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第1章 刀と酒の契り 1

 一閃。
 打刀の剣線が獣に向かって振るわれると、風を引き裂く獣の爪とぶつかり合った。
「……!」
 硬い外殻に覆われた獣のそれは、爪と言えども容易く断ち切れるものではなかった。すぐに距離をとるコビア。左の爪が振るわれるその前に、反転して後退する。地に手のひらを置いて身体を飛ばすと、次の瞬間には獣の鋼のような爪が大地をえぐっていた。
「くそっ……」
 相手のしつこい硬さに舌打ちする――そのとき、背後からも仲間の獣が迫っていた。
「!?」
 とっさに振り返る。
 刀は構えを取ろうとしていたが遅かった。しかし、
「ほいっと!」
 軽い声が聞こえると、獣の甲殻の隙間を狙って、短剣がざっくりと突き立てられていた。短剣から見る見るうちに周囲が石へと変化してゆく。己の身体が身動きできなくなる不気味な感覚に獣が暴れだすが、やがて獣はうめき声だけを残して倒れた。
「トーマ……助かったよ」
「へへっ、こっちは任せてくれよコビア。オイラだって、伊達に冒険してたわけじゃあないんだから!」
 トーマ・サイオン(とーま・さいおん)は悪戯な少年顔でそう言うと、獣の身体から短剣を抜いて軽やかに地を蹴った。久しぶりに会った友人も、相変わらず軽さ加減は変わっていないようだ。しかし、その一手一手に緊張感にも似たものがあるのは……冒険の間に御凪 真人(みなぎ・まこと)から何かを教えられたせいだろうか。
「コビア君。向こうの外殻は強固なもののようですね」
「はい……刀だと、なかなか切れないです」
 更なる獣の激突を避けたコビアが飛び退ったところで、自らのパートナーを含め、仲間たちを見守っていた真人が言った。歳の割に落ち着いた姿勢のその青年は、獣の爪を素早く避けつつもコビアに助言する。
「となると……外殻のない部分を狙うのがセオリーですが……確実に行くならそれに専念したいところですね」
 守りと攻めと四方。それらに神経をめぐらせていると、やはり一つの物事に集中するよりかは精度が落ちるのは必然だ。師匠であればこのような敵など恐れるに足らないのだろうが……事はそううまく運んではくれなかった。
 刀が殻にぶつかって、コビアは獣からはじき飛ばされる。体勢を崩した彼に襲いかかるもう一体の獣――だがその進行を、まばゆい雷光の一撃が阻んだ。
「翡翠さん……それに美鈴さん!」
「前に出るのは感心しますが、無茶は禁物ですよ」
「そうですわ。私達も協力いたしますが、自分のできる範囲で、頑張って下さいませ。無理は、禁物です」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が温かな陽光のような光を手のひらから発してコビアの傷を癒してくれる。その最中、柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が操る氷と雷の魔術が踊り合って、獣たちの行き場を防いでいた。
「また、軽々しく引き受けましたね?」
 傷を癒す間、透き通るような美貌を宿す金髪の青年は目を細めて聞いてきた。
「そういうわけじゃ…………いや、そう、なの……かな」
「いえ……別に責めてるわけじゃありませんよ」
 コビアがあわてて言いつくろうと、翡翠はくすっと笑った。やがてその瞳は温かな色をたたえてコビアを見つめる。
「ただ、本当に……無理だけはなさらないように」
「……はい」
 自分には存在しないが、兄を見ている弟の心情……そんなものにも似たものがコビアには感じられた。真っ直ぐなその瞳に頷いたとき、傷の治療は終わった。再び刀を手に立ち上がるコビア。
 と、その後ろで、獣が地を鳴らして倒れる音がした。すると、恐らくはその獣を倒したのであろう少年少女らが、コビアのもとまで飛び退ってきた。
「コビアっ! 苦戦してるッスね! オレのほうは終わったッスよ!」
「兄貴は私たちと一緒に戦ってたからでしょ? 自慢げに言わないの」
「まあ、そう言うなサンドラ。男というものは競争心があって当然だ」
 アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)――誇らしげに胸を張る彼を、双子であるサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)が戒めた。双子であることは間違いないのだが、お互いに兄貴と姉貴と呼び合うことからコビアにとってはどちらが上なのかが分からない関係だ。
 そんな彼らを親の目線からたしなめるキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は、なんとも落ち着き払ったものである。恐らくはお目付け役、といったところか?
 今回は彼らの契約者であるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の姿が見えない。コビアとしては彼女とも久しぶりに会いたいところであったが……どうやら何かと忙しいようだ。それもあってのお目付け役なのだろう。
 あるいは、もしかしたらそれすらもアレックスのことを考えたことなのかもしれない。キューはそんなことを思いながら、勇猛果敢に獣に挑む守護天使が友人とともに身構えるのを見た。
「アレックス……準備は出来てる?」
「もっちろん! 守りはオレに任せるッス!」
「よし…………いくよ!」
 コビアの掛け声とともに、アレックスは獣へと立ち向かった。コビアが地を蹴って獣を飛び越えると、獣はそのままアレックスに突進してくる。衝撃、そして足が地に沈む感覚。アレックスは刀身を正眼に構えると、両手でそれを押さえて獣の突進を防いだのだ。
「ぐ……!」
 猪突猛進の言葉にふさわしき獣の力。アレックスはそれをこらえて相手の動きを止めることに成功した。ある意味で、守護天使らしい働きと言えるかもしれない。いずれにせよ、これで――
「コビア!」
「はあああああぁぁ!」
 軽い音がした。背後から切りかかった刀身が、獣のむき出しになった皮膚を裂く。すると、それまでの獰猛さからは想像できない呆気なさで獣は沈んだ。コビアの刀が一瞬で相手の生命を絶ったのか……? いや、違う。
 確かにコビアの刀は獣を切り裂いていた――しかし、そこに加えて、魔法効果が付加されたリターニングダガーが突き立っていたのだ。
「刹那さん……!」
「……まだ来るぞ。気を抜くでない」
 それこそ魔法のようにどこぞからか現れた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、小柄な体躯を利用して跳ねると、姿を消した。正確には、影に隠れたというべきか。
「せっちゃん、待ってよ! 一人じゃ危ないよ」
 そんな明らかに年齢不相応の力を見せつける少女を心配して、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が声を張り上げた。影から現れるたびに次々とダガーを突き立ててゆく歴戦の暗殺者はともかく、それよりも彼女のほうが一人になると危なげだ。
 刹那を援護しようと、魔力を秘めた歌を歌いだしたアルミナの前に、コビアとアレックスが飛び出す。
「きゃあっ……」
 刀が煌いた。アルミナに迫っていた鳥型の獣を、コビアが追い返したのだ。
「あ、ありがとう……」
 アルミナを安心させようと優しく笑って、コビアは次なる標的に狙った。アレックスが敵の攻撃を防ぐと、その隙を突いてコビアが抜刀する。二人の連携だけではない。必然的に傷の多くなるアレックスを癒すのはサンドラだ。
「兄貴! 負けるんじゃないよ!」
「分かってるっスよ!」
 獣の数も減ってきた。美鈴が手を振りかざすと、業火の唸りをあげる炎が舞う。鳥型の獣たちは次々と羽を燃やされて地に落ちる。翡翠同様だが……彼女たちは必要最低限の助力しか与えなかった。
 そんな二人を見て、真人が含みある笑みで聞く。
「コビア君のため、ですか?」
「修行……という理由もあるでしょうからね。要するに私は前線は無理ってことなんですが……」
「それで私ばかりが前線に出るのもいかがなものか、ですわ」
 呆れたように見返してきた美鈴だが、翡翠はごまかすような笑みを浮かべるばかりだ。そんな二人に苦笑いしながらふと真人は思う。そう言えば、修行といえばうちのトーマは……?
 その頃には、トーマもコビアたちに混じっていた。コビアとともに前へ前へと進み出るものの、中空や岩陰を利用した奇襲的戦法が獣たちを翻弄する。それぞれの役割を担った戦い方は、自然と組みあがったものにしては十分な出来だった。
 ついには、残り三匹へと迫っている。
 低く跳躍したコビアが中空ですでに抜刀し、相手の足を切り裂く。大きな図体を支えきれなくなった獣が体勢を崩したとき、トーマが短剣を頭部から突き立てていた。その隙に爪を振り上げてくる獣がいたが、アレックスの剣がそれを弾き返した。
 ――そして剣線。
 弾き返された獣の腕が振り向きざまのコビアの刀に断ち切られた。
「最後……だっ!」
 トーマがコビアの背後から彼の肩を利用して飛び上がる。上空から投擲された短剣が甲殻の隙間に突き立ち、見る見るうちにその周りを石化させてゆく。だが、まだそれで終わったわけではない。完全に石化する前に、獣は一心不乱に襲い掛かってきたのだ。
「アレックス!」
 声が聞こえた。眼前にまで迫っていた獰猛な刃を見て、アレックスは一瞬だけ感覚が失われた気分になった。気づけば目を瞑っていた。
 しかし……生きている。
 瞼をあげるとそこには、戦友たる少年が震えながら立ち尽くしていた。いや……その手だけは、必死に刀を握り締め、獣の額に突き刺したままだった。
「コビア……」
「よ、よかった……」
 額をえぐるようにして突き刺さった刀。そのまま、獣はぐらりと揺れると地面に横転した。
「おーい、無事かー! 二人ともー!」
 トーマが呼んでいる。ようやく意識がはっきりし始めて立ち上がったアレックスは、コビアと顔を見合わせた。
「へへっ……」
「……はは」
 そして、笑いあう二人。そんな二人に駆け寄ったトーマは、訳もわからず首をかしげていた。