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『旅人の書』
 
 
「じゃあ、この腕輪を装備して『セルヴ・イル・メルクティア』って唱えてみて」
 茅野菫を前にして、『旅人の書』 シルスール(たびびとのしょ・しるすーる)はそう説明した。彼女の本体は、本ではなく腕輪のようなのだが、どうやって記録がされているのだろうか。
「こうかな、セルヴ・イル・メルクティア」
 茅野菫がキーワードを口にしたとたん、目の前に幻の本棚が広がった。その規模は、大図書室の蔵書に匹敵すると言ってもいい。現実の書架とバーチャルの書架が重なってしまい、全体の把握は不可能だった。
「こ、これを、どうやって読めって言うんだよ。なんだか、とっても最悪ね!」(V)
 思わず、茅野菫が絶句する。
「そうだろうと思って、ちゃんとダイジェストを用意したんだもん。はい」
 『旅人の書』シルスールが言うと、茅野菫の目の前に一冊の幻の本が浮かびあがった。
「あっ、どうも」
 茅野菫が本を載せるように手を開くと、それに合わせて本のページが開いた。
「第一章、光と闇の神が世界の覇権を争う世界で、光の神を殺すために心を持たない亜神フェルキアが生み出された。第二章、戦場で逃げる闇の神の囮となり、死にかけるが光の神の一柱、生誕の女神アルバーナ・エルドリエスにより救われて心を与えられる。第三章、アルバーナに仕えて闇の神から彼女を守る。第四章、裏切りにあい、アルバーナが邪神化してしまう。第五章、異世界に逃げたアルバーナを追い、救うためにさまざまな異世界を旅する……。あれ、この途中で終わってるじゃん」
「ごめんね! 続きはまだ執筆中なの」
「そ、そんなー」
 『旅人の書』シルスールの言葉に、茅野菫が身悶えた。
 
 
『王の書』
 
 
「ふむふむ、王様はこうやって部活と覇業を両立していたのですね」
 『王の書』をパタンと閉じて、いんすますぽに夫が得心した顔で言った。
「すごい! するすると頭に入る! これで、もう僕の脳細胞もとろけることはないでしょう」
「いやあ、ガラスケースで誰の手にも取れぬお綺麗な本より、手垢にまみれた本の方が、本冥利に尽きることであるよ。なので、今日も思う存分読むがよいのだよ」
 ちょっとはにかむように、神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)が言った。
「原本は石碑なんだけど、こいつは数少ない幻の写本なんだぜ」
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)も自慢げに言う。
「なんだか恋も部活も勉強もすべてが上手くいく気がしてきました! そう、LOVE! 非モテの僕でもなんだか恋も上手くいきそうな予感がします! ふふふ、パワーアップした僕の前に敵はいません! ゴチメイだろうとイコンだろうと御神楽 環菜(みかぐら・かんな)だろうと小指でKOしますよ! はーっはっはっ!」
 なんだか一気に態度が大きくなったいんすますぽに夫は、高笑いをあげてその場を後にしていった。
「それじゃあ、次は私が読ませてもらいますね」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が、『王の書』を手に取って言った。
「おや、また変わったイベントをやっているんだなあ」
 調べ物をしにイルミンスール魔法学校に戻っていた緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、特設会場の様子を見て興味深そうに言った。
「おや、誰かと思えば、裏切り者のケイではないか」
 ちょっと皮肉混じりに、悠久ノカナタが恒例となりつつある挨拶をした。いいかげん百合園女学院からイルミンスール魔法学校に戻ってくればいいのにということの表れなのだが、どうしても皮肉っぽくなってしまう。ただ、彼女の真意も分かっているので、緋桜ケイもあまり取り沙汰しないでさらりと受け流している。
「うーん、ケツアルコアトルとかのことが分かるかと思ったんだけど、何が書いてあるか分からない……」
 ハンコのような絵文字が並んだ『王の書』を前にして、ソア・ウェンボリスが難しい顔をした。
「うーん、さすがにこれは読めないなあ。アステカの神話は俺も興味があったんだけど」
 一緒になって『王の書』をのぞき込んだ緋桜ケイもお手上げであった。クトゥルフがらみでマヤ神話を知っているいんすますぽに夫ならまだしも、マヤ・アステカ関係の資料は難解だ。
「まあ、話では、これは王の話がえんえん綴られているだけで、神話関係は書いてはおらぬようだがな。テスカポリトカ、ケツアルコアトル、トラロック、チャルチーウイトリクエ、ミクトランシワトル、ウェウェテオトルなどの記述はなさそうだぞ」
 気がかりな者たちの名をあげて悠久ノカナタが言った。それらマヤ・アステカの神々であれば、英霊や神そのものとしてパラミタにいたとしても不思議ではなかった。
 
 
『ワルプルギスの書』
 
 
「さて、わらわとしては、我が永遠のライバルの本をじっくりと読みたいものだ」
 悠久ノカナタが、持ってきていた『ワルプルギスの書』を机の上に開いて言った。
 アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が新たに書いた魔道書だが、パラミタにやってきた学生たちむきに魔法の基礎が、分かりやすく事細かに書いてある。
「ああ、それはアーデルハイト様の本ではありませんか」
 悠久ノカナタの読んでいる本に気づいて、ヴァレリア・ミスティアーノが憧れるように言った。
「魔道書としては、あの方の記した魔道書には憧れを感じます」
「そういうものなのか?」
 ちょっと不思議そうにエリオット・グライアスが聞き返した。魔道書が魔道書に憧れるという感覚が、分かるような分からないような、なんとも奇妙な感じだ。
「パラミタから地上に落ちてしまった私を、再び拾ってこの大図書室に収めてくれたお方ですから、感謝してもたりません」
「そのおかげで、やけに頑丈そうな本だとたまたま手に取った魔道書が、ネクタイスーツを好んで着るバイク乗りの色ボケ女になったわけだが……」
 やや溜め息混じりに、エリオット・グライアスが言った。パラミタの高さから落ちてもバラバラにならなかったのだから、やたら頑丈な本であるはずだ。
「ですから、私を読んでくだされば、エリオットも私色に染めあげて……」
「ふん。この私に気安く近寄るな!」(V)
 きっぱりとエリオット・グライアスは答えた。