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リアクション
The Castle of Sand-4
乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)は動揺していた。
対人恐怖症気味の彼女にとって、大人数での団欒のような席は殆ど経験した事が無いと言っていい。
パートナーの白泉 条一(しらいずみ・じょういち)の後ろに身を隠す様に回り込んでいるものの、沢山の声に包まれて気が遠くなってしまいそうだ。
「どうしよう条一」
「どうしようって……でも飯は喰わないと」
「でも……」
明日の不安を紛らわそうとしているのか、いつも以上にテンション高くわいわいやっていたから、皆は七ッ音の声に気づかない。
一部の人間を除いては。
「どうぞ、お嬢さん」
島で見つけた中で”比較的見ための普通だった果物”の盛り合わせに花を添えて、七ッ音に差し出したのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だった。
「あら、綺麗な花ね」
リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)もやってくる。
エースが添えた花は、花妖精の彼女も見た事もないものだったのだ。
「この島の固有種みたいだ」
「ふーん、ね、あなた達も一緒にあっちに座りましょう?」
リリアはそういって自然に七ッ音の背中を押して誘い出す。
七ッ音は少し動揺しているようだったが、リリアの優しい笑顔に少し安心して彼女と一緒に団欒の中へ向かって行った。
「全く、君達は本当に甘いな」
呆れたような声で言うのはメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)だ。
「でもそれが面白いんだろ?」
エースの減らず口に、メシエはふっと息を吐きだしていた。
ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は溜息をついていた。
「まーあれだ。
俺も迂闊だったぜ
冷静に考えりゃジゼルと雅羅っつートラブルメーカー二人揃ってて何も起きねぇ方がおかしいよな…
マジで生きてて良かったぜ」
「マスター……」
彼のパートナーフレンディス・ティラは隣で苦笑している。
が、溜息の原因は彼女にもあるのだ。
ベルク・ウェルナートは彼女に恋をしていた。
今まで何度もアプローチを掛けてきた。
そもそも出だしからして告白だった。
なのにこの超伝説の鈍感は欠片も気付いてくれないのだ。
ぽやぽやのほわほわで切り返し、端から見ればバカップルなこの状態も、全く自覚無く、彼女自身ベルクに対して好意を寄せているにも関わらず、
行く道に立ちまくったフラグを走って踏み潰す勢いだ。
つまり、ベルクにとって無人島で二人っきりだったらこの状況を打破する特別なイベントになったようなものを。
「これだけ大勢だと最早林間学校かキャンプだろ……」
再び溜息をつくベルクに、フレンディスは自分の原因とは知らずににこにこと可愛らしい笑顔を向けていた。
「ジゼル、何か食べてる?」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)のパートナーコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に声を掛けられて、一人海の近くに座っていたジゼルは驚いて目を見開いた。
コハクは両手に缶詰を持っている。
保存用以外に今夜の夕食に使える分を、皆に配っていたのだ。
「あ、わ、私は……」
「駄目だよ、ちゃんと食べなきゃ。
美羽もたまにダイエットーとか言って食べない時あるけどそう言うときに限って後でおなかへったーって」
「そう言う事は言わなくていいの!!」
美羽がコハクの頬をつねって引っ張った。
ジゼルは少し驚いて、申し訳無くも笑いだしてしまう。
「いてててごめんごめん、でもほんとにさ、なんか食べよ?」
「そうだね」
「えーっと残りこれしかなくて申し訳ないけど。はい、どうぞ」
コハクに手渡された缶詰には、”おでん”と書かれていた。
しかしパッケージに描かれている絵は、どういう訳かおでんでは無く……
「めいどさん?」
「……ほんとだ。なんでだろ」
「可愛いけど、なんか不思議ね」
二人で小さく笑いあって、コハクは美羽に真空パックの肉を渡した。
「美羽はこっち」
「んー」
美羽はそれを受け取ると、パッケージを開いて串状の棒で中身を突き刺して取り出し、そのまま目の前の火で炙りだした。
「それは何をしているの?」
「ベーコン作ってるんだよー」
「へー、ベーコンってこうして出来るの。
私知らなかった。うち基本何でもオーダー出来るけどよく作るのはもっと……定食っぽいやつだから」
「うんうん、あのねー鯨でもベーコンできるんだよ」
無表情の目のままにやりと笑う美羽に、コハクは一歩後退る。
「美羽、それこわいよ」
「ふーふーふーふーふー。
あ。ね、ジゼル。ジゼルんとこでは出さないの?」
「え、鯨? は、見た事ないなぁ」
「そーじゃなくて、ベーコン料理とか」
「……無い。わね。
そーかーベーコンかー……ベターなのはスープよね。
あとはルーラーデンだっけ」
「何それ」
「この間見た料理の本にあったの。
お肉をねー、ピクルスとかお野菜とかと巻いてー、中にベーコンも巻いてー」
「うわやばいおなかへってきた。それめっちゃ食べたいわ」
「ほんと? 今度女将さんに話してお店で作ってみるよ」
「じゃーそん時は絶対食べに行く」
「わー張り切る張り切る」
何気ない会話に、明日の事等すっかり忘れていたジゼルの膝に、ごろんと小さな身体がのっかってきた。
「ボクも食べたいですー」
「ヴァーナーったら」
ヴァーナー・ヴォネガットはジゼルに髪を撫でられてくすぐったそうにしていた。
「ジゼルお姉ちゃんの好きな食べ物ってなんですかぁ?」
「そうね……かわいい子かな!?」
ジゼルは膝で甘えているヴァーナーに飛びつくと、脇をこしょこしょ擽り出す。
暫く笑いながら攻防を繰り返していた後、ヴァーナーはジゼルの隣に座り、息を切らせながら質問した。
「じゃあ、好きな歌は何です?」
「歌……」
「それは私も気になるわね」
「俺も聞いていいかな?」
そう言ってヴァーナーの隣に座ったのは、リカイン・フェルマータと五百蔵 東雲だった。
二人ともディーヴァとして己を歌を磨いてきた日々だったから、特殊な力を持つと言うセイレーンの歌には当然興味がある。
「セイレーンの歌は戦いの歌ばかりだけど…………皆好きよ。あの歌以外は」
「あの歌?」
「ううん、何でも無い。
……ねえヴァーナー。明日のことなんだけど、船腹で待ってて欲しいって言ったら……」
「だめです。
ボクは皆と一緒に戦うって決めたんです。だから」
「そっか。ごめんね」
「いいですよぉ。
その代わりジゼルお姉ちゃんの好きな歌、色々教えて下さい。
一緒に歌いたいです」
思案していたジゼルは、すっと夜の空気を吸い込んだ。
珊瑚色の唇から、歌が零れて行く。
優しい音と不思議な言語に、誰もが手を止め、目を奪われていた。
リカインは考える。
確かにジゼルの、セイレーンの歌はあの鯨の歌に似ていた。
けれどただ一つあの鯨の歌とと違うところがあるとすれば、何処か相手を思い遣るような気持ちがあったからか。
最近彼女は”力ある言葉”を使った歌というものを知り、それについて考える事が多かった。
――けれどジゼルくんの歌と鯨の歌の違い……
言葉だけでは無く、歌う人の心にこそ本質があるのかもしれないとも、彼女は思った。
「知らない言葉です」
歌い終わったジゼルに、ヴァーナーは言葉を掛けた。
一緒に歌おうと思っていたが、セイレーンの言葉だったとは思いもしなかったのだ。
ドイツ語に似た音だから真似出来ない事は無さそうだが、これは少し難しそうだと思い少しむくれてしまう。
「幸せを願う歌。
この歌があなたに降る幸せの雨になって、あなたを全ての不幸から護れますように。
って歌ってるのよ」
「素敵な歌です」
「うん……。
でももうちょっと簡単な歌にしようか?」
「はいです!」
ヴァーナーと楽しそうに歌の練習を始めたジゼルを見て、リカインと東雲は目を見合わせる。
口にはしないが二人には同じ様に感じた”違和感”が合ったのだ。
確かに聞いた事のない言葉だ。
何を歌っているのかなんて想像するだけしかできない。けれど……
――あの歌、本当にそんな意味だったの?
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