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●ティフォン、恐竜の襲撃を受ける

「ぐぅぐぎげぇごぁぅ!」
 恐竜がティフォンに飛びかかった。
「何だ!?」
 滅多なことでは動じないアクリトも、酒をほどほどにして美味しく食べていたチョココロネ(※)を取り落としそうになってしまった。
 一頭の恐竜、それもティラノザウルス・レックスがだしぬけに、ティフォン学長の鼻先に飛びついたのだ。これは驚くなというほうが無理だろう。長い爪、鋭い牙に引き締まった四肢、最強の恐竜と呼ばれるだけあって、ティラノの外見は大変に恐ろしい。
 ところがアクリトもしばらくして、チョココロネを安心してパクつくことになった。
 よく見ると恐竜は着ぐるみ……テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)が着た姿と気づいたのである。そもそもティラノザウルスにしては小さすぎるではないか。
「ぅがぁぅぎぃぅぐぅ!」
 テラーはわめくような鳴き声を発するのみだが、その口調からこれが、親愛の情を示しているだけだとわかるだろう。実際、ティフォンの鼻先にとりつきながら、テラーは楽しくじゃれているだけだった。
「可愛い恐竜くん、君は一体誰かな?」
 竜の問いに、テラーの同行者たるバーソロミュー・ロバーツ(ばーそろみゅー・ろばーつ)が返答した。
「名はテラー・ダイノサウラス、我(わたくし)の今世最大の副船長ですわ」
 彼女は、いわゆる海賊船長の服装だ。羽を飾りつけた三角帽子をかぶり、洒落たオーバーコートを宮廷風のブラウスの上から羽織った上、腰には宝石飾りの施されたサーベルを佩いている。それもそのはず彼女は、歴史上名高い海賊船長の英霊なのである。恐竜の連れが海賊、というのも不思議な話だが、このシャンバラであればない話ではない(はずだ)。
 同じくその同行者、栄光あふれるスパルタ王レオニダス・スパルタ(れおにだす・すぱるた)が呼ばわった。
「おいで。ティフォン学長にちゃんと挨拶しよう」
「ぅが!?」
 さすがレオニダス、一声呼ぶだけで、テラーはよく訓練された犬のように駆け戻ってスパルタのもとに馳せ参じた。
 さらに、やはり同行者たる虹色の髪をした美女が丁重に告げた。
「学長殿、テラーは恐竜として、ドラゴンたる貴殿に親近感を抱いただけのことと思われる。無礼は許されたい」
 慇懃なれどへりくだらず、かといって尊大ぶることもなく、やはり虹色の眼で竜を見据える。彼女はクロウディア・アン・ゥリアン(くろうでぃあ・あんぅりあん)、自称無敵の大悪竜という商人らしい。
「無礼とは思っておらんよ。テラーよ、人の子よ、君は言葉を理解しないのか?」
「ぎげぇごぁぅ!」
 テラーはうずくまったまま吼えた。ぱっくり開いたティラノザウルスの口の間から、その邪気のない顔が覗いている。単なる吼え声に聞こえるものを耳にして、
「そうか。そうか」
 ティフォンは頷き、彼らの同席を許した。
「学長、テラーの言いたいことがわかるのですか?」
 バーソロミューが問うと、
「完全にはわからないよ。でも大意は通じているつもりです」
 竜はそう言って、「おいで」とテラーを差し招いたのである。するとテラーは嬉しそうに鳴いて跳ね飛び、竜の首に跨ったのだった。
「どうも彼女……いや、彼なのかな? には悪意が感じられないね。面白い子だ」
 私も好感を持っているよ、とアクリトは言うのである。
「いつでも遊びに来てくれ、諸君なら歓迎だ」
「それは願ってもないお言葉」
 バーソロミューは一同に着席を命じた。こうしてドラゴン、恐竜、大学者に海賊にスパルタ王、そして虹色の髪をした商人という不思議な取り合わせで一同は花見を楽しんだのである。
 酒はさほど強くないらしい、レオニダスはワイン数杯でもう顔を真っ赤にしている。
「テラーの世話は主に私が焼いているわ。それが止められないのよ、私が生前出来なかった楽しみよね」
 レオニダスもまた、言葉を口にしないテラーの意思を巧みに把握できる者の一人だ。
 ところで今日は同席していないが、最初にテラーを拾ったパートナーによれば、テラーは狼に育てられた可能性があるという。
「という話もありますが、我(わたくし)の考えは少し違います。他種族とのハーフである可能性ではないかと思っておりますの」
 これはバーソロミューの言である。これに対してクロウディアは、
「もっとも大胆な推測かもしれぬが……時間を飛んで、恐竜に育てられたのかもしれんと思っているぞ」
 と、いささか舌の回らぬ口調で告げた。最初からハイペースのクロウディアである。あっという間にアルコールが回ってしまったのだ。
「そんなことはないでしょう」
 二人に言い返しながらも、レオニダスはとろんと眠そうな眼をしていた。
 やがてクロウディアは立ち上がっていた。
「ああ、もう、こんな小さな杯ではつまらん。ティフォン学長、借りるぞ」
 などと言いながら、風呂桶ほどもある学長ようの杯を持ちあげようとするではないか。
「それはさすがに」
 やめたほうが、とアクリトが言うも聞かない。
「これくらい空けられずに塵芥まみれの世を渡っていけようか。注げ注げ」
 困った絡み酒もあったもので、クロウディアは上気した顔で杯を持ちあげようとするも、なんとも手つきが危なっかしい。
「およしなさい。潰れてしまいますわよ。色々な意味で」
「ええい放せ。潰れるも上等だ」
 というバーソロミューの制止もふりきるクロウディアだったが、次の一言でぴたりと止まった。
「がぁぅー」
 テラーが哀願するように一声鳴いたのである。
「……うむ。まあ、この辺にしておくか」
 その反応があまりに素早かったので、バーソロミューもレオニダスもアクリトも、ティフォンまでもが笑ってしまった。

(※)アクリト・シーカーはああ見えてかなりの甘党なのだ。