴールしましたね、グラン」
「とても新鮮で……楽しかったです」
「にゃははっ、陣くん! おめでとー!」
「リーズ!」
応援席からリーズが降りてきて明るい顔で手を握る。
「くう……7位か、悔しいが……! 兄ちゃん、1位おめでとうな!」
イワンは悔しがったが、しかし切り替えも早く、陣に心からの祝福を送る。
「おう、サンキュー! ……って、くさい! くさいぞおっさん!」
「そう言うな!」
納豆の匂いを気にする素振りもなく豪快に笑うイワン。そこに運営スタッフが近付いてくる。
「イワン選手、その眼鏡、ヤジロ選手に返しておいて頂けますか? 目が見えなくて困っているようなので……」
「お、分かった! しかし、借り物のメガネが3人もいるとはなあ! そうだ! さっきは悪かったな、ぶつかっちまってよ!」
イワンは社の肩を豪快に叩いた。むせながら、社は彼に苦笑を向ける。
「まったく、随分無茶すんなあ……」
「根性で突破出来ると思ったんだがな!」
「できてたできてた」
「でも、競技楽しかったね♪」
「そういえば、2位の奴はどこいった? さっきまでここに……お! いたいた、……ん?」
隼人はその頃、環菜の登場に冷や汗を掻いていた。ルミーナが応援席から降りてきておろおろとしている。
「あ、あの……そんなに怒らなくても……」
「……ルミーナは黙ってなさい。このふざけたメールを送ったのはあなたね? 彼女はこんな馬鹿なことしないでしょう。『デコ!』がどういう意味か説明してもらえる? 回答によっては水に流してもいいわ」
「いや、だから……、借り物が……」
「借り物が?」
隼人が紙を見せると、環菜の眉が跳ね上がった。アイナが言う。
「それ書いたのも隼人です」
「なんで言うんだよ! あっ……!」
しまったと思うものの時既に遅く、環菜はごごごごご、という擬音を背負って殺気を漲らせた。
「悪戯が過ぎたようね……」
ゴール地点から離れたところで、ささやかなる粛清が行われる。あーーーーーーっ、という悲鳴を背景に、スタッフは納豆プールを片付けていく。さて、これをどう処理するのだろうか。
「隼人さん!」
ルミーナが慌てて駆け寄る。
「……自業自得よ」
ボコボコになった隼人を見下ろし、アイナが言う。ヒールをかけてやるつもりは毛頭無い。
「メールは削除しておきなさいね」
「もうしました」
そして、第3レースが幕を開ける――
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