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桜井静香の冒険~探険~

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桜井静香の冒険~探険~

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 桜井静香を追いかけた者は他にもいる。
 彼女を探しているうちに、道行きで一緒になった面々だ。
 呼びかけたのは昨日オークションで値上げ合戦に打ち勝ち、彼女の手作りゆるスター着ぐるみを落札した葛葉 翔(くずのは・しょう)、同行するのは11名。中には生徒会執行部『白百合団』に所属するロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)、彼女たちのパートナーもいる。
「校長ー! 静香様ー! どこですかー!!」
 ロザリンドはいつも身につけている武具も付けずに、必死で木立の奥に呼びかけている。人の倒れた形跡のある茂みを発見し、ますます焦って先に進もうとする。
「ロザリーったら落ち着いてよ。せっかく足下が揺れないんだからさ」
 暴走する彼女を、やっと船酔いから解放されたテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が諫めようとするが、聞いてなどいない。細身の身体に騎士としての誇りを詰め込んだ彼女にとって、今一番に護りたい人を護れなければ意味はない、と思い詰めていた。
 幸い一行は、宇都宮祥子の付けた目印を辿って、程なくして静香の姿を見付けることができた。
「……あ、校長……!」
 光条兵器で張り出す枝を薙ぎ払いながら、ロザリンドは突進し、いつもと違うキュロットスカート姿の静香に駆け寄って、詰め寄った。テレサは、猪突猛進ってやつねと肩をすくめる。
 ロザリンドは半泣きで、静香の両肩を掴みながら顔を寄せる。
「私達がお手伝いするのは迷惑でしょうかっ」
 どうどう、と馬をなだめるようにテレサがロザリンドを引き戻すと、かわりにプレナが手に持ったメイドの証・仕込み竹箒をくるくると振り回した。いつものお掃除の相棒・モップは森では使えないので、箒なのは少しだけ残念だが。
「校長が森の中に入っていったって聞いて、プレナ、お掃除に来ました!」
 この箒でヘビとか虫とかを追い払っちゃいます! と元気がいい。プレナは割と平気だが、確かに静香は昆虫が苦手だった。
 プレナの妹分のようなマグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)も、プレナに賛同して、
「光条兵器で追っ払っちゃいます」
 二人の肩の上のゆるスターも一緒に頷く。
 無論、危険といってもヘビや虫だけではないだろうが……何かあったら守るのは一緒だ。
「そもそも、一人で行こうとするなんて、何か理由があるのか?」
 翔が訊ね、静香はもう一度、全員に事情を説明した。
「それなら一緒に行きたい。集団で行動すれば安全だ」
「うん、ありがとう」
 翔は、ああと返事をして、集団の前衛を位置取った。彼は静香のファンである。危険をさりげなく引き受けるのは、彼にとってごく自然な行動だった。
「しかし何故、誰にも言わずに一人で行こうとしたんだ?」
 翔と同じく、蒼空学園生のアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)が質問する。パートナーのテオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)も、注意深く静香の顔を伺った……一人で行動したい時があるのは、誰にでもあることだが、どこか思い詰めたような感じを受ける。
 静香が黙ったのを受け、言いたくないなら無理に言わなくてもいい、とアルフレートは続ける。
「一人で抱え込んで何かしようとしても、誰にとっても良い結果にはならないぞ」
 テオディスは無言でアルフレートの後ろに続き、時折出くわしてしまう獣を火術で威嚇して追い払いつつ、一行は進んでいった。
 これだけ大勢の人間が集まると、気配を感じた獣もそうそう現れないようだった。

「校長は、どうやってラズィーヤさんと契約されたんですか?」
 静香と一緒にいることで落ち着いたようだ。ロザリンドは息切れしていた呼吸を整えた後で、そう質問する。
「私はテレサと家でミートパイを食べようと誘ったのがきっかけなんですよ」
「うーん、私からしたら、寝ぼけたみたいにふらふらしてたら、目の前にロザリーがいて、んー、ミートパイ、美味しそうだったから。ロザリーは妹みたいなもんやわ」
 同じ剣の花嫁でも、人それぞれなんだねぇ、とマグは興味津々だ。マグの容姿はプレナの幼少時代にそっくりだが、テレサは違う。ロザリンドにとってテレサはお友達だし、プレナとマグは姉妹そのものに近い。
「僕はね……」
 それは2015年。今から四年前のことだ。
 ラズィーヤ・ヴァイシャリーは、パラミタから新幹線で来日した。そして、百合園女学院を見学している時に偶然出会い“見初められた”のだ。
 偶然というのは、単に生徒と見学者という関係だからではない。当時静香は百合園生ではなかった。静香も偶然そこに居合わせたことをも指す。
「何でラズィーヤさんが僕を選んだのか、今でも不思議に思うことがあるんだけどね。何でも一人でできちゃうしっかり者だから、頼れるパートナーが欲しいって感じでもないし……息抜きが欲しかったのかもしれないなぁ」
 静香は普段から彼女に可愛がられている──ただしペットのように、という注意書きが必要だが──が、逆にラズィーヤがそれほど可愛がっているのは静香しかいない。であれば、どんな意味であれ、特別な存在であることは確かなのだろう。
 確かに、アンバランスな契約に見えなくもない。
 それは、だが、どんなパートナー関係にもあり得ることだ。
 翔は、パートナーとの出会いに運命を感じた。
 プレナも、運命の人だと感じ、マグは存在理由を求めていた。
 アルフレートは面白そうだと契約し、その彼女のことをテオディスは、封印を解いてくれた恩人と思っている。
 地球人も人それぞれの立場や性格によって理由は変わるだろうし、パラミタの住人に至っては一人一人、生まれた理由も、寿命も、これまでの人生も全く異なる。契約に至ったのを、単なる偶然と呼ぶか奇跡と呼ぶかも、人それぞれだろう。
 そして、それでも地球人とシャンバラ人という括りがあることを、シャンバラに住む種族の括りがあることを、意識するかどうかも、それを選択に、未来に反映させていくかどうかも。
「今はそれよりも、早く追いかけなくっちゃね」
「普段から校長がしっかりなさっていないからこういうことになるのですわ」
「そんなにしっかりしてないように見えるかな」
 ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)が静香の隣を陣取って、腕を絡める。先ほどからダリルに何度か間に入られているのだが、ほとぼりが冷めるごとにくりかえしており、きりがない。護衛と称してはいるが、ラズィーヤと同じように、端からはからかっているようにしか見えない。
 というより、それがジュリエットの狙いだった。本当の護衛の方は真面目な“妹”ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)と、やる気はないが同道しているアンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)が務めている。
「校長先生はそうおっしゃいますけれど、仮に一人で向かって、危険な目に遭ってしまったら、どうするおつもりですの?」
「それは〜」
 ジュリエットから真意を何も知らされていないジュスティーヌは“姉”の行動に腹を立てつつ、
「お姉さまも悪気があってお諌めしているのではありませんわ……ただ、お姉さまにはちょっと言葉を選んで頂いた方が宜しいですわね」
 ジュリエットはジュスティーヌの言葉をきっぱり無視して、
「まあ、怒った顔も可愛らしいですわ、さあ涙を拭いて探索を続けましょう」
「泣いてなんかないよ」
 静香はほっぺたを膨らませる。泣き虫なのは自覚があるが、生徒達からこんな風に見られているというのは少なからずショックだ。
「手伝ってもらってて、しっかりしてるとは言えないしぃ」
 アンドレは落ちているパンくずを広いながら、ジュリエットに同意する。正直なところ、アンドレは手伝ってるんだから、取り戻したお金を分けてくれてもいいんじゃないかと思っている。他人から見えないようにパンくずの土埃を息で吹き払い、口に放り込む。
「……時間が経ってるにしては上等だな」
 ジュリエットはその後もずっと、校長を持ち上げたり、ちょっかいを出したり、弄んだ。目的は、楽しむため。それに、監視しているだろうラズィーヤをおびき出すためだ。
 彼女は仮面の貴婦人がラズィーヤであると推理していた。
 ぶたさん貯金箱を盗むには、内部事情を知っていて、鍵や合い鍵を盗むことができることが必要だ。しかも財布には手を付けていない。これみよがしに目撃されているのも、愉快犯の臭いがする。であればラズィーヤが密かに旅行客に混じって静香で遊んでいるのではないかと思ったのだ。
 これが正しいとすれば、おびき出す最善の方法は静香を弄ぶこと──ラズィーヤは、自分の者である静香がいいようにされていては、いつか我慢できなくなるだろう。
 尤も、これは自分たちがラズィーヤに見られているというのが前提になるわけで、目の前に続くパンくずの道は、まだ途切れることなくつづいていた。