校長室
早苗月のエメラルド
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Moonlight-1 「さあどうぞお嬢さん方。 星空を見ながら寝るのも悪く無い。きっと疲れも癒されるでしょう」 東條 葵に案内された場所には、彼等が苦心して作ったハンモックが吊るされていた。 皆色々な事が起こり過ぎて内心疲れきっていたから、歓声を上げると好意に甘えてすぐに自分の寝床を確保する。 それを見ながら東條 カガチは葵の顔を見た。 「ところで葵ちゃん」 「ん?」 「作ってた時から気になってたんだが、これ、人数分ないよね?」 「……ひい、ふう、みい―― あるよ」 「え、だって……」 当然の様に答える葵に、カガチは動揺する。 どう考えても数は足りないのだ。つまり…… 「ああ、言うまでもないけど。 男はそこらで野宿でいいね?」 有無を言わさぬように向けられる、葵のアルカイク・スマイルに、カガチは肩を落とした。 「さて。男性陣はこちらで交互に見張りでもしようか。 レディを護るのは男の務め、だからね」 追い打ちをかけているつもりはないが、エース・ラグランツはそう言って男達を集めた。 「わーやったー寝よ寝よ」 佐々良 縁が自分の分の毛布を持ってハンモックへ向かっているのを、カガチは怨めしそうに見つめる。 「あらーアンタ一番元気そうよ?」 「フヒヒっ」 「まっいっか。 で、何人でどういう分担にするんだ?」 カガチの肩に手を置いて、代りに話し始めたのは原田 左之助だ。 「まずは当番は俺達戦わない奴らからだな。 キャンプと船を囲んで数人ずつ、ってとこか? それと睡眠抵抗のスキルを持っているものも優先か。 取り敢えず今は体力を温存しとくといいさ」 「ほんじゃまぁその辺は原田の兄貴にお任せすっとして、俺らは関係ないものはさっさと寝ますか」 「応よ、任せとけって」 そんな訳で、あぶれた男達は女性陣の休むハンモック村から少しの距離を取って寝床を確保する。 当番の話し合いに参加しようとしていたセリカ・エストレアは、パートナーのヴァイス・アイトラーに自分の毛布を渡した。 「お、いいの?」 「ヴァイス、お前も早めに休め。 さっき気づいたが、お前化け鯨の歌のダメージが残ってるだろ。 ほら、俺の分の毛布も使え」 ヴァイスはセリカから毛布を受け取ると、一枚にくるまり、一枚を頭にかけてしまう。 「おれは野ざらしで寝るのは慣れてるから気にしなくていいって……もう寝た。 やはりダメージが残っていたか。 もっと早く気づいてやれば…… やはり俺は駄目な兄だ。 化け物との戦いも隣で守ってやれないとは」 セリカはヴァイスが無造作にかけていた毛布を綺麗に直してやると、立ちあがって話し合いの場所へ戻って行った。 キャンプを照らしていた火が消されると、一帯に本物の暗闇が訪れ、月明かりだけが彼等を照らす時間になった。 * 皆が寝静まった頃、 リリア・オーランソートは寝ている仲間達の間をそっとすり抜けて帆船までやってきていた。 「メシエ」 リリアの声に振り向いたのはメシエ・ヒューヴェリアル。 彼のパートナー、エースの発案である船の見張りを続けていた所だった。 「リリア、君はこんな時間に……」 「ちょっと話があるの、いいかしら」 メシエの些か過保護なお小言を遮って、リリアは真剣な目を向ける。 彼女の言う「話」が大事な事である事を悟ったメシエは、頷くと自分の毛布を砂浜に広げ、リリアにそこへ座るよう促した。 リリアがそれに素直に従うと、メシエは紳士として取るべき最低限の距離を取って彼女の隣に座った。 空気が揺れて上品な百合の香りが鼻先をかすめる。 思わず酔ってしまいそうな空気を裂いたのは、リリアの何時もより少し低い声だった。 「メシエ。……あなたいつも言ってるわよね。 ”機晶姫や剣の花嫁は、機動要塞と同じ、兵器であり使う為の道具”だって」 「ああ」 酷な内容の質問に、メシエは躊躇無く答える。 けれど凡その察しはついていたのだ。 これは元々メシエの考えだったし、彼は友人の剣の花嫁の事も勿論そう思っていると常日頃口にしている。 だからこそリリアは疑問に思っていたのだ。 ”機晶姫や剣の花嫁は兵器”。そう考えるのならば―― 「ならあの子も……ジゼルの事もそう思うの?」 人を殺す為に作られたバイオロイド。 美しい声で誘惑し、海の底へ連れて行く化け物。 初めて出会った時から屈託の無い笑顔で自分のパートナーを見上げていたジゼルに対して、リリア自身がそう感情を向けた事は一度たりとも無い。 けれど他の人間はどう思うだろう。まして戦う為に生きる存在を兵器だと言いきるメシエならば。 視線を海へ向けたままそう問いかけるリリアの顔には、雲が掛かった月の明かりが届いていない。だからメシエに彼女の表情は見えなかった。 ただ声が震えているような、迷っているもののそれだった事にメシエは気がついていた。 リリアは静かに返事を待つが何時もならば先程の様に直ぐに返答が帰ってくるはずなのにメシエの返事は無い。 沈黙は不安を掻き立て、リリアは痺れを切らした様に口を開く。 「答えてメシエ、ジゼルは……兵器なの?」 今度こそ、彼女の不安そうに見つめる瞳がこちらを向いていた。 メシエは静かに夜の空気を鼻から吸い込むと、低く響く声で考えを口にした。 「戦闘用生物として”造られた”のだから、兵器であり、つまり道具だ」 小さな間にリリアの息をのむ声が聞こえる。メシエは続けた。 「と、普段ならば考えるのだけれども。 彼女の場合はそういう自覚にも乏しい様だし。 元々造られたものだと最近迄知らなかったようだから、道具だとは思わないね」 あくまで一般論としてメシエはそう断言してから、そっとリリアを抱き寄せた。 そして付け加える。 「武器としての自覚や誇りを持っていない存在に、お前は武器だと言う事もないだろう。 何より彼女を自分と同列に、友人だと思っているものも多い。 ジゼルが人でありたいと思っていて、有り続けられるのなら、その方がいい」 「そうだ」とか「そうではない」では無くて「その方がいい」。 それはある種の願望だ。 リリアがジゼルに対して向ける感情のように、メシエもまた素直な気持ちを向けているのだろう。 空を見上げれば雲はすでに去り、月が海岸を明るく優しい光りで包んでいる。 気づけば自分と同じ様に月を見上げていたメシエの横顔を見ながら、リリアは小さく微笑んでいた。