リアクション
放送準備 「はい、お茶をどうぞ」 「あっ、ありがと。ええと……ワイルドリリーさんだったっけ?」 紙コップに入った紅茶を受け取ったシャレード・ムーンは、バイトでやってきているミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)に、ラジオネームで聞き返した。 「夜中っていうのに、元気ねー」 「いつもは、この時間はトレーニングの時間なんだよね。だから、ハイテンションなんだよ。これがあたしの全力全開!」(V) 元気に、ミルディア・ディスティンが答えた。 「じゃあ、ゲストと電話出演のリスナーに確認をとっておいてくれる?」 「はーい、分かったんだもん」 シャレード・ムーンに命じられて、ミルディア・ディスティンは電話をかけるために控え室に走って行った。 控え室のドアが開かれたとたんに、給水室の方からカレーの香りが漂ってくる。 「またか……。カレーはいいから、ハガキの仕分け手伝って」 あっけなく犯人を看破したシャレード・ムーンが、日堂 真宵(にちどう・まよい)に言った。 「あ、お夜食を……」 「カレーは喉に悪いでしょ!」 タバコを吸いながら、説得力のないことをシャレード・ムーンが叫ぶ。 「それから、ペットは禁止。どこかに閉じ込めておきなさい。よく、放送局の入り口で不審者にされなかったわよねえ」 日堂真宵の頭の上でバタバタと翼を広げる烏のふぎむぎと、足許をじゃれつくように歩く黒猫のむるんを指さして、シャレード・ムーンが言った。 「副調整室にいた時点で、他のバイトの子に潰させるからね。機械に、動物の毛とかは厳禁なんだから。その子たちがかわいかったら、ちゃんと管理しておきなさい」 さりげなく、恐ろしい言葉でシャレード・ムーンが釘を刺した。 「だ、大丈夫、です、ですよぉ」 なぜか、かなりビビりながら、日堂真宵が答えた。 「入り口に行った、三人から内線入ってマース」 入れ替わるようにして、アーサー・レイス(あーさー・れいす)が内線電話の無線子機を持ってくる。いつもながら、放送開始前はあわただしい。 「遅刻しているバイトの子を迎えに行ったはずだけど、何かあったの?」 しかたないわねと、シャレード・ムーンが子機を手に取った。 「もしもし……」 『もしもしですぅ。あのぉ、なんだか、スタジオで歌わせてくださいという人が来てるんですけどぉ』 内線のむこうから、放送局の入り口にでかけているメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の声が聞こえてきた。 放送局のセキュリティというのは、一般人が思っているよりも厳しい。有名人が出入りすることもあって、中に入るには必ず警備員のチェックを受けることになる。この段階で素性がはっきりしないと、絶対に中には入れてもらえないのだ。 他にも、社内の各種対応はしっかりと明文化されてマニュアルに整理されている。予想以上にトラブルは多いものの、ほとんどのトラブルはパターン化している。そのため、対応もマニュアルに則って機械的に処理されるのが通例だ。放送という秒単位で動く世界では、一秒でも無駄にしないために、トラブルは事前に徹底して機械的に排除される。 『めんどくさいから、手っとり早く処理しちゃっていいよね』 メイベル・ポーターの声の後ろから、何かを振り回してブンブンと空気を切っている音と共にセシリア・ライト(せしりあ・らいと)の声が聞こえてくる。 『ちょっと待ってください。二人のうち、一人がリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)さんと名乗ってますわ』 シャレード・ムーンの答えを聞かないで撲殺天使を発動させようとするセシリア・ライトを押さえて、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が割り込んできた。 「ああ、その名前なら聞いてるわ。その子たちがバイトの子だから、そのまま連れてきて。潰しちゃだめよ。潰すのはカレーだけ、約束よ」 『はーい』 シャレード・ムーンの指示に、電話のむこうからメイベル・ポーターが素直に答えた。 「まったく。バイトならバイトって、なんで言わないのかしらねえ」 手間をかけさせると、シャレード・ムーンは溜め息混じりに子機をアーサー・レイスに返した。 エントランス前でもめていたのは赤城 花音(あかぎ・かのん)であった。自分の楽曲を放送で流してもらおうと思った赤城花音は、ギターをかかえてスタジオでライブをさせろと突撃してきたのだ。当然、警備員たちが通すはずもない。そんな輩をいちいち突破させていたのでは、放送はめちゃくちゃにされてしまうし、警備員としても立場がないだろう。 本来はこういうことにならないようにと、赤城花音のパートナーであるリュート・アコーディアがちゃんとバイトとしてスタジオ入りできるように根回しをしていたのだが……。赤城花音としては、自分の歌を使ってもらいたい、直接生で歌いたいという思いだけであったから、そんな根回しなど微塵も考えていなかった。そのため、二人の話が食い違うので、あっさりと不審者認定されてしまったわけだ。 ちょうど、エントランスにはリスナーから百五十玉ものスイカが送り届けられるという珍事が発生していたため、新手のテロ行為かと警備が強化された直後だったということもある。 もし、メイベル・ポーターたちがシャレード・ムーンに確認をとってくれなかったら、そのまま門前払いだっただろう。 ★ ★ ★ 「遅れて、申し訳ありませんでした」 上にあがってきたリュート・アコーディアが、開口一番、シャレード・ムーンに深々と頭を下げた。 「その分、きっちりと働いてもらうわよ」 いちいち説教する暇はないと、シャレード・ムーンが遅刻は不問に処した。 「うん、その分しっかりとボクが歌うからね。まっかせといてだもん」 ギターをかかえた赤城花音が、歌う気満々で言った。 「それはないから。いい? バイトはバイトであって、ゲストじゃないんですからね。みんなも、そのへんはきっちりと認識しておきなさい。遊びじゃないんですからね」 バイト全員を見回して、シャレード・ムーンが厳しく釘を刺した。 「とりあえず、あなたの仕事は、持ってきたテープをデジタルデータに落とすことよ。ちゃんとスタジオで録ってあるんでしょうね。ノイズ入りなんか論外ですからね」 こくんとうなずく赤城花音に、シャレード・ムーンが音響さんをつけてさっさと副調整室へと行かせる。今どきカセットテープではプリセットもできない。頭出しのタイムラグは致命的だ。まずはデジタルデータに落としてから、話はそれからだった。 「ありがとうございます」 門前払いにしてくれなかったことに感謝して、リュート・アコーディアがぺこりと頭を下げて赤城花音を手伝いに行った。 「投稿の選別は進んでる?」 会議室に移動すると、シャレード・ムーンは段ボール箱を前にしている高峰 結和(たかみね・ゆうわ)に訊ねた。 「はい、順調に進んでますけれど、たまに変なお便りが……」 そう言って、高峰結和はいくつかの手紙をシャレード・ムーンに見せて指示を仰いだ。 「こ、これは……」 同じ郵便局から差し出されたのか、輪ゴムで一つに束ねられた五十枚のハガキの文面を見て、さすがのシャレード・ムーンもちょっと絶句する。それには、猫の肉球型スタンプらしき物が無造作に捺されていた。さすがに猫型肉球文字では人間に読めるはずもない。 「ねえ。これ、どうやって読んだらいいんでしょう」 「いや、読むのは私だけど……」 すがるような目で高峰結和に聞かれて、さすがにシャレード・ムーンも困る。ところが、でたらめと思われたハガキも、よく見ると何やら規則性があるようだった。 「んっ? 全部、十七個ずつスタンプが捺してあるわね。これは、もしかして俳句?」 「川柳かもしれませんね」 やっと意味が分かったと、高峰結和がポンと手を打った。とはいえ、分かったからといって読めるわけではない。 「どう読むんでしょう」 再び、高峰結和が最初の質問に戻る。 「たぶん、――ななななな、ななななななな、ななななな――だと思うけれど……。やっぱまとめて没よね。それにしても、よく届いたものだわ。まったく、パラミタは人外が多いんだから……」 シャレード・ムーンが、容赦なく没箱にハガキをまとめて投げ入れる。没になったハガキは捨てたりはせずに後でちゃんとお焚き上げするのだが、それと選別とはまた別の話である。物理的にすべてのお便りが読めない以上、限られた時間で使えるハガキを選ばなくてはならない。 「もう一つ、変な手紙が届いているんですけれど……」 また困ったように、高峰結和が言う。 「何、その見るからにいや〜なオーラまとってるような手紙は」 あまり触りたくないという感じで、シャレード・ムーンが言った。 「ペンネーム、空京の真のカリスマギャルさんからみたいなんですが……。 ええと…… 品性の欠片もなく枝毛が出ているような茶髪で頭の中身はステゴサウルス並の女よりは私の方が空京のカリスマギャルと呼ぶに相応しいと思う。聞くところによるとモヒカンの性質の悪い友人もいるらしく(王 大鋸(わん・だーじゅ)) 悪い友達と何か夜な夜な自称小麦粉パーティでもやってるんじゃないかと予想する。 ――なんて書いてあるんですけれど……。どうも、神守杉 アゲハ(かみもりすぎ・あげは)さん宛のようです」 凄く読みづらそうに、高峰結和が内容を説明した。 「ああ、そのへんはマニュアル通りに。個人攻撃や悪口は、程度にもよるけれど、基本的に没だから。後でもめるのよ、公共の電波だからね。読んじゃったら言い訳が効かないから。はっきり言って名誉毀損の共犯。というわけで、個人特定のできる酷い誹謗中傷の手紙はたとえ問題部分をカットしても無駄だから完全没ね」 「はい、分かりました」 ちょっとかわいそうだと思いつつも、高峰結和はほっとしたようにそのハガキを没箱の中に入れた。 「他に、問題のありそうな手紙はある?」 「後は、ほとんど普通のお便りだと思います」 「じゃあ、任せるから、選別お願いね。ああ、そこのカレー男、あんたも手伝って」 そう高峰結和に言った後、シャレード・ムーンはブラブラしているアーサー・レイスを捕まえて彼女の手伝いにあてた。 「オー、任せるのデース。すばらしいハガキを選んで見せマース」 何やら不安になるような自信に満ちた顔で、アーサー・レイスが答えた。 「と、とにかく任せたわよ」 まだまだやることはたくさんあると、シャレード・ムーンは電話関係の様子を見にいった。 「さて、邪魔物はいなくなりマーシター。この隙に、このハガキをふつおたコーナーに……」 シャレード・ムーンの目につくように自分で作ったハガキに赤で花丸をつけてから、アーサー・レイスは高峰結和の目を盗んで採用分の箱にそれを突っ込んだ。 それには構わず、高峰結和が黙々と葉書を選んでいく。その目が、一枚の見慣れたハガキにとまった。 「ええと、 シャレード・ムーンさん、こんばんは。 私がパラミタで生活を初めてから、もうすぐ3ヵ月になります。その間、目まぐるしく情勢が変わり正直ついていけません。シャレさんとしては、最近の最大のニュースは何だと思いますか? ペンネーム、メリーって、これ私のハガキじゃない。よ、読まれるのかなぁ……どうかなぁ……」 ちょっと困ってしまって、高峰結和はそのハガキをテーブルの上においた。自分で自分のハガキを採用するのはちょっとずるいような気がする。 「何をしているのデース。仕分けたハガキは早く箱にしまうのデース」 そんな高峰結和の考えなどまったく無視して、アーサー・レイスがそのハガキをあろうことか没箱に投げ入れた。 「ああっ……」 「どうかしましたカー?」 「いいえ、なんでもないです」 アーサー・レイスがずるをしたのを知らない高峰結和は、そのまま口籠もってしまった。 |
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