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桜井静香の冒険~探険~

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桜井静香の冒険~探険~

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第4章 賭博場の一幕


 この島に遺跡があるかも知れない──ヴァイシャリーの青年・フェルナンの誘いに乗って、見事に森の中の遺跡を見つけ出したバカンス中の生徒達だったが。
 遺跡の中から出てきたのは、いかにも仮装をしているといった出で立ちの日本人の少女であり、中は社交場として利用されているという。しかも、賭博が行われ、少女の友人が借金を作って囚われの身とのこと。
 遺跡探検の準備をしてきたものの、フェルナンは予定を変更し、客として中に入って救出を手伝いたいと言い出した。
「解りました、私も客として入り、微力ながらお手伝いしましょう。……皆さんは、どうされますか? 衣装くらいでしたらお貸しできますが……」
 この時点で遺跡の前にいる生徒の数は五十人あまりの大所帯。当然意見はバラバラになり、思い思いの行動が繰り広げられるのだった。


「フェルナンさん、カジノで働けそうな衣装とかありませんか?」
 首をひねっていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が、思いついたように声をかけた。
「どうしてですか?」
「色々考えたんですけど、やっぱり堅実に働いて借金を返すのがいいと思ったんですよね。それに、働いているうちに女の子と会って、様子を知れるかもですし、ズルとか見付けたら、何とかしてもらいたいし……」
「それらしい服装でしたら用意できるかもしれませんが、急に行って働くのは難しいと思いますよ」
 がーん、という擬音がしそうな様子で歩は凍り付いて、それからしゅんと俯いた。
「いい案だと思ったんだけどなぁ。そうだ、これが終わったら帰るだけなんですよね?」
「ええ、無事に解決すればですが。今日は島で一泊して、明日の昼にはヴァイシャリーです」
「あと昨日言ってたお話でピーンと来たんですけど、扇で口元を隠す人って、知ってる限りで一人いるんですよね!」
 他の面々が多かれ少なかれフェルナンを疑っている中、歩はすっかり彼への好感度を上げて、むしろ別のことを考えていた。フェルナンの“本命”は静香校長じゃなくてラズィーヤさんかも?きゃー、という具合である。
「ご想像にお任せしましょう」
 フェルナンは曖昧に答える。
「私はフェルナンさんとご一緒に、賭けに参加させていただきますわ。衣装を貸していただけますわよね」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は鋭い視線を投げかけつつ、そう言う。
 遺跡に賭場。スリリングなシチュエーションに心を躍らせながらも、彼女はフェルナンに疑いを抱いている。
「何故こんなに用意がいいのかは分かりませんけど……」
「船上でパーティを催すこともできますし、お嬢様がたの避暑の旅ですから。ハプニングがないとも言えませんし、突然ドレスが必要になる方もいらっしゃいますので」
「確かにそうですわね。でも、もう遺跡調査は必要なさそうですわね。こんな風に使われてるんですもの。それにしても」
 ちらりと横で、遺跡の端に腰をかけて休んでいる、遺跡から逃げてきた少女を見やって、
「学生がこんなところに二人で避暑に来るなんて……不自然ではありませんこと?」
 そもそも調査されていない島、遺跡ではなかったのか?
 ──ぶっちゃけグルではないか?
 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は、少女がいきなり自分の不名誉な話をし始めて、フェルナンが協力しようとしていることにも怪しんでいた。賭場に参加者を引きつけておいて悪いことをしようとしているか、賭場とグルか。
 そう思っているのは彼女だけではない。
 橘 柚子(たちばな・ゆず)木花 開耶(このはな・さくや)の二人に至っては、フェルナンはもしかしたら、中で行われているとのスポンサーではないかと考えていた。
「私は衣装は結構どす。このまま入らせてもらいます」
「それでは、希望者の方には衣装をお配りしますので、一旦船に戻ります」
 着替え希望者と一旦船に引き返し戻ってくる。
 そしてフェルナンは、遺跡の地下へと続く階段を降りていった。

 扉を開くと、そこは遺跡の中とは思えないような作りをしていた。
 壁も天井も床も古代の遺跡に違いない古い石造りだが、元々施されている装飾に加えて、きらびやかな蝋燭を使用したシャンデリア、タペストリ、絨毯、それに高級そうな調度品はヴァイシャリーの貴族の屋敷として現役でもおかしくないと思わせるのだった。地下故に薄暗い中で、金糸や銀糸、貴金属や宝石のきらめきがまばゆかった。
 ここはダンススペースとなっており、何人もの、仮面と派手な衣装を身につけた男女が音楽に合わせて踊っている。壁に開いた幾つかのアーチの奥からは、ソファの並んだ喫煙スペースやバー、或いは賭け事をする卓が覗いている。
 貴族らしい服と派手な仮面姿に着替えたフェルナンと時間を置いて、逃げてきた少女も再び入ってくる。
 フェルナンは馴れたように進み出ると、壁際で座っているご婦人に手を差し伸べて、ダンスを踊り始めた。しばらくして壁際に戻ってくるところに、柚子は、彼に話しかけた。開耶は、二人に飲み物を取ってきて渡す。
 二人は巫女服と和服ということで、会場ではひどく目立っている──普段着だが、ある意味ここでは仮装に見えなくもない。
「お上手に踊らはれますなぁ」
 柚子はのんびりとした口調でたわいもない雑談を持ちかけながら、冷静にフェルナンを観察する。観察と言うより、監視と言った方がいいだろう。しっぽを出さないか、何かあったときに対処できないか考えてのことだった。
 リナリエッタの方は、パートナーの南西風 こち(やまじ・こち)がどこかに行ってしまったのを探していたが、こちがただ彼女なりの観光をしているのが分かると、逃げてきた少女の方に戻ってきた。
 賭場という単語も知らないこちは、ゆるスター賭博のところへ行って、かわいいゆるスターを夢中で見ていた。お金を欲しがっていたので渡してあげたが、それでちょっとくらい賭け事をしたからって問題ないだろう。こち自身はゆるスターを買えると思っているらしかったので、後で泣いてしまわないか少し心配ではあるのだが。
「そういえばさぁ、あなたって百合女生だよね?最近何してる?」
 バーの壁際で、リナリエッタは話を振った。ソファに沈めた赤いドレスから、白い脚が太ももまであらわに覗いている。同じく赤い派手な仮面を付け、こちらはすっかり場にとけ込んでいた。ちょっとセクシーすぎるような気もするが、これも胴元を捜して色仕掛けで籠絡するためだ。……胴元らしい人物がぱっと見、見当たらなかったので無駄になってしまったが。
「最近は、夏休みでしたので、その間部活動などしていますね」
 本当に百合園の学生かどうか、カマをかけてみる作戦だったが、話をする中で不自然なところはなかった。むしろ実際に通っていなければ知らないような話題にもついてきている。
 適度に相づちをうちながら、会話を聞いていたルクレチア・アンジェリコ(るくれちあ・あんじぇりこ)は、イルミンスール所属のため、百合園の詳しいところまでは分からなかったが、
「そういえば、お名前をお伺いしても宜しいですか?」
「私は……村上と申します」
「シャントルイユ様がいらっしゃいますから、村上様、安心してくださいね」
「ええ」
 返事をしてから、少女はしまった、という表情になる。すぐに苦い顔で、
「うかつだったわね……どうしてその名前を?」
「私が調査しました」
 ルクレチアの横に控えるカサエル・ウェルギリウス(かさえる・うぇるぎりうす)の手には携帯電話がある。先ほどから真面目な顔をして調べていたのは、フェルナンとそのパートナーの素性だった。ルクレチアが呼んだのは、色々検索をかけた結果のことだ。
 フェルナンについては、ヴァイシャリー出身ということで、シャントルイユ家という商家がヒットした。
 今は村上という名前で検索している。名字だけでは分からないが、フェルナンのいう、百合園女学院に通うというパートナーだとしたら、見付けることもできるかも知れない。果たして、音楽関連の発表会の中に、村上という百合園生の名前があった。
「それでは、お二人は村上 琴理(むらかみ・ことり)様、それにフェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)様ですわね」
「どうして知り合いだと思ったのですか?」
「疑問を持ったのは、ここに着いたとき、フェルナン様が時計を確認されていて、あなたが丁度出てこられたからです。まるで打ち合わせていたようですよね?」
 少女、村上琴理は深い息を吐くと、うつむきがちだった視線を上げた。セミロングの髪の間からのぞくのは、涙に濡れた瞳ではなかった。どころか、目も赤くない。泣いた形跡もない。
「何か目的があってそうされたのですよね?」
 例えば静香様に対するサプライズとかでしたらお手伝いさせてください、とルクレチアは続ける。カサエルは主人の人の良さに少々不安を抱きながら、見守っている。
 琴理はポケットから目薬を取り出して確認させると、声を落とした。
「涙は嘘です。友人が囚われているというのも、嘘です。……でも、それ以外は本当です」
「フェルナン様とはパートナーでいらっしゃるというのも?」
「ええ。おかげで色々苦労させられています。お互い様ですけどね」
 琴理は苦笑して、サマー・ディライトのグラスを傾けた。ライムジュースのノンアルコール・カクテルだ。
「どうしてこんなことを、嘘をついてまで?」
 リナリエッタに問われて、琴理の唇は、少し笑ったように見えた。
「それは、あなたがたに解決してもらうこと“自体”が、彼の目的の一つだからです」