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桜井静香の冒険~探険~

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桜井静香の冒険~探険~

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 ハイヒールの不規則な音が廊下に反響している。時折石材の隙間に底を引っかけそうになりながら、暗闇を早足で歩いているのは、カクテルドレスを着た少年──、いやよくよく見れば女性だと分かる。
 彼女は蒼空学園の菅野 葉月(すがの・はづき)。彼女をちらちら振り向きつつ、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)がそこはまたいで、と呼びかけている。
「馴れない格好で入るのではなかったですね」
 ミーナの指示通りに隙間をまたぎつつ、葉月はぼやいた。普段は男装しているため、馴れない高さの靴とまとわりつくドレスの布地が鬱陶しい。
 彼女たちは、トイレに行くフリをして、ゆるスター賭博の会場から抜け出してきていた。が、いくら女性のお手洗いは長いと言っても、ずっと席を外していたら怪しまれてしまうだろう。
 暗闇の中進むと、前方に人の気配がした。
「遅かったでありますな」
 一人は人間。教導団の比島 真紀(ひしま・まき)。もう一人はドラゴニュートのサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)。葉月の待ち合わせ相手だった。
「賭場はどんな感じでありましたか」
「僕が出てきたときには、イカサマをしたとかしないとかで、生徒と経営側が揉めていたようです」
「ふむ、そちらは偶然だろう。ということは、このチャンスを利用しない手はない」
 そちらは、というのは、この遺跡探索がフェルナンとそのパートナーとおぼしき、遺跡から逃げてきた少女については何らかの意図を感じていたからだ。
 実は今四人のいる場所は、先ほど探険を申し出た生徒達とは別の場所。遺跡に続くと思われる扉の見張りを、真紀が気絶させ、奪った鍵で開けていた。目的は、囚われているという百合園生の救出だ。
「さっきちょっと調べてみたんだけど、すぐ救出して脱出、ってワケにはいかないみたいだよ」
 サイモンが通路の奥を指さす。壁に並んだ燭台には蝋燭が立てられ、ぼんやりと通路を照らし出している。
「見張りっぽい人がいたしね」
「なるべく戦いたくないところであります」
「他にも同じ目的の人がいないでしょうか……」
 葉月が辺りを見回すと、カツカツと今度は背後からの足音が聞こえてきた。四人の身構えた姿に、懐中電灯の明かりが照らされる。
「同じ目的というと、囚われた少女というものが本当にいれば、それを助けるということであろうな」
 まぶしい光の中、四人が目をこらすと、現れたのは三人の男性の影だった。懐中電灯の持ち主は薔薇の学舎の青年藍澤 黎(あいざわ・れい)。彼のパートナーである天使と小悪魔も一緒だ。白髪の天使は左肩にはロープを担ぎ、金髪の小悪魔はメイド服を着ているという、奇妙な三人組だった。
「ホンマに居るとするやろ、ほしたら、体調とか怪我とか心配やな」
「とか言いながら、フィルラにーちゃん、ちょっと楽しそうだったよね」
 真紀が気絶させた見張りは、天使のフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)がロープで縛って猿ぐつわを噛ませ、入ってすぐの床に転がしてある。小悪魔のエディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)の方は、絨毯についた跡を“ハウスキーパー”でお掃除済みだ。
「しゃーないやろ、こうでもせんと余計なもめ事を増やすだけや。ささ、行った行った」
 黎が“禁猟区”で危険をなるべく関知し、フィルラントはその後ろでマッピングをしながら、七人は通路を進んでいった。
 これだけの人数がいれば大抵のことには対処できる。
 通路を抜け、おそらく休憩室に使っているのだろう部屋を抜け(途中で見張りを縛って転がし)ると、再び通路に出る。その右手の壁が新しいのに気付き、明かりを照らすと、これも新しい扉がくっついていた。のぞき窓の部分には鉄格子がはまっている。どこからどう見ても立派な牢屋だった。今の家主が、後から牢屋として改築したのだろう。
 通路の奥には、こちらは元からある扉がくっついているが、その上からタペストリがかかっていた。
 どちらに行こうか、迷う一行に、牢の扉をコンコン叩く音と、声が聞こえてきた。
「──ちょっと、もうお茶の時間はとっくに過ぎていてよ」
 若い女性の声だ。
「下がっていてください」
 葉月はランスを構えると、扉に突進した。激しい金属音がして、ナイトの“ランスバレスト”が、鍵を引きちぎる。軋んだ扉を開き、
「失礼ですが、君は百合園の──」
「やっと来てくれたの? どれだけ待たせれば気が済むのかしら」
 牢屋の中には数人の少女がおり、隅で頭を抱えている。
 その中の一人、仮面とドレスで仮装した女性は、何事もなかったように歩み寄ってきた。彼女は一行を眺めると、
「──あらあら、これは失礼しました。弟かと思ったものですから」
 彼女は口元を扇で覆って、失敗したという表情をしてから、仮面をはぎ取ると、床に投げ捨てた。金髪碧眼の美人だが、少しなわがままそうな印象を受ける。扇を畳み、両手でひらひらのスカートの両裾をつまみ上げ、優雅に一礼する。
「お初にお目にかかりますわね。確かに私は百合園女学院の短大生ですわ。この方達は……色々ですわね。高校生もいますし」
 彼女は背後でまだ怯えている少女達を振り返る。フィルラントが少女達に駆け寄って怪我がないか聞いているのを確認しながら、黎は、
「では貴殿が賭博で罠にかけられたというのも本当か」
「本当ですわ」
 黎は彼女の言葉に憮然とした表情で、
「バカンスを楽しむのも大事だが、自分の分を弁えるべきだ。自らでお金を稼いでいない身分で、賭け事なんてもってのほかだ」
 苦言に、目の前の彼女以外の少女達がうなだれる。苦労知らずのお嬢様には高い勉強代になっただろう。
「まったく、賭け事やなんて、人生で3回あったら充分なんやぞ」
 フィルラは少女のすりむいた膝にガーゼを当てながら小言を言っている。
「生まれる場所と、結婚する相手と、死ぬ原因や」
「フィルラ、ここは頼んだぞ。エディラ、来い」
 隣のタペストリがかかっている部屋には、きっと証文なりがあるはずだ。上手くすれば黒幕が分かるかもしれない──そう思った時。
 轟音が遠くから響いてきた。
「何が起こってるんだ……? ゆっくりしている場合ではないか。資料は持てるだけ持って行こう」
「掃除してる時間あるかなぁ」
「……船への避難はこちらで行うであります。サイモン、急ぐであります」
「うん!」
 こうして少女達と資料を抱えた一行は、地上への出口を目指して走り始めた。