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リアクション
第五章 地下通路
しゅこー、しゅこー、という不気味な音が地下に響き渡っていた。
その音の正体はロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が必死こいて踏んでいる空気入れ。
そのホースの先にはビニールボートが着々と膨らみ掛け始めていた。
「だいぶ形になってきましたわね」
ふと息を付いて、指でふにふにとビニールボートの具合を確かめる。
頷き。
「エメネア様、お待ちなっていてくださいませ。わたくしが必ずや星槍を取り戻し、あなたと姉妹になりましてよ――おーほっほっほ!」
ロザリィヌは、しゅこーしゅこーと空気注入を再開させながら、哄笑を響き渡らせた。
「というか――絶対に、男になんか乙女のキッスは渡せませんわーっ! おーーほっほっほ!」
しゅこここここ、と空気を入れる音とロザリィヌの哄笑がなお地下通路深くへと響き渡っていく。
地下通路の奥。
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)とパートナーのセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)は顔を見合わせていた。
「お、お姉さまぁ、ちょーーーー不気味な音っていうか笑い声がしますぅ」
「……さすがは五千年も放置されてた地下通路ね……山姥みたいなものが居るのかしら? あなどれないわ」
「ひーーん」
「ともかく――」
祥子が真剣な表情で頷き、バッと勢い良く進行方向へと向き直る。
「なるたけ戦闘は回避するわよ、セリエ。出来れば誰にも見つからずに行きたい」
女王の加護を発動させておけば、それなりに危険は回避できる筈だが。
慎重には慎重を期したい。
「いざとなれば他校生を囮にしても、ね」
「は、はいぃ、お姉さまぁ」
踏み出した祥子の腕にセリエがぎゅぅとくっついて、重い。
「……セリエ、ごめんなさい。すっごく邪魔だわ」
「だ、だってー、お姉さまーー、笑い声が時々、息切れし始めてるんですよー!?」
確かに。
聞こえていた哄笑には、ぜぇーはーと息切れが混じっていた。
「いや……これ、怖いっていうか、むしろ滑稽な部類に入るんじゃないの?」
■
先程、急な下り坂を通った辺りから、ぐんと温度が下がっている。
地上の蒸し暑さが信じられないほど涼しい。
人工的な石壁と自然の土壁の入り混じった通路が、所々枝分かれしながら地下へ地下へと向かっていた。
暗がりを照らすカンテラの明かりが二人の影を長く伸ばす。
「しっかし、なんつー間抜けな女だろな……」
アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)が手に持ったカンテラで三叉に分かれた通路の一つを覗き込みながらボヤいた。
カンテラに照らし出された通路には太い木の根が壁を破壊して斜めにつっきっている。
その湿った表面を小ぶりな爬虫類が、つるりと伝っていく。
「す、すいませんっ」
六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が手元に開いたノートへとマッピングを行う手を止めて、わたわたと頭を下げた。
「は? 何を謝ってんだよ」
アレクセイが呆れたように零しながら優希の方へと視線を返す。
「へ?」
優希は、きょとりとしながら顔を上げ、ずれた分厚い眼鏡を直した。
アレクセイは優希の様子に少し笑ってから。
「ユーキの事じゃねえって。槍とられたアレ」
「エメネアさん、ですか?」
「そう、そのバーゲン小娘」
「バ、バーゲンこむす……」
「バーゲン小娘で十分だろ。槍を取り返しても、バーゲン小娘が持っていたら、また同じ事が起こる可能性が高いんじゃねーか?」
「う……確かに星槍をお返しするのは、ちょっと……いえ、かなり不安ですけど……」
「だろ?」
アレクセイが優希のそばまで寄って、彼女にノートを開くように言う。
そして、優希に通路の状態などを伝え、それから、片目をしかめながら言う。
「俺達できっちり管理したほうが良いんじゃねぇか?」
「……そう、ですよね……出来れば、そう出来るようにお願いし――っ?」
優希の言葉はアレクセイの手に遮られた。
彼女は眼鏡の上の眉を怪訝に曲げながら、アレクセイを見上げた。
アレクセイは優希の口から手を離すと手早くカンテラの火を消して、彼女の手を引きながら通路端のくぼみに身を潜めた。
向こうの方から、わずかな足音が聞こえてきていた。
その足音は優希達の居る通路とは別の方へ向かって歩いていく。
聞こえる、会話。
「エメネアの話では、100メートルは超えるというが――」
ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)はカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)の前を歩みながら静かに零した。
二人は「急がば回れって言うでしょ!」というカレンの割と無根拠な判断で地下通路を進んでいた。
「へ、何が?」
後方で首を傾げるカレンの声。
「怪獣だ」
「そっか、でっかいね!」
食いつきが悪い。
その割にはカレン自身には気合がみなぎっている。
ジュレールには、それが奇妙だった。
いつもなら、珍しい物好きであるカレンが大怪獣なんて美味しいものに食いつかないわけがない。
カレンにやる気が無いのかと思えば、むしろ何時もより真剣に燃えているようであるし……。
ジュレールには、そんなカレンの様子が不可解だった。
ともあれ、ジュレールを追い越して先を行ってしまったカレンの後を追い、改めて彼女の前へ先行する。
カレン達の足音が遠ざかり、息を潜めていたアレクセイは小さく息を漏らした。
「……100メートルの怪獣だとよ」
「だ、大体、三十階建てのビルくらい……?」
アレクセイの腕の中で、優希が眼鏡を直しながら彼を見上げてくる気配。
「それが、ここに丸々封じられてっとして――道はまだまだ長そうだな」
アレクセイは、よっと優希を通路へ離してから、再び、カンテラに灯りを点した。
■エメネアと行く者と【地下通路を行く者】
流れる水脈の音。
それが洞窟内に鳴り巡っている。
「大丈夫か? 疲れたんじゃないか?」
緋桜 ケイ(ひおう・けい)が、くたっと座り込んだエメネアの隣に座った。
燕、ケイとパートナーの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)、フィル、セラ、サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)、紅龍、熊猫ら八名と――
支倉 遥(はせくら・はるか)とパートナーのベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)、縁とパートナーのサラスら【地下通路を行く者】四名は、エメネアを守りながら地下通路を進んでいた。
そして、今は燕の提案により一時休憩中。
エメネアが燕から貰ったキャラメルを頬に転がしながら首をぶんぶんと振る。
「大丈夫ですぅ。それに……皆さんと一緒で、とっても楽し――あ」
エメネアは、はたと気づいて己の口元を押さえ、
「不謹慎でした……」
バツが悪そうに眉根を寄せて漏らした。
「楽しい時は楽しい、で良いアルよ。そりゃもう」
のそんっと熊猫が顔を出す。
「……うう、でも」
「変に生真面目アルなー……。
あ、そうそう、聞いてみたかったアルが……もしも星槍を取り返してきた人がチュー以上の事を望んだら、どうするアルか?」
「チュー以上……ですか?」
エメネアがワケ分からずに、熊猫をぱちくりと見遣りながら首を傾げる。
「なんだか分からないですけどぅ、その方が望み、わたしで許されることなら……」
「なんでも、アルか? チュー以上アルよ〜? 例えば――ッごふぅ!?」
紅龍の拳とベアトリクスのメイスが熊猫に叩き込まれて。
そのパンダはアニメーションのような動きで、見た目楽しく地面にバウンドした。
「ああっっ、予想通りの突っ込みアル〜!!」
「し、熊猫さんっ!?」
驚き、声を上げたエメネアとは裏腹に、
「気にするな」
冷ややかに言い放つ紅龍。
「ええ、悪い子にお仕置きは当然です」
ぶぉんぶぉんっとメイスを素振りするベアトリクスが言う。
そして、支倉がエメネアの前に立った。
「というか、エメネアもエメネアですよ」
「は、はいっ……」
「自分をそんなに安売りしない!」
支倉がビシッとエメネアを指差して一喝する。
エメネアはびくっと肩を震わせて、あううっと俯いて。
「み、皆さん……そう言ってくださいます、けどぉ……わたし、他に何も――」
ぺんっと、支倉の手の平がエメネアの頬を打つ。
「……あ」
支倉は腰に手を当てながら、溜め息を一つ付いて。
「バーゲンのチラシで騙されたのが原因だからといって、自分を安売りしたら本末転倒じゃないですか」
優しく笑みを浮かべながら言った。
エメネアが自分の頬に触れながら支倉を、うるっと見上げ。
燕がぱちぱちと拍手する。
「バーゲンと安売りを掛けてはりますの。お上手どすなぁ」
「いや、改めて解説されると、なんだか照れますね」
支倉が頬を掻き。
ケイが、うんっとエメネアの隣で頷いた。
「そうだよ……」
エメネアの方へと真っ直ぐに視線を向ける。
「星槍も大事かもしれないが、女の子にしてみればキスだって大切なもののはずだろ? それを簡単に引き換えになんてしちゃ駄目だ!」
「……ケイ、さん」
「やっぱりこの騒動は、エメネア自身の手で解決するんだ。俺たち、エメネアが星槍を取り戻せるように全力で手伝うからさ」
「まあ、困ったときはお互いサマだからネ。星槍っていうノがなんで盗られちゃったのか分からないケド」
サミュエルが、こくと頷きながら言って――
へ? とケイ達はサミュエルの顔を見遣った。
サミュエルは、エメネアの事情を報道で知り、画面の中で泣く彼女のドジっ子っぷりに純粋に同情したためにこの場に居た。
だから、星槍云々については正直良く分かっていなかった。
「なんで取られたのか、分かってないのか?」
ケイがまじまじとサミュエルを見上げ。
サミュエルが首を傾げる。
「エメネアがバーゲンに浮かれちゃったんだよネ? おんなのコってそんなにお買い物好きナノ……?」
「……『チラシ』が、嬉しかったんです」
エメネアが、小さく置くように応え。
「ずぅっとずぅっと昔は、尋ねてきてくれる人も居たんです。でも、段々と忘れられて、それから長い間ずっと一人で……」
「それは、寂しいよな……」
ケイが軽く眉を顰めながら零し。
カナタが頷く。
「五千年は、長い」
「バーゲンのチラシが来た時は、とても浮かれました。自分は忘れられていないんだと思えた。でも、バーゲンって何だか分からなかったから――空京へ行って、人に『バーゲン』のことを聞いて、調べたんです。万が一、バーゲンに失礼があってはいけないとっ!」
「……バーゲンに……」
「……失礼?」
ケイとカナタが、それぞれ首を傾げる。
「ええっ、それでバーゲンに行くには『お金』と『根性』が必要と聞いて、島の果物を空京で売ってお金をいただき、なけなしの根性を胸に、いざバーゲンへっ!――楽しかったなぁ。もみくちゃにされましたし……結局、押し負けて何も買えなかったですけど」
「この騒動が片付いたら、皆で空京一のデパートのバーゲンに行くアルよ?」
少しばかり端のへこんだ熊猫が、ふふふぅと笑って。
「すごいアルよ〜、女の子に人気のブランドが買いたい放題!
それに、お金は鄭が出してくれるあるから、お財布は気にしないでいいアルよっ」
「待て」
紅龍が静かに、鋭く言う――が。
「うむ、それはありがたいのぅ」
「楽しみです」
「太っ腹ね、紅龍。助かるけど」
「お金のことを気にせずに商品を漁れるって良いですねぇ……腕が鳴るなぁ」
「きっぷの良さが清々しなぁ。ほんに助かります。ちょうど秋物、買い足そぉ思ってた頃で――」
縁、フィル、セラ、支倉、燕がそれぞれ盛り上がる。
「おまえ達――常識で考えろ。俺にそのような財力は無い。そして、エメネアはともかく、おまえ達に物を買い与える義理も理由も無い」
紅龍がごすごすと熊猫に拳を入れながら、彼女らへと至極冷静に言う。
しかし、その言葉はまるで聞き入れてもらえそうになかった。
サミュエルが、それらを眺めながら。
「おんなのコって、お買い物好きなんだネ」
一つ利口になっていた。
「それはともかくとして、じゃ」
カナタが燕から貰ったスポーツドリンクをこくりと飲み。
「エメネアに聞いておきたい事があってな」
「あ、はいっ」
バーゲン話で盛り上がる一行を横に、エメネアとカナタが向き合う。
「大怪獣などという物を封じる大きな封印が、星槍という祭具一つで簡単に解けてしまえるものなのか?」
「……へ?」
なにやらエメネアがきょとん、とする。
カナタは軽く片眉を顰めながら続けた。
「然るべき手段や儀式が必要なのではないかと思うのだが」
「――そうです。必要なんですっ」
エメネアはこくこくと頷いた。
「封印の解除において、星槍は鍵なんです。ゴアドーを捕らえるシステムへ介入するための鍵。理論的には、わたしじゃなくても魔術の素養があれば槍を通じて祭壇からゴアドーを捕らえる力に介入できる――」
「それでは……実質、ザルでは無いか」
「もちろん、幾つものプロテクトが掛けられていますっ。その中には、女王の許可の有無や、わたしの力を判別する仕組みが組み込まれているはず――」
エメネアがそこで、軽く頭を振った。
「でも、あの光は、確かに封印が解除されていっている証……なんで……?」
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