校長室
早苗月のエメラルド
リアクション公開中!
「そろそろ行こうかしら」 セリーナは車椅子から身体を下ろすと、濡れて困るパーツを置いて服のまま海へ飛び込んだ。 「じゃ、あたしもっ」 彼女を追う様にシルヴィアも打ち寄せる波の中に足を入れて、半身を”戻す”と人魚の様な姿になる。 「ジゼルも早くおいでよ」 手招きをするシルヴィアに、ジゼルは少し考えてからフレアスカートの下から下着を脱ぎ出した。 「何か変な意味じゃないのに変な感じになるわね。男とか居なくて良かったわ」 頬を掻いているローザマリアは、思った事を素直に口に出していた。 勿論このような状態になって、すっかり身動き出来なくなってしまった刀真が岩陰に居る事は知らないで。 ジゼルが脱いだ服を砂浜に置こうとすると、リースは慌てて自分のマントを脱いでその中にセリーナの衣服と共に隠した。 「せ、責任持ってお預かりします!」 「ありがとう」 礼を言われてジゼルの顔を見た瞬間。目が合って、リースは一瞬動きを止めた。 心を奪われたのだ。 本物のセイレーンの姿は、海の底の城で戦った出来損ないの幻影とは、何処か根本的に違っていた。 ジゼルの何時もよりもっと黒目がちに見える藍緑色の目が、宝石を使ったドールアイの様に見える。 翼はカワセミの様に構造色なのか羽ばたく度に違う色に、目の色と同じ色の魚の下半身は太陽の光りを受けて目が眩む程に輝いていた。 「ジ、ジゼルさん」 「なぁにリース」 美しく甘やかな声で囁かれた自分の名前が、言霊の様に頭の中で繰り返される。 性別等関係無く心をねじ曲げられる様な、強制的に劣情を抱かせる様な力に、リースは動く事も出来ないまま純粋な恐怖を感じた。 ”見てはいけない”と、水妖はファム・ファタールなのだと、心臓が警告するようにドクドクと早鐘を打っている。 耳元で囁かれる”今からお前は殺されるのだ”と言う声に、リースは我に帰った。 ――違うんです! そうじゃない! ジゼルさんはそんな事しない! ジゼルさんは……私の友達なんです!! リースは反らそうとしていた目を再びジゼルに向けると、深呼吸する様に息を吸い込む。 「が、頑張って下さい!!」 「うん、有り難う」 * 三人の姿が波間に消えて行くと、岩陰から刀真が現れた。 全く気配を感じていなかったから、驚きの声を上げそうになったリースとローザマリアの二人に、刀真は薄い唇に人差し指を当てて合図する。 「……今のジゼルの姿、見たの?」 ローザマリアの問いに、刀真は首を振った。 「見ていたとしても、俺が何かを言うつもりは無い」 「あ、あの、ありがとうございます!」 何故かぺこぺこと頭を下げるリースに、刀真が小さく微笑んでその場を後にしようとした時だった。 「腕を大きく上げて、背伸びの運動〜! ふぅっ、目覚めスッキリ!! やっぱり日課は欠かせませんね」 三人が振り返ると、次百 姫星と瀬乃 和深がこちらへやってくるのが見える。 「おい、そっちは!」 刀真は二人を止めようとしたが、間に合わなかった。 どうやらあちらもリース達に気づいたようで大声で手を振っている。 「あれー? こんな所で会うとは奇遇ですね。おはようございます!」 「あんた達も散歩?」 「え、ええ、そうですよ。 それよりここは何もないですからあっちに行きませ――っ!!」 二人がこれ以上ジゼルに近付かないよう、せき止めようとしたリースの足が、 砂浜に散らばっていた岩の欠片に引っかかってしまった。 「リース危ない!!」 ローザマリアが思わず上げた声に、水の中からセリーヌとシルヴィアが飛び出してくる。 「リース、どうしたの!?」 瞬間。二人に続いて顔を出したジゼルと、姫星達の目が合った。 「……ジゼル、さん……」 姫星と和深は虚ろな目で彼女を見つめ、服が濡れるのも構わずに海へ向かって行く。 「いけません!!」 彼らとの間に割って入ったリースの手から服を取ると、ジゼルはそれを着て人の姿になり走って行った。 「待って下さい!!」 セイレーンの姿が解かれた事で我に帰った姫星と和深、そしてリース達がジゼルを追いかける。 追いつかなければ止める事は出来ない。と誰もが思っていたジゼルの足が、ある場所にきて急に止まった。 「俺、いや私は海藻とビニールゴミの妖精です。 どうかしましたか、可憐な少女よ。」 限りなく残念な状態の男が、砂浜の土の中に埋められていた。