空京

校長室

【ろくりんピック】最終競技!

リアクション公開中!

【ろくりんピック】最終競技!
【ろくりんピック】最終競技! 【ろくりんピック】最終競技!

リアクション

「……お嬢さん、カツラを貸していただけませんか?」
 フォルテ・クロービスは観客席の間を、それっぽい人を探しながら小声で言ってみた。
「…………」
 女性の扱いには自信がある。『お嬢さん』と声を掛ければお年を召した方でもメロメロにできる。しかし、これは少々難易度が高いのではないだろうか。
「お願いします、カツラを貸して下さい!」
 一方、夏野 夢見も男性に対して声を上げながらも少し困っていた。「3」のカードに入っていたのがこんなものだったなんて……! 男性にカツラを貸してくれというのは、すなわち○ゲを晒してくださいと言っているようなもので。いや、それは女性も同じか。
「どうしよう……! そうだ、ろくりんくん!」
 聖火リレーで最初に火をつけていたろくりんくん。あの金髪は、確かカツラだった筈だ。しかし、あのカツラを取ると……いやいやきりが無い。
「そうです、ろくりんくんも確か女性……! あの話し方から予測するに、多分女性です! 私が交渉して……!」
 夢見の声を聞きつけたフォルテが近付いてくる。
「で、でも、ろくりんくん、どこに居るんだろう……?」
「おーい! そこの、8コースの2人!」
 上の方から呼びかけられる。顔を上げると、突然黒い何かが降ってきた。ばさあっ、と顔に掛かる直前に受け止める。それは、紛うこと無きカツラだった。上を見上げると、日光で頭頂部をぴかーっ、と光らせながらオヤジが良い笑顔でウインクしている。全然恥ずかしそうではない。見せハ○か。
「持っていきな!」
「…………」
 束の間、呆けてしまった2人だったが、夢見はそのカツラをフォルテに預けると、オヤジにきっちりと礼をした。
「ありがとうございます! レースが終わったら返しますから! すぐ!」
 くるりと踵を返すと、夢見は急いで障害物に向かった。観客席から見える1つ目の障害物は、ローションたっぷりつるつる床(25m)である。
「障害物は、気合いと一年間教導団で学んだ事があれば、きっとリタイアせずに乗り越えられる! ローションだって超えられるわ!」
(私の羽を使えば、超えられると思うのですが……)

 さて、ダイソウが豊美ちゃんの元まで辿り着いた。
「なんですかー?」
 首を傾げる豊美ちゃんに、ダイソウは一言。
「パンツを寄越せ」
「は!?」
 出し抜けに何を言うのか、と豊美ちゃんは驚いた。変態ですかー。この人、選手に紛れた変態ですかー、と、思う。
「イヤですー」
「パンツをよこ……」
「イヤですー!!!」
 豊美ちゃんは応援用のボンボンを日本治之矛(通称ヒノ)に持ち替えて、杖に魔力を溜めて陽乃光一貫を発射した。遠慮会釈のない一撃だ。
「パンツを……」
 ばしゅー!
「パン……」
 ぶしゅー!
「パンならいいだろう。いやパンじゃだめか。パンツ……」
「もう、お仕置きですーーーーーー!」
(よわっ……! 大総統、よわっ……!)
 観客がまたもや総ツッコミを入れる中、ダイソウはびしっ、と手で豊美ちゃんを制した。ユニフォームがぼろぼろだ。
「わかった。やめてくれ。パンツなどいらん」
「ほ、本当ですかー?」
「……実況よ。そろそろダークサイズの収録時間のようだ。私はこれで失礼するぞ」
『は? は、はい……。どうぞ……』
 ということで、ダイソン……じゃなくてダイソウ トウは帰っていった。
(逃げた……! 大総統、逃げた……!)
「な、何だったんですかー?」
 かくして豊美ちゃんは、自らのパンツを守ったのだった。

「なんだコレ!」
 ヤジロ アイリは「5」のカードを見て、そうとしか言えなかった。そこに示されているのは――

『ホレグスリの瓶』

 しかも、『中身は会場で飲み干してね(はぁと)』とか書き添えてある。
「どうやって手に入れんだよこんなもん!」
「またこの名前を見ることになるとは……変なものが紛れ込んだものだな」
 同じイルミンスール魔法学校で同チームの本郷 涼介がカードを覗き込み、溜め息まじりに言う。
「知ってるのか!?」
「それはもう。うちの学校が起源の薬ですよ。今はむきプリという人物が性懲りもなく作っているようで……私は認めないぞ、あんな薬……!」
 涼介は、何かホレグスリに闘志を燃やしているらしい。
「むきプリ? その変な名前の人物だけなのですか? ホレグスリを持っているのは……」
「私が知る限りは。ちなみにむきプリとは、うちの制服が全く似合わない筋肉男です。見ればすぐに分かりますよ」
 ネイジャス・ジャスティーの問いに涼介が答えると、アイリは叫んだ。
「でも、そいつがこの会場に居るとは限らないじゃんか!」
「…………」
 涼介は顎に手を当て、しばし考えるようにしてから言った。
「……いえ、確かむきプリはパラミタ内海で行われる次の競技に呼ばれていた筈です。その関係で、ここにも来ているかもしれません」
「パラミタ内海……それでは、」
 この会場には居ないのでは、とネイジャスが言い切る前に、アイリは観客席に駆け出していった。
「ホレグスリの瓶を持ってる人、居ないかー! ホレグスリ!」
 会場の雰囲気に負けないようなテンション高い様子のアイリを見て、ネイジャスも仕方なくそれに続いた。
「ヤジロのサポートとはいただけませんが……負けても悔しいですし、協力しましょうか。情報、ありがとうございます」
 ネイジャスは涼介に会釈してから、観客席に向かう。
「さて、そろそろ私達も行こうか」
「あれ? おにいちゃん、居なくなってるよ?」
「え?」
 クレア・ワイズマンに言われ、涼介は目的の人物が居る筈の席を見遣った。
 確かに、影も形も無い。代わりに居るのは、別の人物だ。涼介が拾った「4」のカードには――

「これは……!」
 西チームのオットー・ツェーンリックは「4」のカードの中身を開けて、びっくりしていた。ヘンリッタ・ツェーンリックも、きれいな眉を顰めている。借り物は――

『クロセルの仮面』

「誰でございましょうか。こんなピンポイントな借り物を書いたのは……」
 ――茅野 菫(ちの・すみれ)相馬 小次郎(そうま・こじろう)がすり替えたものの1つである。
「それよりもオットー様、東の応援団長であるクロセル様が西のわたくし達に仮面をお渡ししてくださるでしょうか。あの仮面を借りること自体、難しいと思いますのに……」
「そうでございますね。ここは、必殺技を……!」
 ヘンリッタの言葉でこの借り物を捨てたオットーは、トラック上に残っている選手をチェックした。先程までアイリと話していた涼介とクレアは、何か友人を探すような顔をしている。アイリはホレグスリがどうとか言いながら観客席を見回っているし、赤羽 美央も既に動き出し、選ぶ余地は無いようだった。
「チェンジ!」
 必殺技を発動。その瞬間、オットーの手の中のカードが、別のカードに変わった。折り畳まれている。必殺技『チェンジ』とは、任意の相手と借り物カードを交換出来る技である。選んだ相手は、涼介達。彼等は、突然のカードの変化に少しだけ驚いた顔をしていた。もっと派手に驚いてもおかしくない筈だが、まあそれは置いといて。きっとそう変な物ではないだろう。さて、借り物は――

『東シャンバラ応援団長の仮面』

「…………!?」
「…………同じですわね……」
「とにかく、交渉してみましょう」
 そしてオットー達は、東シャンバラ応援席の真城 直(ましろ・すなお)を目指していった。

 美央はジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)を見上げて手の平を出していた。東側の応援席にいる彼は、涼しい顔をしてそっぽを向いている。その周りにはゴースト3兄弟が漂っていた。
「むー、私だってこんなこと頼みたくありませんし触りたくもありませんが、仕方ありません。ここに書いてあるわけですから」
「どちらにしろ、美央が優勝するとは思えまセーン! ハハハ、また無理難題を押し付けられましたネー。存分に困るがいいデース!」
「貸してください!」
「お断りしマース!」
 美央が拾ったカード「7」には、こう書いてあった。

『パートナーの下着』

 と……。
「むー、こうなったら……!」
 美央はジョセフに吸精幻夜をしようとした。しかし、ジョセフはゴーストを使って上手く防御してくる。美央はゴーストが苦手だった。
「分かりました、もうジョセフには頼みません!」
 美央は応援席から離れると、振り返ってジョセフに言った。
「もし私が1番にゴールしたら、どうします?」
「オウ、そうデスネ、ドージェ総長に一発気合を入れてもらっテモ構いまセンヨ、ハハハ!」
「〜〜〜! 言いましたね……!」
「ミーは試合を見ながらのんびり応援していマース! 頑張って下サイネ、美央以外の東シャンバラのみなサン! フレーフレーデース!」
「この……! 絶対に優勝します!」
 グランドに向かって応援を始めたジョセフに背を向けて、美央は階段を昇った。ちなみに、今ここにクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が居ないのは彼女が西の選手が自分の書いたカードを拾ったことを確認して教えたからである。
「おや? どうしました、美央さん。借り物が見つからないんですか?」
 志位 大地(しい・だいち)は近付いてくる美央の姿を認めて言った。彼は、事前に『借り物が難物である時に頼ってください』と東チームのメンバーに伝えていたのだ。
 美央はカードを見せて、ジョセフが下着を寄越さないことを伝えた。
「ジョセフさんの下着は持っていませんが……千雨さん」
 大地は、隣に座るメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)(氷月千雨)に作戦を伝えた。
「分かったわ。行きましょう、美央さん」
「はい!」
 この競技、借り物を探すのに掛かる時間が鍵になる。そこをカバーできたら勝ちを拾えるかも、ということで大地達はサポートに回っていた。時間は掛けられない。千雨はジョセフの背後に立つと、ズボンを一気に降ろした。
「な、なんデスカー!?」
 驚くジョセフの下半身(下着)に、せめてもの温情として闇術をかけ、続けて氷術をかける。パキパキになった下着を指でつまんで脱がすと、千雨は美央に渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。うー、やっぱり触るのはイヤですね……」
 美央は下着を持って急いでトラックに戻っていった。
「つ、冷たいデス! な、なんてコトを!」
 パニックになるジョセフに、千雨は一言告げる。
「……早く、穿きなおした方がいいですよ」
 その頃、大地は自分の『用意は整っております』に大物が引っ掛かるのを感じた。これは絶対に事前に手に入れておかねばなるまい。
「……じゃあ、行きますか」
 
「クロセルさんがどこにいったか知りませんかー。誰か伝言とか……」
 おにいちゃんのためにもがんばろう! と、クレアは観客に聞き込みをしていた。オットー達が直に交渉しているのを見て、あれが偽者だと気付かせないように特別大きな声は出さない。
「クレアさん!」
 階段を降りる途中で、美央はクレアに声を掛けた。『応援団長』という単語が聞こえたからだ。
「クロセル団長なら……!」
 美央が場所を教えると、クレアと涼介は急いで走り出す。指定された所には、クロセル・ラインツァート本人が立っていた。顔には変わらず仮面を。だが、手にも仮面を持っている。
「お待ちしていましたよ。さあ、これが俺の仮面です! この競技でも勝利をモノにし、我々イーシャンが総合優勝ですよ!」
「ああ、もちろんだ!」
 今は東がリードしているとはいえ、最終競技で負ければ逆転される可能性は十分にある。チームに貢献するために、と自分でも勝つ見込みのあるこの競技を選んだのだ。
 涼介達は、障害物に挑むべく引き返していった。

「俺を探しているようだな! 男というのは不本意だが……何の用だ?」
 観客席の上から、むきプリ君がアイリ達に大声で言う。無駄に堂々としていて、無駄に偉そうだ。鼻の穴がふくらんでいる。頼られているという世にも珍しい現象が嬉しいらしい。
 しかし、なぜこんな所で油を売っているんだか。
「…………」
 アイリは彼をしばし呆然と見遣ると、はっ、と我に返って走り寄った。
「ホレグスリの瓶を貸してくれ! タダで貸してくれとは言わない。俺の魂と交換だっ」
 掛けていた眼鏡をばっ、と取ってむきプリ君の手に押し付ける。借り物は幸い(?)見方チームの物だったが、彼以外に製造者がいないという品。ホレグスリはむきプリ君にとって大事なものであるのは間違いないだろう。だから、自分も大事なものを差し出す!
「眼鏡だからって侮るなよ、視力0・1にとって眼鏡は命綱であり魂なんだっ」
 無論、予備の眼鏡は用意していない。その行為に驚いたのはネイジャスだ。
「なに眼鏡を渡してるんですかー!! それでは何も見えないでしょうっ!」
 そう、前も見えない。捨て身の作戦である。
「普通に競技やるより面白いだろっ!」
「面白いって……!」
「観客側から見て、の話だけどな!」
「…………」
 さすがのむきプリ君もこれにはぽかんとした。ローブの中からホレグスリの瓶を取り出す。
「こ、これだ。持っていけ」
「おう! えーと、確かカードには、会場で飲み干してくれって書いてあったな」
「はい……って、ええっ!?」
 その場で瓶の中身を飲み干すアイリ。
「そんな怪しいモノを……! とんでもない効果があったら……!」
「よし! つー訳でネイジャス、前見えねーし、ゴールまで誘導は頼んだぜ!」
 瓶を口から離すと、彼はいつも通りの調子で言った。
「……効いてない……んですか?」
「ん? ちょっと身体が熱いけど、それだけだな。特に何ともないぜ?」
「……?」
 ネイジャスは首を傾げたが、まあ効いていないのなら好都合だ。
「……仕方ありませんね」
 彼女はアイリの手を引いてトラックの方へ戻っていく。慎重だ。
「な、なんで効かないんだ……!? 俺の薬が効かないなんてありえない……!」
 ――ホレグスリを飲むと、最初に見た人物に惚れる。だが、何も見えないなら――
 惚れようが無いという訳だ。
「君がむきプリ君? まさか本物が居るなんて……!」
 そこに、最終競技のスタッフがやってきた。
「なんだ。そんなに俺に会いたかったのか?」
「解毒剤よこせ」
「?」
「念のため、レース終わったら解毒剤飲ませるから! 出しなさい!」
 運営スタッフは鬼気とした表情でむきプリ君に迫った。

 その頃。
 オットーは、まだ直から仮面を借りられないでいた。現時点で、かなり遅れている。
「はーーはっは! 敵に塩を送るようなことはできません! 俺の仮面は諦めてください!」
 普段は普通の男性口調で話す直も、今日ばかりは丁寧語である。クロセルになりきって、オットー達と対峙していた。
(僕の演技力もなかなかのものだな)
「そう言わずに、仮面を貸してくださらないでしょうか。他の借り物ではいけないのです。クロセル殿の仮面でなければ。よろしくお願いいたします」
「ふーむ……。それにしてもオットーさん、あなた全く急いでませんね? むしろ、ヘンリッタさんの方が焦れているような……」
「どんなにタイムが良くても、クロセル殿や観客の皆様に失礼な振る舞いがあっては無意味ですから」
「ほう……」
(この少年、実に誠実で憎めないな……)
 礼儀正しく振舞うオットーに感心する直。もう充分時間を稼いだし、仮面を渡そうか。もっとも、それは自分の仮面になるわけだが――
「いつまでも渋ってないで、さっさと仮面を渡してくださいますか? わたくしはオットー様のように悠長ではありませんの。第1レースが終わりませんわよ」
 ヘンリッタが少しいらいらしたように言う。
「分かりました! 渡しましょう!」
「ありがとうございます!」
 直はオットーに仮面を渡した。きちんと礼をしてから戻っていく彼とヘンリッタを見送りながら、直は言う。
「僕、そんなに似てるんかなあ……」