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『空中庭園』
 
 
「まったく、ここしばらくの騒ぎはなんだったってんだよ」
「まあまあ。無事見つかったんだからいいじゃない。黙って、私の捜査能力を褒めなさい」
 悪態をつく雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)を、なだめるようにソア・ウェンボリスは言った。
 行方不明の『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)の本体を捜して、もう日課になりつつある大図書室通いをしてみたら、あっさりと『空中庭園』が読書会にエントリーされているではないか。一緒に来た悠久ノカナタも拍子抜けして、さっさと読書に熱中してしまっている。ソア・ウェンボリスもそれに倣って、ケツアルコアトルと関連のありそうな『王の書』を読もうとして挫折したばかりであった。
「ほれ、次の人に回すぜ」
 秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)が来るまでと『空中庭園』を読んでいたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、魔道書を机の上において席を立った。
「こ、これが姉様の中身……なんだかドキドキしてきました……」
 『地底迷宮』 ミファ(ちていめいきゅう・みふぁ)が、おかれた『空中庭園』を手にとって、感極まったように言った。
 作者同士で繋がりのある『空中庭園』と『地底迷宮』は、内容も密接に関係しているらしい。もっとも、後に書かれた『地底迷宮』が『空中庭園』を参照しているということになるわけだが。とはいえ、当事者同士が直接本体を読み合うというようなことは今までなかったので、『地底迷宮』ミファが『空中庭園』の内容に触れるのは今回が初めてであった。
「ミファと似たような内容かと思っていたが、読んでみれば案外違うもんだな……。後半部は少し読んだだけでも気が滅入るぜ」
 おかれた『空中庭園』をパラパラと読んで、緋桜ケイが少し困ったように言った。『心に想い描く通りに空間を支配する』ことをテーマに魔法のコントロール方法について記されているはずなのだが、だんだんと心を病んでいったらしい作者によって、後半はかなり読むのにつらい内容となっている。
「確かに、後半はねえ。でも、後半の呪詛の中には実は暗号があって大魔法へのキーワードがあるんじゃないかと考えているんですが」
 読書会が始まってから、真っ先に『空中庭園』を読んだナナ・ノルデン(なな・のるでん)が、謎は私が解くんだとばかりに言った。
「確かに、ソラの本体に書いてあることはすごいと思いますけど、さすがにそこまで凝った仕掛けはないと思いますが……」
 ソア・ウェンボリスが、ちょっと苦笑しながら言った。『空中庭園』ソラの人間体を見ていると、それはないだろうという思いは強い。
 うーんと、みんなで『空中庭園』の解釈を論じているうちに、本の方は水橋 エリス(みずばし・えりす)が黙々と読んでいた。そのうちに、微かに嗚咽が聞こえるようになり、読み終えるころには号泣が聞こえたので、ソア・ウェンボリスがあわてて水橋エリスをなぐさめるという一幕があった。
「いや、最後に塔から飛んだってあるけれど、もしかしてヴァルキリーや守護天使だったかもしれないし……」
「そうなのかなあ」
 涙で美人を台無しにしながらも、水橋エリスがソア・ウェンボリスをブンブンとゆさぶりながら聞き返した。
「うーん、確かに、この内容はいろいろと身につまされる部分もありますね」
 『空中庭園』を手に取ったラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が、黙々と本文に目を通していきながら言う。そのそばでは、パートナーのシュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)が静かに『エイボンの書』をこれまた黙々と読んでいた。
「強くなりすぎた想いをあっけなく断ち切る術というものは、かくも無情なんでしょうかね。でも、ソアさんの言うように、本当に飛べたとは思いたいですね」
 読み終えてなお、さらに深く読み込もうとしながらラムズ・シュリュズベリィが言った。
「そろそろこっちにも回してくれないかなあ。オレも一度魔道書読んでみたかったんだよなあ」
「ああ、申し訳なかったですね」
 まだちょっと未練を残しながらも、ラムズ・シュリュズベリィが月谷 要(つきたに・かなめ)に『空中庭園』を手渡した。
「やっと読めるぜえぃ」
 嬉々として読み始めた月谷要ではあったが、すぐにその難解さに両目を寄せて考え込む。それでも、一度読み始めた本は最後まで読まなければ気がすまないという性格を発揮して、月谷要は黙々と『空中庭園』を読み進めていった。
「霧島悠美香みたいに、もっと簡単な本にすればよかったかなあ……」
 多少の後悔を含みつつも、月谷要はなんとか『空中庭園』を読み終えて、ほっと大きく溜め息をついた。確かに、この内容は、いろいろな意味でちょっとつらい。
「ふふふ、いよいよ俺の番だな。どれどれー」
 月谷要がおいた『空中庭園』を、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が手に取ったときだった。
「わったっしぃの本体は、どこよぉ!!」
 そう叫びながら図書室に突入してきたのは、まごうことなき『空中庭園』ソラその人であった。
「そっこかあ!」
 キユッと床を鳴らして急制動をかけると、一気に転進して自分の本体にむかって突進してくる。
「やっと来たか。図書館ではお静かに!!」
 待ってましたとばかりに、立ちはだかった雪国ベアが突っ張りを繰り出した。だが、『空中庭園』ソラは気合いでそれを避けると、雪国ベアの身体を乗り越えていった。
「お、俺を踏み台にしたあ!?」
 雪国ベアを蹴ってつんのめさせると、『空中庭園』ソラはアキラ・セイルーンに飛びかかっていった。
「返すのよー!」
「やだ」
 悪戯っ子の笑みを浮かべながら、アキラ・セイルーンが避けた。
「返せぇ!」
 『空中庭園』ソラがのばす手を巧みにかいくぐりながら、本を持ったアキラ・セイルーンが逃げる。
「そんなに返してほしい? だったら、そうだなぁ……えっちぃポーズでも見せてもらおうか」
「何、馬鹿なこと言ってるのよ」
 からかうアキラ・セイルーンに、『空中庭園』ソラが激怒した。
「ほほう、逆らってもいいのかぁ〜? ほぉ〜れ油性マジックだぁ。これで本体に落書きしちゃうぞぉ〜」
 後ろにむかって叫びつつポケットからペンを取り出したアキラ・セイルーンだったが、前方不注意で突然何かにぶつかって弾き飛ばされた。
 気がつくと、手に持っていた『空中庭園』がない。
「おしおきじゃな」
 素早く『空中庭園』を取りあげたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が、パートナーのアキラ・セイルーンを見下ろして言った。すっとのばした指先をアキラ・セイルーンの額にあてる。
「ぐがごおびしばびれんば……」
 ルシェイメア・フローズンの指先から電撃が迸ったかと思うと、感電したアキラ・セイルーンが体中からぶすぶすと黒煙をあげながら床の上に転がった。
「本当に申し訳ない! そのアホは、すぐに捨ててくるから許してほしいのじゃ」
 平謝りしながら、ルシェイメア・フローズンが魔道書を『空中庭園』ソラに返却する。
「ありがと。大丈夫、気にしてなんかいないから」
 取りあげたペンでアキラ・セイルーンの額に「肉」と落書きしていた『空中庭園』ソラが、喜んで自分の本体を受け取った。苦節一ヶ月あまり、やっと本体との再会である。
「よかったじゃないか。せいぜい、俺様に感謝……」
「誰のせいだ!」
 偉そうに恩を着せようとする雪国ベアに、『空中庭園』ソラが跳び蹴りをかました。