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リアクション
第七章 戦う者、疑う者
■裏口通路
「……こっちも駄目だな」
龍壱は曲がり角、通路の奥を小さく覗き込みながら零した。
先程から、通路のあちこちにホブゴブリンや寺院の魔術師や黒騎士達が展開していた。
それでも極力戦闘を避けるために、龍壱は雪を連れて他の通路へと回り込んだ。
と、その先。
「――ッ」
前方に現れた一匹のホブゴブリン。
それが、こちらに気づく。
持っている武器は斧。
「ご主人様、後ろは、もう」
後ろで雪が短く言う。
さきほど、こちらに曲がり込む前に通っていた通路からは複数の足音が聞こえていた。
「仕方ない……突っ切るぞ」
龍壱は言うと同時に前方へ向かって駆け出していた。
雪が「はいっ」と己を追う気配を後ろに感じる。
ゴブリンが斧を振りかざす間に、踏み込んで、剣を抜き放ちざまに一閃する。
床を擦り上げるように、踏み込んだ足の逆足を前方に蹴り出す。
龍壱の足に蹴り圧されたゴブリンの斧の刃が、見当違いの床へと落ちる。
その間に返した刃で、とどめを刺す。
雪が己に追いつくのを確認し、血飛沫を上げて床に倒れいくホブゴブリンの横を駆け抜けた。
そうして、ホブゴブリン達に追われながら幾つかの通路を曲がり行く。
その内に、少しだけ広い大通路に出た。
そこでは、リリ、月奈、ルシアン、有栖、ミルフィらが寺院の黒騎士とホブゴブリン達を相手に戦闘を繰り広げていた。
駆けてきた背後にはホブゴブリン達の足音。
「これは……情報が漏れたのか?」
リリが眉を顰めながら火球をホブゴブリンへと叩き付ける向こうで。
月奈は迫る切っ先を読んで、体を滑らせた。
ホブゴブリンの突き出した剣が、月奈の残像を裂く。
それを気配で感じながら、
「ッフ」
呼気を置いて、もう一方から斬り掛かって来る斧を寸で、剣で受け流す。
が。
「――っ!」
その斧の刃を、身に少しばかり掠めてしまう。
痛みにわずかに片目を顰めつつ、床を足先で引っ掻いて無理やり体勢を作り出し。
高速。
一瞬の間で己に襲い掛かっていたゴブリン二体に斬り筋を描き出す。
そして、連中の血と己の肩口から散る血とを空中へ置きざりに、一つ跳んで後退。
「月奈――」
ルシアンの囁きと共に暖かな光が傷に触れる。
月奈は口早に礼を言って、こちらへと向かってくる手負いの二体へと切っ先を改めた。
月奈の横に、ルシアンの構えた扇型の光条兵器が舞う。
二人が同時に床を蹴る。
一拍の後、剣撃と殴打の音とが同時に響き、ホブゴブリン達を床に沈めていた。
そのまま、月奈がホブゴブリンを指揮している黒騎士の方へと駆けていく。
月奈に向けて槍を構えた黒騎士の横っ腹へ。
バーストダッシュで加速したミルフィが斬りかかっていく。
そうして出来た隙へと、月奈は踏み込んで、黒騎士へと斬撃を叩き込んだ。
次いで、死角へ入り込むように、身を側面方向へと逃がしていく。
が、間に合わずに黒騎士の槍に叩き飛ばされる。
空に投げ出されながら軋む体。
「くっ!」
なんとか倒れ込まないように床へと足をさばいて。
口の中に滲んだ血の味を舌で触れる。
有栖が短く悲鳴を上げる。
「だ、大丈夫ですかっ!」
「ええ――ありがとうございます」
有栖によって、己の体にホゥと癒しの力が灯されるのを感じながら、月奈は黒騎士の方を強く見遣った。
リリの放った雷撃が黒騎士に直撃し。
そこへ被せるようにミルフィが切っ先に迸らせた雷気を黒騎士へと叩き付ける。
ホブゴブリンを裂き散らして、黒騎士へと踏み込んでいく龍壱。
そして、月奈が再び床を蹴る。
■
「すごい――僕たちの行くとこ行くとこに出てくるね」
月守がなにやら呑気に感心しながら言う。
「何故でしょう……? さっきまでは、すんなり進めましたのに……」
クレアがへなりと眉端は下げながら零す。
彼女たちの視線の先。
和輝と疾風が、前方に溢れたホブゴブリン達へと斬り掛かって行く。
「なるべく――」
引っ込めた頭上を薙ぐ、斧。
和輝は低い体勢のまま、
「戦闘は回避したかったんですけどね……」
剣を一直線、ホブゴブリンの体へと跳ね上げた。
「まあ、そういうこともあるって!」
斬り上げられて、体の伸びたホブゴブリンを、疾風の剣が申し合わせたように斬り裂いて行く。
和輝は、その疾風の背に回るように地を蹴って、ホブゴブリンの剣を剣で受けた。
「ただ、どうも――腑に落ちないんですよね」
金属の打ち合わされ、擦れる音。
背後で疾風が、同じように相手の刃を受けた音。
二人同時にゴブリンの刃を跳ね上げる。
そして、振り上げた剣を互い体を入れ替えるように巡らせて、それぞれのゴブリンへと、二人で円を描くように振り下ろしていく。
■
クロードは駆けていた足を止め、そばの床に開いた亀裂へと身を滑り込ませた。
先ほどまで彼が駆けていた通路をホブゴブリン達の足音が通る。
そして、去っていく足音。
(急に連中の数が増えたな……少々まずいか――)
でこぼことした岩の感触に指を掛けて己を支えた格好で、わずか思案する。
と――。
通路奥で聞こえた銃撃音、そして、激しく交わされる爆発音。
その通路はそれなりの広さを持っていた。
両脇に連なるのは何本かに一本が朽ち崩れた石柱。
「ッ!」
真紀の銃撃の間を縫って。
黒騎士が槍先を床に擦り、火花を散らしながら接近してくる。
真紀の耳を擦った、黒騎士の槍先が貫く風切り音。
「させるかッ!!」
寸での所でサイモンのドラゴンアーツが黒騎士を圧し弾く。
「――ぐぅうう!?」
そして、真紀の銃撃が黒騎士の鎧の隙間を狙って叩き込まれた。
その一方で。
ウィルネストの放った火球が、寺院の魔術師の放った火球とぶつかり合って空中で砕け散る。
「チィッッ!」
火の粉がちりちりと消え去っていく向こうで、魔術師が冷ややかな視線で言う。
「無駄な足掻きだ、ゴアドーの復活は止められない。君達はここで己の無力と愚かさとを胸に、死ぬんだ」
ウィルネストが笑うようにハッと息を吐き捨てる。
「やっかましいですよ」
魔術を組み立てる。
相手も魔術を組み上げていく。
「どんなだろうと、なんだろうと――やる事はひとーつ!」
手に宿したのは、性懲りも無く火球。迷い憂いは無い。
それを振りかざして、
「即ち、全ッ部纏めて、フッ飛ばすッ!!!」
思い切りぶっ放す。
黒騎士の槍が真紀を刺し、吹き飛ばす。
「――つぅ!」
真紀は、黒騎士から距離を取るためにその勢いのままに床を転がった。
真紀を追おうとする黒騎士の足元へとサイモンの氷術が飛ぶ。
そして、真紀は熱く痛む腹を抑えたい衝動を堪えつつ、どうにか立ち上がって、銃を構え直した。
と、ふいに腹の痛みが和らぐ。
「――ヨヤ殿」
「どうする?」
ヨヤがヒールで真紀の傷を癒しながら、鋭く問い掛ける。
「退いた方が良さそうであります。この戦力差では、いずれ――」
真紀が黒騎士の方へと銃弾を叩き込みながら返す。
サイモンが黒騎士へと再び氷術を放ち。
「後ろの通路まで下がって、俺のアシッドミストで足止めだな」
「それで行きましょう。自分が掃射で隙を作ります」
「よし」
ヨヤは寺院の魔術師と未だ魔法合戦をしているウィルネストの方を見遣った。
「ウィルッ! ここは退くぞ!」
「冗談ッ!」
ウィルネストが聞く耳持たずで魔術を組み立て。
「あの、阿呆……」
ヨヤの眉尻が薄く吊り上げられる。
「こいつらは、俺がぶッ倒ーーす!」
と、ウィルネストが火術を放とうとした矢先。
魔術師の後ろの通路の奥から、クロードが駆け現れ。
「――あ」
魔術師を斬り捨てる。
そして、クロードは、倒れる魔術師の向こうから恨めしげに見てくるウィルネストの視線に気づいて。
「ふむ……もしかして、余計なお世話だった、か」
少しばかり申し訳無さそうに口端を曲げた。
■
ルミナは軽やかに地を蹴って。
足が再び床を捉えると同時にバーストダッシュを発動した。
通路の景色が急速に己の後ろへと過ぎ去る。
風切り速攻。
ゴブリン達の真っ只中へと突っ込んで、しなやかに身を翻す。
弧を描く切っ先を追ってホブゴブリンの血が空を伝う。
前方でルミナを狙う銃口。
「ルミナ!」
後方から聞こえたユウの声。
それを合図に、ルミナは思い切り体勢を低く取った。
刹那、一陣の轟風が頭上を行き去る。
バーストダッシュによってルミナの頭上を跳び抜けたユウが前方のホブゴブリンを蹴散らし。
そして、月夜のバニッシュが通路に閃いた。
光の力に圧し返されたホブゴブリン達の方へと、刀真が身を滑らせていく。
「お前が」
一閃。
その切っ先を目視出来たものは居なかった。
音が後を追う。
「音より速く動けないなら、この一撃を避けるのは無理だ」
刀真のソニックブレードが文字通りの一瞬でホブゴブリンを真っ二つにした。
どよめくホブゴブリン達の前で、月夜が光条兵器を構え。
刀真が剣を虚空に振るう。
二人の切っ先が差した先には、床に倒れたホブゴブリンの屍骸。
「次は――」
「どいつがこうなりたい?」
「貴様らぁ、何をひるんでいる!! 圧せ圧せぇ、数で押し潰せぇ!!」
ホブゴブリン達の後方で喚き散らす寺院の魔術師の声。
なおも様々な方向からホブゴブリン達が押し寄せる。
が、更にクルードと荒巻、晶が斬り込んでいき、正直、敵にならない。
その度に指揮を取っているらしい魔術師がいそいそ後退していっている。
「しかし、この数……どうもおかしいですね」
クロスが、後方の通路から襲って来ていたホブゴブリンを貫きながら目を細める。
「どういう事だ?」
垂がやや後方から鞭型の光条兵器を振るった。
それがクロスの体をすり抜けて、その奥のホブゴブリンを打ち払う。
「確かに、妙だな……」
後方で援護にあたる呼雪が零す。
「まるで、こちらの戦力を寺院が把握しているようだ……」
「そう。こちらへ送り込まれてくる数に寺院側の確信を感じる――あちらの情報が知りたいですね」
クロスが後方通路奥のT字路の角から、曲がり先の通路の様子を確認しながら言う。
「どうやって?」
ひょっこりと、ライゼがクロスを真似て通路の様子を確認する。
ひとまずは、こちらから攻められる事は無さそうだ。
クロスが前方へと視線を返す。
そちらではユウ達が、寺院の魔術師率いるホブゴブリン達と戦闘を続けていた。
「あの魔術師……生け捕りに出来ないでしょうか?」
「出来るよ」
言ったのはファル。
四人の視線がファルに集まる。
「さっきから、あの魔術師がわーわー喚いてるでしょ? その音が、こっちからも聞こえてくる」
ファルが指差したのは通路脇に開いた小通路だった。
「とゆーことは、こっちから回り込める、よね」
言って、ファルが悪戯げに片目を瞑った。
そして。
背後に回りこんだクロスらによって、魔術師はあっさりと捕らえられた。
残党のホブゴブリン達を散らしてから魔術師を脅しすかして――
クロス達は、どうやら生徒の誰かが寺院側に付き、こちらの情報を提供しているのだという事を知る。
「……なるほど」
クロスが頷く。
「なら、あちらに渡った情報を逆手に取りましょう。重要なのは、こちらへこれほどまでの戦力を割く事を寺院が想定していなかったという事です。現在、寺院は急遽、裏口方面、地下通路へ戦力を送り込んでいる。でも、あちらにだって数に限りがある。つまり、それは何処から分けられてきた戦力か――」
「正面通路、だな」
呼雪が言う。
「そうです。だから、逆に正面通路方面の道は手薄になっているはず。そちらを経由して中心に向かいましょう」
クロスが言って、神殿内の地図を広げた。
ふん縛られた魔術師の方を見遣って、ライゼが息を付き。
「星槍がなくちゃ、大怪獣を封印しておけないのに……その星槍を自分の物にしようだなんて――」
誰とも無く呟き漏らす。
「皆……学校長達も鏖殺寺院と同じってことなのかな……?」
と――。
ぽん、と頭に手が置かれる。
見上げれば、それは垂の手で。
「なら、俺たちで星槍を奪還し、エメネアに渡せば良いだけだ」
その言葉は、真っ直ぐに聞こえる。
「そうだろ? ライゼ」
言って少し笑んだ垂へと、ライゼは強く頷いた。
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