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リアクション
第陸章 真実の行方
「……そうか。わかった。忙しいところを煩わせて済まなかったな」
永夷 零(ながい・ぜろ)は津波との通話を終え、携帯電話をポケットにしまいこんだ。
手にしたリストに視線を落とす。リストには蒼空学園の生徒名と、現在の所在が列記されていた。
・仕掛け班所属の者:セシリア
・梁山泊にて作戦行動中の者:サリア、大草、ザックハート、葉山、ベア
・アラモにて作戦行動中の者:ルーシー、九条、久沙凪、百鬼、一式
・洞窟内にて作戦行動中の者:サイクロン、クルード、イーオン、東條
・洞窟内にて救助活動に従事する者:黒羽、西條
・洞窟内にて調査活動に従事する者:あーる華野、御風、八神、アルフィエル、小鳥遊、氷見碕、荒巻、樹月、羽入
以上二十六名
「一部の蒼空学園生徒の所在が、確認できたのですね」
リストを覗き込みながら、ルナ・テュリン(るな・てゅりん)が呟く。
「加えて言うなら、こいつらは全員生存しているし、幸いなことに負傷もしていない」
深く長い息を吐いて、零は続けた。
「ナトレアのまとめたデータによると、肝試し企画の運営委員はセシリアを含めて十九人。セシリアを除く十八人の内、梁山泊に収容されている者は七人……」
零の言葉は、ポケットから伝わる携帯のバイブレーションによって途切れた。
「零だ……ああ、津波から聞いている。アンタが緋桜 ケイの師匠だな?」
傾けた首と肩の間に携帯を挟みながら、零はリストの余白にペンを走らせる。
「……了解した。こちらも情報を掴み次第、津波に送る。引き続き中継を頼む」
再び携帯電話をポケットに捻じ込むと、難しい表情のまま零は洞窟を目指して歩き出した。
「新しい情報が聞けたのでしょうか? ゼロ」
開いた距離を小走りに詰めながらルナが問う。
「セシリア以外の蒼空仕掛け班が、救助班の活躍でアラモに保護されたそうだ。ゾンビの隙を付いて、救助班が引き続き、仕掛け班を梁山泊へと護送する手筈になった」
「それは良かったではありませんか」
ルナの弾んだ声をは裏腹に、零の声は沈んだままだった。
「あまり良くない。洞窟内にいた十一人の仕掛け班の内、保護されたのは三人。その三人の証言によると、残り八人は、確実に死んだそうだ……」
「……いたましい話でございますね……」
銀色の髪を垂らし、俯いたルナも主の声に引きずられ、トーンを落とす。
「いたましいのも事実だが、冥福を祈る前にやることがある。この事件には黒幕がいるはず。そいつは恐らく、蒼空学園がらみで肝試しの話を持ちかけた、『最初の誰か』だ」
アサルトカービンの薬室に弾丸を送り込みながら、零は茂みに潜み、洞窟から流出するゾンビが途切れるタイミングを計った。
「保護された三人が梁山泊に運ばれるまでは待てん。三人に話を聞き、黒幕が洞窟内にいるなら、他の班と連携して捕縛する」
中腰のまま、零は足早に洞窟内へ走りこんだ。零のハンドサインを受けて、ルナもカルガモの子供のように零の後を追う。
「地図が正しければ、そろそろ空洞が見えるはず……」
高遠 響夜(たかとう・きょうや)曰く、『運営委員の女の子に、一晩かけて紳士的に頼み込んだ』結果、手に入れた地図を頼りに、氷見碕 環生(ひみさき・たまき)はグループの先頭を歩んでいた。
地図は未完成だったが、肝試しに使うルートとは異なる通路の奥に、人の手で加工されたとしか思えない円形の空間があることを示していた。
確実に何かある、と予測した環生は、偶然進路を同じくした数名とグループを組み、円形空洞を目指していた。
「それにしても妙です……」
時折壁に触れながら最後尾を歩いていた御風 黎次(みかぜ・れいじ)が、率直な疑問を口にした。その腕にノエル・ミゼルドリット(のえる・みぜるどりっと)が、震えながらしがみついている。
「この通路には、ゾンビもいなければ被害者の遺骸も血糊もない」
「オマケに、地面は過去に整地した形跡がある。どう考えても、この通路は普通じゃないぜ」
地面を触診するかのように掌を置いていた八神 夕(やがみ・ゆう)も、黎次の意見を後押しした。
「可能性の一つとして、『判断力の低いゾンビに徘徊されては、困る状況やモノがこの先にある』という推測ができるわね」
目つきが悪い事を除けば、精緻に作られたビスクドール的な可憐さを持つメニエス・レイン(めにえす・れいん)が呟いた。
「わたくしには、もう一つ、気になることがありますの」
人を魅了して止まない気品を湛えながらも、人外のみに与える事が許された異質な美貌の持ち主、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が口を開いた。
「それはどんな気がかりなの?」
歩調を落とすことなく、メニエスは文字通り血を分け与えたパートナーに尋ねる。
「今、メニエスの頭の中で、どのような『掛け算』が繰り広げられているか……想像するだけでゾクゾクしますの。黎次様も夕様も、どちらも大層麗しい殿方ですので……」
「み、みすとらるッ……!」
思わず裏返った声に、自分自身が驚いて、メニエスは咳払いを繰り返した。
「ん〜? 掛け算って、なんだ? 夕」
脳内に蓄えた語彙を検索しても、意味のわからない言葉に黎次は首を捻った。
「さぁなァ……イルミンスールのウィザードにのみ相伝される専門用語じゃねぇの? ガードルードさん、意味、わかる?」
「殿方には、御存知ない方が幸せな世界もある、とだけ、申しておきますわ」
波羅蜜多ツナギすらデザイナーズ・ブランド品に見せてしまう着こなしのガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が、艶然と微笑んだ。その微笑には、続く質問を許さない威圧感が内包されている。
ガートルードの影でシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が必死に笑いを堪えている。
「ホンマに知りたければ、後でわしが教えちゃるけェのゥ」
整った顔立ちからはまるで想像できない広島弁をダダ漏れさせるシルヴェスターを、微笑みながらガートルードが睨んでいた。
「どうやら、到着したようですね。円形空洞に」
一人、会話から外れていた環生が発した言葉に、皆、表情を引き締めた。
通路の終点には、野球場がすっぽり収まるほどの巨大な空間が広がっていた。中央には屋久杉を思わせる極太の石柱が、数十メートル上の天井を支えていた。
一同は、その空間の巨大さに圧倒され、皆が言葉を失い立ち尽くした。こうしている間にも洞窟の内外で、仲間が戦い、死に続けている事実が、頭の片隅から消え去ってしまうかのようだった。
「ブチ凄か……」
沈黙を破ったのは、シルヴェスターの掠れた方言だった。
「って、見とれている場合じゃありませんね。調査にかかりましょう」
そう言った黎次の腕を掴んだまま、ノエルが石柱の根元を指差した。
「あそこに、何か光るものがありますよ」
ノエルの言葉を受け、環生が懐中電灯を消す。確かに指摘の通り、石柱基部に小さな光点が確認できた。
「それだけじゃねぇな。オイ! 隠れている奴! 出て来いや!」
過去の仕事で鍛えられた夕の夜目は、石柱の影に何者かの存在を見つけていた。
「ノエル。星龍を!」
「はい!」
黎次の声に応じて、ノエルは膝を付き祈るような姿勢を取る。繊細な項から現れた柄を握り、ノエルの身長と同じ刃渡りの大剣を引き抜く。
星龍と名付けられた光条兵器から溢れ出す光は、石柱の影に潜んでいた者の顔を照らし出した。
「その剣は、光条兵器か。なら、肝試しの参加者だね?」
両手を挙げ敵意が無いことを示しながら現れたのは、サイクロンとグランメギドの二人だった。
「潜んでいた事は申し訳なく思う。黒幕が現れたのではないか、と警戒していたのだ。許されよ」
聞くものの背骨を共振させるような低い声を発し、グランメギドが頭を下げる。
「味方、ですか。とりあえず荒事にならずに済んで幸いでした」
響夜の背に庇われたまま、肩越しにワンドを向けていた環生が、安堵の溜息をついた。
「それはそうと先ほどの光点は、一体なんだったのでしょう?」
武力衝突の危機が回避された事を確認したガートルードが、シルヴェスターを伴い光点に歩み寄った。
「実は、それが問題なんですよ……」
挙げていた両手を下ろして腕を組んだサイクロンが、落胆した声を出す。
「機能のわからないマジックアイテムだったら、私が識別するわよ?」
好奇心を抑えかねたメニエスも小走りに駆け寄る。その後を、ファッションモデルのような姿勢の良さでミストラルが追った。
しかし、無言のまま突き出されたガートルードの掌に、メニエスもミストラルも堰き止められた。
「残念ながら、これはマジックアイテムでもゾンビ発生装置でもありません……むしろ、それらであれば、どれだけ良かったか……」
「……!」
ガートルードの肩越しに光点を覗き込んだメニエスの表情が硬直する。何事か、と駆けつけたメンバーも、皆一様に、同じ表情をした。
光点の正体は、無機的なデジタルの数字であり、無慈悲なカウントダウンを続けていた。
「……爆弾、か……」
陽気なイタリア男といった風情の響夜ですら、声から余裕を失っていた。
「皮肉な事に、私の母校製の時限爆弾だと思われます。このタイマーが正確な表示を示しているのであれば、二十二分後には爆発します」
額に冷たい汗を滴らせながら、ガートルードは冷静な説明を続けた。
「爆破規模は大したことがありませんが、確実にこの石柱が折れます。そして……」
「まず、この空洞の天井が崩落する。見たところ、この洞窟は長い年月の侵食を受け、寿命が尽きかけた洞窟だ。この空洞の天井が崩落すれば、連鎖崩落を起こし……」
天井を仰ぎながら、グランメギドは目を細めた。暫しの沈黙が、空間に横たわった。
「……今、洞窟の中にいる者は全て、生き埋めですか」
引き結んでいた唇を開き、答えを口にしたのは環生だった。強張っている環生の肩から緊張を解すように、響夜が掌を乗せた。
「今からダッシュで引き返せば、洞窟の外に脱出することは可能だろうさ。だが……」
「今、この洞窟の中に何人の仲間がいて、どこで何をしているかもわからない。全員に脱出するよう連絡して回る事は、出来ないだろう」
夕の言葉を黎次が引き継いだ。夕は黎次の言葉を聞きながら、携帯電話を開く。無常にも一瞬の揺らぎもなく、圏外の表示が保ち続けられていた。
「さて!」
どっか、と地面に胡坐を組んで座り込んだガートルードがツナギの腕をまくり始めた。
「ここから先は、皆さんそれぞれの判断で動きましょう。私は、コイツを解体します。放置すればパラ実の恥、ローグの名折れですからね」
「お前はそげナに、母校愛に満ちておるとは、知らなかったな」
やれやれ、という風に溜息を吐くと笑顔を浮かべたシルヴェスターは、ガートルードが持参したツールボックスを開き始めた。
「なら、私たちは手分けをして、他のグループに退避勧告を出して回りましょう!」
ショックから立ち直ったメニエスが、気合を入れるべく掌を打ち合わせ、皆を促した。
「専門知識がない私たちがここにいても、お役には立てないでしょうからね。それがいいかも……」
靴紐を結びなおしながら、環生が言った。
「果たして、それが可能かな?」
空洞内にいた十一人の耳に、聞き覚えのない男性の声が響いた。十一対の瞳が声の主を探して視線が彷徨い、やがて焦点が空洞入口の通路に注がれた。
声の主は肩幅が広く長身で、その頭部には一本の毛髪も見えない。頭部から額にかけて赤く禍々しい刺青が掘り込まれ、病的に白い肌と明瞭なコントラストを成している。
誰もが肌で悟った。この男は、邪悪である、と。
「爆弾が設置してある時点で、悪意を持った黒幕がいるとは思っていたけど……あんたか!」
カルスノウトの切っ先を向けながら、サイクロンが怒りに任せて大声を放つ。
「答える義理はない。真実を知ったところでそれを覚えていられるのは、あと二十分だけだ」
対照的に、退屈そうな口調で男が語る。
「二十分後には、お前も死ぬぞ!」
サイクロンに肩を並べ、黎次が三本の三つ編みを揺らしながら、霊刀『月鴉』を構えるて怒鳴る。半歩遅れて星龍を構えたノエルが続く。
「お前たちを葬るのに、二十分も必要ない。それに……」
男は鼻の頭に皺を刻んで小さく笑うと、手にした杖で床を叩いた。直後、通路の奥から軍隊蟻のように、数え切れないほどのゾンビが空洞内に雪崩込んできた。
「……既に地獄は見てきたからな……」
男の呟きはゾンビの呻き声に飲まれ、十一人の耳に届く事はなかった。
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