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Summer Of The Dead

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Summer Of The Dead

リアクション


章 守護神



「ゾンビの流出が途切れた。今なら行ける!」

 西條 知哉(さいじょう・ともや)ネヴィル・スペンサー(ねゔぃる・すぺんさー)が腰を上げるよりも早く、箒に跨った瓜生 コウ(うりゅう・こう)が頭上をフライパスした。

「すまん! 急ぐ身だ!」

 既に姿が遠いコウの口から、最小限の挨拶だけが小さく響いた。

「俺たちも急ごう。見たところ彼女はウィザードだ。プリーストの支援も必要になる」

 知哉の声にネヴィルが頷く。

「ゾンビが発生して、随分時間が経過しました。仕掛け班の方々の消耗が心配です」
「私たちもお供させて下さい。非力な身ですが、お役に立てると思います!」

 知哉が声に振り向くと、走って来たのか息を切らしているフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)の姿と、柳を思わせるしなやかな姿のヴァルキリー、セラ・スアレス(せら・すあれす)が並んで立っていた。

「足手まといにはなりません。もし、足手まといだと思ったら、置いていって下さっても構いません」

 戦闘服に似合わぬ典雅な雰囲気を持ったフィルの表情には、強い決意の色が滲んでいた。

「知哉殿、どうか主の意向を汲んで下さるまいか? この通り」

 ミルク色の髪で包まれた頭が下がろうとする直前、智也はセラを制した。

「俺の方が、足手まといになるかもしれないぜ? それでいいなら一緒に行こう」
「ありがとうございます!」

 フィルが本来の表情を取り戻して笑みを浮かべた。知哉の影からネヴィルも微笑んでいる。

「僕も混ぜてよ。暗いところの探検なら、ローグも必要でしょ?」

 既に洞窟入口の傍に立ち、中の様子を伺っていた黒羽 稜(くろばね・りょう)が手招きする。

「それが同行を依頼する者の姿勢か? 誠意の示し方が足らぬ!」

 セラとは対照的に燃えるような赤髪のヴァルキリー、アリス・フライム(ありす・ふらいむ)が、鋭い視線を稜に向けた。

「まぁまぁ……皆、人助けをしたくて急いでいるみたいだから、説教は後にしようや」

 知哉が洞窟に向かいながら、稜とアリスの間に割って入る。

「だよね? お兄さん、分かりが早いなぁ」

 のんびりとした口調ではあったが、五人に先んじて進む稜の足捌きは、艶やかな黒髪と蒼い瞳の印象もあって、警戒心の強い黒猫を思わせた。

「俺たちも連れて行ってもらおうか!」

 稜とは違う意味で押しの強い声が響いた。六人が声の主を探すと、その男は洞窟を形成する小山の上に仁王立ち。月を背中に真っ赤なマフラーをたなびかせていた。
 謎の男の傍らに侍る女性は高いところが苦手なのか、四つん這いのまま震えている。

「とうッ!」

 声の主は威勢よく洞窟の上から飛び降り、女性はブルブル震えながらおっかなびっくり岩壁を伝って降りてくる。

「ず、頭痛が……」
「ああ、私もだ……」

 セラ、アリスの両ヴァルキリーは、形の良い眉をひそめ、こめかみを揉んでいる。

「ついて来るのは構わんが、騒ぐなよ?」

 言い捨てた知哉は稜に先導され、洞窟の中に姿を消した。

「あ、待ちたまえ! 私の名を聞かんのか?」

 セルロイド製の面を被った男は、手招きの姿勢のまま、六人に続いて洞窟の中へと入った。

「待〜〜ってくださ〜〜い〜〜」

 泣きべそをかきながら、震えていた女性もお面男の後を追う。 




「救助班の方ですか? お願いがあるのです!」

 熾烈な防戦を続けているアラモの中から、銃声の合間を縫ってソアの声が響く。

「どうしたのですか? 私にできることなら、その願い、お聞きします」

 僅かに屈み、目線に高さを合わせたフィルは、真っ直ぐにソアの瞳を覗きこんだ。

「もし、仕掛け班の方を救助したら、こちらまでお連れして欲しいのです。とても大事なことなんです!」

 拳を固めて力説するソアの肩に手を置き、フィルは体温を伝えた。

「わかりました。救助した方は、必ずこちらにお連れします。ですから、ソアさんも無理をなさらないでくださいね?」

 フィルの台詞を聞いていた稜が、親指の爪を噛んで思案顔になる。

「うん……確かに無理をしない方がいいね。この場所で戦うのは、分が悪いかもしれない……」

 既にアラモ内部にも収容された負傷者が、競り落とされるのを待つマグロのように大量に並べられており、シーリル、沙希、ラティ、リシルの四人が、休む間もなく治療に当たっていた。

「アラモから梁山泊に負傷者を運ぶ方法がない。戦闘メンバーを運搬に従事させると、ゾンビどもを押さえつけられなくなる」

 眉間に皺を刻みながら、ゾンビの足止め作戦の指揮を取っていたウェイドが、振り向かぬまま告げる。

「梁山泊も防戦と治療で手一杯だった。こりゃ、稜君の言うとおり、長く戦うには分が悪いかもしれないな……」

 知哉も顎に指を添え顔を翳らせる。

「でも、貴方たちが仕掛け班を生還させてくれれば、とりあえず総員撤退あーんど洞窟封鎖っていうテもあるわよ〜?」

 格子状の鍾乳石の隙間から、火術を放っていたルーシーが、場違いに明るい声を出す。

「急ぎましょう。私たちが迅速に人命救助をすることで、この事件に関わっている全員のリスクを減らす事ができます」

 フィルが毅然とした態度で言い放った。横顔を向けたまま発言を聞いていたセラも、静かに頷く。

「なら、お見送りしますよ〜。派手にね!」

 そう言った隼の声に率いられ、焔と武尊がアラモから飛び出し、盛大に武器で地面を打ち鳴らしながらゾンビの塊に飛び込んでいった。

「カバーリング・ファイア!」

 ゆうの声と同時に、ルーシーとウェイドの火術、瀬良のリターニングダガー、そして籠女とゆうのアサルトカービンが一斉に火を噴いた。
 前衛三人に誘導され、射線上におびき出されたゾンビが次々に焼き払われ、切り裂かれ、蜂の巣になってゆく。

「今です、行ってください!」

 弾倉交換をしながら籠女が叫ぶ。

「ガイドロープの先に、仕掛け班がいるはずだ。さっき箒のネェちゃんも、そっちに向かった!」

 手元に戻ってきたダガーを人差し指と中指で挟んでキャッチした瀬良も、言葉で六人の背中を押した。

「わかった……皆、死ぬなよ!」

 力強く頷く知哉に先行して、稜がガイドロープを辿り始める。

「悪い知らせがあるよ、誰かが地図と懐中電灯を落としていったみたいだ」

 稜が拾い上げた懐中電灯を点けたり消したりしている。地図を手渡されたアリスは、地図と洞窟との間に、視線を往復させ、地図の上下を確かめていた。

「なら、尚更急ぎませんと」

 フィルの声に促され、六人はガイドロープの先へと急いだ。



 通路に入ったコウは、箒から降り、足音を殺して進んでいた。

「酷いことしやがる……」

 通路には既に原型を留めていない『ゾンビの食事跡』が、そこかしこに散らばっていた。埋めてやりたい気持ちを押さえ込み、短い黙祷だけを捧げながら、コウは奥を目指した。
 しかし通路を進むほどに、生徒の屍骸の数が減り、動かなくなったゾンビの数が増えていった。

「つまり、戦いながら奥に下がった連中がいる、ということか」

 希望の持てる憶測を胸に、コウは足を速めた。




「助けてなのじゃー!」
「黙れゾンビ怪人め! 貴様らのしでかした悪事の数々、裁判員が許しても、この俺が許さない! パラミタ刑事ぃぃぃぃ……シャンバラン!」

 やっとの思いで生きた人間に合えたセシリアの、喜びと安堵に満ちた救済願望の声は、セルロイドの面を被った男、パラミタ刑事シャンバランこと神代 正義(かみしろ・まさよし)の大音声で一蹴された。

「お……おなじく、太陽戦士……らぶり〜アイちゃん!……ぅぅぅ……恥ずかしい……」

 蚊の鳴くような小声で名乗った女性、大神 愛(おおかみ・あい)は、羞恥心に頬を染め、非常に短いスカート丈を気にして裾を下に引っ張っている。

「え、いやちょっと僕たちは生きて……」
「黙れ怪人2号! 喰らえ! シャンバランキィィィック!」

 セシリアを庇って前に出たクライスは、そのまま正義の標的となってしまった。

「ぎゃああぁ!……ぐふ」
「……放っておきましょう。いい薬です」

 一連のドタバタ騒ぎを無表情に静観するローレンスが、隣のファルチェだけに届く声で言った。

「状況が好転したとはいえ、脱出できたわけではありません。そろそろ仲裁しましょうか」

 困り顔のファルチェに対し、愛がペコペコと頭を下げる。

「すみませんすみません。正義さんが事態をややこしくしてしまって……いつもこうなんです……」
「大変ですね……」

 頬に手を当て、心底同情したように、ファルチェは溜息をついた。

「む? お前たちはゾンビではなく、人間なのか?」

 取っ組み合いの拍子に被り物がズリ落ち、素顔が剥き出しになったセシリアを見て、正義は制裁の手を止めた。

「人の話を聞かんかー! 私もクライスも立派な人間じゃー!」
「スマンスマン。だが、紛らわしい格好をしているから、こういうことになるんだぞ?」

 呵呵大笑する正義の傍で、再び愛が頭を下げまくっていた。

「で、生存者の救助に向かわれた方は、貴方たちだけなのでしょうか?」

 紳士的な態度のローレンスが問いを発した。途端に正義は不機嫌そうに腕を組み、愛は申し訳なさそうに顔を伏せる。

「それが……もともと救助班の人員は九人いたらしいのだが、一人は先行し、残り六人とははぐれてしまってな。というのも……」
「うぅぅ……あたしが悪いんですぅぅぅ……あたし、暗所恐怖症で、洞窟に入ってすぐ、怖くてへたり込んでしまったんです〜……正義さんが引き返してくれたのですが、結果、皆さんと別れ別れに……」

 ファルチェは愛の肩に手を置き、柔らかく告げた。

「結果として、私たちを見つけて下さいました。感謝しています」
「そうですよ。怪我の功名って言うのかな? とにかく助かりました」

 ゾンビの扮装を解きながら、クライスも弾む声を愛に向けた。
 その時、通路の手前側……アラモのある大空洞に繋がる先から、ゾンビの呻き声が聞こえてきた。それも一体二体の声ではない。

「……正義の味方の、本領発揮だ」

 いつになく静かに呟くと、正義はお面のズレを直して立ち上がった。いつの間にかその手には、片手剣状の光条兵器が握られている。

「パラミタ刑事シャンバラン! いざ参る!」

 正義の握り締めた剣は、暗闇とゾンビを切り裂いて進んだ。




 小部屋と呼んで差し支えない広さの空間に、延々と咀嚼音だけが響いていた。
 空間に踏み込んだコウは、二種類の臭気……生臭さと腐敗臭とがブレンドされたものに鼻腔を刺されて、吐き気を覚える。

「う……」

 洞窟に入ると決めた時点から、コウの心に覚悟はあった。どのような光景にも動じないつもりだった。
 しかし、十数体のゾンビが這いつくばり、『食事』をしている光景は、コウの覚悟に動揺を生むほど、凄惨な光景だった。
 あまりの衝撃で、小部屋の片隅に蹲り、固まって震えている蒼空学園仕掛け班の姿に、コウの注意が回らなかったほどだ。
 怒りと恐怖とで震える腕を力ずくで我が意に従わせ、爪が食い込むほど強くワンドを握り締めた。

「そのような姿になった事情はあるだろう。だが……オレは生きている人間を救いたい!」

 コウはワンドから火術を放った。食事中のゾンビが第三の悪臭を発しながら火柱と化す。それを合図にゾンビたちは一斉に立ち上がり、コウの方へと顔を向けた。
 小部屋にいたゾンビが全てであれば、コウのみで対処できた。しかし、小部屋の奥にある通路から新手のゾンビが現れたことで誤算が生じた。

「オレとしたことが……!」

 下がりながら二度目の火術を放ち、ゾンビを焼き払うまでが、コウに与えられた時間だった。
 燃えながら崩れ落ちるゾンビの背後から、爪の剥がれ落ちた不浄の指がコウの喉元に伸びてきた。

「諦めるな!」

 コウの背後から、声がした。コウが振り向く前に彼女の肩を掠めて繰り出された光の刃が、ゾンビの指を飲み込みながら切り払った。
 遅れて駆けつけた知哉が、コウとゾンビとの間に立ち塞がり、その両脇を白と赤の旋風が吹き抜ける。小部屋に踊りこんだセラとアリスは、白髪と赤髪をなびかせ、次々にゾンビを切り倒してゆく。
 剣士三人が小部屋を確保したのを確認し、フィルは奥の小道に向かってアサルトカービンで斉射を加え、ゾンビの不在を確認した。

「大丈夫だよ。もう、怖くないからね?」

 稜は生存している蒼空学園仕掛け班の生徒の傍に膝を付き、緊張を解きほぐすかのように柔らかく話しかけた。

「疑うわけではありませんが、念のため、ヒールしますね。ごめんなさい」

 几帳面にそう言って頭を下げてから、ネヴィルは仕掛け班の生徒にヒールをかけた。

「ありがとう。助かったぜ」

 生きている実感を噛み締め、コウは六人に礼を述べた。震えている指先を、ネヴィルが優しく包んだ。

「ご無事で何よりです。お怪我はありませんか?」
「あ……ああ。幸い、かすり傷一つないぜ。それよりも……」

 ネヴィルの掌を包み返してから、コウは稜の傍へと駆け寄った。担いできた袋の中からガラスの小瓶を取り出し、コルク栓を抜く。

「……う!」

 稜の顔から眠そうな表情が掻き消えるほどの刺激臭が、小瓶から立ち昇った。仕掛け班の生徒達も稜と同様の反応を見せ、次々に正気を取り戻してゆく。

「薬草を煎じたものだ。気付けになると思ってな」

 しっかりとコルク栓を小瓶に押し込むと、コウは初めて表情を緩めた。

「立てるかな? 慌てなくていいからね?」

 稜が生徒達の肩を支えながらひとりひとり、立ち上がる手助けをしている。

「……ゾンビの増援、来ます」

 背中を見せたまま、奥の通路を監視していたフィルが、緊張した声で告げた。セラは抜刀したまま、フィルの傍らに走り寄った。

「落ち着こう、こういう時は"おかし"の法則ってね。おさない・かけない・しゃべらない。それさえしっかり守れたら、何も問題ないからね」

 知哉とネヴィルが帰路を確保すべく先陣を切り、続いて稜が手を引いて仕掛け班を導く。アリスは稜の傍で護衛につき、しんがりをフィルとセラが請け負った。

「セラ……銃の撃ち過ぎで指を痛めて、ヴァイオリンが下手になっても、許してね?」

 肩を並べる白髪のヴァルキリーにそっと呟くと、フィルはアサルトカービンのトリガーに指をかけた。

「例えヴァイオリンが弾けなくなろうとも、己の意志で人を救ったフィルを、私は誇りに思うよ」
「……馬鹿。視界が滲むじゃない……」

 フィルとセラの間で交わされた会話は、その後に通路を満たしたゾンビの咆哮と銃声とで中断を余儀なくされた。