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リアクション
第弐章 水滸伝
「くそッ! これじゃキリがない!」
ベアは下がりながらもゾンビの頭を砕き、いつ終わるとも知れない防衛戦闘を続けていた。
「 諦めたら終わりだよ! 頑張ろう!」
叱咤するマナの声も、既に枯れてひび割れ、疲労の色を隠しようもない。
肝試し参加者の中でも、戦闘に長ける人員の多くは突出し、洞窟内へと戦場を移行していた。
しかし、洞窟外に残ったゾンビ、洞窟内から漏れ出るゾンビだけでも相当数に及び、未だ一般生徒が餌食になり続けている。ベアとマナの奮戦により犠牲者が出にくくはなったものの、被害そのものは拡大し続けていた。
「俺は……もう、誰も守れないのか……」
「そんな事ありませんよ」
握力を失い、カルスノウトを落としかけたベアの耳に、飄々とした声が届いた。声の主を探した視線は、眼鏡を掛けた少年の顔に行き着いた。
「ベアさんが時間を稼いでくれたお陰で、砦が建設できました。これで防衛体制が整います。砦は名付けて『梁山泊』。豪傑たちが帰る場所です。いやぁ、盆踊りの準備に持ち込んだ木材が、こんな役に立つとは思いませんでしたよ」
微笑む大草 義純(おおくさ・よしずみ)の背後に、木材を組み合わせて作った即席の砦が威容を示していた。
「おまえ一人を戦わせて済まなかった。他のメンバーは、義純の手伝いで砦を作っていたのでな。あの騒乱状態では、まともな伝令も飛ばせなかった」
長い白髪を後頭部で纏めた青年、葉山 龍壱(はやま・りゅういち)が視線をベアに向ける。険しい表情ではあるが、その瞳は血の通った暖かな赤色をしていた。
「挨拶は後にして、早くベアさんとマナさんを梁山泊に。休息が必要です」
この凄惨な戦場にあって、まるで人の形をした陽だまりのような柔らかさで、空菜 雪(そらな・ゆき)が微笑んだ。
「梁山泊の内側には簡素ですが救護施設も作りました。幸い、プリーストの方も多く残って下さったので、治療行為が可能です」
「ああ……」
想いが言葉にならず、胸の詰まったベアは顔を伏せた。その体をマナが支え、砦へ連れてゆく。
「とりあえず選手交代だ。雪、おまえも梁山泊に、戻って救護活動に入れ」
カルスノウトを手にした龍壱は、雪に背中を見せながら言う。
「はい。どうか御無事で」
主人と同じ白髪を揺らして会釈し、赤い瞳を微笑ませて礼を取ると、雪は梁山泊へと戻っていった。
「さて。防衛戦闘に加えて怪我人の収容。忙しくなりますよ?」
雪との対話が終わるのを待ち、咳払いをしてから義純が口を開いた。
「怪我人の収容には、ザックハートとルアナを向かわせた。ザックハートは不満そうだったが、人手が足りんのでな」
ともすれば無愛想とも取れるほどの無表情で、龍壱が応じる。
「それに……僕たちがゾンビを減らしておけば、雪さんが危険な目にあうリスクも減りますしね」
「む……」
伊達眼鏡の奥で茶目っ気たっぷりの瞳を輝かせる義純に対し、龍壱は喉元に詰まったような唸り声を出した。
「さて、やりますか」
眼鏡のブリッジを押し上げ、戦場に向き直った義純の瞳には、茶目っ気の代わりに覚悟の光が宿っていた。
「ああ。洞窟内部に入った奴らが生還するまで、この場所を支えてみせる」
柄が軋むほどカルスノウトを握り締めると、龍壱は頷いた。
二人の眼前には、まだ数十体のゾンビが蠢いている。
「コイツは確か、金持ちの令嬢だったな。なら、助けておくか。礼がタップリ頂けそうだからなァ……」
脳内の『蒼空学園資産家令嬢リスト』に照らし合わせ、ザックハート・ストレイジング(ざっくはーと・すとれいじんぐ)は傷ついた女生徒を抱え上げた。
「あの〜……ザックハートさま? そのような理由で負傷者を選り好みするのは、宜しくないかと……ひぅっ!」
控えめに苦言を述べる ルアナ・フロイトロン(るあな・ふろいとろん)を、ザックハートは凝視で黙らせた。
「俺様は、一度に一人の人間しか運べん。なら男より女、貧乏人より金持ちを助けて何が悪い? ヒト一人の命の重さであることに、違いはないぞ?」
「あうぅ〜……ザックハートさま、それは屁理屈という……いえ、なんでもありません……」
再び蛇のような視線で睨まれて、ルアナは反論を飲み込んだ。ザックハートよりも小柄なその背には、既に二人の負傷者が担がれている。無論、いずれも美人で資産家の令嬢である。
「それにしても、面倒なことに巻き込まれたもんだ。あんな洞窟、とっとと塞いでしまえば早いものを……」
そう呟くザックハートの懐には、洞窟を封鎖するに充分な爆薬と起爆装置が納められていた。
「とはいえ、いくら俺様でも、あのゾンビの群れを掻い潜って洞窟に爆薬を仕掛ける事は不可能だ。なら梁山泊の連中にもう少しゾンビを減らしてもらって、小遣い稼ぎをしておくか」
「あの〜……ザックハートさま? 全部聞こえていますよ?」
ザックハートに数歩遅れて続くルアナが、控えめに具申する。ザックハートは歩みを止め、首だけをルアナに向けて怒鳴った。
「今からお前はニワトリだ! 三歩歩いて忘れてしまえ!」
「えええ〜〜! 無理ですよ〜〜」
泣きべそをかき始めたルアナを尻目に、ザックハートは背中に抱えた女生徒の乳房の感触をネットリと堪能しながら、揚々と梁山泊に向かった。
「眞子。予備弾倉を渡してくれ」
櫓素材を流用した高台の上から、狙撃に不向きなアサルトカービンを扱いながらも、星野 勇(ほしの・ゆう)は立て続けにゾンビの頭を撃ち抜いていた。
「はいは〜い。ただいまお持ちします〜……うわっ!」
盛大に転んだ眞子・レクター(まこ・れくたー)は、木製カートンの中に納められていた武器やら弾薬やらを、地面一杯にぶちまけた。勇は眉間に指を当て、頭痛を堪えた。
「だ、大丈夫ですか? 機晶石とかにヒビが入ったりしていませんか?」
慌てて駆けつけたラピス・ラズリ(らぴす・らずり)が、眞子を助け起こし、散らばった物資を木箱に収めなおしている。。
「あいててて……大丈夫みたいです〜。ありがとうです」
ぐりんぐりんと、色々な関節を同時に360度回し、駆動系の無事を確認すると、眞子はにっこりと微笑んだ。
「ラピス! ザックハートたちが負傷者を連れてくるわ! 収容と治療に回って!」
火術を飛ばし、ザックハートの背後から迫るゾンビを焼き払いながら、立川 るる(たちかわ・るる)が指示を出す。ラピスは弾かれたように、砦の正面門へと駆けていった。
「肝試しができなくて残念だったけど、これはこれで貴重な夏の思い出になるかな?」
「それも、生き残れたら、の話だろう」
弾倉交換を終えた勇の言葉と、直後の射撃音がるるの言葉に応じた。遥か遠くで、ゾンビがまた一体、勇の弾丸に倒れた。
「はぁ〜〜……それにしても、たいしたモンね。あんな遠くの的に当てるなんて。しかも眼鏡なのに」
「視力は悪いが夜目は利く。それに射撃も得意だ」
「なにせ、勇さまは由緒正しい忍者なんですよ〜、エッヘン!」
洗濯板がグラマラスに見えるほどの薄い胸を反らして、眞子が勇を褒め称える。言葉の内容よりも眞子の仕草がツボに入ったのか、るるは二本の長い三つ編みを揺らして笑い出した。
「あはははは! おっもしろーい! 勇さんって、良いパートナーを見つけたね」
「……本当に、そう思うか?」
狙撃姿勢を崩してるるに顔を向けた勇が問う。
「うんうん、思う思う。るるは、冗談は好きだけど嘘は言わないよ」
「……そうか」
るるは、伏せた顔に垂れかかる前髪の隙間から、笑みの形に弧を描く勇の唇を見た。
「ならば取り合えずは……」
「生きて、帰ろうね!」
勇の構えるアサルトカービンと、詠唱の終わったるるのワンドから、時を同じくして銃弾と火球が放たれた。
「サイクロン……無事かなぁ……」
イベント用テントの中に設けられた救護区画の中で、乙女色の溜息を吐きながら、サリアは次なる負傷者の到着を待っていた。
「きっと無事ですよ。サイクロンさんは、お強いのでしょう?」
まるで歌うように流れる発音で、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が答えた。
「うん。強いよ。それに、パートナーのグランメギドさんがしっかりしているから、多分、大丈夫……」
右肩下がりに語気が弱くなるサリアの背に、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が掌を添えた。
「きっとサイクロンくんも、今、自分に出来ることをしているはずだよ。だから、僕らも、出来ることをしようよ!」
そう言って笑ったセシリアの言葉に、サリアは肩を震わせて頷いた。
「負傷者です! 治療をお願いします!」
救護区画にラピスが飛び込んできた。続いて負傷者を担いだザックハートとルアナが姿を見せる。
「ふぃ〜……重かったぜぇ」
「重かったです〜」
背負っていた女性を簡易ベッドに降ろすと、ザックハートは掌で顔に風を送った。小柄なルアナは、地面に座り込んでいる。
「そろそろベッドが足りなくなります。何とかしなければ……」
白髪を束ねた雪が、柳眉の間に皺を刻む。救護区画には、既に数十人の負傷者が収容されていた。
「それにしても、妙なんです。軽症の方もいるのに、こちらに運び込まれてから意識が混濁しているようで……外傷の確認できた方には、念のためヒールとキュアポイゾンを重ねて施術しているのですが……」
メイベルは胸に溜め込んでいた疑問を口にした。その表情は日ごろの彼女に似つかわしいものではなく、萎れた向日葵を思わせた。
「ただの感染症なら、ヒールとキュアポイゾンで対処できるはずです。今は経過を見守りましょう」
毅然と雪が言い放つと、ザックハート以外の全員は、自分に言い聞かせるように頷いて見せた。
「義純さんが、弾薬補給のため梁山泊に帰還します。代わりに勇さんと眞子が前線に出ます!」
伝令役兼治療行為補助役に落ち着いたラピスが、続報を告げると再び救護区画を飛び出していった。
「……ジリ貧、だな。守るにしちゃ、駒数が足りてねェ」
誰しもの胸中に渦巻く不安を、ザックハートは言葉にした。
「それに、あの白髪のニィちゃん……なんていったっけ? ああ、龍壱か。かなり無理してたぜ?」
雪の肩がかすかに震えるのを、ザックハートは見逃さなかった。重苦しい沈黙が空間を満たす中、ザックハート一人が平然と構えている。
「……あ! ねぇねぇ、ルアナさんって確かプリースト……でしたよね?」
景気よく掌を打ち合わせたメイベルが、快活な声を出した。
「へ? ええ……確かに私はプリーストですが……」
未だ地面にへたり込んだままのルアナが、上目遣いにメイベルの顔を見つめる。
「良かったぁ! じゃ、治療のお手伝いをお願いしてもいいですか? ザックハートさんもルアナさんも、重労働でお疲れの様子ですからね。今度は私たちが、外に行きますよ!」
元気を分け与えるような声でそう言うと、ルアナの返答も待たずに、メイベルはセシリアの手を引いた。
「……じゃ、じゃぁ、僕が戻ってくるまで、ルアナちゃん、治療のサポート、お願いだよ」
表情に戸惑いを垣間見せて、セシリアはメイベルに引きずられるように、救護区画を出て行った。
「女性二人ですが、負傷者の運搬、大丈夫ですかねぇ?」
メイベルたちの背中を見送った後、おずおずとルアナが問いを口にする。
「ばァか。あいつら二人は、負傷者を運びに行ったんじゃねェよ」
哀れむような口調で、ザックハートはルアナに向けて言葉を放った。
「……ええ。『外に行きますよ』としか、言いませんでしたからね、お二人とも」
表情を殺したまま、掠れた声で雪が言う。白い掌は、スカートを強く握り締めていた。
「まさか、二人は……」
大きく開けた口元を掌で覆いながら、サリアが雪の答えを促した。
「恐らく戦いに行ったのでしょう。それも、龍壱様の負担を減らすために」
再び治療区画に、重苦しい沈黙が満ちた。
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