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リアクション
第2章 戦場の戦士たち 2
グロリアたちと交戦する兵士たちが、どよめきの声をあげ見つめた先には、巨大な岩を弾き飛ばす攻城塔があった。油を染みこませた布を巻きつけて火種をつけられた岩は、火炎弾となって敵兵の群れへと落石する。
攻城塔はいくつも連なり、まるで巨人兵のように砦軍に睨みを利かせていた。だが、決してその全てが巨人兵並みの力を持っているとは限らない。
「ハーリボーテー、ハリボーテー♪ チョー巨大なハーリボテっと♪」
能天気な声をあげて、段ボールの攻城塔といういかにも胡散臭い代物を運ぶのは、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)だった。もちろん、その材料全てが段ボールというわけではないが、耐久性には明らかに疑問が残る。
見た目は本物らしく偽装してあるが、恐らくは近づきすぎるとすぐにバレてしまうことは必至であろう。
「ふふふ、私の立案にぬかりはない! さあ、来るなら来い、ネルガル軍たち」
「ジーベック様、陽動が目的なのですから、必要以上に戦う必要は……」
別の攻城塔に乗って、ハリボテの最終調整をしている島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が心配げな声をかける。基本的に、どうやらこのハリボテ攻城塔の外装は彼女が担当しているようだ。無論、カナンの技術人にも協力は請うているのだろうが、塗料にオガクズを混ぜたり釘を使ったりと、遠目からは確かにそれなりに攻城塔に見える。
そんな彼女の苦労を知ってか知らずか、ジーベックはむしろにやりとした表情を浮かべた。
「なーに、ヴァルナ。心配ないさ。こうして私が敵の目をひきつければ、陽動の役目には一役担えるはず。それに……本物もあるしな」
ジーベックが目をやった先にある攻城塔が、ばねを利用したてこ式投石で火炎弾をはじき出した。鈍く重厚な音を立てて敵へと突っ込む火炎弾。そんな攻城塔を指揮する島本 優子(しまもと・ゆうこ)の声が、戦場に響き渡る。
「さあ、もっと岩を撃ちだすのよ! 敵の目がこちらから離れないように!」
優子の声に呼応するように、攻城塔は火炎弾でなく銃器の火を噴く。敵兵たちは徐々に攻城塔へと標準を変えたようで、勢いよく南カナン軍へと向かってきた。
「優子様……勇ましいですね」
感嘆するようなヴァルナの声に、ジーベックもうなずく。
「あいつはああいう役目が似合ってるな。……と、こっちも仕事だ仕事。やあやあ我こそはクレーメック……」
「ジーベック様、それは将軍です」
「ちょっと、お二人とも遊んでないで、敵の攻撃を受け止めるぐらいしてくださいませっ!」
ジーベックに叱責の声をかけたのは、宙を飛ぶ三田 麗子(みた・れいこ)だった。守護天使である彼女は、自前の翼で宙に浮遊し、敵の弓兵が放つ矢を剣で斬り落としている。
「何も遊んでるわけじゃないんだが……むしろ、余裕を見せたほうが敵は油断して襲ってくるだろ?」
ジーベックはまじめな声になって麗子を見上げる。不敵なその表情はそれまでの余裕綽々の青年のそれではなかった。呆れるように、麗子の顔がくたびれたものになる。
「まったく……あんたの言うことはどれが本当かわかりませんわ」
「ははは。どれも私ってことだ。さあ、いざゆかん、敵軍へ!」
敵軍は、攻城塔へと立ち向かってくる。
しかし、脅威となる存在はそれだけではなかった。
「き、きたぞぉっ! ユーフォリア・ロスヴァイセだ!」
「はああぁぁっ!」
戦場を駆ける天馬の騎士が、敵陣へと突っ込んできた。その脅威のスピードと剣戟の重みに、敵兵はたちどころにつぶされてゆく。5000年前のパラミタの英雄が、南カナン軍の先陣をきり、その美しくも舞うような槍さばきで道を開く。
だが、たとえどれだけ力がある者であろうとも一人では限界があるというものだ。それは、かつての英雄であろうとも同様である。
「…………ッ!」
敵の弓兵部隊の矢が、ユーフォリアを射抜く――かに思われたが、その瞬間にそれを防いだのは、巨大なラスターエスクードだった。
「ふふん、そう簡単にやらせはしないってね」
「伏見さんっ……!?」
「こっちは任せて、天馬騎士さん! あ〜……っと、私だけじゃないから」
巨大なラスターエスクードを担いで、伏見 明子(ふしみ・めいこ)は魔道銃の引き金を引く。同時に、明子とは反対側から鮮烈な光の渦が奔った。それは魔法使い部隊の放った雷とぶつかり、豪快な音を立てて消滅する。
散った光の影から現れたのは、トナカイに乗った一人の少女だった。
「お久しぶりです! ユーフォリアさん」
「アリアさん……!?」
「今回も、またお供させて頂きますね」
親しみのある笑みをユーフォリアに向けたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、続けて敵兵を捉えた。更なる追撃となってこちらに飛んでくる炎の魔法に向けて、彼女は剣を掲げる。
「光よ、この剣に集え! アサルト・サンクチュアリ!」
掛け声とともに、剣に宿るは神々しい女神のごとき光の力だった。白々とした光が視界に広がり、そして、炎の魔法とぶつかり合う。
「はああぁぁっ!」
光の渦は炎とぶつかり合い、まるで雪のように激しく散った。
「はぁ〜、やっるなぁ〜。うしっ、こっちも押しかけ護衛がんばらないとね、静佳」
「明子は本当に守る戦いが好きだねえ。僕は攻め手の方が楽で好きなんだけど……ユーフォリア殿のフォローのためにも、こっちからでるかな」
「殿って静佳、相変わらずかったいなぁ」
「……うん? 変かい? 武人には当然の礼儀だと思うけどなあ」
会話を繰り返しながらも、敵兵をなぎ倒しているところはさすがというべきか。明子のパートナー、九條 静佳(くじょう・しずか)は刀を腰に引き戻した。
「よし、じゃぁ、先駆けの仕事だ。九條静佳改め、源九郎義経。推して参る」
瞬間――砂地を蹴った静佳の刀は、ユーフォリアを狙っていた敵兵たちを斬り裂いた。砂に足を捕らわれるのを懸念してか、まるで飛ぶように地を何度も蹴ってゆく。
だが、それが仇となることもあろう。
「しまっ……」
跳躍の最中、身動きをとることは難しい。静佳の刀が敵を仕留めそこねると、それをチャンスと見た兵士が襲い掛かってきた。咄嗟のことに対処できない静佳――だが、一振りの剣が敵兵の槍を受け止めた。
「な……貴様は、女神イナンナっ!?」
驚く敵兵を前にして、無言のままイナンナは、それをなぎ払った。弾き飛ばされる兵士だけでなく、敵軍はその悠然にして威厳を漂わせる姿に圧倒される。まさしく、そこにあるのはカナンの女神たる佇まいだ。
だが、なぜだろう……。
まるで巨大な壁を前にしたような、そんな途方もない気分にされるのは。少女でありながらも、目の前の女神の双眸は冷たく敵を見据えていた。
(ありがとう朔、助かったよ)
(……かまわない。それよりも、こちらの目論見どおりイナンナと勘違いしているようだ。このまま、それが続けばいいが)
ぼそぼそと、静佳はイナンナに扮する鬼崎 朔(きざき・さく)とささやかに声をかわした。
いや、朔・アーティフ・アル=ムンタキムと呼ぶべきか。ちぎのたくらみによって少壮化した彼女の姿は、イナンナに似ていながらも、雰囲気は孤高の剣士のそれを思わせる。
イナンナが幼少の姿になっていることが功を奏したか……朔は彼女のフリをして敵軍の前にその姿を誇示する。仮にもカナンの国家神が前線真っ只中に出ることは避けるべきだろう、という判断のもとだった。
敵兵たちはイナンナに敵対しているとはいえ、さすがに国家神に危害を加えることははばかられるのか、ためらう様子を見せていた。
(覚悟が決まっていないか……ふんぎりがつかないか……好都合は好都合だな)
それでも、果敢に挑んでくる敵はいる。朔は華麗にそれを避けて、無光剣で敵をなぎ倒していった。偽者とはいえ、イナンナが前線に立つという光景に呼応して、味方の兵士たちの士気もあがる。
交戦の続く中、朔の思考は、自らが扮するイナンナのことを思っていた。
(慕われているのだな……もし、第七龍騎士団が私に命を下したとしたら……)
味方の兵士たちの顔を見ると、胸はきつく絞られたように痛くなる。それでも、私は戦えるだろうか? 私は、この剣を振れるだろうか?
「……ハァッ!」
朔の剣は、敵陣を斬り裂いた。まるで、迷いを断ち切るかのように。
その時が来たとき、どうするべきかは分からない。だが、今は……目の前の敵を叩き斬る。それだけで十分だ。それが……私のやるべき役目だ!
「こっちも、負けてられないね」
朔の猛撃を見ていると、自然と静佳の手にも力が入る。曲芸のように回転する刀の動きは、数名の敵を相手に華麗なる剣線を描いた。
すると、その合間から縫って銃弾が飛ぶ。弾は的確に、そして鋭い剣先のように敵を穿った。
「……おわ、さすがだね、明子」
「あれ? 私撃ったの二つだけなんだけどな」
「へ?」
確かに明子も魔道銃で敵を撃っていたが、引き金は二回しか引いていなかった。そして、敵が倒れているのは4人。すると、彼女たちの前を砂鯱が駆けた。
「はっはぁっ! 邪魔だどけぇっ!」
「魔法なんて、卑怯な真似はさせへんで?」
「お二人とも、はしゃぎすぎですよ」
砂鯱に乗るイェーガー小隊が、銃を連射して敵兵を一掃してゆく。
戦場は、一気に交戦状態となった。
「どうやら、皆さん無事に暴れているようですわね。このまま、敵を引きつけ続けれるとよいのですが……」
「……どうかな。敵の軍には他にも手がある。こちらも、ただの陽動だと思っていると寝首をかかれるかもしれんぞ」
戦況を見渡すユーフォリアに、彼女の背中で朔が答えた。お互いに敵の攻撃を反撃することは忘れぬ。
ユーフォリアの槍が、襲い掛かってきた敵を突き返した。
「もちろん――油断はいたしませんわ」
「…………」
朔はまるで良き友人を見つけたかのように、不敵な笑みを浮かべた。
冷厳ながらも幼い少女と麗しき美貌の女。相反する姿ながらも、そこに宿る意思は……同じものなのかもしれない。
「――いくぞ」
朔の剣が、銀光を放った。
「天馬の英雄に女神イナンナだと……!」
「はっ……い、いかがいたしましょう……」
指揮官へと報告を告げる部下の声は、不安を隠しきれていなかった。
シャンバラの戦士たちがカナンの各地で援軍となっているいま、そう簡単に敵を倒すことはできないと思っていたが……まさかこれほどとは。南カナン軍の進軍はどんどん進み、自軍は圧されていると言って相違ない結果に陥っている。
報告を受けた指揮官も、その事実にうなりをあげる。
「ユーフォリア・ロスヴァイセ。かつてはたった一騎で数多くの軍勢を壊滅させたと聞く……それに、シャンバラの連中までも……今のままでは分が悪いか」
頭を悩ませた指揮官の目は、人ではない何かに向けられた。
方法は、一つか……。
「――モンスター部隊を出せ」
「……はっ!」
戦いは、まだ終わっていなかった。
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