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リアクション
プロローグ 白い世界へようこそ
「う……ぅわぁあああああああああ」
百合園女学院、正門前。登校してきた乙女たちの口から歓声が上がる。
いつもは花と緑に囲まれている、色彩豊かな百合園女学院。
暖かい日差しに照らされたその学院は、白一色に染め上げられ、キラキラと光りを反射して輝いていた。
「きゃんっ」
崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)がさっそく、その小さなおててで白く冷たく光る雪を丸めると、崩城 理紗(くずしろ・りさ)に投げた。ぽふっ。
理沙のスカートに白い跡を残して、雪玉は砕け、結晶へと戻った。
「ぁーっ!こらっ!やったなぁあああ!!」
さっそく応戦しようとしゃがんで雪玉作りに励もうとする理沙の頭をなでなでしながら、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、白い学院を見つめる。
「さすが、ラズィーヤ様はやることがハデですわね。さ、それは後にしてひとまずパーティーのご挨拶に参りますわよ」
二人を宥めながら、校門をくぐると、そこにはいつもとはまた違った美しさの百合園女学院の中庭が広がっていた。
* * * * * * * * * *
「まったくもうっ。静香様ったら、ほわいと・でい☆というものの存在をもっと早く教えてくださったらよかったですのに」
ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は、愚痴とも取れる口調でぶつぶつとこぼしながら、何やらいろいろなカタログを手に校長室を出たり入ったり、バタバタと落ち着かない。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ!ただ、バレンタインにもらったみんなの気持ちにお返しをする日なだけなんだから」
百合園女学院校長桜井 静香(さくらい・しずか)は、パーティーの準備に張り切るラズィーヤの姿を微笑ましいと思いつつ、目を細めた。
「でも、せっかくのパーティーですのよ。ハデで楽しいものにしたいですわ」
ラズィーヤのパーティー好きは、回を重ねるごとに趣向を凝らすようになっていくようだ。お嬢様育ちのラズィーヤならば、そろそろパーティーなんてうんざりですわ、と言っていてもおかしくないと思うのだが、そうでもないらしい。
とんとん。
控えめに校長室のドアをノックする音がしたかと思うと、ぴょこんと赤い髪の少女が顔を出した。
「静香様っ!失礼しまーす!パーティーの準備、お手伝いに来ましたよ!」
「ミルディアさん。こんにちは!手伝ってくれるの?」
「はいです!」
「あはは。見るに見かねて、かな?」
静香が一人でバタバタしているラズィーヤの姿をちろん、と横目で見ると、秘密を共有するようにミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)も小さな声で「ですねー」と、言って、にんまりと笑った。
「パーティーは準備から楽しんだほうがお得ですから!なんでもどーんとこいですよっ」
ミルディアが胸を叩いて、お任せ、のポーズをしていると、同じように、こつこつと硬いノックの音が部屋に響いた。
「はぁい。どぉぞ〜!」
静香が扉に向かって応えると、銀髪の凛とした少女が丁寧に一礼して入ってきた。
「あら、エレンさん。ごきげんよう」
校長室の続き部屋から妖しげな書物を抱えて出てきたラズィーヤが、神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)に声をかけた。
「ごきげんよう、ラズィーヤ様。パーティーをなさるということで、私にもお手伝い出来ることがあればと思って来たのですが」
エレンは、明らかに間違った方向へパーティーを進めようとしているように見える、ラズィーヤの手に抱えられているものを見ながら、にっこりとほほ笑んだ。
「エレンさんも手伝ってくれるの!じゃあ、張り切ってがんばっちゃお☆」
ミルディアがソファから振り返って声をかけると、エレンはミルディアの頭をぽんぽんした。
「やることがたくさんありすぎて、大変ですわよっ!時間がありませんわー!」
と、なぜか古い文献を繰りながら、ラズィーヤが慌てて言った。
「静香様とラズィーヤ様からのお返しには、やっぱりみなさん期待していますから、少し趣向を凝らしたものにいたしましょう」
エレンがそう言うと、ミルディアがうんうん、と力強く頷いた。
パーティーも好きだけれど、やっぱり静香様からのお返しが目当ての女の子はいっぱいいる。少しでもみんなが喜んでくれるものを考えたいと思った。
「地球の文献の中から、こんなものを見つけましたのよ。これに“当たり”を入れてみなさんにお配りしようと考えているのですわ」
ラズィーヤはそう言うと、文献の一節を指差した。
「うん!それはいい考えかもしれないね。でも、当たりって、何にするのかな?」
「うふふ。それはもちろんバッチリ準備済ですわ。みなさんに絶対喜んでいただける自信がありますの♪」
ラズィーヤはちょいちょい、とみんなを続き部屋の方へ手招きした。
そこには豪奢な台座の上にレースの縁取りがされた布がかけられたモノがあった。
「なに?これ……」
ミルディアが手を伸ばしかけると、ラズィーヤは「みんなにはまだ秘密ですわよ♪」と、布をさっと取って見せた。
「うぁっ!!こんなのいつの間に作ったの?」
静香は少々、困り顔。エレンは「ステキですわ」と、ラズィーヤの趣向に笑顔を見せた。
「他にもやることは、たくさんありましてよ」
ラズィーヤはパーティーとなると本当に楽しそうだ。静香はそんなラズィーヤの姿をにこにこと見つめていた。
「ミルディアさんは、じゃあ、この手配頼めるかな?わからないことは寮長に相談すれば大丈夫だと思うから」
静香はラズィーヤがやりたいと言うことには、基本的には口を挟まない。
過度なことなら止めるけれど、ま、このくらいなら問題ないよね。
「こんなにたくさん、毛布あるですかねー?」
ミルディアは少し不思議顔。ほわいと・でい☆と毛布、この関連性のなさ。
「大丈夫大丈夫。よろしく頼むねっ!」
「はいですっ!」
楽しいこと大好きの元気っ娘、ミルディアは頭の上のクエスチョンマークをさらっと捨てて、さくさくと行動に移っていった。
「白と言ったらやっぱり、コレですわよね?」
ラズィーヤのほわいと・でい☆から離れた発想をすべて「ステキですわ」とエレンはとても協力的。
「それでしたら、こうしたらどうでしょう。みんなきっと喜びますわ」
ラズィーヤの勘違いを止める人は、どうやらいないらしい……。
* * * * * * * * * *
「先生、生地はこんな感じでいいかな?」
真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)がタネをまとめながら、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)にボウルを差し出した。焼き菓子のベースとなるタネの弾力は、レシピを見ても曖昧な言葉で表現されていることが多い。経験による感触が大切な部分なのだ。
だからこそ、同じレシピを見て作っても、そこには大きな経験と才能の差というものが存在する。
弥十郎は、真名美のボウルを見て「もう少し粉っぽさがなくなるまで練り込むように」指示を出し、自分の作業の続きに取りかかる。ペティナイフを使い、イチゴの葉を根元から切り落としていく。その手さばきは早い。
百合園女学院近くの家のキッチンをわざわざお借りして、弥十郎が真名美と共にお菓子作りに励んでいるのには、理由がある。
乙女の園である百合園女学院。そこは他校の男子生徒にとってまさに未知の領域。甘いものに目のない彼女たちに自分のお菓子が認められるのか、そこそこファンもついて自分の料理に過信しつつある今だからこそ、女の子たちに自分のお菓子が通用するか知りたいという欲求が、彼を突き動かしていた。
どちらかと言うとのんびりした弥十郎にも、野心というものが芽生えたのだろうか。
タルト生地を雪の結晶に見立てた六角形の耐熱皿に伸ばしている先生を見ながら、真名美はその真摯な瞳に見ほれていた。
女の子の大好きなイチゴ、オレンジ、フルーツを用いて、愛らしい形を考えだす時にも真剣だった。パティシエに求められるのはセンスだ。お菓子の提供を静香様が快く受け入れてくれたせっかくのチャンス。
真名美も弥十郎のために黙々と生地を練り、オーブンの温度を調整した。
出来たて、を届けるためにわざわざ百合園女学院の近く、知り合いのツテでキッチンをお借りしたのだから、絶対にパーティーに間に合わせなくては。
二人は時計を見ながら、パーティーの開始時間まで逆算して動き出した。
百合園女学院の前に、続々と馬車が乗り付けられる中、篠宮 悠(しのみや・ゆう)は、乙女たちが吸い込まれていく門に目を向けた。
「百合園女学院、か。……これはやっぱり、入れてくれそうにない、か」
「安心して!悠の分も楽しんで来てあげるから」
小鳥遊 椛(たかなし・もみじ)は、ミィル・フランベルド(みぃる・ふらんべるど)の手を取って、馬車から下す手伝いをしていた。
「もう!こういうのは、本当は男の役目なんだからね。でも、今日はいいわ。帰ってくるまで待っててね♪」
薔薇の学舎ではありえない、ガールズパーティーに椛はご満悦な様子。
悠は浮かない顔をしながらも「はいはい」と、軽くあしらい、白い校舎を眺めた。
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