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リアクション
第1章 廻りだす歯車 2
砂丘の隙間を縫うようにして、南カナン兵にて構成されたパトロール隊は敵陣の近くに潜んでいた。
「マーゼンさん、あれは……」
「ふむ……騒がしくなっているようですな。なにかが暴れているのでしょうか」
マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は不審そうにつぶやくと、目を凝らして砦を確認した。遠く敵陣に見えるは、うごめく影たちだ。人ではないことはその動きと大きさから容易に知れた。
だとすると、可能性としては一つしか考えられない。
「モンスターか……?」
兵士の一人がぼそっと口にした。不安を含んだ声色に、マーゼンは兵士を見やる。
「でしょうな」
その冷厳な表情と言葉に、兵士たちはごくりと息を呑んだ。
モンスター。強靭な力と肉体を持つ、人外の獣。それが敵になっているとあっては、ただの一般の兵士にとって脅威以外の何者でもない。
緊張のにじむ兵士たちの目が、ある一点を捉えた。
「あれは……」
「…………」
空から下降してきたそれは、マーゼンのパートナーであるアム・ブランド(あむ・ぶらんど)だった。空飛ぶ箒からひらりと降りて、彼女はマーゼンたちのもとに戻ってくる。
大地に存在感を表すような褐色の肌と赤髪。美しいと呼ぶにふさわしい容姿をそなえた寡黙な少女は、マーゼンに報告した。
「サンドウルフ、サンドワーム……それに魔法で作られたゴーレムや影もいたわ」
「やはりモンスターですか。戻って知らせないといけませんね。そして……対策も練らなければ」
兵士たちを引き連れて、マーゼンは部隊を翻した。
砂地に作られた拠点のひとつ――指揮官ロイ・ギュダン(ろい・ぎゅだん)が設営したその場所にて、イナンナとユーフォリアは自軍の指揮を執っていた。
そこに入った報告は、マーゼン・クロッシュナーからの敵軍のモンスターについての情報である。報告にあがったマーゼンを前にして、イナンナとユーフォリアは険しい表情になる。
「ただのモンスターだけでなく、ゴーレムやシャドーですか」
「知ってるの? ユーフォリア」
「ゴーレムはもちろん、馴染みの深い魔法生物でしょうが、シャドーは特に厄介かもしれませんわ。ある程度の距離であれば、影の中を移動できますし、決まった姿を持っておりません。そしてなにより、このような剣や槍などでは、全く太刀打ちすることができませんもの」
ユーフォリアは自身の剣を持ち上げて説明した。物理攻撃は効かぬ、ということである。魔法を使える者が上手く立ち回らなければ。
しかし、幸いなことは。
「敵がモンスターまで持ち出してくるということは、こちらを主力部隊だと思ってくれているということね」
「そうですわね。変な言い方ですが……その期待を裏切らぬように動かなければなりませんわ。……では、わたくしは皆さまに偵察の情報を伝えてまいります」
そう言い残すと、ユーフォリアはイナンナのもとを去った。
すると、それと入れ替わるように、イナンナにのどかな男の声がかけられる。
「そーいや知ってます、イナンナ様?」
「わっ!? ……も、もう、突然隣に来ないでよ、ビックリするじゃない」
いつの間にか隣で遠く砂漠の向こうを見つめていたのは、同じ陽動部隊に配属されたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だった。
「……それで? いったい、何を?」
「実はサンドワームって見てくれはアレですけど、食ったら意外とうまいんですぜ」
へー。
確かに一部では驚きの情報ではあるかもしれないが、イナンナにとってはすごくどうでもいい情報だった。そもそも、食う気が起きている時点でちょっと……。
呆れているような引いているような目を向けるイナンナに、それとは気づかぬアキラは、どこぞのイケメンのような美化率200パーセントの決め顔を向けた。
「イナンナ様……この戦いが終わったら、俺と二人っきりで星が見える満点の夜空の下、サンドワームで乾杯しませんか……?」
「貴様……言ってる事が無茶苦茶じゃぞ」
と、どう考えてもロマンチックじゃないシチュエーションを誘うアキラに、いつの間にか後ろにいたパートナーのルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が、呆れた声でツッコんだ。その横で苦笑するのは、同じくパートナーのセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)だ。
彼女たちの声は聞こえていないのか、アキラは続けて、
「そして、その後で俺の股間の暴れワームも……」
「貴様ぁぁぁ!」
スパコーン!
見事なまでの音を立てて、ハリセンがアキラの脳天を叩きつけられた。
「これから敵とやり合うって時に、なにしやがるんだルーシェ!」
「やかましい! 貴様こそ、カナンの女神に対し、なんちゅー事を言っておるのじゃ!」
「いいじゃねぇか別に冗談くらい言ったって……ねぇ? ……はっは〜ん、さてはルーシェ……」
にやぁ〜っと、アキラの頬が緩んだ。いかにも意地の悪い笑みに、ルーシェは思わずたじろぐ。
「な、なんじゃ……」
「ひょっとして……ヤキモチ?」
ブチィ――頭の配線って、ちゃんと音が鳴るんだね。
「きぃさぁまあああああ!!」
どかばきめきばきべきごきゃ。
「ぎやあああああああ!!」
あらゆる殴打の擬音で表現されるような滅多打ちが、アキラを襲いまくった。あ、ちなみにここから先はいわゆる「あまりにも残虐なため、イメージ映像でお楽しみください」で、ある。
「死ね! 死ね! 死んでしまうのじゃ! 貴様なんぞこの砂の中に沈めてくれるのじゃ!」
「お、落ち着いてくださいルーシェさん! 本当に死んじゃいますってば!」
セレスティアが必死に止めるも、結局ルシェイメアが落ち着いたのはアキラが砂に埋められた後なわけで。
そんな彼らの様子に、イナンナは優しげに微笑んでいた。こんな平和な時を、幸せな時を守るために、カナンを取り戻さねばならない。強く、そう誓って。
●
「――心喰いの魔物じゃよ」
「心喰い?」
老婆の言葉に、
黒崎 天音(くろさき・あまね)は眉をひそめた。
だが、どこかその目は楽しげな色を湛えており、深く老婆を見返している。まるで興味の対象を見つけた子供のように爛々と輝いているよう――そんな印象を老婆は受けた。
そんな天音とともにいる
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、ただただ黙って彼のそばにいるのみだった。今は自分が何かを語るときではない。そう解しているのだろうか。
天音たちのいるのは、南カナンのとある村の一つだった。
砂嵐のよる影響で大きな打撃は受けているものの、それでもなんとか食いつないで生きている小さな村。一見すれば寂れたその場所だが、実はかつてニヌアや中央カナンで生活していた者の多い「流れ者の村」でもあった。
老婆もその一人だ。
かつてはニヌアで先代領主シグラッドの部下として働いていたらしい。崇高かつ聡明な魔術師であり、相談役としても活躍していたようだ。
老婆は、天音の表情に応えるよう更に続けた。
「そう、心喰い。わしらはそう呼んでいた」
「心を喰って生きていると?」
「正確には……心の光だそうじゃ。誰しもの心に光と闇はある。陽があり、影があるようにの。心喰いの魔物は、そうした心の陽や光を喰って生き続けるのじゃ」
「心の陽と影……」
天音は繰り返してつぶやいた。老婆は、それににやりと唇を歪める。
「……まあ、所詮はただの伝説じゃよ。いつの世でも人は心に闇をもっとる。わしらの時代は、悪さをすると心喰いに心を食われたんじゃとか言い訳をする者もいたのぉ。……本当の魔物はわしらの心の中にだけ存在するのかもしれん」
最後の言葉は、冗談か、あるいは締めのつもりだったのだろう。
老婆との話を終えた天音は、改めて考え込んだ。心喰いの魔物――それが奴であるという保障はどこにもないが、もしそうであれば……。
やがて、天音は頭を振った。
「情報が足りぬか?」
ブルーズが天音の心を見通したように言った。
「ああ……もう少し調べてみて――」
「ニヌアの地で兵を待っているらしい! 急ぐぞ!」
天音の声を遮って、若く雄々しい声が聞こえてきた。窓の外を見やると、パラミタホースに乗った村の若者たちが砂の大地を駆けていった。簡素な布の鎧に身を包んだ姿は、いかにも志願兵といったような風貌だ。
「カナンも、慌しくなってるね」
「兵を集めるための手紙が各地に届いているらしいからな。あの若者たちも、それを見たのだろう」
「なるほどね……面白くなってきそうだ」
天音はそう言って唇を緩めると、老婆に別れを告げた。すると、玄関を出て行こうとする彼の背中に最後の老婆の声がかかる。
「おぬしは……なぜそうまで奴にこだわるのじゃ?」
奴……。それが何を意味しているものか、天音には分かっていた。そして、彼は不敵な微笑みのまま振り返った。
「そこにある真理だけが、僕を楽しませてくれるからさ」
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