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リアクション
第2章 戦場の戦士たち 5
「うおおおおおぉぉ!」
空気を震わすような気合の掛け声とともに、大岡 永谷(おおおか・とと)が敵軍へと突っ込んだ。一心不乱という言葉に相応しいその様は、瞳に宿る裂帛だけでも敵軍を圧倒する。
敵をなぎ払う槍の一撃は、脅威となって敵軍に降りかかる。。敵兵たちはそんな永谷に反撃を企てて、更なる追撃を開始した。だが――ある意味でそれは、永谷の狙い通りとも言えた。
陽動の意味はあくまでも敵をひきつけるところにあると言って過言でない。あくまで注意をメインからそらすことにその要はある。作戦そのものが失敗すれば、成功した時よりも実る果実はないと言えるだろう。
永谷の従える小隊の兵士たちは、彼の声に呼応して、気合の突撃で敵軍へと突っ込んでいる。敵軍を撹乱し、時期を見計らって一斉離脱する。それに専念することが、成功の鍵となるのだ。
まして永谷のいる前線には――新たに投入された敵の脅威が存在する。
永谷は破壊神のごとく味方の軍を叩き潰すそれへと目をやった。土で構成されたその頑丈な体躯をもってして、不気味なほど無機質に淡々と暴れる――ゴーレムだ。
「ぐああぁっ!」
永谷の背後で、何かが兵士を斬り裂いた。
それは、影の中を移動して這い回り、すぐに永谷の影からぬっと姿を現す。姿なき闇からの使者――シャドーの刃のような手を、永谷はとっさに避ける。次いで、光の力を槍に纏わせて、シャドーを貫いた。
モンスターたちの力がこちらの軍勢を大きく押し込んでいるのは、明らかだった。
「……よっと」
巨大なライフルを構える青年が引き金を引くと、ゴーレムを捉えた弾は一撃のもとにそれを撃ち抜いた。ど派手に破壊されるゴーレムの体躯が、土砂ように崩れ落ちる。
「せっかくの対巨獣ライフル……やっぱり、こういうときに生きる武器ですよねぇ」
のんびりと青年――ルース・メルヴィンは呟いた。銜えタバコに無精ひげと緊張感のない声色。おおよそ一軍隊の中尉とは思えない風体だったが、引き金を引くと弾は的確にゴーレムを撃ち抜く。その成功率は――現時点で百パーセントといっても過言ではなかった。
「マスタ〜……」
「んー、どうしたんですか? ソフィア」
ルースの傍で辺りの様子を見回していたパートナーのソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)が、彼にぐでっとした声をかけた。
「周りを護衛しつつ味方の相手の戦力を確認〜、っていう役割は別に良いんですけど……私、女の子ですよ? もうちょっと楽な所に回してくれても……」
「楽なところですよ〜。ほら、こうしてソフィアが指示を出してくれたら……」
言葉の区切りに、ルースは引き金を引いた。
「オレも安心して戦えるんですから」
「あーあ、だれか恰好いい男性が現れて王子様のように助けてくれる!! なんてことないかしら。そうして私はお姫様のように〜」
なにやら夢の世界に突入したソフィアは、ルースの話など聞いちゃいなかった。夢の王子様に連れ去られる様をミュージカルのように見せるソフィアに、彼の半ば呆れたような視線がちくちくと刺さる。
ため息一つ。ソフィアは夢のワンダーランドをあきらめた。
「……はいはい、解りましたよ。ちゃんと護衛しますよ」
「それでこそ、ソフィアです」
「……いつか、いつか!! 絶対にいい男捕まえて幸せになってやるんだから〜!!!」
今度は夢の世界から現実への目標へと変化したようだが……、まあやる気になってる分は止めはしまい。ルースは再び戦場を見やる。
「……と、お? あれは……」
ルースたちの目に映ったのは、慌てたように、灯油を染み込ませた布を巻いた――いわゆる火矢を構える青年だった。ルースの破壊するゴーレムの惨状に混乱する戦場で、青年は火矢を敵砦の壁に放つ。
すると――
「おおぉ……シャウラもやりますね」
事前に砦の壁に仕掛けられていた爆薬が、火矢によって誘発した。連続して起こる爆発の音に、敵軍が慌てふためく様子がルースからもよく分かる。
爆撃を起こしたシャウラ・エピセジーは、まるでいけないことをした子供のように慌ててこちらに脱走してきた。
「ご苦労様です」
「ご苦労さまです……じゃないって! あんな爆発起こるなんて聞いてないですってっ! 地図上の印がある場所に火矢を撃ち込めって指示だけじゃなかったですかっ!」
「そりゃ……オレが出した指示じゃないですしねぇ」
「ぬあああぁぁ、だまされたあああぁぁ」
頭をがしがしと掻きながら、青年は叫びをあげる。ソフィアといい、彼といい、何かと騒がしいものであった。
とはいえ――あくまでもシャウラは軍人である。下された命令に従うことが絶対であることは彼も理解している。火矢を撃ち込むのが終わったら、今度はルースの護衛だ。
あの爆発で何人の敵兵が死んだのだろう。そう思うと、やるせなさがシャウラの中に残る。彼の叫びは、そんなどうしようもない己の気持ちでもあったのかもしれない。
ルースを護るために、彼は隙を狙ってくる敵兵を撃ち抜いた。その手がわずかに震えているのを、彼のパートナーであるユーシス・サダルスウドは見逃していない。
(生き残れば軍人……そういうことですか)
彼に命令を下した張本人の意思が何であるのか、理解できた気がした。シャウラの目に怯えと恐怖の色が失われ、軍刀のような鋭利な色を帯びてきたとしたら、それが始めて“生き残った”証となるのだろう。
砦の爆発に慌てる敵軍へと容赦なく引き金を引くルースも、かつてはシャウラのようであったのだろうか。
全てを悟ることはできぬが――ただ、忠実なる兵士たちは戦う。己の自由のため、国のため、愛すべき人のために……自分がそこにいるために。
「う、うわあぁぁっ!」
「…………っ!」
味方兵を襲おうとしているモンスターの前に立ちはだかり、比島 真紀(ひしま・まき)は、鮮烈な意思を込めた瞳で刀を振るった。
「ここは自分に任せてください! 貴殿は後退を!」
「は、はい……!」
慌てながら逃げ出す兵士。モンスターは更にそれを追撃しようとするが、真紀の横から飛び出たマシンピストルの嵐がそれを阻んだ。
サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)――真紀のパートナーであるドラゴニュートがそこにいた。
「ふん……俺たちの前から抜けだそうなんて、許されると思ってたか?」
「サイモン、油断はせぬよう……」
「分かってる。……いくぜ!」
二人は一斉に飛び出した。
サイモンのマシンピストルが連続した咆哮をあげてゴーレムを襲うと、その隙に真紀は背後へと回り込んでいた。ドラゴンアーツが彼女の身体を包みこみ、およそ人とは思えぬほどの動きを可能とする。砂地から跳躍した真紀は、抜き身の刀を引くと――一閃した。
ゴーレムの首が、ごとりと落下する。
「やったな」
「油断は禁物です。敵の軍勢は、規模を拡大しつつあります」
真紀の言うとおり、敵軍と味方軍とではその差が徐々に開きつつあった。何より、モンスターと一般兵の実力に差があるのがその理由である。契約者たちがモンスターの相手を務めているとはいえ、限界があろうというもの……こちらの傷は、深い。
真紀からそう離れていない場所で、アリア・セレスティは、わが身に帯びる光の力でシャドーを粉砕した。霧散する影の姿の奥からは、敵が進軍してくる様子が見える。
「ユーフォリアさん……このままだと……」
「ええ……まずい、ですわね」
ユーフォリアの光を纏う槍がシャドーを貫いたとき、巨大な音を立てて倒れたゴーレムを飛び越えて、朔がやってきた。
「ユーフォリア」
「朔さん……」
「次の段階に移る頃合だ。マイヤーズの合図も、そろそろだろう」
次の段階――ユーフォリアたちの目に希望の色が浮かんだ。彼女たちの見上げた頭上では、一粒の影がある。そうか……敵の進軍が固まってきているということは……。
頭上の影がわずかに揺らめいたのを見ると、永谷の叫び声が聞こえてきた。
「撤退、撤退だ! 早急に戦線を離脱せよ! これは命令だ!」
兵士たちは永谷の指示に従って、まるで敵軍から恐れおののいて逃げるように撤退する。それを確認し、
「……一旦後退、ですわね」
うなずきあって、自分たちも馬を退かせようとするユーフォリアたち。しかし、残されているモンスターがそれに襲い掛かろうとした。が――それを防いだのは、刀と銃弾の螺旋だった。
「真紀さん……!?」
「バックアップは任されました……貴殿らは早く後退を。作戦遂行が最優先です」
真紀の背中を心苦しそうに見つめるユーフォリア。だが、今は……彼女たちを信じるしかない。背後で去りゆく馬の足音を聞いて、真紀は再び刀を構えなおした。
「サイモン……巻き込まれないように、注意してください」
「……死ぬかもしれないってときにまで、冷静なもんだ……まあ、おまえらしいがな」
爆発まで、残り時間はわずかだった。
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