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●めざめ

 カレー騒ぎに加わらず、いや、今日、百合園に来てからもまるで料理に参加せず、一人、存在感を消している姿があった。
 それは、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)だった。
 無論、朝斗が気づかないはずはなかった。仲間たちもわずかに訝しんではいた。
 だが朝斗が「そっとしてあげてほしい」と目で告げたので、誰も触れなかった。
 それが善かったのか悪かったのかはわからない。

(「『私』が解らない」)
 アイビスは考える。仲間たちの楽しそうな声を聞きながら、一人、考えている。
(「あの見た映像、言葉は少なくとも「昔の私」が見たもの筈……けれど、それを受け入れる事が出来ない……」)
 アイビスは怖かった。
 受け入れてしまえば『今の私』が壊れてしまうかもしれないからだ。
 それどころか、『今の私』が得てきたものすらも壊してしまうかもしれない。
「それだけは……したくない」
 口に出していた。
 これは確実に自意識のめざめだ。アイビスはもう、ただの人形ではない。
(「あの人と同じように……」)
 アイビスの目は、遠く、大黒美空を見ていた。
 今日、美空がめざめたことを知っているのはアイビスだけだろう。
 しかしそれを朝斗に告げる気にはどうしてもなれなかった。
 理由はない。強いて言うなら、美空への裏切りのように感じられたからだ。
 美空のことを決めるのは美空自身だ。
 自分だって、自分のことは自分で決めたいと思う。
(「またあの時の様に自分の手で……ジブンノテデ……?」)