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リアクション
第3章 白い百合と黒い百合
桜井静香ご一行は、増えていた。その殆どは静香の知った顔で、百合園生だ。
他学校の校長のように、しっかりしていたり天才的魔法使いだったりしないからだろうか。どうやら危なっかしいと思われているようだ。多分泣き虫のせいだなぁ、と静香は反省しつつ、感謝していた。
パンくずを探しながら下を見、或いは周囲を警戒する集団を、背後からこっそり尾行しながら、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が和泉 真奈(いずみ・まな)に愚痴る。
「一人でどこかに行ったって聞いて、びっくりしたわ」
「一人じゃなかったようですわね」
あの人は一人にしたら何をしでかすか……ともかく見守ってあげないと、とお姉さんぶって(実際静香よりお姉さんなのだが)追いかけたミルディアに、やれやれと真奈は肩をすくめた。真奈にしてみれば、ミルディアもいきなり飛び出したわけで、彼女を捕まえるので一苦労だったのだ。勝手に行動するところは同じだといったところだろう。
「今回はゆっくりできると思ったのですが、やはりこの二人が相手では無理でしたね」
「二人ってなによー」
「勿論、校長先生とミリのことですわよ。ほら、私ではなく周囲をちゃんと警戒してください」
「分かってるよー」
いくら危険はないと言われていても、無人島。野生生物くらいは住んでいそうだ。何かあったら後ろから援護するつもりでいる。
草原のパンくずは規則正しくまかれ、やがて林の中に入っていった。
「バカンスとはいえ何があるか分からないわね。セリエ、ここにいてくれる?」
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が振り向くと、セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)はこくんと頷いた。
貴婦人の意図が分からない以上、誘うだけ誘って、引き返してくるかも知れない。
「はい、お姉様。ここでお留守番しています。怪しい人が出てきたら、すぐに電話でお知らせします。……桜井校長、白いドレスの貴婦人でいいのですよね」
静香は頷き、容姿を伝える。焦げ茶の縦ロールで身長はこのくらいで、等々。
一人で留守番なんて悪いよ、という静香だが、
「いいえ、護衛を申し出た以上、できることはさせていただきます。それが堅苦しいとお感じなら、付き添いとでも思ってください」
祥子は獣や湖賊の懸念については触れず、できるだけ自然に微笑んで、木立の中へ促した。
彼女は迷わないよう、樹木に矢印の傷を付けていく。突然の襲撃に備えて“女王の加護”も忘れない。襲撃に、できれば夜這いも警戒しなければ。
祥子の新しいパートナーである湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)──著名な円卓の騎士の英霊である──は、獣や、陸に上がってきているかもしれない湖賊の警戒を引き受ける。静香はなんだかんだ、パラミタ有数の重要人物と言っていい。休暇中に何かあっては一大事だと思うのだ。
「ごめんね、みんなにこんなにお世話かけて」
「袖すり合うも多生の縁、です」
祥子はそれにもっと静香と仲良くなりたいし……と言いかけた言葉は飲み込んで、軍人らしいきっぱりした口調で答える。
ふと、護衛の一人、アリス・ハーバート(ありす・はーばーと)が、ぽつりと呟く。
「あの仮面の貴婦人、ラズィーヤ様にどことなく似ているような気がするの……」
百合園生なら、新入生歓迎会のみならず、彼女のことは一度や二度は直接目にするだろう。桜井静香のパートナー、いや、ラズィーヤのパートナーが、桜井静香だと言った方がいいかもしれない。シャンバラ的にも百合園女学院的にも重要な、女王の血統に最も近いと言われるヴァイシャリー家の一人娘、ラズィーヤ。
例の仮面の貴婦人を船で見かけた者達の中には、既視感を覚えたり、ラズィーヤではないかと感じている者も何人もいる。
「今回の船旅は、ラズィーヤさんには内緒で来たんだ……。僕は直接見てないんだけど、でも、知っててもおかしくないかも……何でもお見通しって感じだもんね……」
静香は俯く。もしラズィーヤだったら、自分はどんな顔をして会えばいいのだろう。
「あらあら、お疲れでしたら、少しお休みになられてはいかが?」
紙製ドレスを木立に引っかけないように気をつけながら歩いていたロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が、ここぞとばかり静香の肩を抱く。
昨日の嫌な思い出──ロザリィヌに剥がされかかった──を思い出した静香は、その腕から逃れようとしたが、好機を伺っていた彼女はがっちり捕らえて離さない。
「朝から大変だったでしょう。これだけの人数がいるんですもの、少し休まれたところで問題はありませんわよ」
自然に歩みを遅らせ、一瞬の全員の視界から外れたことを確認し。
ロザリィヌは静香の小柄な身体を、自分ごと手近な茂みに押し込んだ。静香の視界が上下反転し、目の前にぶらさがった金の縦ロールに挟まれて、ロザリィヌの意地悪そうな目が笑っている。
「な、何を……」
「昨日の続きですわ。一回失敗したくらいで引き下がるわたくしではなくってよ?」
「ぼ、僕は仮にも校長だよ」
「あーら、それに相応しい行為をなさっているとは思えませんけれど?」
彼女はにやりと笑うと、疑問を突きつけた。
チャリティ・オークションが寄付金のためだとは言うが、寄付先の女学院も都市も、どちらもお金に困るような環境ではない。
「ロザリィヌさんが財政状況を知っているとは思えないけど……」
「常識で考えてわかりますわよ。ほら、声も震えていらっしゃいますわよ。何故そんな嘘をついたのか。校長ともあろうものが、自分の利益のために嘘をついたなんて皆様が知ったら……」
ごくり、と静香の喉が鳴る。
「……で、僕をどうしたいの」
「……まぁ、わたくしは心が広いですから……黙っていてもよろしいですけれど」
手つきがいやらしく動く。嫌な汗が、静香の背中を伝った。
「そ・の・か・わ・り……おほほ♪」
「ひいっ!」
今度こそ正体を暴いてやる、と意気込むロザリィヌ。目をつぶって身体を抱きしめる静香。
そこに──バイクの排気音が響いてきた。
ヴァイシャリーでは聞き慣れない音に、二人がふと顔を上げてそちらに視線を送ると、木立の中を徐行しながら進む軍用バイクの姿があった。乗り手は、教導団のルカルカ・ルー(るかるか・るー)とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)。ルカルカの方は、昨日、ロザリィヌがドレスを着付けた相手だ。
「静香さんは丸腰だ。守らないとっ」
妹みたいに静香を思って意気込むルカルカの気勢に、丸腰どころか丸裸の危機の静香は叫んで手を振った。
「おーいっ」
「あっ、いいところでしたのに!」
バイクが止まる。
降りてきたルカルカは、茂みの中でもつれ合う二人を見下ろして、
「こんにちはお姉様。丁度良かった、私も静香さんに着替えて貰おうと思って来たんですよ」
屈託無く笑うと、バッグから服を取り出して、静香に渡し始める。
「ドレスじゃ大変でしょう。女の子は、足とか肌大切にしなきゃ」
ルカルカが手渡した服は、キュロットスカートにハイソックス、替えの靴に長袖の上着。
「大丈夫ですよ、スカートの下からはけば見えませんから」
「もう、ルカルカったら余計なことを……」
計画が邪魔されたロザリィヌはふくれっ面をする。ルカルカだけならだませるかも知れないが、側にはあいにくダリルがいる。
彼は着替えに配慮して後ろを向きながらも、ルカルカが着替えを渡している間、さりげなくロザリィヌを静香から引きはがしていた。
「ありがとう、ルカルカさん」
「私は私は軍人、民間人を守る使命を持つ者。静香さんが学校や生徒を守るのと同じ気持ちよ。……で、どうして船を飛び降りたの?」
しかじかと事情を説明する静香に、ダリルはふむと腕を組むと、彼女に確認を取った。
「金を取った奴は態々(わざわざ)静香を誘っている節がある。恐らくそいつの計略に乗ることになるがいいか?」
静香は押し黙ってから、決意を込めて、ダリルの顔を見返した。
「……うん。大事なお金なんだ。罠でもいい」
「ま、計略に乗らんと金も返らんからな」
「ねぇねぇ静香さん、ますます静香さんのこと好きになっちゃった。お友達になってくれると嬉しいなっ」
シリアスな空気を破るように、ルカルカが静香の腕にからみつく。
静香は、曖昧に笑っただけだった。
ロザリィヌに言われたことは、事実だ。自分はみんなに嘘をついている──それは、しかもお金のことばかりではない。
こんな後ろめたい状況のままで、誰かと友達になんてなれるのだろうか……。
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