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『七つの大罪「色欲」の書』
 
 
「頑丈な表紙じゃん。格好いい」
 『七つの大罪「色欲」の書』の金属製の表紙をスリスリとしながら茅野菫が言った。
 ところが、パピルスを製本して作られたその本の文字は古代文字で書かれているために読むことができない。
「よければ、解説してあげるわよ」
 『静かな秘め事』を読み終えたその足で自分の本を読みに来るなどただ者ではないと、ヴァレリア・ミスティアーノは面白そうに目を細めて茅野菫を見つめた。
「私の内容は、キリスト教に伝わる『七つの大罪』の『色欲』、およびそれに連なる悪魔アスモデウスに関係したもの。楽しく、そして官能的よ」
「そ、それは……」
 ごくんと、茅野菫が生唾を飲み込んだ。
「エリオットは、まだちゃんと読んでくれたことがないのよ。私の名前をちゃんと呼んでもくれないし……」
「いちいち『色欲の書』などと呼べるか。ヴァレリアという人間名の方が面倒がなく、都合がいい」
 そばにいたエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が本気で嫌そうに言った。
「まあ、本としての私の身体ではなく、人としての私の身体に興味があるんだったら、そう言えばいいのに……」
「違う!!」
 科を作って媚びを売るヴァレリア・ミスティアーノに、エリオット・グライアスが即答した。
「どうでもいいが、私に迫るのだけはやめてくれ。その手の知識は持ってないし、知る気もない」
「そう。嫌がる男を誘惑するほど、自分は節操なしじゃないわ。でも、その気になったら、ちゃんと言ってね。じっくりと読んで聞かせてあげるから。二人っきりで……」
 だめ押しするように、ヴァレリア・ミスティアーノがエリオット・グライアスににじり寄って言う。
「あのー、あたしも早く中身が知りたいんだよ」
 鼻息も荒く、興奮した茅野菫がヴァレリア・ミスティアーノに言った。
「あら、ごめんなさい。じゃあ、始めましょうか」
 そう言うと、ヴァレリア・ミスティアーノは茅野菫の隣に座って肩をくっつけながら、パピルスに書かれた古代文字を細い指先でなぞりながら読み始めた。
「まったく……。待てよ、七つの大罪ってことは、まさか、似たような奴らが後六人もいるなんてことはないだろうな」
 一人でももてあましているのにと、エリオット・グライアスは突き当たったあまり考えたくない推論を頭から追いやった。
 
 
『数学 2−C 高務○○』
 
 
 世界樹の木陰の下、そよ吹く風は古びたノートのページをそっとめくってくれる。
 静けさはまた、高等な数式の世界を謎めいた理(ことわり)へと導いていくのだろうか。だが、その先に何がある。謎を突き抜けた新しき理の世界。それは心地よい混沌。まさに、まさに終末の世界と呼ぶにふさわしい文言が、そこには書き記されていた。
 ――読書とは静謐な環境の中、一人で本と向きあうということ。それは孤独で、しかし自由な行為だ。
 ばーい 巨獣 だごーん(きょじゅう・だごーん)
「いあいあいあ。だごーん様、御本はすでに読了なさりましたでしょうか」(V)
 いんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)の言葉に、巨獣だごーん様は静かにうなずくと、『数学 2−C 高務○○』と表紙に手書きで記されたノートをそっと手渡した。
「では、返却しに行って参ります」
 一礼して、いんすますぽに夫が世界樹の中の大図書室へとむかう。
 巨獣だごーん様の巨体では世界樹の中へ入るのが大変なため、特別に許可を取っていんすますぽに夫が希望の本を運んできたのだった。
 それにしても、棗 絃弥(なつめ・げんや)から受け取った魔道書は、ちょっと、いや、かなり変わっていた。
「うーん、だごーん様が読みたいと言われた本、いや、これはどう見てもノートです。いったいどういう内容なのでしょうか」
 いんすますぽに夫は、パラパラとノートをめくって中身を斜め読みしてみた。
「黒く艶やかな髪を持った美少女「ノノ」。表向きは平凡な中学生。しかし、彼女は実は前世の記憶を持った契約者だったのだ! シャンバラ古王国時代の王族だった彼女は古王国が滅びた原因を探るうちに一つの真実に行き当たる――。こ、これは……、さっぱり分かりません」
 いくら斜め読みしても意味が通じないので、いんすますぽに夫のとろける脳細胞はやがて考えるのをやめた。
「いあいあいあ。お待たせしました。本を返却に参りました」
 いんすますぽに夫が、本来『数学 2−C 高務○○』がおかれているはずの書見台の前に来て言った。
「待ってたのだよ。さあ、早く見せたまえ」
 待ち構えていた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が、いんすますぽに夫からノートをひったくる。ちょっとむっとしながらも、考えるのをやめたいんすますぽに夫はそのままそこの場を離れていった。
「うーん、さすがに、聞きしに勝る奇々怪々な書であるな。特に、初歩的な足し算の計算を間違えているのは、後半へと繋がる何かの伏線なのであろうか……」
 軽く頭をかかえつつも、毒島大佐は黙々と『数学 2−C 高務○○』を読み進めていった。
「いかがですか。お楽しみいただけておりますでしょうか」
 自分の本体が読み進められるのをちょっとドキドキして見つめながら、高務著 『黒歴史帳・第参巻』(たかつかさちょ・くろれきしのおとぼりうむさん)が毒島大佐に声をかけた。
「ちょっと待つのだ。今なかなかに難解な部分にさしかかっているのでな」
 なんとか書いてあることを読解しようと努めていた毒島大佐が、軽く高務著『黒歴史帳・第参巻』を制した。
「いやあ、中学時代に、確かにこんな奴クラスに一人は居たなぁ〜。図書館で涼む間の暇潰しとしちゃあ、なかなかに面白かったぜ」
 すでに巨獣だごーん様の前に『数学 2−C 高務○○』を読み終えていた棗絃弥が、毒島大佐に代わって高務著『黒歴史帳・第参巻』に答えた。
「それで、三巻ってことは一巻と二巻もあるんだよな?」
「それでしたら……」
 高務著『黒歴史帳・第参巻』が喜んで答えようとしたとき、どどどっとものすごい足音を轟かせながら誰かが突進してきた。
「なんであんたがエントリーしてるのおぉぉぉ!!」
「な、何!?」
 突然突進されて、毒島大佐が驚いて、思わず『数学 2−C 高務○○』を放り出した。
 ジャンプ一番、突進してきた高務 野々(たかつかさ・のの)がはっしと空中でノートをみごとにキャッチする。
「忘れて、忘れてください!」
 ずざざーっとぺたんこ座りの体勢でスライディングして止まった高務野々が、毒島大佐に平伏して哀願した。
「いや、八割方読んじゃったし……でも、あれとかそれとか、我は見ていない。見ていないんだ!」
「俺は全部読んだぜ」
 必死にごまかそうとする毒島大佐とは対照的に、棗絃弥がしれっと言った。
「あは、あははははははは……」
 燃え尽きた灰がそこにぺたんこ座りしていた。
「そーっと……」
「待て!!」
 そっと逃げだそうとする高務著『黒歴史帳・第参巻』を、復活した高務野々が捕まえた。
「ご、ごめんなさい、おみさま!」
 頭を梅干しぐりぐりの刑に処されて、高務著『黒歴史帳・第参巻』が泣きながら謝った。そのまま、ふっと意識をなくしてぶっ倒れる。
「しまった、やりすぎたわ。し、しっかりして」
 周囲の冷たい目に気づいて、高務野々はあわてて高務著『黒歴史帳・第参巻』の身体をゆさぶった。
「まあ、大変。少しショックを与えて、意識を吹き返させましょうかぁ?」
 落ちていた『数学 2−C 高務○○』を読んでいたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、野球のバットを片手に訊ねた。
「だめえ、この子死んじゃうから。それからその本返してぇ」
 真っ青になって、高務野々は叫んだ。