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リアクション
第拾壱章 Final Countdown
円形空洞では、二重の意味で退路のない戦いが続いていた。解体作業中のガートルードを守りきることは当然として、更に四人のウィザードを守るためには、前衛クラスが少なすぎた。
環生のアイデアにより石柱を背にして円陣を敷き、水溜まりに火術を打ち込んで作った水蒸気煙幕や、鍾乳石を落下させてダメージを与える奇策を弄しながら、劣勢を補って防戦に努めた。
プリーストの響夜やノエル、ローグの夕もディフェンスに参加し、それでも足りないときには体躯を生かしてグランメギドまでが壁になった。
「長くは……保たねェぞ!」
夕が口にした言葉は、誰もが自覚していた。仮に長く保たせたとしても、爆弾が解体できなければ意味がない。座ったままのガートルードも一人、戦っている。
「……解体される事は想定していなかったようね。あまり複雑な作りではないし、製作者の癖は大体わかった……後は……」
仲間の呻き声すら集中を乱すと、断腸の思いで耳に入らぬよう振り払った、ガートルードは一点を凝視した。その瞳に鮮やかな二色が映りこむ。
赤と青。
あまりにステロイドな二色の配線が、爆薬に向かって伸びている。ガートルードはニッパーを握り締めたまま、瞳を閉じた。
「くぁッ!」
傍で響夜が崩れ落ちる。腕には鮮血を滴らせる裂傷があり、後ずさりながらも自力でヒールを施している。その一角から、陣形が崩れた。
響夜の背後にいた環生にゾンビが圧し掛かり、メニエスとミストラルの髪を腐った指が鷲掴みにする。
「メニエスから離れなさい!」
己自身が掴まれている事も省みず、覆い隠しようもないほど伸びた剣歯を見せて、ミストラルが吼えた。
「仲間に手を出すな!」
ノエルに迫るゾンビを切り伏せた黎次だったが、その背に激痛が走る。振り向きざまのカルスノウトによる一撃がゾンビの首を跳ね飛ばしたが、そこで足から力が抜けた。
「黎次!」
サイクロンが黎次のカバーに入り、ノエルは泣きじゃくりながらヒールをかけている。
その時、夕の中で何かが弾けた。過去に失った相棒の顔が、黎次に重なった。
「……サイクロン。後は頼んだわ」
ダガーを握り締めると、制止するサイクロンの声に耳を貸さず、夕は走った。
暗殺者として戦場を駆けていた頃の感覚が甦る。周囲の時間が遅くなったかのように、ゾンビの動きが緩慢に見える。夕はその間を縫って刺青の男を目指した。
「お前を倒せば!」
引き絞られた弓矢が放たれたかのように、夕のダガーが男の首に迫った。
しかしその切っ先は、横合いから伸びてきた腐肉まみれの腕に軌道を逸らされた。握ったグリップに伝わる手応えを得られぬまま、夕はゾンビに引き倒されてゆく。
「お前がどちらを選んでも、どいつも恨みはせんよ?」
次々に倒れていく仲間に背を向けたまま、静かに落涙していたガートルードは、シルヴェスターの言葉で意を決した。
握ったニッパーに力を込めた……その時だった。
通路の奥から真っ黒い炎の渦が吹き込み、夕の周りのゾンビを焼き払った。
「突撃とつげき、全軍突撃ィ〜!」
絶望など、微塵も感じさせない高らかな声を伴って、イレブン、刀真、月夜、あーる華野、アイリス、晶、七海……そして声の主、カッティが通路から現れた。
「……来たか」
刺青の男は失意の色を顔に浮かべたが、それも一瞬の事だった。
「…………」
晶は眼前の光景に混乱し、体を硬直させた。無関心という殻をまとった心の内側から、何かが孵化しようと蠢いていた。
「………消えて」
その何かに名前を与える前に、晶の唇と指先は、呪文を完成させていた。
イレブン、あーる華野、アイリス、七海が次々にゾンビを倒す間、刀真と月夜は刺青の男と対峙していた。
「パラミタにはミランダ法は無いぜ、黒幕さんよ」
豹変した、としか思えない口調で刀真が男に敵意を向ける。先ほどの黒い炎も、刀真が怒りに任せて撃ち込んだものだった。
「コレは死者の冒涜……許せない」
強い感情を示す事が少ない月夜すらも、義憤を隠そうともしていない。
「大人しく術を止めるなら、手足の一本くらいでカンベンしてやる。安いモンだろ?」
刺青の男は沈黙を保っていたが、自嘲めいた微笑を浮かべるとローブの内側に忍ばせていたカルスノウトを床に落とした。
「失敗したか。やれるだけのことはやった。後悔はない」
ガートルードの背に一瞥をくれると、男は床に膝を付き、斬首を待つ死刑囚のように目を閉じた。
「自己完結してンじゃねェよ!」
宣言どおり、男の足を切り飛ばそうとした瞬間、刀真が手にしていた光条兵器が突然消えた。
「刀真……それはダメ……」
凪いだ湖面のような無表情の中に、動揺の色を覗かせる瞳で月夜が刀真を見ていた。
「悪意で斬ってはダメ……刀真が……遠くなる……」
暫しの沈黙の後、刀真は表情を緩めた。
「うん……月夜の言うとおりだ。ありがとう……」
気が付けば、円形空洞内のゾンビは全て退治されており、心に余裕を持ち始めた仲間たちが、ニヤニヤしながら刀真と月夜を眺めていたり、ガートルードに駆け寄っていた。
「青い線を切った理由を、教えてくれんか?」
虚脱していたガートルードを正気に呼び戻したのは、常に傍らにあったシルヴェスターの声だった。切断の瞬間にも、彼は微動だにしなかった。
「……こう見えても女の子だからね。赤い糸は、切りたくなかったのよ」
そうコメントして微笑を見せたガートルードを中心に、喝采の渦が巻き起こった。
そんな中、晶だけが床に視線を注いだまま、胸騒ぎを覚えていた。
「……アレは、かるすのうと……せいばーの剣……」
第拾弐章 Do You Remenber Love
「はい。こちら梁山泊司令部。臨時指令官の高潮 津波です」
津波自身の状況把握能力の高さとナトレア情報集積&解析能力と単なる成り行きとで、梁山泊の臨時指令官の席に収まった津波は、送信者の名前を確認する暇も惜しんで携帯を耳に押し当てた。
『なんじゃ、おぬし、指令官なんぞやっておったのか。義純が指令官ではなかったのか?』
受話器の向こうから、緊張を孕みながらも軽口を叩くカナタの声が聞こえてきた。
「ええ。私より義純さんの方が戦闘力が高いので、申し訳ないのですが今も戦ってもらっています。で、何か状況に変化はありましたか?」
アイコンタクトでナトレアを身近に呼びながら、通話をスピーカーに切り替えた。ナトレアも慣れたもので、既にメモ紙とペンを準備している。
『……残念じゃが、考えられる最悪の情報を伝える』
握っている受話器が急激に冷えてゆくような錯覚を、津波は覚えた。カナタが最悪というのであれば、それは文字通り最悪なのだ。
「……拝聴します。続けて下さい」
意を決して津波は先を促した。
『屍どもが、復活しおったわ。頭を破壊したヤツも含めて、全部な。ついでに、治癒魔法を施術されなかった者も、ゾンビ化したわ』
意識が遠くなりかけた津波を正気に引き戻したのは、ナトレアがメモ紙に押し付けた際に、折れたペン軸の音だった。
『完全にアラモと分断された。ベアは自力では梁山泊に戻れん。ベアと二人でアラモに合流する。以後、中継はできぬから……』
カナタの声がノイズに閉ざされた。遠く小さく、ベアの咆哮が耳に届き、そして通話が途切れた。
「カナタさんッ!」
受話器の向こうからは、規則正しい機械音だけが響く。ごく短い間、津波は表情を消しオフキーを押した。
「状況を確認します! 戻るまで代理をお願い!」
ナトレアの返事を待たず、津波は指令区画を飛び出した。
「っ! 師匠!」
ケイは虫の知らせを聞いて、うわ言を繰り返す女生徒の元から外へと飛び出した。
梁山泊中央に備え付けられた櫓へよじ登ると、疲労の色を濃く浮かべた立川 るると、更に口数の減った星野 勇が、絶望的な数のゾンビ相手に遠隔攻撃を繰り返していた。
「な、なぁ! ちっちゃい女性を乗せた白熊を見なかったか?」
取り乱したケイは、るると勇の顔を交互に見比べ、震える声で尋ねた。
「夜目で遠目なら、勇さんが!」
早口に告げると、るるは火術を撃ち出した。精神力が尽きかけていることは、ウィザードであるケイの目には明らかだった。
「白熊なら、ゾンビを蹴散らしながら洞窟内に入ったのを目視した。悪いが、長く説明している余裕がない」
銃身の焼けたアサルトカービンを放り出し、新品と交換すると勇は櫓から飛び降りた。
「勇さん! どうする気!?」
血を吐くようなるるの叫びに、勇は振り向いて答えた。
「狙撃では効率が悪いのでな。すまないが、眞子を預かってくれ」」
「眞子を置いて、どこに行く気〜?」
勇の頼みにるるが返答をする前に、眞子が頬を膨らませて勇に詰め寄っていた。
「それは……」
言いよどんだ勇に、眞子は笑顔を見せ、身に纏っているものを見せ付けた。それは華奢な眞子には不似合いな、ガンベルトであった。
「えへへ。これなら弾を落とさないよ? だから、連れて行って、勇」
「くッ……!」
勇は女性的な柔らかさなどなにもない、機晶姫特有の体を抱きしめ、喉を止まらせた。
「勇……痛いよ」
「煩いッ! ついて来るなら、俺から離れるな!」
勇は眞子とともに梁山泊の外へと飛び出した。
「……勇さん、死なせたく、ないよね?」
いつの間にか、るるの傍にラピスが戻っていた。伝令に治療にと駆けずり回り、気力も体力も擦り切れかけているはずのラピスは、穏やかに微笑んでいた。
瞳に涙を溜めたまま、るるはしっかりと頷いた。
「私は自分の名前を残したい。そして、その名前に恥じる事はしたくないの」
「じゃ、行こうか」
ラピスがるるの手を引いた。勇たちの後を追いかけて、二人は外に飛び出した。
「ったく! 動けなくなるまで戦うんじゃねェよ!」
龍壱を怒鳴りつけながらも、コウは手際よく治療を始めた。ヒールを持たぬコウは、ホチキスで裂傷を塞ぎロープで箒に龍壱の腕を結わえると、空飛ぶ松葉杖代わりに利用している。
「ケツまくって逃げて来るよりも、怪我して帰って来る方が、待たされている女にゃ辛いモンだよ?」
「……そういうものか」
箒と反対側の腕を支えながら、コウと龍壱が歩き始める。眞子を連れた勇と義純が、二人を追うゾンビを火線で断ち切る。
「ま、そんな男を受け入れるのも、女の仕事ではあるけどね」
そう言って笑ったコウは、年相応の少女の横顔を見せていた。
【洞窟調査班】八人に護送され、黒幕と思しき人物と円形空洞で爆弾を解体したメンバー十一名は無事、アラモに合流した。
しかし……
「どうして、ゾンビが活動しているんだ!? 黒幕は捕縛し、術は封じた筈だ!」
イレブンの発言は控えめであるといっていい。ゾンビの攻勢は、活動している、というレベルのものではなかったからだ。
「簡単なコトさ。『そいつが黒幕じゃなかった』ってだけの話だ」
すぐさま防戦に加わった【洞窟調査班】を尻目に、零は呟いた。
「まだ何か……きっと私たちに届いていない情報があるはずです!」
目的が同じであることを示し合わせ、零と行動をともにしていたソアが頷いた。現在、状況を最も正確に把握しているのは、洞窟内で得た情報の大半を抑えた、零とソアであることに間違いない。
「多分、これが最後の鍵だと思われます」
銃声と怒号を押し退けて、何故か大きくもないさけの声が二人に届いた。姿勢正しく立っているさけは、記録文書を手にしている。
「荒巻 さけ、だな?」
さけの特徴的な容姿を脳裏で照合し、零はさけに向き合った。
「教えてください! 急がないと、みんなが……みんなが……!」
さけの肩を掴んだソアの腕をゆっくりと外しながら、さけは淡々と短い事実だけを口にした。
「この教団に於ける降霊能力の適性は、教祖の血筋で近親婚を繰り返して生まれた女性にしか発現しないのですわ」
小さな咳払いを交え、さけは説明を続けた。
「更に、能力使用中は死者の強い念や願望に晒されるため、錯乱状態となる……と記録にありました」
さけの言葉を聞き、零とソアは限界まで瞳を見開き、声もなく呻いた……。
「お……俺たちは……最初から教祖に……会っていたのか……ッ!」
「そして……一番身近なところに……保護していたのですね……」
零とソアが見合わせた顔は、互いに力なく笑みの表情を浮かべていた。そして洞窟の外に通じるほら穴に視線を送る。
そこは、死者たちで埋め尽くされ、生者が割って隙など、どこにもなかった。
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